MOONDREAMER:第二章~
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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
第84話 明日への挑戦4/4
勇美と依姫の勝負は熾烈を極めていた。そんな最中勇美が口にした神の名前に依姫は驚愕していた。
『何ですって?』そう依姫ともあろう者が思ってしまう事なのであった。
それ程の存在なのである、『だいだらぼっち』という神は。何せ、大地の創造に携わった程の強大な力を持つ神なのだから。
「驚いたわ、いつの間にだいだらぼっちの力を?」
「それはですね、諏訪子様の助力なんですよ」
そう、かつて自分と早苗の勝負を見に来てくれていた守矢神社の神の一柱、守矢諏訪子その者であった。それはその後勇美が早苗と関係が生まれた事により、彼女とも交流が芽生えていたのだ。
「それから、諏訪子様にも修行をつけてもらうようになって、扱えるようになった訳なんですよね」
「そうだったのね……」
その事実には依姫も素直に驚きの念を見せたのである。──この子は自分の知らない所でも頑張っているのだと。
そうは思いつつも、依姫はここで口角を上げつつ勇美に言う。
「それは素晴らしい事ね、ところで早苗との関係はどう?」
「ふぐぅ……、その事は詮索しないで下さい……」
その発言は勇美のトラウマを強かに刺激した。そして、そのような指摘をする依姫は明らかに故意犯なのであった。
「はあはあ……それはそうと、行きますよ!」
「ええ、来なさい」
まだ若干顔を引きつらせた勇美であったが、ここで心機一転の姿勢を見せ、それに依姫も応える。
そして、勇美は強く念じながらブラックカイザーに新たなる力を注ぎ込んでいったのだ。
それにより彼の鉄の騎士の形状が解放されて、無数の金属片と歯車となって飛び散った。
そこから溢れ出んばかりの神力が奔流したのである。
「さすがは、だいだらぼっちの力ね……」
依姫はそう感心しながら言う。そして、振る舞いは落ち着いているが、若干ながら驚きの念を持っていたのだった。
その依姫の心境は、次の現象により加速していく事となる。
溢れ出る神力を中心として、再び金属片と歯車が集まっていったのだ。それも先程まで騎士の姿を形成していた時よりも遥かに多くの物がである。
次々にブラックカイザーを構成するパーツは集まっていき、どんどんその形を現していった。そして、その集約も漸く終わる事となる。
そして、事は収まり辺りは再び静寂を取り戻した。だが、そこには先程とは明らかに違う光景が繰り出されていたのだった。
「……」
さすがの依姫も、『それ』には返す言葉が存在しなかった。
何故なら、そこには全長が8メートルにはなろうかという程に巨大な体躯を手に入れたブラックカイザーの姿があったからだ。その彼の名を勇美は得意気に宣言する。
「名付けて【巨神「クロテツキョジン」】って所ですね」
そう、今の彼の姿は巨人と言うに相応しい程に変貌を遂げていたのだった。ただ巨大化しただけではなく、その外装も鋼で築きあげられた筋肉というべき重厚さが存在した。
その名を言い終えた勇美は、高らかにその鋼鉄の従者へと指令を下す。
「やりなさい、クロテツキョジン!」
その命を受けて、彼は猛々しくその鉄の喉から咆哮を放ったのであった。
それだけで辺りに衝撃が巻き起こり、激しく荒れ狂ったのである。
だが、この場にいる者達は誰一人とてそれに動揺したりはしなかったのだ。さすがは伊達に重役にまで登り詰めてはいないという事である。
(やっぱり、皆さんにとっては子供騙しだったかな……)
そう勇美は内省をするのだった。このような演出だけで驚いてくれる程、安い存在などではなかったのだと。
だが、ここからはパフォーマンスではない実行を見せるのだ。一吼え終わったクロテツキョジンはその巨体を動かすと、一気に削岩機のような鉄拳を依姫目掛けて振り下ろしたのである。
だが、依姫はそれをひらりといとも簡単にかわしてしまったのだ。彼女が避けた所にその巨大な拳が叩き込まれ、地面を派手に抉った。
