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浪小僧

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第一章

               浪小僧
 遠江の話である、江戸時代のある頃この国に住んでいた与平という子供が雨上がりの晴れた日に田んぼを耕した後で小川で田の泥を落としていると声がした。
「もし」
「何だ?」
「もし」
「また声がしたな」
 髷が似合う頬の赤い顔を見回した、目は切れ長で小さい。男だがおたふくに似ていると言われる顔である。
 その顔を見回したがかやはり見えなかった。
「誰もいないよな」
「いますよ、草むらの方です」
「そこか?」
 言われて草むらの方を振り向くとだった。
 そこに親指位の大きさの漁師の服を着た子供がいた、与平の百姓の服とはそこが違う。色は何処か青くその子が言うのだった。
「ここにいますよ」
「何だあんた」 
 与平はその小人に問うた。
「小人だよな」
「はい、浪小僧といいます」
「浪小僧?」
「この先の海に住んでいまして」
「ああ、海にか」
 与平は言われて海の方を見た、隣村は漁村なのでそちらを見たのだ。
「あんたあそこにいるのか」
「先日の雨に浮かれてです」
 そうしてというのだ。
「ここまで来たのですか」
「帰ることが出来ないとか」
「その通りです」
 まさにというのだ。
「そうなりました」
「それはまたどうしてだい?」
「何しろ海の中に住んでいるので」
 だからだとだ、浪小僧は与平に話した。
「日の光が強いと弱るのです」
「ああ、普段日の光をあまり浴びていなくて」
「左様です」
「そういうことか」
「はい、ですから」
 それでというのだ。
「こうした日が強い日はあまり動けず」
「海に戻れないんだな」
「そうなのです」
「隣村なんてすぐなのにな」
 与平はその隣村の方を見て言った。
「そして海も」
「そのすぐがです」
「そうなんだな、それであんた海に帰りたいんだな」
「是非共。親も心配していますし」
「わかった、ならだ」
 浪小僧の話をここまで聞いてだった、与平は彼にこう言った。
「おいらが連れて行ってやるよ」
「海までですか」
「今暇だしな」 
 笑ってこうも言った。
「それで帰してやるよ」
「そうしてくれますか」
「ああ、じゃあな」
「これからですね」
「肩に乗りな」
「それでは」
 浪小僧は与平の言葉を受けてだった。
 彼の肩に乗った、与平は約束通り彼を海まで連れて行った、小僧は海に着くと運んでくれた彼に笑顔でお礼を言ったが。
 与平は小僧に笑って言うのだった。
「家に戻れてよかったな」
「そうですか」
「ああ、じゃあ後は家で楽しくな」
「このお礼は必ず」
「気にするなよ、困った時はお互い様だろ」
「だからですか」
「ああ、別にいいさ」
 気さくに笑ってこう言ってだった。 
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