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美少女超人キン肉マンルージュ

作者:マッフル
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第1試合
  【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(2)

 落ち込みに落ち込んでいるキン肉マンルージュに、ミーノは親指を立てて笑顔を向ける。

「大丈夫ですぅ! 例えコスチュームが破れても! 汚れても! おしっこで濡れちゃっても! マッスルジュエルの力で、すぐにコスチュームチェンジすることが可能ですぅ!」

「え? そうなの?」

「“マッスルフォーゼ”と唱えれば、いつでもどこでも変身できちゃうですぅ」

 キン肉マンルージュはお尻を突き出しながら、手でハートを作ってウィンクする。

「マッスルッ、フォ~~ゥゼッ!」

「……えーと、ポーズはいらないのですがぁ」

 ミーノが苦笑いしているのをよそに、キン肉マンルージュは再び、慈愛の光、マッスルアフェクションに包まれた。そして、キン肉マンルージュは再び、光の中で丸裸にされてしまう。

「いやあああぁぁぁあああぁぁぁん! 裸にされちゃうのって、絶対なの? ミーノちゃん、これって外から見えてないよね? ないよね!?」

「大丈夫ですぅ。全然見えていないのですぅ」

「絶対? 絶対の絶対? ぜったい中の絶対の中のゼッタイ? マッスル絶対!?」

「外からは真っピンクな光の塊にしか見えないのですぅ。なので、全然見えませんから、ご安心くださいですぅ」

 キン肉マンルージュは光の中で、恥ずかしそうに身をよじる。

「うう……でもぉ……いくら外から見えなくてもぉ……人前で裸になるのぉ……恥ずかしいよぉ」

 キン肉マンルージュは、光の中で新しいコスチュームを身につけられ、そして慈愛の光、マッスルアフェクションはパァッと弾け消えた。
 新たなコスチュームを身につけ、光の中から登場したキン肉マンルージュは、凛々しい顔をして宙を見つめている。そしてビシぃっとポーズを決め、声を張り上げる。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」

 ばっちり決まったキン肉マンルージュに向かって、ミーノは全力で拍手をする。

「お見事ですぅ、キン肉マンルージュ様!」

 そして笑顔で拍手を続けるミーノは、ぼそりと呟く。

「……ところで、なぜポーズをとったり、決め台詞を言い放ったりするのですぅ? ……そのようなことをなさらなくても、マッスルフォーゼとおっしゃるだけで、大丈夫なのですぅ」

 キン肉マンルージュは目をギラリと光らせ、ミーノの両肩を掴んだ。そして目の据わった真顔で、ミーノを真っ直ぐに見つめる。

「必要よ、ミーノちゃん……正義のスーパーヒロイン、キン肉マンルージュにはね……絶対に必要なの、ポーズと決め台詞は……いい? 心して聞いて欲しいんだけど……敵の前で堂々と名乗り、決め台詞を言い放って、ポーズを決める……これはね、正義のヒーローやヒロインにとってはね、戦闘前の儀式であって、礼儀であって、お約束であって、絶対的必須行為……無くてはならない、極めて重要なものなの……わかろうね、そこんところは……ね? ミーノちゃん……」

 ほの暗い笑みを浮かべながら、異様な迫力でミーノを追い詰めるキン肉マンルージュ。
 ミーノは目を泳がせ、ひきつった笑みを浮かべながら、話題を変えるべく口を開く。

「え、えーとぉ……そ、そうですぅ! グレート・ザ・屍豪鬼とのバトルについて、話しておくべきことがあるのですぅ!」

 キン肉マンルージュは、そっとミーノの肩から手を離し、パッとテーブルの上に乗って正座をする。

「お聞きしましょう、ミーノ殿」

 かしこまるキン肉マンルージュに負けないくらいに、ミーノはかしこまってキン肉マンルージュの目の前で正座をする。

「お話しましょう、キン肉マンルージュ様」

 ミーノは両膝を掴みながら肩をすくめ、なにやら言いにくそうに話しだした。

「……実は……大変申し上げにくいことなのですが……キン肉マンルージュ様、あなたには……重大な欠点があるのですぅ」

「重大な欠点?!」

「そうです。欠点です……先程、グレート・ザ・屍豪鬼も申していましたが……あなたは元々は、ただの人間。ましてや格闘経験が皆無な、年頃乙女様。例えマッスルジュエルによって超人になったとしても、それはあくまで、身体的なことなのです」

 キン肉マンルージュの顔が青くなっていく。

「ミーノちゃん……それって、つまり……」

「つまり、あなたは肉体こそキン肉マンと同等になりましたが、頭の中……精神については、年頃乙女様のままなのですぅ……いくら超人の肉体を手に入れても、知識も無い、経験も無いのでは……」

 ミーノの顔が、ひときわ険しくなる。

「とてもではないですが、まともに戦うことなんて不可能ですぅ……それどころか……間違いなく、なぶり殺しにされてしまいますぅ……」

“ばああぁぁん”

 キン肉マンルージュは身を乗り出して、両手をテーブルに打ちつけた。

「それじゃあ、わたし、悪行超人にむざむざ殺されに行くってこと?!」

 ミーノは、びくんと、身を震わせた。

「ももも、申し訳ございませんですぅ!」

 ミーノは額をテーブルに擦り付けるように頭を下げ、思わず見とれてしまうほどに美しい土下座を披露した。その土下座の洗練さは、これまでに幾千、幾万、幾億と、数え切れないほどの土下座を、ミーノが絶え間なく行い続けてきたことを物語っている。

「す、凄い土下座だね。ミーノちゃん」

 キン肉マンルージュは頬に汗を伝わせながら、土下座をしているミーノを見つめている。

「私、いつも失敗ばかりしていたので……キン肉王家の使用人として雇っていただいていた私は、毎日、毎日、数え切れないほどの失敗をし続けて……それで、失敗の数と同じだけ、土下座をしてきたのですぅ……そうしたら、使用人のチーフから、土下座だけならキン肉星いちだな、って言われましたですぅ……」

 他人事とは思えない――キン肉マンルージュは、ひどく切ない気持ちにさせられた。
 頭を下げ続けているミーノは、話しを続ける。

「まさか……まさか、あなたのような年頃乙女様が適合者様だなんて、本当の本当に、思わなかったのですぅ」

 頭を下げているので、ミーノの顔を確認することはできない。しかし、ぐすん、ぐずり、と湿った鼻音が混じった、悲哀に満ちた声が、キン肉マンルージュの耳に届く。

「たくさん、たくさん……探したのですぅ……色々な星を……たくさんの星を巡って……ひとりで……たくさん、たくさん……探し回ったのですぅ……」

「ミーノちゃん……」

 泣きながら語るミーノを、キン肉マンルージュは胸を痛めながら見つめる。

「探して、探して……探しに探して……探し尽くして……それで、やっとの思いで見つけたのは……まさかまさかの、年頃乙女様!」
「ミ、ミーノちゃん?」

 悲痛な声で語っていたミーノは、今までの苦労を話しているうちに、だんだんと怒りが溜まっていった。声にもだんだんと、怒りが混じっていく。

「マッスルジュエルはシークレット中のトップシークレットですぅ! とってもとぉっても、重要で、重大で、大事な、正義超人界の至宝ですぅ!」

 ミーノの目がすわっている。キン肉マンルージュはひきつった苦笑いを浮かべながら、身体をこわばらせる。

「だから当然、適合者様は屈強で、慈愛に満ちた、心身ともに洗練された至高の超人! 超人の中の超人! ベストオブ超人! 超人ナンバーワーン! ……だと、思っていたのですぅ!」

 気持ちが高ぶったミーノは、興奮しきっている。

「なのに! なのになのに! あなたのような年頃乙女な、ただの人間?! ありえません! 信じられません! オー、マイ、へのつっぱり! ですぅ!」

“ばああぁぁん”

 気持ちが高ぶりきったミーノは、怒りまかせにテーブルを叩きつけた。

「ひゃんッ」

 キン肉マンルージュは、びくんと身を震わせる。

「こここ、言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい、ごめんなさいッスル!」

 そしてキン肉マンルージュは、ミーノに負けないほどに美麗な、見事すぎる土下座を披露した。

「ごめんなさい! ごめんなさぁい! ごめんなさいいいぃぃぃいいい!」

 キン肉マンルージュは額をテーブルに擦り付けながら、必死になって謝り続けた。その姿は、まさに職人。土下座職人である。並々ならぬ修練によって身につけたものであることが、ひしひしと伝わってくる。