そこには深々と大穴が形成されていた。さながら月のクレーターのようである。
そのような攻撃に当たったらひとたまりもないだろう。だが、それを前にして依姫は極めて冷淡にこう言った。
「貴方、正気かしら?」
それがこの攻撃に対する依姫の率直な意見であった。落ち着いた振る舞いから口にされるその意味は勿論、戦略を見誤っているという事である。
このような大雑把な攻撃では、正確な行動で戦う依姫にはまるで届きはしないという訳だ。しかも、今彼女は天宇受売命の力で更に身のこなしを高めているのである。
故に依姫は、勇美らしくない戦況の判断ミスだと些か落胆したのだった。
だが、それも仕方がない事なのかも知れないと彼女は思うのだった。寧ろ今まで自分との真剣勝負に着いてこれた事だけでも立派だったと。彼女が成長する所を焦って見てはいけないのだと思い直す事にした。
しかし、それこそ依姫の思い違いであった事が次に明らかとなる。
「いいえ、正気ですよ。依姫さん相手に力任せの攻撃は通用しない事はよく分かっています」
「それでは?」
「こうするんですよ、クロテツキョジン!」
言うと勇美は巨体の相棒へと再度指令を送る。それにより再びその鋼の腕から特大の鉄拳が放たれる。
「何度やっても!」
依姫はすかさずその攻撃をかわしてみせる。その展開はこの場の誰にも読める事なのであった。
だが、これこそ勇美の望む展開なのであった。
「かかりましたね♪」
自分でも依姫程の者にそのような言い草を勇美はするとは思っていなかったようで、内心自ら驚いていた。
だが、それ程までに今の勇美は敬愛する師といえる依姫と渡り合っている事の裏付けなのであった。今の状況は、正に師の喉元に喰らいつかんとしている所だった。
そして、勇美の狙いは依姫本人ではなく、彼女の足元なのであった。それは、クロテツキョジンが拳を振り下ろした時に起こったのだった。
それにより、拳の着弾点から激しい振動が走り──そして、そこから地面に亀裂が入ったのだ。
「!!」
依姫は咄嗟にそこから飛び退き、安定して立てる地面へとその身を置いた。ふと一息入れる依姫、取り敢えず一難を回避する事は出来たようだ。
確かにそう思われていたのであるが、事は急変したようである。先程で収まったと思われた振動がそれで終わる事はなく、再び周囲の大地は激しく揺れたのだ。
「っ!!」
そして、依姫が今いる場所にも地割れは進行していったのだ。だが咄嗟にそれも依姫は避けてみせる。
それは、剛よりも柔を重視した戦いをモットーとする依姫には造作もない事であったのだ。彼女は難なくそれらをかわして見せ、実に落ち着いた対処をしていっていた。
だが、ここで勇美は口角を上げる。目論みは彼女の思う方向へと進んでいたのだから。
ますます地面に亀裂が入るが、依姫はそれを次々にひらりとかわし続けていった。しかし、それにも限界があったのだ。
「っ!」
依姫が気付いた時には既に遅かった。いくらひらひらと身軽に舞う彼女と言えど、足場をことごとく砕かれては文字通り地に足を着けてはいられないというものである。
そして、地割れの衝撃により依姫は宙へと舞い上げられてしまったのだった。しかも、その際に彼女の神降ろしの補助となる刀も弾き飛ばされて近くの森に放り出されたのである。
それを密かに紫はスキマにて確保する。そのような貴重な物を無くさせる訳にはいかないからだ。
だが、今の勝負の最中に紫はそれを依姫に手渡す事はしなかったのだ。それは自分の落ち度で刀を手離してしまった依姫は、決してこの戦いの中では受け取らないだろう事を紫は良く理解しているからであった。
このままだと依姫は地割れに飲み込まれてしまうだろう。確かに八百万の神の力を借りられる依姫ならこの状況を打破する手段は確立出来るだろう。
だが、例によってこの戦いでは月で使用した力を順に一柱ずつしか使っていけない取り決めを依姫自ら己に課しているのだった。その条件下では今の状況に対処出来る術は存在してはいなかったのである。
(ここまでかしらね……)
