非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第96話『予選②』
見渡す限りの平野。まさか、森の中にこんな広い場所があるなんて。
ガヤガヤと周りで他のチームの人たちが騒ぐ中、結月は1人で突っ立っていた。
そう、ここは"射的"の会場なのである。
「なんか緊張するな……」
結月がこう零すのにも理由がある。
というのも、結月がこの世界に来てから、こうして1人でいることは初めてなのだ。今までは、どこへ行くにも誰かしらが傍にいてくれたから。
だから、今みたいに知らない場所に自分だけというのは中々に心細いものだ。緊張してしまうのも無理はない。
「でも、頑張らないと」
結月はそう呟き、大きく深呼吸をする。今さらそんなことで気落ちしてはいられない。
それに彼女自身、興味に釣られて終夜の出番を取ってしまった罪悪感があった。あの後、「やっぱりいいです」なんて言える雰囲気でもなくなっていたし、もう出場することになってしまった以上、予選を勝ち進む以外に贖罪の方法はない。
「やるしかないよね!」
終夜のためにと、結月はやる気を漲らせる。
その時、集合場所にスピーカー越しの声が響いた。
『はいは〜い、"射的"に参加される皆さん、こちらをご覧下さ〜い』
「うん?」
声の主はちょうど正面の方向にいた。奇妙な服装と化粧をした男──ジョーカーである。
しかし、その前にツッコみたい点が1つ……
「何で飛んでるの……?」
正面、正しくはその上空、ジョーカーは風船を背中に付けて浮遊していた。
どうしてわざわざそんな所に? というか、風船で人って飛ばせたっけ? 不思議だ。
『まぁ細かいことは置いといて。それより早速、ルール説明の方に参りますよ〜。まずはこちらをご覧ください!』
「わぁっ!?」
ジョーカーが手を広げたかと思うと、平野に無数の丸い物体が現れた。見た目は占いで使うような水晶の様だ。それが地面の上から空中まで、あらゆる所に存在している。結月の足元にも頭の上にもあった。
一体今から何が始まるというのだ……?
『"射的"、それすなわち"的を狙う"競技。皆さんにはこの的に魔術を命中させ、その数を競ってもらいます』
そう言って、ジョーカーは近くにあった水晶に軽く触れる。すると透明だった水晶は、みるみるうちに黒く染まってしまった。
『このように、触れて魔力を少し流すだけでも水晶は反応します。もちろん、魔術による攻撃を当てて貰っても構いません。この水晶は魔力を吸収するので、どんなに強い魔術でも割れることはありませんよ。……あ、とはいえ物理属性には弱いので、そこは加減してくださいね?』
ジョーカーは舌を出しながら、最後にそう付け加えた。まぁ、ユヅキには関係のないことだが。
さて、思っていた射的とは全然違ったが、ルールはシンプルではあった。要はこのたくさんの的に、魔術をぶつければいいだけらしい。
『当てた的のカウントは、皆さんが腕に付けている腕輪によってなされます。ですから、気兼ねなく力を発揮してくださいね』
結月は腕輪を見る。終夜が色々な用途があると言っていたが、まさか競技にまで利用されているとは。
確かに、用意された的は100や1000ではない。少なくとも、1万以上はある。自分でカウントするのはほぼ不可能だ。仕組みはわからないが、肖るしかない。
『ただし、1度当てられた的は機能しません。つまり、早い者勝ちということです。また、他のプレイヤーを攻撃した場合、ペナルティとして点数が減点されます。意図的と思われる場合は失格もありえますよ』
「なるほど……」
付け加えられたジョーカーの説明に、結月は考え込む。
どうやら、無闇やたらに的を狙うのは悪手かもしれない。的は地上から空中まで、3次元的に展開されている。当然、地上付近の的は狙いやすく、上空の的は狙いにくい。数を稼ぐなら、他チームを攻撃しないためにも、上空の的を狙う方が良いだろう。
「けど、かなり高いのもあるなぁ……」
一体地上から何mの高さにあるのだろうか。見上げる程の高さにも的がある。さすがにあれは結月でも射程外だ。あそこまで届く人はかなり有利になると思われる。
「だから"射的"ってことか」