「す、凄い土下座ですぅ。キン肉マンルージュ様」

 ミーノはキン肉マンルージュの素晴らしい土下座を見つめながら、ごくりと、生唾を飲んだ。

「わたしね、幼女の頃からね、ずっとずっとね、いじめられてたの……わたしはね、生まれながらの真性いじめられっ娘なの……それでね、いじめられた数と同じだけ、土下座をしてきたの……そうしたら、いじめっ子から、おまえは土下座だけなら地球いちだな、って言われちゃったの……」

 他人事とは思えない――ミーノは、ひどく切ない気持ちにさせられた。
 頭を下げ続けているキン肉マンルージュは、話しを続ける。

「……ミーノちゃん、わたし……殺されちゃうんだよね……16歳という若い美空で……人生の終焉を迎えるんだよね……」

 ミーノは、びくくんと、全身を震わせた。

「ごめんなさいですぅ! ごめんなさぁいですぅ! ごめんなさいですぅぅぅうううぅぅぅ!」

 ミーノはキン肉マンルージュに勝るとも劣らない、素敵すぎる土下座を披露する。額から血が流れるほどに、頭を下げ続けている。
「ごめんなさい! ごめんなさぁい! ごめんなさいいいぃぃぃいいい!」

「ごめんなさいですぅ! ごめんなさぁいですぅ! ごめんなさいですぅぅぅうううぅぅぅ!」

 ふたりの少女がテーブル上で、互いに土下座合戦をしている。

“ぱああぁぁああぁぁ”

 あまりにも激しい土下座のせいで、ふたりの後ろには、神々しい土下座神の姿がうつしだされている。

「おやめなさい! ふたりとも!」

 よく通る美しい声が、ふたりの耳を吹き抜けた。その声は、優しくも厳しい、暖かくも力強い、心に響く声であった。
 キン肉マンルージュとミーノはバッと頭を上げ、声がした入り口のあたりに、シュバッと顔を向ける。
 開かれた入り口の扉の前に、美しい女性がたたずんでいた。
 女性は、自己主張の少ない控えめな美人という印象を周囲に与えつつも、その容姿は美しすぎる。女性はそれほどの美貌の持ち主で、美しすぎる美熟女である。

「お、お母さん!」

 美熟女の姿を見て、キン肉マンルージュは驚きの声を上げた。

「お母様? キン肉マンルージュ様の?」

 扉から差し込む日の光が逆光となり、ミーノからは美熟女のシルエットしか確認できない。ミーノは目の上に手をかざし、眩しげに目を細める。

「凛香ちゃんなら大丈夫よ。堂々と戦ってらっしゃい」

 美熟女はキン肉マンルージュのそばまで歩み寄り、優しく微笑みかけた。

「あ、あなた様は!」

 ミーノは目を見開いて、驚きの声を上げた。

「二階堂マリ様!」

“ずどしゃぁん”

 驚きのあまりに、ミーノはテーブルから転げ落ちてしまう。

「あらあら、大丈夫?」

 マリはミーノに手を差し伸べた。ミーノは後頭部を撫でながら、頬を赤らめてマリの手を取った。

「ミートおにぃちゃんの初恋の人、二階堂マリ様」

 ミーノは呟きながら、マリの前で片ひざをつき、手を胸に当てる。そして、深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかりまして、光栄でございますぅ」

 マリは両手を膝に置き、ミーノと同じ目線になるように腰を屈めた。

「あなた、ミートくんの妹さん?」

 ミーノはマリの言葉を聞いて、ハッとした。

「あ! いえ! ミートおにぃ……じゃなくて、ミート様ですぅ! け、決して私は、ミート様の妹などではございませんですぅ! ……あの、その、ミート様は、私の義理のおにぃちゃんで……あ! それは秘密でして! ……その、あの、私は……私はミート様の、ただのお世話役なのですぅ!」

 あたふたと慌てふためくミーノは、目がぐるぐると渦を巻いている。

「その、その、あの、あの……私、キン肉王家の使用人としては、すっごいドジで……ドジドジのドジで……どうしようもなく、ドジすぎなのですぅ……ある日、ドジすぎて使い物にならないと判断されてしまった私は、戦力外通知……つまり、クビを宣告されてしまったのですぅ……でも、そんなできの悪い私を、ミート様は……自分のお世話係に欲しいと、言ってくれたのですぅ」

 ミーノは目を潤ませ、うつむいてしまう。

「ミート様、本当はお世話係が欲しかったのではなくて……私がクビにならないように、かばってくれたのですぅ……そしてミート様は、どうしようもなく不出来な私を、きちんと教育してくれたのですぅ……たくさんのしつけを、たくさんの勉強を……ミート様は私を、たくさんお世話してくれたのですぅ……これでは、どちらがお世話係なのか、わからないのですぅ……なので……だから……」

 身体を震わせながらうつむいていたミーノは、突然、顔を上げる。

「ミート様は私を救ってくださった、恩人ですぅ! そして私を育ててくれた、おにぃちゃんですぅ!」

 控室中にミーノの声が響き渡る。ミーノは慌てて、両手で口を塞いだ。そして、ぽそっと呟く。

「……というのは、秘密なのですぅ」

 ミーノの話を聞きいっていたマリとキン肉マンルージュは、なるほどと手を叩いた。

「つまりミートくんは、あなたの育ての親であって、あなたのお兄さんなのね」

「そうですぅ……って、それは秘密なのですぅ! ……でも、そうですぅ」

 ミーノは両腕をばたばたさせながら、首を左右に振ったり、縦に振ってうなずいたり、パニックになっている。

「ごめんなさいね、ミーノちゃん。困らせるような質問をしてしまって」

 困惑しているミーノに寄り添い、マリはミーノの頭を優しく撫でた。

「ミーノちゃんには、他人に知られてはいけない、秘密の事情があるのね。でも大丈夫、決して他の人に話したりはしないから」

 マリはミーノの顔の前で、小指を立てて見せる。

「は、はい! ありがとうございますぅ!」

 ミーノは自分の小指を、マリの小指に絡ませた。そして、指きりげんまんの歌詞を口ずさむ。

「ゆーびきーりげーんまーん、うっそついたら、素顔を人前に、さ~らすッ! ゆーびきったーッ! ですぅ!」

 キン肉マンルージュはキョトンとした顔で、ミーノを見つめる。

「その指きり、キン肉星の指きりなの?」

「はい、そうですぅ! “キン肉族は生涯、マスクをかぶって過ごし、もしも誰かに素顔を見られたら死ななければならない”……という掟を見事に表現した、キン肉星ならではの指きりですぅ!」

「……おちゃめだけど、しゃれになってないね、その指きり……」

「針を千本も飲ませるという非人道的な拷問を強要する日本の指きりより、はるかに人道的な気がしますですぅ」

 マリはキン肉マンルージュの肩を、ちょんちょんと人差し指でつつく。

「凛香ちゃん? 私には、テーブルの上に座るというお行儀の悪い行為も、非人道的だと思うのだけど」

 キン肉マンルージュはハッとして、マリの方に顔を向ける。そこには、にっこりと笑顔を浮かべているマリがいた。しかし、得も知れない迫力が、その笑顔にはあった。

「ご、ごめんなさい! マリお母さん!」

“ずどしゃぁん”

 焦ったキン肉マンルージュは慌てふためき、勢い余ってテーブルから落下してしまう。
 激しく打ちつけた顔と腰をさすりながら、キン肉マンルージュはゆっくりと身体を起こす。

「はじめまして、ミーノちゃん」

 マリは笑顔のまま、ミーノに話しかける。

「ミーノちゃんの事情は少しだけどわかったわ。だから、今度は私達のことをお話しないとね。私は二階堂マリと申します。住之江幼稚園の園長をしています。そして」

 マリはキン肉マンルージュの肩を掴んで、抱き寄せた。

「この子は凛香。私の園に住んでいる、私の子供のひとりよ」

 キン肉マンルージュは顔を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうに身をよじる。

「わたし、ね。凛子お姉ちゃんと同じなの。赤ちゃんだったわたしはね、園の前で捨てられてたんだって。そんなわたしを育ててくれたのが、マリお母さんなの」

 ミーノは“凛子”の言葉を聞いてハッとする。

「凛子様! あの万太郎王子様のガールフレンドの! ……そうですか。凛子様、凛香様、おふたりには共通の辛い過去があったのですね……つまり、凛子様と凛香様は、義理のご姉妹なのですね!」

 ミーノは目を輝かせて、キン肉マンルージュを見つめる。

「私も、赤ちゃんのときにキン肉王家に拾われた身なのですぅ。なんだか凛香様とは、とても深い縁というか、強い運命を感じますですぅ!」

 ミーノは、がっしりと、キン肉マンルージュの手を握った。

「そうだよね。わたしもミーノちゃんのこと、他人とは思えないもん!」

 ふたりは手を握り合いながら、きゃっきゃとその場で飛び跳ねる。

“間もなく、キン肉マンルージュ選手の入場ですッ! 登場口にご注目をッ!”

