公爵の歯
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第五章
「徐々にな」
「あの国を取り込んでいくか」
「実際にそうしておるからな」
「それはな」
井上も否定出来なかった、そのことは。
「まさかあちらの皇帝陛下がな」
「露西亜の大使館に逃げ込むなぞな」
「考えもせんかった」
「わしもだ、そしてだ」
「国の権益を露西亜に次々と売っておるな」
「それでは無理だ」
露西亜との手打ち、それはというのだ。
「だからな」
「それは諦めてか」
「それでだ」
山縣はその小さな目に鋭い光を宿らせて井上に話した。
「ここはだ」
「英吉利と手を結んでか」
「どうも本気らしいからな」
「それでか」
「露西亜に対するべきだ」
こう言うのだった。
「ここは」
「果たしてそうなるか」
「小村は間違いないと言っておる」
「あの男は切れるな」
「相当にな、いささか潔癖過ぎて余裕がないが」
そうした性格だが、というのだ。
「それでもここはな」
「小村の言う通りにか」
「すべきと思う」
山縣としてはというのだ。
「どう思うか」
「そうか、しかしわしはな」
「どうしてもか」
「英吉利が手を結んでくれるとは思えぬ」
井上は今も自分の考えを話した。
「伊藤さんも同じ考えだ」
「だからか」
「やはり露西亜と話をする」
「ならそうするといい、しかしな」
「お主はか」
「そうする、ここは桂と小村に乗る」
是非にというのだ。
「露西亜とは出来るだけことを構えたくないがな」
「勝てぬからな」
「だからな、しかしな」
ここはというのだ、こう言うが。
山縣は口を開いていた、それでその前歯が出ていたが彼は今はそれを全く気にしていなかった。それよりも国のことを考えていた。
それでだ、彼は言うのだった。
「露西亜の野心は明白だ」
「大韓帝国を取り込んでか」
「次はな」
「我が国か」
「それならだ」
まさにというのだ。
「わしは英吉利がそう言ってくるなら」
「まずは話を聞くか」
「そう考えておる、我が国が生きられるなら」
こう井上に言う、今山縣の頭の中にあるのは国のことだけだった。歯のことは最早完全に忘れ去り井上と話していた。
公爵の歯 完
20202・22
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