しかし、依姫はそれを快く受け止める事とするのだった。世の中には自分で定めたルールで思い通りにならなくなるなら平気でそれを破る者も少なくないが、依姫はそのような理不尽な者達とは対極にある存在なのだから。
潔く流れを受け入れる事を心に決め、その身を重力に委ねる依姫。だが、ここで彼女にとって奇跡が起こったのである。
次々に巻き起こっていた地鳴りと地割れ。だが、今度はそれがピタリと収まり、逆にその破壊の爪跡がみるみるうちに元に戻っていったのだった。
それは、まるでビデオの逆再生の如くであった。抉られた地面は全て再び繋ぎ合わされ、そこに生えていた草々までもがすっかり元通りに復元していったのである。
その事により依姫は宙でバランスを取り直して、無事に復元された地面へと着地出来たのだった。そして、何故そのような事態が起こったのか、おおよその検討を付けながら視線を前方へと向けた。
そして、案の定な事態になっていたと依姫は思うのだった。
それは、勇美が顕現させた鋼の巨人の姿が、それを保てずに徐々に雲散している所なのであった。巨大なその佇まいが砕けながらきらびやかに散っていく様は寧ろ潔ささえ感じられた。
「やっぱりだいだらぼっち様の力なんて代物は、今の私じゃこれ位の間しか使いこなせないって事だよね~」
そうざっくらばんと勇美は、清々しくのたまっていた。だが、依姫はそれはとんでもない事だと言及する。
「いえ、あれ程の力を短時間とはいえ使いこなす、それだけでも大それた事よ。勇美……、貴方はそこまで成長したのですね」
それが依姫の嘘偽りない、勇美への素直な感想であった。現に依姫は先程までの猛攻により、神降ろしの本領の要となる刀を弾き飛ばされてしまったのだから。
勇美がここまで自分に食い付いてくれた事に、依姫は感慨深さを胸の底から感じるのだった。このまま勇美の勝利としても良いと今なら思えるのだ。
だが、勝負というのは厳格なもの。故に依姫はここで心を鬼にするのであった。
「ですが……、これで勝負が着いたとは思わない事ね」
その重みのある依姫の発言に、勇美は固唾を飲んだ。今の言葉は他の誰が言っても彼女程の説得力は生み出されないだろうと勇美はひしひしと感じ取っていた。
「確かに刀を失った私は些か不利になったでしょう。ですが、それは切り札を使い切った貴方とて同じ事ですよ。それに、私にはまだ『切り札』があるのですよ」
「はい……」
依姫の言に、勇美はそう答える事しか出来なかったのだ。反論の余地はこれっぽっちもなかったからである。
「では、最後の仕上げと行きましょう……お互いにね」
「はい」
依姫にそう言われて勇美も緊張に包まれながらそう答えた。ここからが正念場となる事が分かるからであった。
まずは依姫の番である。彼女は今正にこの場に相応しい神へと呼び掛ける。
「繁栄の神『天照大神』よ、今こそその力を我に!」
そう言って依姫は両手を広げて、大いなる神の加護をその身で受け止めようとするのであった。
すると、依姫の両手が眩く輝いてきた。それは正に陽の光を切り取り、その手に纏っているかのようである。
「【陽拳「一撃に込める神の拳」】……これで私の準備は整ったわ」
依姫は剣士であり、その身は洗練されている訳であるが、体術は専門ではない。勇美に付け入る隙があるとすればそこになるだろう。
そして、勇美は意を決する事とする。泣いても笑ってもここから勝負が決まるのだ。だが、勇美は負けにいくつもりは毛頭ないが。
依姫に対して勇美も力を借りる神を選び、口にする。
「『火雷神』よ、再び私に力を貸して下さい」
その勇美の意思は切実であった。これから行う勝負には、揺るぎない力が必要なのだから。
勇美も両手を広げて、神の力を受け止める姿勢を見せる。だが、ここは勇美なのである。当然依姫とは様相が違った。
彼女の両手には神力が集まっていった。しかし、当然それだけでは終わらないのである。
集まる神力に加えて、金属のパーツも集約していったのだった。そして、彼女の両手には鋼の鉤爪が備えつけられたのである。
その様相を見ながら依姫は懐かしさを感じていた。そう、勇美がルーミアに襲われていたのを助けた時と似た装備が施されていったのだから。