 外から入場を促すアナウンスが聞こえてきた。
 いつの間にか、選手入場の時間になっていた。
 キン肉マンルージュとミーノは顔を見合わせながら、青ざめていく。

「試合の対策、たてられなかったですぅ!」

「ただ自己紹介しただけで終わっちゃったよぉ!」

 キン肉マンルージュとミーノは頭を抱えて、床上で身悶える。

「わたし、どうしたらいいの? 何をどうすればいいのか、さっぱりわかんないよ?! このままじゃ、本当に殺されちゃうよ!」

「ああああああ、ごめんなさいですぅ! ごぉめんなさいですぅ! 何のアドバイスもできませんでしたですぅ!」

 床上で転げまわるキン肉マンルージュとミーノに、マリは言葉を掛ける。

「凛香ちゃん、ミーノちゃん、このまま選手入場なさい」

 キン肉マンルージュとミーノはエッと驚いて、マリに注目する。

「大丈夫だから、思いっきり戦いなさい、凛香ちゃん」

 そう言ってマリは、ミーノの手を掴み、出入り口の扉に向かう。

「先にミーノちゃんと行って、待っているわ」

 マリに手を引かれているミーノは焦って、キン肉マンルージュの方を振り返る。

「ええ? えええええ?! そんな、アドバイスも対策も、何もしていないのですぅ! それなのに、グレート・ザ・屍豪鬼に勝てるわけがないのですぅ! こんな状態でリングの上に立つなんて、無謀ですぅ! 自殺行為ですぅ! これでは、キン肉マンルージュ様を見殺しにするのと同じなのですぅ!」

 マリを止めるべく、ミーノは立ち止った。しかしマリは、強い眼差しをミーノに向けた。

「大丈夫だから、凛香ちゃんを信じてあげて」

 ミーノはマリの目を見て、根拠の無い納得を得る。なぜだかマリを見ていると、本気で大丈夫なような気がしてくる。
 ミーノは不安げな顔をしながらも、黙ってマリと一緒に扉に向かう。

「……マリお母さんが言うんだもん、絶対に大丈夫だよ」

 ミーノの耳に、キン肉マンルージュの呟きが届いた。ミーノはふとキン肉マンルージュの方に顔を向ける。そこには、気力と気合に満ち溢れた、堂々としたファイターの顔をしたキン肉マンルージュがいた。

「行きますよ、ミーノちゃん」

 マリは振り返ることなく、ミーノの手を引いて外に出た。
 控室を出ると、そこにはリングまで続くスロープが用意されていた。マリはスロープを使わず、地上からリングに向かって歩を進める。

「ミーノちゃん。キン肉マンルージュは、キン肉マンさんの全てを受け継いでいるのでしょう?」

「は、はい。そうなのですぅ」

「ならきっと、やってくれるわよ、あの子」

「え? やってくれる? 何をですぅ?」

 頭の中を疑問符でいっぱいにしているミーノをよそに、マリは落ちつき払ってキン肉マンルージュの入場を待つ。

“れでぃーす、あぇんど、じぇんとるマッスル!”

 会場に設置されているスピーカーから、突然の大音量で、キン肉マンルージュの肉声が流れだした。

“プリプリプリティ、ルージュなマッソォゥル! キュンキュンキュートなハートもマッソォゥル!”

 そしてキン肉マンルージュによる、謎のアカペラソングが始まった。

「???なんですぅ、これは???」

 ミーノは目を疑問符にした。

「ふふふ、この歌はね、凛香ちゃんが小さい頃から口ずさんでいた、オリジナルソングなの」

“全身ピンク、でもルージュ(赤!)マッスル守護天使、キン肉マンルージュゥッ!”

 キン肉マンルージュのテーマソングと思われるその歌は、魔法少女もののアニメを彷彿とさせる。可愛らしくも勇ましく、少女らしさと幼女っぽさが入り混じった、パッションピンクに包まれた気分にさせられる歌であった。

“超人強度は控えめだけど~、絶対倒すよ悪行超人~”

 会場は突然流れ出したアカペラソングに、騒然となっている。なんとも言い難い雰囲気に包まれた会場に向かって、控室の出入り口から勢いよくキン肉マンルージュが飛び出してきた。

“おおおおお! ……んんんんん?!”

 キン肉マンルージュの登場を心待ちにしていた観客は、キン肉マンルージュの姿を目の当たりにして、頭の中を疑問符でいっぱいにした。
 観衆の前に颯爽と現れたキン肉マンルージュ。その手には、先端に大きなハートのついたバトンが握られていた。そしてハートの中心には、丸文字で“肉”の文字が刻まれている。
 更にキン肉マンルージュの背中には、天使を思わせる真っ白な翼が生えている。
 だが、観客が頭の中を疑問符でいっぱいにしたのは、キン肉マンルージュがまとっているコスチュームにあった。
 キン肉マンルージュが着ているのはメイド服。黒と白を基調とし、指し色にピンクが使われている、フリルいっぱいのメイド服。
 スカートは、足首まで隠れるほどに長い丈ではあるが、パラソルのように膨らみ広がっているので、太ももがあらわになっている。
 脚には真っ白なニーソックス、足には黒いエナメルの可愛らしい靴を履いている。

「?????こ、これは、いったい????? ですぅ」

 リングサイドまで辿り着いたミーノは、キン肉マンルージュの姿を見て、思考が止まってしまった。

「短時間で作ったわりにはよくできているけれど、バトンと翼は段ボール、衣装は控室にあったものを拝借したみたいね」

 マリはいたって冷静に解説をする。
 状況が把握できないでいる観衆を、更においてきぼりにするかのように、キン肉マンルージュはかん高い、幼な可愛い声を発する

「女は度胸! 2も度胸! 3、4がないなら、それも度胸!」

 そしてキン肉マンルージュはお尻を突き出し、身をくねらせる。バトンをくるくると回しながら、もう片方の手を軽く握り、口にあてがう。

「キン肉マンルージュの半分は、度胸と優しさでできてマッスル!」

 キン肉マンルージュは投げキッスをしながらウィンクをした。そしてリングに向かって走り出す。
 しかしリング手前まできたところで、キン肉マンルージュは何も無いのにつまづいた。そして顔面を思い切りスロープ上に打ちつけて、派手に転んでしまった。

“どっ!”

 観客席から怒涛の笑いが巻き起こる。

“ぎゃあっはっははははは! さすがはキン肉マンの名を持つ超人ちゃん!”

“これだよ、これ! 待ってました! このとんでも、おもしろ、リングイン! これだからキン肉族の試合は目が離せねぇ!”

 笑いの大波が押し寄せる中、キン肉マンルージュは転んだ勢いで、ごろごろとでんぐり返しを続けている。そして突然、“とぅ”という威勢のよい声と共に、キン肉マンルージュは飛び上がった。
 宙を舞うキン肉マンルージュは、身体を捻ったり、回転したり、エビ反ったりと、様々な動きを披露しながら、リングに向かって飛んでいる。

“ずだぁん”

 無事、着地。そしてキン肉マンルージュは段ボール製のバトンをグレート・ザ・屍豪鬼に突きつけ、勇ましいドヤ顔を向ける。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」

「言葉の意味は全く解らんが、とにかく無駄にすごい自信じゃのお」

 先にリングインをして、自陣のコーナーポストの先端であぐらをかいていたグレート・ザ・屍豪鬼は、大きなあくびをしながら立ち上がった。

「わざわざすまんのお、儂のためにマッスルジュエルを運んできてもらって」

 そう言ってグレート・ザ・屍豪鬼は、コーナーポストの先端からキン肉マンルージュに向かって飛び上がった。

“どずぅん”

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの目の前に着地した。キン肉マンルージュの鼻先1センチメートル先に、グレート・ザ・屍豪鬼のいかつい顔がある。

