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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第55話 出動

 
前書き
正月攻勢です。 

 
 宇宙歴七八九年 三月一〇日 ハイネセン 第一軍事宇宙港


 泥縄式に計画を前倒しする羽目になり、訓練から休暇も挟まず即実践という慌ただしい出動に、第四四高速機動集団に限らず作戦参加する将兵の不満は目に見えて高い。そして対外的には新編成部隊の合同訓練ということになっていた為、防衛出動のような軍楽隊も紙吹雪も用意されなかった。が、最低限将兵の家族との別れは済ませられるよう、無茶を言っている代わりに宇宙艦隊司令部と統合作戦本部が力を合わせて手配してくれたようだった。

 そして俺にはグレゴリー叔父一家が揃って見送りに来てくれた。グレゴリー叔父は少将、第一艦隊副司令官の装いで。レーナ叔母さんと三姉妹は全員フォーマル。宇宙港の滑走路に設置されたフェンスを挟んで、全員と顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。勿論、これが最後になるかもしれないが。

「まぁ参謀として近くで見てきたヴィクトールはわかるだろうが、ビュコック少将は平時でも頼りになるが、より戦場で頼りになる人だ」
 グレゴリー叔父は真剣な顔つきで俺に言った。
「戦場についたら、ビュコック少将の指揮をよく見ておくんだ。それが必ずヴィクトールの為になる。あの人の積み重ねてきた、実績に裏付けされた指揮に匹敵するものは、同盟軍を探してもそうそうないからな」
「貴方。そんなことより……」
 レーナ叔母さんがグレゴリー叔父を窘めるように口をはさむが、グレゴリー叔父は肩を竦めてまったく気にしていないようだった。
「ビュコック少将と同じ艦に乗るというだけで生死の心配は必要ない。あの人が戦場で死ぬようなことがあるとしたら、それこそ自由惑星同盟が滅亡するぐらいの危機だろうさ」

 ここで俺はどんな返事をすればいいのだろう。グレゴリー叔父の予言の通り、一一年後、アレキサンドル=ビュコック元帥が、自由惑星同盟軍『最後の』宇宙艦隊を率いてマル・アデッタで消えるという未来の可能性を知っている身としては。

「兄ちゃん、とにかく無事に。無事に帰って来てね」
 アントニナは今にも泣きそうな顔して手を合わせている。
「ヴィク兄さん。武運長久をお祈りします」
 イロナもとかく感情を表に出さないよう努力しているようで、赤白い顔が小さく震えている。
「ヴィク兄ちゃん。エル=ファシルの特産品っていう林檎のお土産、よろしくね!」
 ……三姉妹では間違いなくラリサが一番軍人に向いているのだろう。

「絶対生きて帰ってくるんですよ。じゃないと私、エレーナになんて言って詫びたらいいか……」
 もう完全に泣き出して背を向けているレーナ叔母さんと、それを抱くグレゴリー叔父に俺が敬礼すると、グレゴリー叔父も敬礼で応える。ボロディンという名の家に転生して二五年。海賊達と比較するまでもない、前世を含めて初めての『戦場に出る恐怖』を俺はようやく感じることができたが……

「ボロディン少佐殿、出発のお時間です」

 俺の背後五メートル辺りから掛けられた声に振り向くと、一分の隙もない敬礼姿で立っているブライトウェル……兵長待遇軍属が立っていた。司令部の従卒である以上、司令部が戦場に出るのであれば軍属とはいえそれに同行する義務がある。だがアントニナと同い年の彼女を戦場に出すべきかどうか。実のところ司令部の面々がいろいろな抜け道を考えて止めさせようとしたにもかかわらず、彼女の意志は従軍を『切望』するであり、結局爺様としてもその意思を拒否することはできなかった。そして彼女は自分の貯金の半分を残る母親に、もう半分を食材の購入に使い果たしてここにいる。

「わかった。すぐ行く」
 俺が振り返って彼女に敬礼すると、逆に俺の背中から聞きなれた叫び声を浴びせられた。
「ちょっとヴィク兄ちゃん! 誰、その女!」
「聞いてません! 説明を求めます!」

 真っ赤な怒り顔でフェンスを越えようとするアントニナと、そのベルトを掴みながらもこちらに視線を向けるイロナ。その横で笑っているラリサと、事態に呆然としているレーナ叔母さん。ブライトウェル嬢がどういう素性か知っているグレゴリー叔父が、ボロディン家の女性陣に見えないように『早く行け』と太腿の横で手振りしている。俺がそれに従って小さく背中越しに右手を振ると、どうやら待っていたらしいブライトウェル嬢がはじめて見せる意地悪そうな視線を向けて言った。