地上にも的があるから"射的"という名前は変に感じたが、やはりこの競技は遠距離攻撃を使える人が有利になる仕様のようだ。もしくは飛べる人とか。
『では、10分後に競技を開始します。各自、好きな場所に用意してください』
最後にジョーカーからそう告げられた。
なるほど、確かにそれは道理だ。1度当てられた的が使い物にならなくなるルール上、同じ所からスタートするのは余りにも差が出てしまう。
となると、場所取りもかなり重要になってくるな。
「真ん中が良いんだろうけど、たぶん人が多いよな……」
設計されているのか、実は平野は正方形の形をしている上に、1辺が500mくらいはある。だから中央に位置すれば、開幕全方位に魔術を放出するだけでそれなりの数を期待できるだろう。
ただ、そんな考えは誰だって思いつく。目指すべきは、あまり人がいない場所。
「こういう時、ハルトならどうするかな……」
策を考えながらも、結月は頼れる恋人を偲ぶのだった。
*
「ホントにここで合ってるのか……?」
場面は変わり、山の奥深く。伸太郎は目の前の洞窟を見据えながら、そう呟いた。
「"迷宮"って言うくらいだから、てっきり建物があるのかと思ったけどな……」
辺りを見回してみても、この洞穴以外に目立った場所はない。
伸太郎は"迷宮"参加者宛にと配布された地図を見ながら、やっぱりここが指定された目的地だと確認する。
「中に入っていいのか……?」
伸太郎は再び辺りを見回す。
周りは木が鬱蒼と生えているだけで、人っ子1人見当たらない。本当にここが集合場所なら、もう少し人がいてもいいと思うのだが。
「皆 中にいるのかな……」
恐る恐る、伸太郎は洞窟へと近づいていく。
もし参加者が中に集まっているのだとしたら、ここで足踏みしていてはいけない。早く中に入らねば──
『はいストップ』
「うわぁお!?」
洞窟の中へ1歩を踏み出そうとしたその瞬間、真横から声をかけられた。
あまりに突然の出来事に、大声を上げて仰け反ってしまう。
「えっと、あんたはジョーカー……だったか?」
『いかにも、ジョーカーでございます』
ジョーカーは姿勢を正し、綺麗にお辞儀をする。あまりに洗練されたそれを見て、伸太郎もつい会釈を返してしまった。
『ここから先は競技会場なので、立ち入りはまだ許可されていません』
「な、なるほど。すんません……」
どうやら、中に入るのはダメだったらしい。入る前に声をかけられて助かった。
となると、この洞窟前が集合場所ということになるが……
「ほ、他の人はいないんすか……?」
伸太郎は最もな疑問をぶつける。ここが集合場所なら、誰か1人くらいいてもいいのではないか。
開会式が終わってから、予選のメンバー選出についてミーティングをしていた伸太郎が1番目に来たはずもないし、まさか自分1人だけ集合場所が違うなんてことは──
『はい、ここは"君の"集合場所ですから』
「なっ……!?」
驚くべき事実を知り、ハブられたショックで危うく膝をつきかけたが、ジョーカーがわざわざそう告げてきたことを鑑みると、少し違和感があった。
「"俺の"集合場所ってことは、他の人もそれぞれ別に集合場所があるんすか?」
『その通りでございます。それがこの"迷宮"。それでは、ルール説明を始めましょう』
そう言って、ジョーカーはコホンと咳払いをする。
なるほど、そういうことだったのか。
仮にこの競技が迷路のようなものだとしたら、参加者全員が同じ入口から始めるよりも、別々の入口から始める方が平等で面白いというもの。
『この競技は名前の通り、この洞窟の先に広がっている地下迷路を突破するものです。順位はゴールした順となります』
……うん、予想通りだ。予想通りすぎてつまらないくらい。
だが競技と言うからには、迷宮の難易度は高いだろうし、ギミックなんかもきっと仕掛けられているはずだ。かなり手応えがありそうである。
『そしてお察しの通り、迷宮には罠が多く仕掛けられています。魔術の力を駆使して、それらを突破してください。ちなみに、』
「うん?」
『その逆で、近道に続く仕掛けもあります。しかし、これは魔術だけでの突破は難しく、参加者の知力も求められます』
「知力?」
罠があることは確認できたが、まさかその逆もあるとは。知力が求められるってことは、暗号とかクイズを解かないと、その近道は進めないってことか?