その時の勇美には自らが生み出す機械の動力を確保出来ずに幻想郷の住人と渡り合えない事に歯噛みしていたものだった。
だが、あの時とは違う事は依姫はよく分かっているのだった。
今では勇美は依姫の神降ろしを借りて戦えるようになり、勇美自身の能力も向上された事は火を見るよりも明らかなのだから。
あの頃を思い返して今を見た事で、依姫程の者が思わず涙ぐみそうになるのだった。
だが、勝負は非情なのだ。幾ら勇美がこうして高みに登ろうとも、だからといって依姫は勝ちを譲る気はないのである。
「……準備はいいようね」
「ええ、いつでもいけますよ」
そう言い合う二人の間には、言葉に言い表せないような空気が存在していたのだった。この独特の感触は今この場にいる二人にしか分からないだろう。
そして……動いたのは二人同時であった。どちらからともなく、互いに踏み込みを入れたのである。
「はあっ!」
「【力拳「猛る魔龍の鉤爪」】!!」
気合いの声を入れる依姫に対して、ここで勇美は身に纏った力の名を口にしたのだ。
その瞬間、両者の拳と拳、エネルギーとエネルギーがぶつかり合い、激しく爆ぜた。それにより生じた衝撃は、まるで辺りを吹き飛ばさんばかりの勢いであった。
「くぅっ……」
「っ……」
その衝撃により勇美は元より、依姫でさえも身じろき退け反ったのである。そして再び両者は距離を置き合う。
だが、ここで引いた方が押されるのは明白である。故に二人は再度相手にぶつかり合いにいったのだ。
今度は勇美から仕掛けたのである。その腕に纏った機械仕掛けの武装から神の炎が猛狂う。普通の炎ではないから使用者の勇美にはダメージはない。
その燃え盛る拳の一撃を依姫目掛けて放つ勇美。だが、相手は容易くそれを紙一重でかわしてしまったのだ。
そして、その好機を逃さない依姫ではなかった。彼女は攻撃により前に出た勇美に対して、カウンターの要領で自らの光の拳を叩き込もうとする。
だが、勇美はそれを咄嗟にもう片方の鉤爪で防いだのである。
「ぐぅっ……」
しかし、防ぎはしたもののその威力の衝撃は確実に勇美に届いたのだった。その勢いに勇美はくぐもった声を出す。
それでも勇美はただ攻撃に翻弄される事はなかったのだ。彼女はしたたかにもその威力を逆に利用して、またしても依姫との距離を取ったのである。
これで勇美は追撃を免れる事に辛うじて成功する。だが、今の彼女の方が圧倒的に不利である事は明白なのだ。
「はあ……はあ……」
彼女は息を荒げて辛そうにしていた。無理もないだろう。彼女はこの勝負では最初から大技を出す羽目になり、その後も温存をする余裕は決してなかったのだから。
加えて今の勝負の方法である。いくら依姫が体術は本業ではないとはいえ、抜かりない修行によりその肉体は洗練されているのだ。対して勇美は神降ろしの力を借りるようになってからはその肉体も鍛えられる機会に恵まれたが、それまではその機会に恵まれなかったのだから。
だから、勇美がここで負けようとも誰も馬鹿にはしないだろう。特に彼女とこうして戦った依姫はである。
「勇美、それ以上は無理よ。貴方はここまでよくやったのだから恥じる事はないわ」
故に、依姫は勇美を気遣い、この勝負で最後の労いの言葉を掛けたのだ。後はゆっくり休むのがいい、そう想いを込めて。
だが、当の勇美はそれには納得しなかった。
「いいえ、私は負けたくないんですよ──特に依姫さんのような素晴らしい人との勝負にはですね!」
「!」
その想いの籠った勇美の言葉には、さすがの依姫でさえも驚きを覚えてしまったのだ。そんな依姫を前にして、勇美は口を開く。
「『石凝姥命』に『天照大神』よ、この勝負最後の仕事の為の力を私に貸して下さい」
「何ですって!?」
この状況で更に神の力を借りるのか。その事に依姫は更に驚愕してしまった。
対して、勇美は今相当無茶をしていると自分でも分かるのであった。何せエネルギーの消費が半端ではないからだ。
だが、今この貴重な戦いくらいはこうして無茶をしても罰は当たらないだろうと思っていた。正真正銘神の力を使って来た勇美は彼等から彼女を咎める意思を感じない事からもそう実感していた。