「よく逃げ出さずに、のこのこやってきたのお。褒めてやるぞい。ご褒美に、特別中の特別メニューで、しごきにしごき抜いてやるぞい!」

 1センチメートルという至近距離で、グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを睨みつけた。そのあまりの迫力のせいで、リング上に突風が吹き抜ける。

「ひっ」

 風にツインテールをなびかせながら、キン肉マンルージュは小さな悲鳴を上げた。目は涙目になっている。

「シゴシゴシゴッ! 儂の邪悪なオーラに恐れをなしたか!」

 そしてグレート・ザ・屍豪鬼は、歪んだ笑みを浮かべる。

「まぁあた、漏らしよったか? ションベンを! おいおい嬢ちゃんよお、これ以上神聖なリングを汚さんでくれんかのお? おっと、むしろ浄化しとるのか? 聖水でのお! シゴシゴシゴッ!」

 皮肉と嫌味の詰まった、悪意の塊のようなグレート・ザ・屍豪鬼の言葉が、キン肉マンルージュを襲う。しかしキン肉マンルージュは首を振って、目に溜まった涙を払い飛ばし、強い眼差しでグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつける。

「おしっこを漏らすのは、あんたの方よ!」

“ずごぉん”

 鈍い肉音が周囲に響く。心なしか、チンという金属音が混じっていたような気がする。

「ぐっ! ぐおわおぉぉぉッ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はその場で飛び上がり、股間を両手で押さえている。そして悶絶しながら、ドタバタとリング上を転げまわる。

「48の殺人技のひとつ、マッスル会心のキン的!」

 キン肉マンルージュは膝蹴りのポーズをとったまま、真剣な顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向けている。そして静かに息を吐き、言った。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」

 グレート・ザ・屍豪鬼は涙目になりながら、キン肉マンルージュを睨みつける。

「こんのションベンガキ超人めが! ふざけた真似しくさりおって!」

「わたし、ションベンガキ超人なんかじゃないもん! このセクハラパワハラおやじ超人!」

 キン肉マンルージュも、負けじとグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつける。

「シゴシゴシゴッ! 笑わせるわい、ションベンガキ超人めが! どうせまた、漏らしちまったんじゃろう? ションベンを! さっきからションベン臭いんじゃい、貴様は!」

「あんたこそマッスル会心のキン的で、ちびったんじゃないの? あんたなんて、尿臭にプラスして、加齢臭までするもんね!」

 ふたりは睨みあいながら、火花を散らす。
『本当は少しだけ、ちびちゃったんだよね、じゅんって……』
 心の中でそっと呟くキン肉マンルージュ。
『本当は2、3滴ちょろろんと出ちまったんじゃがのお、小便……』
 心の中でそっと呟くグレート・ザ・屍豪鬼。
 ふたりは自分の股間をちらっと見て、そして再び睨みあう。

「本当は漏らしちまったんじゃろうが! だったらしょうがない、特別に儂のパンツを貸してやるわい! さっさと、いま履いているションベンパンツを脱いで、この場で履き換えてみせろい! このションベンガキ超人!」

「うわー! うわー! 超セクハラ! 超人警察にワイセツ罪で捕まりなさい! それ以前に、あんたなんかのパンツなんて触りたくもないわよ! 変な病気をうつされちゃうもん! このバイオハザード超人!」

「言うにこと欠いてバイオハザード超人じゃとお! 儂は生まれてこの方、風邪すらひいたことがない、超健康優良悪行超人様じゃい!」

 いがみ合うふたりは、今にも掴みかかりそうな勢いである。

「こんのションベンガキ超人めが! いい気になりおってからに! 今すぐ八つ裂きにしてくれるわ!」

「こんのおやじ超人! 今度はマッスル会心のキン的プレミアムで、いちもつを粉砕してやるんだから!」

 怒り狂ったふたりはしびれを切らし、遂に、お互い跳びかかった。

「双方ともお止めなさい!」

 突然、凛とした美声がリング上を吹き抜けた。会場中に響き渡ったその声は、聞く者全ての心に喝を入れた。
 キン肉マンルージュとグレート・ザ・屍豪鬼は、リング中央で立ち止まった。あと数ミリメートルで激突、というぎりぎりの状態で、ふたりは静止している。

「ゴングを待たずに、勝手に試合を始めるなんて、言語道断。ゴングに始まり、ゴングに終わる。それがリング上で戦う者の礼儀でしょう」

 キン肉マンルージュとグレート・ザ・屍豪鬼は、声の主の元へ顔を向ける。

「ごめんなさい。マリお母さん」

 キン肉マンルージュは後悔の表情を浮かべて、自陣のコーナーポストに戻った。

「マリ? だとお……もしや、あの二階堂マリか! 昔、キン肉マンと付き合っていたとかいう女か! ……シゴシゴシゴッ! こいつは面白くなってきおったわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は薄ら笑いながら、マリを睨んだ。対するマリは、涼しい顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向けている。

「その全く物怖じしない態度、そこのションベンガキ超人なんぞより、よっぽど肝が据わっておるわい。さすがは二階堂マリじゃあ

 グレート・ザ・屍豪鬼はマリに背を向け、自陣のコーナーポストに向かう。

「あの正義超人随一の名セコンドである、ミートにも匹敵するほどの影響力を持つと言われている、脅威の女。ミートとは違ったアプローチで、選手に的確なアドバイスを贈るという」

 グレート・ザ・屍豪鬼はコーナーポストにもたれ掛かかりながら、両腕をロープ上に乗せる。

「さあ! ゴングを鳴らせい! 例え超一流のセコンドがつこうが、キン肉マンの力を受け継いでいようが、こんなションベンガキ超人なんぞ、儂の敵ではないわい! d.M.pメイキング超人であったグレート・ザ・屍豪鬼様の恐ろしさ、とくと目に焼きつけるがいいわ!」

 自陣のコーナーポストに寄りかかって凄むグレート・ザ・屍豪鬼。対するキン肉マンルージュは、自陣のコーナーポストと向き合いながら、キャンバスに顔を向けている。がちがちと歯を鳴らし、肩がぶるぶる震えている。

「大丈夫よ、凛香ちゃん」

 マリはキン肉マンルージュに近寄って、声を掛ける。

「あなたは今、キン肉マンルージュなのよ。小さい頃から思い描いてきた、胸焦がれ憧れてきた、キン肉マンルージュなの。だから自分を信じて、思い切り暴れてらっしゃい」

 マリの言葉が耳に届いたキン肉マンルージュは、目の輝きを取り戻す。

「わたしはキン肉マンルージュ! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」

 キン肉マンルージュは両手でロープを掴み、引っ張る。そしてロープの反動を利用して、後方に向かって飛んだ。飛び上がった勢いで、キン肉マンルージュの背に生えている翼、腰に掛かっているバトン、特殊デザインのメイド服は脱げ落ちる。そしてリングサイドにいるミーノに、それらがバサバサと降りかかった。

「え? え? ええ? はわわわわあ! ですぅ!」

 ミーノは降りかかってくるキン肉マンルージュの追加コスチュームを、必死になって回収する。
 そんなミーノを尻目に、キン肉マンルージュは宙で回転し、リング中央に着地する。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」

 キン肉マンルージュの決め台詞が言い放たれた直後、“カーン!”と、試合開始のゴングが鳴り響いた。

「シゴシゴシゴッ! この一撃で、貴様は終いじゃい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はゴングと同時に、キン肉マンルージュに向かって突っ込んでいく。グレート・ザ・屍豪鬼は自陣のコーナーポストから相手側のコーナーポストまで、一気に走り抜けた。

“ずがしゃぁあん!”