──なおさら好都合じゃないか。
『最後に、途中で他の参加者に会うかもしれませんが、妨害は厳禁です。正々堂々と競ってください』
「わかりました」
『それでは、直にかかるスタートの合図をお待ちください……』
ジョーカーの言葉に、伸太郎は薄笑いを浮かべながら頷く。
するとジョーカーは、説明は終わりだと言わんばかりに、またも煙に巻かれて姿を消した。
「くっくっく……」
1人になって、つい笑みを洩らしてしまった。
どうやら、勝利の女神とやらが微笑んでくれたらしい。迷路に加えて頭脳ゲーだなんて、まさしく伸太郎の得意分野ではないか。これは負けられない。
「ちょっと本気、出しちゃいますか」
いつもならめんどくさいと一蹴していたところだが、今回は終夜の代わりとして責任もある。加えて、競技内容も得意分野ときた。
ここで本気を出さずして、いつ出すというのだ。上位だなんて甘いことは言わない。本気を出すなら、取るのは1位のみだ。
『えー参加者全員のルール説明が完了しましたので、いよいよ迷宮開始です! よーいドン!』
「よし、いくぜ!」
どこからかそんなアナウンスが聞こえたのと同時に、伸太郎は洞窟の中へと駆け出したのだった。
*
『はいはい皆さんご注目。ただいまより、"競走のルール説明をしていきます!』
「お、始まった」
ここはスタート地点から少し離れた広場。集合場所として指定されていた場所だ。
晴登は運よく影丸に連れて来られ、何とか不戦敗という事態は避けられた。ちなみに、今はもう彼と別れて1人である。
そしてたった今、ジョーカーによるルール説明が始まろうとしていた。
『とはいえ、ルールはシンプル。用意したコース上を進んでもらい、その順位を争うだけです。もちろん魔術の使用も自由です。ただし、過度な妨害行為やコースアウトは失格の対象となるので、気をつけて下さいね』
「やっぱそんな感じか」
『なお、順位はお手元の腕輪に付いた水晶でリアルタイムで確認できます』
「へぇ〜」
大まかなルールは予想通りだったと、晴登はひとまず安堵。もしここで捻ったルールでも出されていたら、正直焦ってたと思うし。
それにしても、この腕輪にそんな機能が付いているのか。とても参考になるし、ありがたい限りだ。
『コースは全長15km。途中には様々なギミックが仕掛けられています。それらを突破しつつ、ゴールを目指してください』
「……だと思ったけどね」
やはりと言うべきか、このレースはただのマラソンとはいかないらしい。
ギミックか……突破できる難易度ならいいのだが。というか、そもそも15km完走できるかも怪しい。そんなに走ったことないぞ。
「魔術使えば何とかなる、かなぁ……?」
魔術を行使しながらの走行は、スピードこそ出るだろうが、体力を余分に消費する。もしペース配分を誤れば、魔力切れで即リタイアだ。その事態だけは避けなくてはならない。
『それでは皆さん、スタート地点へと移動してください』
もうルール説明を終えたのか、ジョーカーがそう誘導してきたので、周りについていく感じで従う。
そして、さっき見た垂れ幕の元に選手が集った。ちなみに晴登は集団の後ろ側に位置している。
……だって、周りが大人ばっかりだから、スタートした瞬間に押し潰されそうで怖いんだもん。
「あぁ……緊張するなぁ」
ただでさえ、大会に出るという経験が皆無なのに、加えて終夜からの要求もある。背中にのしかかるプレッシャーはかなりの重さだ。
予選を突破するには好順位をとらなければならない。そして予選を突破できるのは16チーム。となると、単純に考えて目指す順位は16位以内──最低でも30位以内だろうか。
