最弱能力者の英雄譚 ~二丁拳銃使いのFランカー~
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第七話
昨日俺は、ランク戦でAランク相手に勝ちを捥ぎ取り、代償に右腕を失った。
今は慣れない左の片手で、朝ごはんの調理をしている。
料理が完成した。すると、昨日溺れているのを助けた少女が起きた。
「えぅ…… どこ、ここ……」
彼女は、ベットの上で子リスのように周りを見渡している。
すると何かを思い出したのか。何かに恐怖をするように、体を丸め小刻みに震えだした。
その姿は、虐待をされている動物のように、全てを拒絶するように震える。
物音で気づいた俺は、できた料理を置き、彼女の寝ているベットへと急いで向かった。
「おはよう。僕は君に危害は加えない。もう一度言う、僕は君に危害は加えない」
震える彼女の目の前で、腰を下ろした。
目線を合わせ、彼女にゆっくり優しく言う。これで俺は安全と分かっただろうか。
彼女の手首からは拷問を受けたのか、無数に切り傷がある。
時間が経っている傷、最近できたような傷。
痛々しいミミズ腫れの痕に、ただ悲しくなった。
近くから彼女の顔を見る。目はキリッとしていて、他のパーツはかなり整っていた。
モデル雑誌の少女たちよりも、あまりに出来上がっている顔立ちは凛としていて、おとぎ話に出てきそうなほど綺麗であった。
しかし彼女の顔は、かなり疲弊している。今すぐに、彼女には安全と休息が必要だ。
「わ、わたし誘拐されて、飛行機から…… おち、落ちて…… 怖かった」
ぼそぼそと言ってはいるが、彼女は必死に言葉を発している。
これだけでもかなり辛かったんだと感じ取れた。
「頑張った、君は頑張ったんだ。ここは安全だ、君はもう頑張らなくていい」
そう言い、彼女の右手を優しく握る。
その手は少し冷たく、守ってあげたくなるような小さな手である。
彼女の目から雫が出る。ゆっくりと頬を伝い、ベットに落ちた。
彼女は、ダムが壊れたように一気に泣き崩れた。
嗚咽が混じりながら、次々と出ては長袖で滴をふく。
左手で握るのをやめ、背中を優しく摩る。
そして抱きしめた。強く、強く、強く。
とても心の傷は深そうだ。彼女が泣き止むまでずっと抱きしめてあげた。
この高そうな服からして富裕層のお嬢さんなのかもしれない。
基本、富裕層の家は、警備がかなり厳しいはずだ。間違えても、誘拐なんて笊な警備ではないはず。とすれば、犯人は相当のやり手か、能力者が誘拐したと考えられる。
ここは下手に動くよりも、ここでかくまう方がいいのかもしれない。
実は昨日、保健室に抱きかかえて行ったんだ。
だけど、ここ(ESP学園)の登録が無い人は見れないと言われ、仕方なく俺の部屋で寝かしている。
と考えつつも、彼女にそばにいて欲しいと思った。
それは、俺がどうしようもなく、彼女に一目ぼれをしてしまったからだ。
「朝ごはん作ったんだ、食べようか」
彼女の機嫌を聞くように誘った。恐らくだが昨日から彼女は何も食べていないはずだ。
「今は食べたくない……。 ……ごめんなさい」
彼女は、うつろな目をして呟くようにそう言った。
今の彼女に、俺はどうすることもできない。しかし今の彼女には食べ物が必要だ。
「今日の朝は豆腐だからさ。一口だけでいいんだ。食べよ」
ここは彼女のことを思って、無理にでも食べさせた方がいいのかもしれない。
今日は水曜日の朝。毎週、決まって豆腐を食べている習慣がある。
「わ、わかった豆腐食べる」
どもりながら彼女は承諾し両手を前にしている。
「起き上がれないの、ひっぱって」
「いいよいいよ、持ってくるから、ここで寝てて」
無理に動かなくてもいいのにな、とか思ってしまう。反射的に右腕を出してしまった。
「み、右腕…… も、もしかして私を助けた時に?」
恐るおそる聞く彼女、顔が青ざめていた。