 キン肉マンルージュ側のコーナーポストに、グレート・ザ・屍豪鬼の身体がめり込む。
 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュに、体当たりを喰らわした。

「シゴシゴシゴッ! 試合開始直後の出会いがしらで、いきなりのタックルじゃい! 素人のションベンガキ超人には絶対に避けられん、完璧なタックルじゃい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は高らかに笑い上げながら、コーナーポストからゆっくりと身を起こした。
 しかし、そこにはキン肉マンルージュの姿は無かった。

「うふふ、そんなお粗末な猛牛タックル、このキン肉マンルージュには当たりませんッスル!」

 背後からキン肉マンルージュの声が聞こえたグレート・ザ・屍豪鬼は、猛烈な勢いでリング中央に向き直る。

「バカな! 儂のタックルをかわしただとお?! スピードも、タイミングも、勢いも、完璧じゃった儂のタックルを!? なぜじゃい! なぜ避けられたんじゃい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はギリリィと歯を鳴らした。そして息をつく間も無く、再びリング中央にいるキン肉マンルージュに向かって突っ込んでいく。

「これならどうじゃい!」

 キン肉マンルージュと激突する寸前に、グレート・ザ・屍豪鬼は急なスピンをして身体を半回転させる。そしてキン肉マンルージュの真横に移動した。
 グレート・ザ・屍豪鬼の動きに反応できないのか、キン肉マンルージュは微動だにせずにその場で立ち尽くしている。

「今度こそ終いじゃい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、身体全体をキン肉マンルージュにぶち当てる。
 しかしグレート・ザ・屍豪鬼は、手応えを感じられなかった。

「ッ!! ……バカな」

 キン肉マンルージュは涼しい顔をして、リング中央にたたずんでいる。

「今のフェイントは完全に貴様の虚をついていた……今のタックルが避けられる奴なんぞ、d.M.pにも数えるほどしかおらんかったぞお」

 驚きを隠せないグレート・ザ・屍豪鬼は、周囲に耳を傾け、観客の声に集中する。

“うおおぉぉおおッ! すげぇぜ! まるで闘牛だぜ!”

“キン肉マンルージュちゃん、しびれるぜぇ! グレート・ザ・屍豪鬼の攻撃を、紙一重ですり抜けるなんて!”

「……そういうことかい」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、キン肉マンルージュに向かって正対する。そして隙の無い構えをとる。

「どうやら虚をつかれたのは、儂の方だったようじゃのお。貴様は儂の気配を察知しながら、同時に儂の攻撃を予測し、そして紙一重で、儂の攻撃をかわしていたようじゃなあ」

 観客の言葉から状況を分析する、グレート・ザ・屍豪鬼。

「偶然、ではないな。偶然は2度も続かんもんじゃい。儂の攻撃を2度も避けた……認めようじゃないか、貴様を。一流の超人だと」
 グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いた観客は、沸きに沸きだした。

“すげぇ! すんげぇ! 本物だぁ! キン肉マンルージュの実力は本物だぁ!”

“ガゼルマンを秒殺したグレート・ザ・屍豪鬼が認めたぁ! キン肉マンルージュは本物の正義超人だぜぇ!”

 沸き立つ観客を尻目に、リングサイドからふたりの戦いを見守っているマリは、冷静に呟いた。

「凛香ちゃんが秘めている能力に、いち早く気がつくなんて、凄いわねグレート・ザ・屍豪鬼。更に観客の反応から、相手の実力を測ってしまう分析能力。そして相手を一流と認めたら、すぐに気持ちを切り替える精神コントロールの高さ。さすがは一流のベテラン超人ね」

 マリの横で、ミーノは呆然としながらキン肉マンルージュを見つめている。

「すごいですぅ。本当にすごいのですぅ。2回タックルを避けただけですが、それでもすごさが伝わってきたですぅ! キン肉マンルージュ様……いったい何者なのでしょう、ですぅ」

 観客の視線を独り占めにしているとも知らずに、キン肉マンルージュは冷静に、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって構えをとっている。

「今度は、こっちの番ッスル!」

 キン肉マンルージュは、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって突進する。
 そんなキン肉マンルージュを、グレート・ザ・屍豪鬼は集中して見つめる。

「……体当たり……と見せかけての……脇腹にミドルキックじゃな……」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの筋肉の動き、目線、息遣いなど、様々な情報を読み取っている。そして、次に繰り出される攻撃を予測する。

「シゴシゴシゴッ! 見切ったわあ! バカめが、返り討ちにしてくれるわあ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の予測通り、キン肉マンルージュは体当たりと見せかけて、ミドルキックを放った。グレート・ザ・屍豪鬼は待っていたと言わんばかりに、キン肉マンルージュのミドルキックにカウンターをあわせ、豪快なラリアットを放った。
 しかし、グレート・ザ・屍豪鬼のラリアットは宙を切り、かわりにキン肉マンルージュの肘が、グレート・ザ・屍豪鬼の脇腹に深々と突き刺さった。

「ぐふぁ!」

 カウンター気味に入ったキン肉マンルージュの肘は、グレート・ザ・屍豪鬼の顔を歪ませた。
 動きが止まるグレート・ザ・屍豪鬼。しかしキン肉マンルージュは、追い討ちの攻撃を仕掛けることはせず、グレート・ザ・屍豪鬼のそばから素早く離れ、リング中央にまで移動する。

「うふふ、返り討ちにしてやれなくて、残念でしたッスル!」

 キン肉マンルージュはペロッと舌を出した。

「バカなあ……カウンターをカウンターで返しよった……」

 グレート・ザ・屍豪鬼は苦悶の表情を浮かべながら、困惑している。

「しかも、この肘打ちの威力……いくらカウンターで入ったとはいえ……なんなんじゃあ、この違和感は……」

 グレート・ザ・屍豪鬼は脳をフル回転させて、現状を分析する。

「じゃがなあ、貴様……相手の攻撃をかわしたり受けたりはできても、自分からは攻撃できぬのじゃろう? あくまでも相手の攻撃を誘発し、その瞬間を狙って攻撃をする……随分と玄人好みの、渋い戦い方じゃのお」

 キン肉マンルージュはペロッと舌を出す。

「うふふ、残念でしたッスル!」

 そしてキン肉マンルージュは、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって突進する。

「シゴシゴシゴッ! 自ら攻撃へ転じるか! やれるものなら、やってみるがよいわあ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は再び集中して、キン肉マンルージュを見つめる。

「……このタックル……下半身狙い……スライディングによるローキックか……」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの攻撃を予測した。
 キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼の目の前にまでくると、膝を折って姿勢を低くした。

「やはり、脚狙いかあ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は瞬時に反応し、宙へ飛び上がった。

「うふふ、残念でしたッスル!」

 キン肉マンルージュはペロッと舌を出しながら、折った膝を急激に伸ばした。そしてそのまま、グレート・ザ・屍豪鬼を追うように飛び上がった。

「バカなあ! 膝を折ったのはスライディングの体勢に入るのではなく、跳躍するための溜めじゃったのかあ!」


「うふふ、正解でッスル!」

 宙にいるグレート・ザ・屍豪鬼は、キン肉マンルージュの突進を避けることができない。グレート・ザ・屍豪鬼はとっさに腹部をガードした。
 キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼がガードをしたのを見極めると、グレート・ザ・屍豪鬼に背を向けた。

「48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパーボム!」

 キン肉マンルージュの可愛らしいお尻が、グレート・ザ・屍豪鬼の顔面を打ちつける。

「アーンド! 48の殺人技のひとつ、マッスルヒップスーパービンタ!」

 そしてキン肉マンルージュはお尻を思い切り振り、お尻で連続ビンタを喰らわす。
 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの激しい攻撃に、吹き飛ばされてしまう。しかし宙で体勢を整え、グレート・ザ・屍豪鬼は無事、リング上に着地する。

「くぅっそおぉぉったれえぇい! まさか自分からも攻撃ができるとはのお……」

 ぽたぽたと血の滴が、キャンバス上に垂れ落ちる。グレート・ザ・屍豪鬼の鼻と口角から、血が滴り落ちている。

「女性超人のヒップアタックという、なんとも羨ましい……失礼、なんとも悩ましいキン肉マンルージュ選手の攻撃でしたが、グレート・ザ・屍豪鬼選手、思いのほか、かなりのダメージを負った模様。一体これは、どういうことなのでしょうか。中野さん」

 実況席にいるアナウンサーが、解説者の中野さんに意見を求める。

「キン肉マンルージュ選手は、あの伝説超人キン肉マンの能力を受け継いでいますからねえ。か弱き少女のヒップアタックに見えますが、実際は時速100キロメートルで疾走する自動車に激突されたほどの衝撃があったと思われますよ、これは」

「違う! 違うんじゃあ!」

 突然、グレート・ザ・屍豪鬼は声を上げた。

「ひぃッ」

 アナウンサーと中野さんは驚いて、口をつぐんだ。

「肘打ち、ケツビンタの2連撃を受けてみて、ようやく解ったわい、違和感の正体があ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュを睨みつける。

「確かに伝説超人キン肉マンの力を受け継いでいるからのお、その攻撃には相当の威力というものが備わっておるわ。じゃがのお、威力がありすぎるんじゃい! さっきのヒップアタック、まるで時速100キロメートルで疾走する大型トラックに激突されたようじゃったわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しく顔を歪める。

「長らく悪行超人をやってきた、ベテラン超人である儂じゃからこそ解るんじゃあ! 貴様の攻撃は、いわば会心の一撃、クリティカルヒットじゃあ! 攻撃の入り所、角度、タイミング、などの様々な要素が重なり、通常以上の威力を発揮する攻撃……貴様はそう言った、いわばラッキーパンチのような攻撃を狙って、自在に放っておる! そうじゃろう? キン肉マンルージュよ!」

 キン肉マンルージュはよく解らないという顔をして、グレート・ザ・屍豪鬼に答える。

「そんなの狙ってないもん! わたしはわたしができる、最高の攻撃をしているだけだもん!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの言葉を聞いて、目を丸くした。

「なんじゃとお? じゃあ貴様は、無意識のうちにクリティカルヒットを放っておるのか? なんて奴じゃあ」

 驚いているのは、グレート・ザ・屍豪鬼だけでは無かった。

“うおおおおお! マジかあ?! キン肉マンルージュちゃんは、全攻撃がクリティカルヒットなのかよお!”