大人が100人以上いる中で30位以内……かなり絶望的な状況である。でも、成し遂げなければならない。部員として、部長を持ち上げるのは当然のことなのだから。
「──あれ、あなたは確か……三浦君?」
「え? あ、えっと、猿飛さん……でしたっけ?」
「うん、そう。猿飛 風香」
不意に横から声をかけられたので振り向くと、そこにはスポーツウェアに着替えた風香が立っていた。相変わらずクールで、今も目線だけをこちらに向けて話している。
「あまり緊張しすぎない方がいいよ。魔術の加減が効かなくなるから」
「は、はい」
「それじゃ、お互いに頑張りましょう」
「よ、よろしくお願いします!」
風香の手短な助言にそう言葉を返すと、何だか気が楽になったように感じた。アドバイスもそうだが、知り合いに会ったという安心感が大きいのだろう。
彼女はもう、集中して前方を見据えている。恐らく、彼女にとっては何気ない一言だったのかもしれない。しかし、おかげで落ち着くことができた。
『皆さん、準備はよろしいですか? そろそろ開始しますよ?』
ジョーカーが言った。いよいよ始まる……!
『では、精一杯頑張ってください! よーい──ドン!』
ピストル……ではなく、何かの魔術で音が鳴らされ、選手が一斉にスタートする。
後ろの方とはいえ、周りに押し潰されそうになるのを何とか堪え、晴登は"風の加護"を足に纏わせた。ひとまず、この集団を脱する必要がある。
『おっと! 覇軍代表"黒龍"、スタート早々、翼を生やして一気に前に出た〜!』
そんなアナウンスが聴こえた。やはりと言うべきか、影丸が"黒龍"だったようだ。
さすがはレベル5の魔術師、1位は彼で決まりだろう。
「でも、翼生やすのとかずるくね?」
ルール上は決してずるくはないのだが、晴登はついそう零す。といっても、周りも意外とそんな感じだ。肉体を強化してる者、飛行する者、そして風を操る者……見てわかる限りでは、そんな魔術師ばっかりだ。
それにしても、こんなに風使いがいるなら、師匠探しは苦労しなそうだな……って、そんなこと考えてる場合じゃないか。
「いつの間にか、猿飛さんがいなくなってる……」
マラソンはペースが大切だから、1人で走るのは心許ないというもの。
ということで、せっかくなら風香について行こうと思っていたのだが、考えている間に見失ってしまった。これは失策。
「……いや、他人に頼りすぎるのは良くないな。予選は俺1人の力で突破しなきゃいけないんだから」
晴登はそう意気込み、気を引き締めようと頬を叩く。
周りの選手が徐々にバラけ始め、そろそろ自分の走りができそうだ。
「俺だって、やればできるんだ!」
中学生とはいえ、魔術の練度は並の大人よりはあるはず。この場でそれを証明してやりたい。
そんな密かな野望を抱く晴登は、少し気になって後ろを振り返ってみた。開始前はざっと20人くらいは後ろにいたと思うのだが──
「えっ……」
しかし、その光景を見て晴登は絶句した。
それもそのはず、なんと彼の背後には誰1人としていなかったのである。
後書き
まず謝ります。タイトル思いつきませんでした。こうするしかなかったんです……! どうも、波羅月です。
ということで、徐々に予選が始まって来ました。順番的に、次は晴登メインの話になりますかね。それでも、他のメンバーも同時進行で入れていく所存です。上手くいくだろうか……。
今回も読んでいただき、ありがとうございました! 次回もお楽しみに!
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