それは俺の右腕は先が無く。
血の滲んだ真っ赤な包帯が、グルグルと巻かれているからだ。
彼女を助けたことと関連づけて、考えてしまったのかもしれない。
「あ、これか…… これは昨日の決闘でさ。まあ鎮痛剤が効いてるから、今は大丈夫だよ」
しぶしぶ頭を掻きながら彼女に言う。
彼女には包帯で巻かれているため、傷の様子は見えてはいないが、切られた腕先は皮膚で塞がっていて、完全というほどでもないが昨日の治療で治っていたのだ。
「病院いかないと…… どう見ても大丈夫じゃないよ」
こちらを心配するように彼女は言う。
そういえば昨日、あのまま病院を抜け出してきたんだっけ……
さすがに戻らないとな。ついでに無くなった右腕についても聞いておかないといけない。
「心配してくれてありがとう、本当に俺は大丈夫だから」
いつもユウにする癖で頭をポンポンと撫でてあげた。
「いや…… その、うん……」
彼女は下を向くと、目を合わせずにいた。
「そういえば君の名前聞いてなかったね。俺の名前は佐部佑」
「私は来望舞…… ここはどこか、教えてほしい」
ボソボソと身を縮めるように喋る彼女。くるりと俺の部屋を一望すると、彼女は聞いてきた。
「ここは、俺の家だよ。そこそこきれいでしょ?」
自慢をするように手を広げながら俺の部屋を紹介をする。
俺の住処はコンテナでできた6畳ほどの大きさである。
ドアを開けて、すぐ左には台所があり、正面には16インチの10年前のブラウン管テレビに、そこそこの大きさの本棚、部屋の端っこには小さいテーブルが有り、そこにノートパソコンが置かれてある。
そしてその正面に、今彼女が寝ているベットがある。
パソコンは、俺のランク(特別枠)では買えないような代物で、月末に集められるジャンク品を、俺が修理をして使えるようにしたものだ。
ネット回線は隣のBランクアパートのコードを引っ張ってきて使っている。
なので通信速度が遅くなるが、これはしかたあるまい。
「狭いけど…… 落ち着く」
彼女は膝を抱きかかえるように寝ると、布団をくるっと体に包む、彼女は布団に顔を埋めていた。
あまりの可愛さに思わず俺は小動物を触るように撫でる。
にょきっと顔を出し俺の撫でる動作を見ていた彼女。こうされるのは満更でもないようだ。「ご飯食べようか」と彼女の頭を優しく触りながら聞く。
彼女は小さく頷いた。俺の料理は彼女の口に合うだろうか。
一人昼食を食べた俺は、彼女とテレビを見ていた。彼女は一心不乱にご飯を食べている。
お昼のバラエティー番組が終わった直後、緊急ニュースが写り込んだ。
「昨晩未明、来望財閥の来望舞さん16歳が何者かに拉致されました。犯人は不明とのことです。来望さんの自宅からの中継が繋がっています。太田さん太田さん」
ニュースで写り込んだ、「えっ!」とスプーンを落としながら、穴が空いた豪邸の映像にに彼女は目を丸くしていた。
「私の家じゃん!! ついに私にもテレビデビューきた」
急に目が輝き出しガッツポーズをしだした。
「なんだよそれ!! 初めてがこんなので嬉しいのかよ!? お嬢さん誘拐されたんだよ!!」
なんともまあツッコミを入れたわけだが、彼女はニヤニヤしている。
「えへへ、でもほら私かわいい」
と見ると彼女の学ラン姿の写真がニュースで使われていた。
写真の端っこには17歳と書かれており、俺と同い年ということに少しばかり驚いた。
「高校生ってやつなの? その……舞さんは」
いきなり名前で呼ぶなんてどうも馴れ馴れしいんじゃないだろうかと思いながら、彼女の名前をたどたどしく読んだ。
「そうJKだよ。舞って読んでいい」
名前で呼ぶ許可が降りて、嬉しいなとかそんなことを思ってしまった。
お返しになんておかしいとは思うけど、俺のことも名前で呼ばせても。
「俺も佑って読んでくれ」
キメ顔ともいかずとも、少しばかり彼女の反応が気になりながら顔を見る。