“すげえぜ! 反則級のスゴ技だぜえ!”

 観客が驚いている中で、マリはグレート・ザ・屍豪鬼を見つめていた。

「本当に凄いわ、グレート・ザ・屍豪鬼という超人。こんなに早く、凛香ちゃんの能力に気がつくなんて……」

 呟くマリの言葉を聞いて、ミーノはマリに質問をする。

「凛香様、いえ、キン肉マンルージュ様の能力って、一体なんなのですぅ? いくらキン肉大王様の力を受け継いでいるとは言え、それだけでは説明できないことが、目の前で起きていますですぅ」

 マリはキン肉マンルージュを見つめながら、説明を始める。

「凛香ちゃんはね、両親がいないせいなのか、とても引っ込み思案な子なの。内にこもってしまう、凛子ちゃんとは真逆の性格の子よ。そんな凛香ちゃんはね、小さい頃から大の正義超人好きだったわ。正義超人はね、自分よりもパワーが上の悪行超人をやっつけるでしょう。そして困っている人々を救うの。そんな姿が大好きで、ひたすらに正義超人に熱を入れ上げてたわ」

 過去を振り返るマリは、優しい目でキン肉マンルージュを見つめている。

「凛香ちゃんは独自に、正義超人について調べ上げていたわ。毎日毎日、書籍、ビデオ、インターネット、画像、動画、様々なものに見入って……凛香ちゃんは正義超人の熱狂的ファン、今で言うところの……オタクなのよ」

「キン肉マンルージュ様は正義超人オタク、なのですぅ?」

 マリは頷いて、話を続ける。

「確かに、ただの人間の女の子である凛香ちゃんが、いくら正義超人について調べ上げても、勉強をしても、研究しても、結局は正義超人オタク。それ以上でも、それ以下でもないわ。でも、もしも……もしも、そんな凛香ちゃんに、超人的な能力が備わったなら?」

「正義超人の全てを知り尽くした凛香様に、超人の能力が備わるのですぅ? ……それって! マッスルジュエルの力を得た、今の凛香様そのものですぅ!」

「凛香ちゃんはね、特に正義超人の試合の映像を好んで観ていたの。しかも、自分のお気に入りのシーンを抜粋して、編集までしていたわ。そのシーンの全てが、正義超人のクリティカルヒットが命中したシーンだったのよ」

 ミーノは脳をフル回転させる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいですぅ! ……ええと、つまり、凛香様は……新旧問わず、正義超人達のプロフィールはもちろん、歴史、超人格闘術、そのほか様々な技や、果ては細かい癖なども、全て把握しているというわけですよね? ……そんなに膨大な情報、ヘラクレス・ファクトリーですら教えきれていないですぅ!」

 ミーノは顎に手を当てながら、考え込んでいる。

「更に、正義超人のクリティカルヒットシーンを、毎日のように、繰り返し見続けたことによって……凛香様の脳裏には、クリティカルヒットシーンが得に焼きついていて……」

 ミーノはぶつぶつと呟きながら、ぼんやりとした目で、宙を見つめている。

「そんな凛香様が、あの伝説超人キン肉マン様の力を受け継いだのですぅ……これって!」

 ミーノは脳を回転させすぎて、ぷすぷすと頭から煙がたっている。

「今の凛香ちゃんは身体的にも、精神的にも、誰にも負けない超一流の超人よ。その実力はキン肉マンさん以上……というのは言いすぎだけれど、少なくともキン肉マンさんに匹敵するほどの実力を持った超人、だと言えるわね」

 ミーノはその場でぐるぐる走り回りながら、きゃあきゃあと騒ぎ立てる。

「すごいですぅ! すごすぎなのですぅ! なぜマッスルジュエルが、ただの年頃乙女な人間である凛香様をお選びになられたのか、ようやく理解できた気がしますですぅ!」

 はしゃいでいるミーノの横で、マリは表情を変えずに呟いた。

「でも、全く心配事が無いわけじゃないのだけれど……ね」

 マリの呟きは、ミーノの耳には届かなかった。

「これでようやく、キン肉マンルージュ様の強さの秘密が解りましたですぅ! 相手の攻撃を避けるあの体裁きは、あらゆる中国拳法を極め、超人拳法の奥義“超人102芸”をも修得したラーメンマン様のものですぅ! そして突進力はバッファローマン様、瞬時に相手を分析して見極める能力はテリーマン様ですぅ! その他にも、たくさんの正義超人の能力がふんだんに使われていますですぅ! すごいですぅ! 本当の本当にすごいのですぅ!」

 リングサイドではしゃいでいるミーノをよそに、キン肉マンルージュと攻防を続けているグレート・ザ・屍豪鬼は、動きを止めた

「シゴシゴシゴッ! そういうことじゃったか! キン肉マンルージュ、どうりで強いわけじゃのお」

 高らかに笑うグレート・ザ・屍豪鬼を見て、マリは気がついた。

「ミーノちゃん……どうやら私達の会話は、グレート・ザ・屍豪鬼に聞かれていたみたいね」

「えええええ!? ですぅ」

 グレート・ザ・屍豪鬼はマリとミーノを見つめながら、にたりと笑った。

「情報収集というのはのお、相対する相手からのみ得るものじゃあないんじゃあ! ときには観客から、ときには実況アナウンスから、そしてときには相手のセコンドから……周囲を見逃さず、聞き逃さず……そうやって情報を集めるじゃい! じゃからのお、儂は通常の超人より視力、動体視力、聴力が、異常なまでに発達しておるんじゃあ!」

 マリは表情を曇らせ、呟く。

「戦いの最中に、そこまで周囲に気を配れるなんて……末恐ろしい超人だわ、グレート・ザ・屍豪鬼」

「シゴシゴシゴッ! お褒めにあずかって光栄の極みじゃわい、二階堂マリよ。貴様の消え入りそうな声も、ちゃあんと儂の耳に届いておるぞお」

 グレート・ザ・屍豪鬼はマリに向かって、意地悪く笑って見せる。

「さあて、そうと解れば、もう分析タイムは終いじゃあ」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキン肉マンルージュの方に向き直る。

「キン肉マンルージュ、気をつけて! グレート・ザ・屍豪鬼はもう出し惜しみ無しで、全力の攻撃を仕掛けてくるわよ!」

 マリはキン肉マンルージュに向けて、声を上げた。

「シゴシゴシゴッ! 二階堂マリの言うとおりじゃあ! ここからは全開でいくぞい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は勢いをつけて、右腕を振り上げる。

「ブラッディ・バンブレ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀に変化する。

「喰らえい! しごき桜・乱れ咲きの刑!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は赤黒い竹刀を、キン肉マンルージュ目がけて振り下ろす。

“ずぐばしぃゅううぅぅぅん”

 リング上の白いキャンバスに、鮮血の血桜が乱れ咲く。

「な……なぜ……なぜじゃあ……」

 グレート・ザ・屍豪鬼はキャンバスに膝をつき、口から血を吐き出した。

「しごき桜・乱れ咲きの刑。その技はもう見切ってるし、攻略済みだもん」

「な、なんじゃとお……」

「しごき桜・乱れ咲きの刑、これってブラッディ・バンブレが起こす小型の嵐に、あんたの邪悪オーラを練り混ぜて、相手の身体を引き裂く技でしょう? 言いかえれば、邪悪な鎌いたち、ってとこかなあ」