そして、今の勇美に必要な三柱の神の力は備わったのだ。それにより生み出された力の名を勇美は刻む。
「【神拳「明日へ貫く真なる一突き」】!!」
火雷神の剛の力に、天照大神の太陽の輝き、それを石凝姥命のやたの鏡の力で増幅する。
それらの有り余るありったけの力を携え、勇美はその腕に全てを託して依姫へと打ち込んだのであった。
◇ ◇ ◇
今この草原では、先程まで凄まじい戦いがあった事など信じられない程に心地よく風で草々がそよぐ音だけが奏でられていた。
そんな中で勇美は大の字になって爽やかな気持ちで寝そべりながら言った。
「あ~あ、あの勝負、勝てると思ったんだけどなぁ~……」
そう言う勇美の表情は晴れ渡っているが、その口調にはやはり口惜しさが滲み出ている。
だが、そんな勇美に対してこう言う者がいた。
「何言っているの勇美? その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわよ」
それは他でもない、綿月依姫から掛けられた言葉であった。それを彼女は勇美の側に座りながら言っていた。
その台詞と状況から判断される事。──それは勇美は依姫との勝負を相打ちにまで持ち込んだという事であった。
勿論勝てなかったというのは惜しい事であろう。だが、依姫相手に負けなかった……彼女に様々なハンデを設けていたとはいえ、それだけで十分に胸を張っていいだろう。
「はい、でも出来れば勝ちたかったですね」
「言うようになったじゃないの……。いいわ、また機会があったら受けて立つから」
そう言葉を交わした後、二人は互いに笑い合った。その喜びは今までで一番の宝物となるだろう。
そんな二人を豊姫と紫も温かく見守っていたのだった。
◇ ◇ ◇
その貴重な戦いの後暫くしてから。とうとう『その時』が来たのであった。今勇美と依姫と豊姫は永遠亭の入り口にいる。
「それでは勇美。暫しのお別れの時ね」
「はい」
そう、依姫はこれから月に帰るのである。彼女には月の守護者としての仕事が山ほどあるのだ。今まで地上に長期滞在していたのは勇美の為に些か無理をしていたのだから。
それに、月の民は長い間地上には住めないのだ、その身が穢れてしまうから。
「安心しなさい勇美。私とは離れていても神降ろしの契約は継続されるから力は使えるわ。それにこれからは暇を縫って機会があればここに来るから完全な別れという訳ではないからね」
「はい、また遇えるのを楽しみにしていますよ。──勿論その間も自分を磨く事を怠りませんから」
「ええ、よく言ったわ」
そう言って依姫は勇美の頭を優しく撫でたのである。勇美にとってやはり心地いい瞬間である。
そうして勇美を一頻り撫でた依姫は、今度は豊姫の方を向いた。
「では、お姉様。お願いします」
「ええ、承ったよ。私に任せなさいって」
依姫に言われた豊姫は得意気にウィンクで返した後、勇美の方へと向き直したのだ。
「勇美ちゃん、私達がいない間も頑張ってね。貴方なら大丈夫よ。何たって私が同志と見込んだ子なんだからね」
「はい、その期待に応えて見せますよ」
豊姫の励ましに勇美は堂々と言ってのけたのだ。そこには、かつて私がなんかと謙遜していた腰引け気味の彼女は存在していなかったのだった。
そして、後は皆で二言三言言い合うと、豊姫の能力で綿月姉妹の二人は一瞬の内に月へと帰っていったのだった。そこには初めから何も存在していないかのように思ってしまう程である。
「行っちゃった……」
そう哀愁を漂わせる勇美の背後から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
見れば輝夜、永琳、鈴仙、てゐ、そして数多の兎達といったよく見知った永遠亭の皆が勇美を迎えに来ていたようだ。
そうなのだ。依姫や豊姫とはまた会える。それにこのように自分を受け入れてくれる沢山の家族が今の自分には存在するのだ。
こんな嬉しい事はないだろう。そう勇美は胸に満たされる温かいものを携えながら永遠亭へと戻っていったのだった。
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