「わかった佑」
ぎこちない彼女の笑顔が見えた。それも可愛く見える。
これが、この感情が、恋をしたってことなんだろうか。
「俺ってさ、舞としばらく一緒にいたいと思ってるんだけど、舞は家に帰りたい?」
勢いで拉致犯罪者のような変なことを言ってしまった。一歩間違えれば変態である。
「えっ…… うん、実は私もしばらくここにいたいって思ってた」
彼女は口を隠すように驚くと、嬉しいような感情が篭った声音で言う。
「じゃあこのニュースの真犯人は俺ってことで」
「いいねそれ」
互いを見合わせ、双方から笑顔が出てきた。
彼女も俺に慣れてきたんだろうかなとか、彼女の反応を見てそんなことを考えた。
『緊急特殊召集、佐部佑、職員室へ来い。繰り返す。緊急特殊召集、佐部佑、職員室へ来い』
全土を渡る緊急の地区放送に俺の名前が呼ばれた。
何か俺がやらかしたのかと焦る感情が湧き出てきたが。
もしかすると…… 舞のことなんだろうか。
「佑放送で呼ばれたよね」
「そうそう、お怒りの召集だよ。ここだと誰が来るか分からないから舞も一緒に行かない?」
こういう一方的な呼びかけには急いで行かないほうが良いと、俺の人生経験から学んでいるため、悠々と準備を始める。
「わかった、着替えとかある? 急いでたらそのままで良いけど……」
「いいよいいよ、こういうのはゆっくりでも良いんだ。着替えなんてなんでも貸してあげる」
「ありがとう、おぱんつとシャツズボンで」
「おk、おぱんつはこれしかないけど」
俺はできるだけ新品で、小さいボクサーパンツを舞に見せる。
「あ、ちょうどいいかも…… 男の人ってこんなの履くんだね」
広げたパンツを受け取ると、びよんびよんと横に引っ張っている。
ちょっと彼女の息遣いが荒くなったような気がしたが、多分気のせいだろう。
「トイレで着替えてくる。すぐ終わるから待っててね」
マジマジとパンツを見ながら、くるっとトイレの方向へと回るとドアを開けトイレに入った。
さ、さすがに着替え姿を見せる、完全未防備な女の子では無いよなと、ガッカリとまではいかないが、少しばかりしょんぼりした。
そんなことを期待していた俺という存在には、もっと悲しくなったが。
そうして少しして彼女が出てきた。「どう?」と聞いてきたが、ふくよかとも言えないボディが完璧すぎて、いくらダボダボの男物の服を着ていても、その魅惑の体は浮き出てくるんだなと、素晴らしい、現代のほこ×たてを見た。
そういえば、あの番組っていつの間にか消えてしまったよな。
詳しくテレビを見ていなかったから、どんな内容の番組だったかなんて覚えてないけど。
「可愛い子って何を着ても可愛いんだね」
お世辞ではない本音を、脊髄反射のように彼女に言う。
「ありがとう、嬉しい」
彼女、そのままの表情でもかわいい、なんて当たり前のことなんだけど、俺の言葉に反応して、恥じらいでいるような表情を見せる彼女もほんとにかわいい。つまり可愛い。
「できるだけ怪しまれないように帽子もかぶろうか」
「うん」
適当なキャップを舞に渡し、彼女はかぶるために髪を一箇所に纒めるようだ。
長い髪を手についていた輪ゴムでポニーテールのように後頭部で締める。
その女の子の醍醐味ともいえる仕草にマジマジともいかないが、横目でしっかりと見る。
揺れる髪からはほのかにシャンプーの香りが漂い、女の子の匂いというものに、改めて女の子が側にいるんだなと改めて実感した。
準備が満タンで「よしこれから行こう」と言おうとした瞬間、ドアが爆風に晒されたように開いた。
「佑にーさん!! おはよー!!」
暗がりの部屋を、ライトで照らすように大きく開いたそのドアの先に、夕がいた。
「「「ぎゃーーー!!」」」
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