 グレート・ザ・屍豪鬼は言葉を失った。全くの図星であった。

「でもこの技って、あんたの正面にいなければ、攻撃を受けることは無いんだよね。だから技の発動の瞬間にね、あんたの真横に移動したんだよ。そしたらね、あんたの脇腹、超がつくほど隙だらけだったの。だからね、思いっきり、コークスクリューブローの連撃を打ちまくったの。そうだなあ、名付るとしたら……48の殺人技のひとつ、マッスルエターナルスクリュー!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は信じられないという顔を、キン肉マンルージュに向ける。

「こ、こうもあっさりと……儂のフェイバリット、しごき桜・乱れ咲きの刑を打ち破るとは……しかも、返し技まで仕掛けて……か、完全に破られたわい、貴様に……儂のしごき桜・乱れ咲きの刑が……」

 ショックが隠しきれず、肩を落とすグレート・ザ・屍豪鬼。そんなグレート・ザ・屍豪鬼を見つめながら、アナウンサーは言った。
「しごき桜・乱れ咲きの刑。難攻不落と思われていた大技でしたが、意外なほど簡単に破られてしまいましたねえ、中野さん」

 意見を求められた解説者は、不自然に髪をかき上げながら、言葉を返す。

「確かに、簡単に見えるかもしれませんねえ。でもですねえ、その実、簡単ではないですよお、これは。キン肉マンルージュ選手はですね、持ち前の体裁きでですね、相手に悟られずに真横へ移動していますよ。そして瞬時に、相手の隙を見つけ出していますよ。その中で一番ダメージが与えられるであろう脇腹に注目をしてですねえ、容赦なく攻撃を繰り出していますよ。しかも一撃ではなく、非情なまでの連続攻撃をですよ! これはキン肉マンルージュ選手だからこそ成し得た、キン肉マンルージュ選手ならではの攻略法ですよ!」

「おお! ということは! 誰にでもできる、というわけではないのですね! さすがはキン肉マンルージュ選手!」

 アナウンサーに褒められ、キン肉マンルージュは勇ましいドヤ顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向ける。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」

 キン肉マンルージュは決めポーズをとりながら、決め台詞を放つ。するとこれに呼応したように、観客は沸きに沸いた。

“うおおおおお! 圧倒的じゃね!? キン肉マンルージュちゃん、ノーダメじゃね?!”

“完全勝利もあり得るぜ、この勝負! ルージュちゃんの勝ち! 決まったぜ、これ!”

 沸き立つ観客の声を聞いて、アナウンサーは言う。

「確かに、これは圧倒的な試合内容です。まだ試合開始から間もないのですが、グレート・ザ・屍豪鬼選手は心身ともに大きなダメージを負っているように見えます。対するキン肉マンルージュ選手は、まったくのダメージ無し! 汗ひとつかいていません! このままキン肉マンルージュ選手の勝ちが決まってしまうのでしょうか、中野さん」

 実況席にいるアナウンサーが、再び解説者の中野さんに意見を求める。

「アデラ●スの中野さんで慕われてきた私の父は、伝説超人キン肉マン選手の数々の試合を実況してまいりましたが……そして、そんな父の姿を見て育った私ですが……これほどまでに圧倒的強さを誇った試合は、今までに無かったように思いますよ。キン肉マンという偉大なオリジナルを超えたキン肉マンルージュ選手。さすがの一言ですよ、これは!」

「そうですねえ、お父様の意思を継ぐかのように、今ではその息子さんである中野さんは進化したアデラ●ス、アデラ●スゴールドの中野さんとして、立派に活躍されていますよねえ」

「そうそう、あれからアデラ●スも進化して、アデラ●スゴールドに……って! 私のことはどうでもよいのですよ!」

「シゴシゴシゴッ! シィゴシゴシゴシゴッ! シィゴゴゴゴオオオゴゴゴゴオオオッ!!」

 突然、グレート・ザ・屍豪鬼は、ひときわ高らかに笑い上げだした。

「ひぃえッ! わ、私のアデラ●ス話が、お、面白かった……わけではありませんよね? で、でわ、と、突然、どうしたのでしょうか? グレート・ザ・屍豪鬼選手!」

「シィゴシィゴシィゴッ! シィゴッゴゴゴッオオオッゴゴゴゴッオオオッ!!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は狂ったように笑い続けながら、突然、飛び上がった。そして、自陣のコーナーポストの先端に乗り立つ。
 ドヤ顔をしていたキン肉マンルージュは表情を曇らせ、困惑しながらグレート・ザ・屍豪鬼を見つめる。

「シゴシゴシゴッ! 儂では敵わん! キン肉マンルージュよ、儂では貴様を倒すことはできん! 実際に戦ってみて、よくわかったわい! 認めてやるわい、貴様は儂よりも強い! 正義超人随一の超一流超人じゃあ!」

 まるで負けを認めたかのような口ぶりに、キン肉マンルージュは混乱した。
 罠なのか? それとも本当に負けを認めたのか? どちらにせよ、まだ試合が続いている現状では、気を抜くことはできない。
 キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を警戒するように距離をとり、構える。

“おおおおお?! 負け宣言!? すげえ! キン肉マンルージュちゃん、勝っちゃったよ!”

“グレート・ザ・屍豪鬼、潔いぜ! でも拍子抜けだぜ! d.M.pのメイキング超人さんよお!”

“世界の平和は守られたあ! 救世主はマッスル守護天使、キン肉マンルージュちゃんだあぁぁ!”

 観客はあっけない戦いの幕切れに、驚きと安心と苛立ちを感じ、複雑な気持ちになっている。

「これはグレート・ザ・屍豪鬼選手、いきなりの敗北宣言か?! 新生d.M.pの結成を口にしていたわりには、随分とあっけなく、引きさがりましたですねえ、中野さん」

 アナウンサーが中野さんに意見を求めと、中野さんは不自然に髪をかき上げながら、解説を始める。

「ベテランであり、一流の超人である、グレート・ザ・屍豪鬼選手だからこその判断なのでしょうねえ。ましてやd.M.pのメイキング超人であったことを考えますと、数え切れないほどの超人を目の当たりにし、分析をしてきたと思われますよ。そして、精度の高い分析能力を身につけたのでしょう。そうやって培われた分析能力をフルに働かせて、自己分析を行った結果、グレート・ザ・屍豪鬼は確実に自分は負けると、そう判断したのでしょう。例えるならば、将棋の詰みの状態ですよ、これは。戦わずして、負けの未来しかないことが、解ってしまったのでしょう」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、ちぃっと、舌打ちをする。

「静まれい! こおんの、大うつけどもがあああぁぁぁあああぁぁぁッ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はとてつもない大きな声で、思い切り吠え上げた。あまりの声の大きさに空気が振動し、周囲が震えて見える。
 観客の全員が全員、とっさに耳を塞いだ。しかしそれでも、グレート・ザ・屍豪鬼の声は耳に入ってくる。まるで脳に直接大声を発したかのように、頭の中が声音で揺れている。
 そして観客全員が黙ってしまい、誰一人しゃべる者がいなくなった。そのため、辺りには静寂が漂い、耳の奥で鳴っているキーンという耳鳴りの音だけが聞こえている。

「シゴシゴシゴッ! ようやっと、静かになったわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はコーナーポストの上から、周囲をぐるぅと見渡している。

「まったく、誰が負けを認めたんじゃい! 勝手なことを抜かすな、愚かな下等生物どもめ! 儂が認めたのは、このションベンガキ超人の強さじゃい! 儂では敵わん、そう言っただけじゃわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いて、ミーノは首を傾げた。

「“儂では敵わん”と言ってしまわれたら、私には勝ち目はありません、と言っているようにしか聞こえませんですぅ。なのに、なんであんなに自信満々なのですぅ? グレート・ザ・屍豪鬼は」

 考え込むミーノの肩に、マリは、ぽんと手を置いた。

「言葉の通りに考えると、“儂では敵わん”というのは、“儂以外の者なら勝てる”と言っているようにもとれるわ……それにあの自信……グレート・ザ・屍豪鬼、何かとてつもない隠し玉を持っているのかもしれないわね」

 グレート・ザ・屍豪鬼は目だけを動かして、マリとミーノを見つめる。

「さすがは二階堂マリ、それとミートの義妹じゃのお。鋭い読みじゃあ。観客やら実況やらのぼんくらどもとは、ひと味もふた味も違うのお」

 そしてグレート・ザ・屍豪鬼は大きな口を開け、その口の中に手を入れ込んだ。そして肘のあたりまでが、ずっぽりと入り込んでしまう。
 グレート・ザ・屍豪鬼は、身体の中の奥深い場所を、ぐにぐにと手で探っている。