「ここで少佐殿の右手に小官の左手を重ねたら、どうなりますでしょうか?」
「ボロディン家に俺が帰れなくなるからそれは絶対に止めてくれ」
「では、そのように」

 そう言ってブライトウェル嬢が俺の右腕に体を寄せようとしてきたので慌てて右手で彼女の左肩を抑えると、さらに背後の(というかアントニナとイロナの)声が大きくなり、それに流されるように事態を見ていた周囲の笑い声が重なり、出征の見送りがなんとも締まらないドタバタコメディの有様になってしまった。

 そして司令部のシャトルに乗るまでそう大して距離はなかったにもかかわらず、シャトルに向かう第四四機動集団の将兵達からは、俺とブライトウェル嬢に向けて好奇とからかいと微妙な嫉妬の視線が浴びせられた。が、その顔からは不思議と不満が消えていたようにも見えたのだった。





 そんな見送りから一三日後、第四四高速機動集団と独立部隊は各個ランテマリオ星域からマル・アデッタ星域に進入し、主恒星系たるマル・アデッタ星系の外縁部にて集結を果たした。恒星風とエネルギー流が無秩序に荒れ狂う、巨大な三重の小惑星帯がある実に不安定な星系。この手前で集結しなければ、寄せ集めの出来合い集団などでは迷子が続出することになるのが疑いないからだ。

 最終的に集結したのは、宇宙戦部隊として一個機動集団と四個独立部隊、戦闘序列順に以下の通り。

 第四四高速機動集団  アレクサンドル=ビュコック少将 以下 二四五四隻(内戦闘艦艇二一〇八隻)
 第三四九独立機動部隊 ネイサン=アップルトン准将   以下  六七七隻(内戦闘艦艇 六二〇隻)
 第三五一独立機動部隊 クレート=モリエート准将    以下  六四九隻(内戦闘艦艇 六〇九隻)
 第四〇九広域巡察部隊 ルーシャン=ダウンズ准将    以下  五五二隻(内戦闘艦艇 五三〇隻)
 第五四四独立機動部隊 セリオ=メンディエタ准将    以下  五七七隻(内戦闘艦艇 五四一隻)

 地上戦部隊として二個歩兵師団と二個大気圏戦隊が戦闘序列順で以下の通り。

 第七七降下猟兵師団   オレール=ディディエ少将(先任)以下  兵員七五〇〇名
 第三二装甲機動歩兵師団 ミン=シェンハイ少将     以下  兵員七四〇〇名
 付属第四五九大気圏戦隊および第四六〇大気圏戦隊

 これに加えて後方支援部隊として工兵連隊が一つ。通信管制大隊が一つ。病院船戦隊(五隻)が付随する。

 宇宙艦艇数 四九八七隻。戦闘宇宙艦艇 四四〇八隻。陸戦要員も含めた総兵員五七万四〇〇〇名。

 そんな各部隊の指揮官達がそれぞれの参謀を引き連れ、爺様の旗艦である戦艦エル・トレメンドの大会議室に集まったのは一三時三〇分の昼食後のことだった。

 名前を見て、写真も見て殆ど確信はしていたが、あの剛毅な紅い髭が生えていないので年齢よりかなり若く見える彼を何となく見つめていると、その視線に気が付いたのか参謀を席に置いたまま、彼は俺に近づいてきた。慌てて俺も近づいていき敬礼すると、彼はめんどくさそうに答礼し、すぐに口を開いた。

「第四四の次席参謀ボロディン少佐だったな。こうやってお話するのは初めてだが、第三八九のアップルトンだ。ビュコック閣下から聞き分けの無い孺子だと伺っている。これからよろしく頼むよ」
 なんてことを言ってるんだと、思わず他の指揮官達と話している爺様に睨んだが、それすら意に介せずアップルトンは微笑を浮かべて言った。
「先程から私を見ていたようだが、何か言いたいことでもあるのかな? そういう性癖があるとは閣下から伺ってはいないが」
「第四四機動集団が先任部隊としての任務を果たせなくなった時に、部隊指揮をお願いすることになる方はどのような方かなと考えておりまして。特に深い意味はございません」
「縁起でもない。そうなったら貴官もこの世にいないということになるぞ?」
「そうならないよう、任務に精励いたします」
「やはり私は髭を生やした方がいいと思うかね?」
「ぜひそうすべきだと思います」

 突然の奇襲的質問に俺が思わず条件反射的に応えると、「そうかぁ!」と異様に喜んで俺の両肩をバンバンと叩いて小躍りして自分の席へと戻っていく。席で待っていた参謀達にどうやら俺が言ったことを吹聴しているのか、参謀達の呆れた視線がアップルトン自身だけでなく俺にも飛んでくる。付き合いきれんと俺が雛壇にある自分の席に向かうとそのタイミングで地上軍の幕僚達が会議室に入ってきたため、会場は一瞬緊張に包まれる。が、それも一瞬で、すぐに何事もなかったように各々会話を切り上げて、席へと戻っていく。

