亡国の兆し
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第二章
「それでじゃ」
「兄上としてはですな」
「天下が乱れることはあって欲しくない」
「それ故に」
「吉野に向かい」
そこでも天下泰平を願いというのだ。
「そしてな」
「そのうえで、ですか」
「桜井や橿原でもな」
その吉野に向かう途中でもというのだ。
「高名な寺社に参ってな」
「神仏にお願いしていきますか」
「そうしよう」
こう言ってだった。
尊氏は弟と主な家臣達を連れて吉野にも向井その途中の大和の名のある寺社にも参った、そしてだった。
吉野に着きその山中を進んでいると。
不意にだ、何かが尊氏達のところに来た。そうしてだった。
襲い掛かってきた、それが何か姿は見えなかったが。
尊氏は咄嗟に腰の刀を抜いてそれが繰り出してきた一撃を受け止めた、そうしてそれが後ろに下がったのを受けて身構えると。
そこには体調一メートルを遥かに超える大きさで豹斑の模様の毛に覆われていて。
頭はとがり鋭い牙と牛蒡の様な太い尾を持っていた、直義も供の者達も刀を抜いてそうして言った。
「何だこの獣は」
「鼬に似ているが」
「鼬どころの大きさではないぞ」
「狼いや熊並ではないか」
「この様な獣吉野にいたか」
「聞いたことがないぞ」
「臆することはない」
尊氏は眉を顰めさせる弟達に告げた。
「これだけの数、しかも我等は皆武士」
「武士ならですな」
「それならですな」
「臆することはない」
「充分相手になりますな」
「源朝臣殿も倒せたではないか」
多くの鬼やあやかし達をというのだ。
「だからな」
「それで、ですか」
「我等もですか」
「この数で向かえば」
「討ち取れますか」
「うむ、囲むぞ」
尊氏はその獣を見据えて彼等に告げた、それを受けてだった。
直義も他の者達もその獣を見据えてじりじりと間合いを詰め囲みだした。それを見てだった。
獣は敵わぬと見たのか逃げだした、まるで風に飛んで去ったがそれを見て尊氏は弟達に対して言った。
「どうも獣ではないな」
「左様ですな」
「あれはあやかしですな」
「獣ではなく」
「左様ですな」
「うむ、空を飛ぶあの様な姿の獣なぞおらん」
決してというのだ。
「ムササビやモモンガは身体に膜がありそれで飛ぶが」
「それでもですな」
「あの獣は自然に飛びましたな」
「それも風の様に」
「それで、ですな」
「あの様な獣はおらん」
絶対にというのだ。
「あやかしじゃ、しかしどういったあやかしかな」
「そのことはですか」
「これから行く社の宮司殿に聞くか」
こう弟に言ってだった。
尊氏はあらためて社に赴いた、そこで願う前に宮司にこのあやかしのことを話すと。
宮司は顔を曇らせて尊氏に言った。
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