“ずろおろろろおおおろろろぉぉぉ”

 グレート・ザ・屍豪鬼が手を引き抜くと、その手を天に向けて突き出す。そしてゆっくりと手を開くと、手の上には真っ黒に輝く、悪魔の形をした宝石が置かれていた。

「マッスルジュエルの適合者が現れてしまった場合、すぐにこれを使えと、あのお方に言われていたのじゃが……まさか、その通りになるとはのお」

 グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しい顔をしながら、キン肉マンルージュを睨みつける。

「貴様のようなションベンガキ超人相手なら、今の儂のままで、簡単に捻り潰せると思ったのじゃが……儂が甘かったわい……もう出し惜しみは無しじゃあ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は手の上の宝石に向かって、叫び上げる。

「デヴィルフォーゼッ!」

“ぶわわああぁぁああぁぁわわわわわぁぁぁッ”

 グレート・ザ・屍豪鬼の手の上にある宝石から、真っ黒な煙状の気体が溢れだした。真っ黒な気体は、グレート・ザ・屍豪鬼の身体を包み込んでいく。

「あ、あれは! デヴィルディスペア! ですぅ!」

 ミーノは真っ黒な気体を見つめながら、声を上げた。

「デヴィルディスペア? ミーノちゃん、知ってるの?」

「はい、キン肉マンルージュ様。デヴィルディスペアは絶望の暗雲なのですぅ。マッスルジュエルが放つマッスルアフェクションとは対を成す、悪魔の暗雲。それがデヴィルディスペアですぅ……ということは、あの宝石……デヴィルディスペアを発生させているあの宝石は、デヴィルジュエルなのですぅ!」

 デヴィルジュエルという名前を聞いて、キン肉マンルージュはピンときた。

「デヴィルジュエル? ……じゃあ、もしかして、グレート・ザ・屍豪鬼は……わたしみたいに、変身しようとしているの?」

「お察しの通りなのですぅ。デヴィルジュエルはマッスルジュエルと同様、使用者に能力授与をすることで、ジュエルにインプットされた超人の全能力を受け継ぐことができますですぅ」

 キン肉マンルージュとミーノが話していると、デヴィルディスペアの中から声がしてきた。

「シゴシゴシゴッ! デヴィルジュエルはのお、マッスルジュエルと違って、適合者などという限定が無いのじゃあ! 使う者を選ばず! 誰でもデヴィルジュエルの力を得ることができるのじゃい!」

 デヴィルディスペアの中から話しかけるグレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ミーノは言葉を返す。

「デヴィルジュエルは適合者を選ばない代りに、使用者の身体に大きな負担を与えるのですぅ。下手をすれば、死に至るほどのダメージを負ってしまうのですぅ」

「シゴシゴシゴッ! それは自らの器が小さかったというだけのこと! それくらいの代償、あって当然じゃわい!」

 ミーノは辛い表情を浮かべながら、デヴィルディスペアに包まれているグレート・ザ・屍豪鬼を見つめる。

「デヴィルジュエルはマッスルジュエルと比べて、非人道的……あまりにもリスクの高い諸刃の剣なのですぅ。そんなものを使うなんて……無茶を通り越して、無謀なのですぅ、悪行超人……」

「シゴシゴシゴッ! ほざけ! 甘ちゃん揃いの正義超人めが!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の声に反応するように、デヴィルディスペアは膨らみ、キン肉マンルージュに届きそうになる。

「キン肉マンルージュ様! 危ないですぅ!」

 ミーノの声を聞いて、キン肉マンルージュはとっさに、バックステップでデヴィルディスペアから離れた。

「デヴィルディスペアは清きものを汚染しますですぅ。ですので、キン肉マンルージュ様のような正義超人が触れると、身も心も悪に染まってしまいますですぅ」

 ミーノの言葉を聞いて、キン肉マンルージュは慌てて自陣のコーナーポストまで下がり、身構える。

「えーと、ミーノちゃん、質問してもいいかなあ」

「はい! なんなりとですぅ」

「どうしてなのか、すっごく不思議なんだけど……グレート・ザ・屍豪鬼はデヴィルジュエルっていう変身能力を持つ宝石があるのに、どうしてマッスルジュエルを欲しているのかなあ? いくらデヴィルジュエルが使用者の身体に負担を掛けるって言っても、悪行超人なら躊躇なくデヴィルジュエルを使うと思うんだよね、グレート・ザ・屍豪鬼みたいに」

 ミーノは険しい顔をしながら、グレート・ザ・屍豪鬼を見つめている。

「それはマッスルジュエルとデヴィルジュエルの、最大の違いにあるのですぅ……マッスルジュエルは元々の自分の能力に加えて、他の超人の能力を上乗せして使うことができますですぅ……対してデヴィルジュエルは、元々の自分の能力は使えなくなり、他の超人の能力だけしか使えなくなりますですぅ……つまり、マッスルジュエルは能力の追加、デヴィルジュエルは能力の上書き、なのですぅ」

 ミーノの説明を聞いて、マリは気がついた。

「マッスルジュエルとデヴィルジュエル、似ているけども全く違う、似て非なる物なのね……超人強度だけを例にするならば……デヴィルジュエルを使う場合、使用者の超人強度が100万パワーで、ジュエルから得る超人強度が200万パワーであったとしたら、使用者は200万パワーにパワーアップする。対してマッスルジュエルの場合、適合者の超人強度が100万パワーで、ジュエルから得る超人強度が200万であったとしたら、適合者の超人強度は100+200で300万パワーにパワーアップするわ」

「その通りですぅ! さすがはマリ様! そして更に、マッスルジュエルとデヴィルジュエルの大きな違いとしまして、マッスルジュエルは何度でも使用することが可能なのですが、デヴィルジュエルは一度使うと、粉々に砕けてしまいますぅ」

「つまり、デヴィルジュエルには回数制限があるのね、ミーノちゃん」

「はい! そうなのですぅ!」

 ミーノは自信に満ちた声で答える。そして、ミーノはその自信をグレート・ザ・屍豪鬼にぶつけるかのように、口調を強めて言い放った。

「私は知っていますですぅ! デヴィルジュエルはマッスルジュエルに対抗するべく作られた、コピー品なのですぅ! オリジナルであるマッスルジュエルを超えることができない、デヴィルジュエルは粗悪品、お粗末品、劣化品、不十分品なのですぅ!」

 デヴィルディスペアの中から怒号が飛び出す。

「貴様! あのお方がお作りになられたデヴィルジュエルを侮辱するとは! 許さん! 絶対に許さんぞい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はデヴィルディスペアの中で、怒り狂う。デヴィルディスペアは禍々しく、大きく膨れ、揺らめく。

「デヴィルジュエルがマッスルジュエルより劣っているじゃとお! 馬鹿も休み休み言えい! よいか! 儂がデヴィルジュエルを使えば、もう万に一つも、貴様らに勝ち目は無くなるのじゃあ! 今からそれを証明してやるわい!」

 デヴィルディスペアは、よりいっそうに禍々しく、揺らめきに揺らめいている。

「……カカカカカッ……カーカカカカカ! さあ、見せてやろう! 本当の悪魔の力を! 真の地獄を!」

 デヴィルディスペアの中から、高らかな笑い声が聞こえてくる。その特徴のある笑い声に、キン肉マンルージュは顔を青くする。

「こ、この笑い方って……そんな、ウソでしょ……」

 知っている声であった。キン肉マンルージュはビデオやインターネットの動画で、この声の主の試合を、何度も何度も、死ぬほど繰り返して見てきた。
 あまりにも有名な超人である。伝説超人キン肉マン、新世代超人キン肉マン2世ことキン肉万太郎、このキン肉マン親子を苦しめ抜いた、悪魔中の悪魔。

「カーカカカ! 伝説には伝説をぶつけてやるわい! 覚悟せえよ! ションベンガキ超人!」

 デヴィルディスペアが膨れ上がり、弾け飛んだ。そしてデヴィルディスペアの中から、異形の姿をした超人が現れた。
 腕は6本。顔は笑い面、冷血面、怒り面の3面。人知を超えた姿である。

「ああっと! これは! ま、間違いありません! この超人は魔界のプリンス、悪魔超人、アシュラマンです! 悪魔の伝説超人、アシュラマンがリングに降臨!」

 興奮しきったアナウンサーが、叫ぶように説明する。
 
 

 
後書き
※メインサイト(サイト名:美少女超人キン肉マンルージュ)、他サイト(Arcadia他)でも連載中です。 
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