 宇宙戦部隊と地上戦部隊の見えない心の壁。それは宇宙艦隊司令長官と地上軍総監が本来は同格であるにもかかわらず、圧倒的に宇宙艦隊司令長官の方が軍内における権威が上であるということから始まっている。
 これはある意味やむを得ないのも事実だ。星間国家同士の戦争である以上、星域の、星系の宙域支配権を争奪することが中心であり、惑星の軌道上を制圧することが出来れば、地上戦ですら軌道上からの極低周波ミサイルの絨毯爆撃で悉く地上構造物を粉砕することで終結させることができる。

 それが容易にできない要塞や前進基地などの対軌道防御施設がある場所であり、あるいは有人惑星などの民間人がいて軌道上からの攻撃が極めて困難な場所こそが、地上戦の主戦場となる。宇宙戦部隊が星域に進入し、星系の制宙権を確保することがまず先決となり、それが終わってからでないと地上戦部隊の出番はない。何しろいくら人間がいても、人間単体では超光速移動はできないのだから。

 故に「御膳立てしなければ何もしないごく潰し」という悪口と「まともに棒も振れない軍人モドキ」という悪口は、自由惑星同盟軍の組織が確立して以来、綿々と受け継がれるものだった。もっとも面と向かって言い合うことはあまりない。少なくとも重力の支配権の或るところで、地上戦部隊将兵に拳で勝つことはなかなかに難しいからだ。

 今回の作戦でも作戦の主眼はエル=ファシル星系の制宙権を帝国から奪取することが主目標であり、民間人がエル=ファシルの英雄によって悉く後方に送り出された以上、現在惑星エル=ファシルの住人は帝国側が連れてきた人間しかいない。地上戦部隊のお仕事は軌道砲撃で打ち漏らした帝国軍地上部隊の掃討と、もしかしたら在留しているかもしれない帝国方民間人の『解放』だ。その事もわかっているだけに地上軍司令部も僅か二個師団、それも歩兵中心の師団を送り込んできている。むしろ大気圏戦隊や工兵連隊を準備してくれるだけ、この作戦に対して『悪意は抱いていない』という証左かもしれない。

 そんな地上軍の面々が席に座り、会議室の全ての準備が整うと作戦全体の参謀長を兼務するモンシャルマン参謀長が司会者として会議の口火を切った。

「既に諸氏も了解射ていると思うが、この場に集結した我々は本年四月一五日を期して帝国に奪取されたエル=ファシル星系の奪還を行うことになる。編制されたばかりの部隊も多い。事前訓練はそのまま実戦に繋がる重要なものだ。諸氏の精励を期待する」

 続いて査閲部から派遣されてきたナージー=アズハル=アル・アイン中佐が自己紹介と訓練宙域の概要説明を、モンティージャ中佐が現時点におけるエル=ファシル星域および帝国軍の動向を、カステル中佐が補給箇所の説明を進め、最後に俺が訓練内容の説明に指名された。会議室の照明が落とされ、第四四高速機動集団司令部と他の司令部の間にある三次元投影機を使って説明する。だが説明を進めていくに従って、暗闇から疑問というか呆れたような溜息や鼻で笑うような嘲笑が聞こえてくる。まぁそれは当然だろう。内容としては士官学校五年生が練習艦隊で実施するような基礎レベルのものばかりだからだ。

 説明が終わり、照明が復旧すると、個々の幕僚の顔がはっきりと見渡せた。どの顔にも『親の七光りの少佐殿が作る訓練計画は所詮このレベルか』といった嘲笑が浮かんでいる。だがその中でアップルトンだけが相当深刻な表情で俺を見ていた。モンシャルマン参謀長が質問を受け付けると、即座に手を挙げたのもアップルトンだった。

「ボロディン少佐に質問したい」
 席から立ち上がったアップルトンは、周辺の幕僚達の視線を集めつつ、俺を見据えてはっきりと言った。
「この訓練内容でエル=ファシル星系攻略が可能と、貴官は考えているのか?」

 そう、その質問が欲しかったのだ。俺も対抗するように立ち上がってニッコリと作り笑いを浮かべてそれに応えた。

「この程度の訓練で満点が取れないような部隊であるならば、不可能だと言わざるを得ませんね」

 事前に内容を知っている第四四高速機動集団司令部と査閲班を除いた、全ての会議参加者の憎悪の視線が一気に俺に集中した瞬間だった。
 
 

 
後書き
2021.01.03 更新 誤字修正 
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