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俺、リア充を守ります。

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第8話「赤・蟹・襲・来」

 朝7時半 仲足家

「遂にこの日が来たか……」

 緊張した面持ちで、千優は歯磨きを終えた。

 今日は土曜日。遂に衣服店で期間限定の変身アイテムが配布される当日である。

 しかし、千優の緊張はそれではなく、今日一緒にそれを貰いに行く相手についてであった。

「お兄ちゃん、目が怖ぇぞ……」

 隣で歯を磨いていた弟、守友もりともが漫画だったら冷や汗をかいていそうな表情で訴える。

「そうか?」

「具体的に言うと目から殺気が出ているのを感じる。死の線見えてんじゃねえのってぐらい」

「そんなに!?」

 どんだけ緊張で表情硬くなってるんだよ俺!!

 落ち着け、これはデートじゃない。ただグッズ買いに出掛けるだけじゃないか。

 そうだ、これは戦いだ。俺たち特撮ファンに、引いてはオタクにとっての戦なんだ。

 転売屋に取られてたまるかという、グッズへの野心ある限り終わらない遠征なのだ!!

「勝鬨をあげるのか?」

「聞こえてたのかよ!」

 どうやら緊張のあまり注意力が鈍っているようだ。

 もう少し落ち着かなくては……。

 さて、隣町の店までの移動手段だが、いつものマウンテンバイクを使う事にする。

 バスや電車の様な公共交通機関は使わない訳じゃないが、隣町くらいまでなら自転車で走り抜けたいってこだわりがある。

 その方が運動にもなるし、なにより風を切って走り抜けるのは爽快だ。

 それに、その方がエレメリアンが出現した時にサラマンダーとして使うことが出来て便利だ。

「それじゃ、あと30分くらい時間潰したら出発するか」

「お?それじゃひと狩り手伝ってくれる?」

「俺がクッソ下手だって知ってて言ってるのか?」

「大丈夫、罠仕掛けてくれれば後は俺が狩るから」

 こうして、余っている時間は守友のゲームで狩りの手伝い、あとはアプリゲームで経験値クエストの周回で潰し、8時には家を出たのであった。

 

 □□□□

 

 観束家地下 ツインテイルズ秘密基地

「このっ!このっ!」

 愛香がさっきから変身して、左腕を叩いたり噛んだり振り回したりしてる。

「……使えない……」

 その一言で、愛香が何をしていたのか察するのは容易かった。

「お前まさか……まだ諦めてなかったのか?」

「諦めきれるわけないでしょう!!この属性玉は私にとっての最後の希望なのよ!?」

 昨日から、手に入れた巨乳属性の属性玉を使えば巨乳になれると思ったようで何度も属性力変換エレメリーションしようと試しているらしいのだが、成功しないらしい。

「だから言ってるじゃないですか。純度が足りないので使えるわけがないんですよ」

「お前、仮に使えたとしても、今まで名目通りの効果だったことあるか?兎耳属性ラビットだってウサ耳が生えてくるわけじゃなかっただろ」

「それでも……それでもおぉぉぉぉ!!」

 おいおいと泣き始める愛香。

 トゥアールも知らなかったことらしいのだが、実は、倒したエレメリアンの属性玉エレメーラオーブ全てが、テイルギアで使えるものではないのだ。

 属性玉には純度、があるらしい。

 例えば、愛香が初めて倒したフォクスギルディ。

 奴を構成しているコアである髪紐属性リボンの他に、少しながら人形属性ドールも備えていた。

 人間の属性力エレメーラ、趣味嗜好が一つだけではないように、エレメリアンも生きていればそれだけの時間と共にいくつかの属性力エレメーラを備えてしまう。

 そして、後から得た属性力が大きくなればなるほど、コアである本来の属性力エレメーラの純度を下げてしまうんだとか。

 俺たち人間では起こり得ないが、属性力エレメーラそのものであるエレメリアンにとっては、属性力同士が干渉してしまう。

 それがトゥアールの結論だった。

「そうだ、トゥアールちゃん。ドラグギルディを倒して手に入れたツインテール属性の属性玉エレメーラオーブで、テイルギアをパワーアップとかできないの?」

「ツインテール属性を属性力変換機構エレメリーションするのは暴走の危険性がありますので、使えないようセーフティをかけているんです、お義母様」

「二倍に掛け合わせるってお約束だと思ったけど、いろいろと難しいのねー」

「発動できたとして髪の房が四つになったらツインテールじゃなくなっちまうぞ……って母さん何で当たり前のように交ざってんだよ!!」

 最早当たり前のように、日課として基地に入浸っている母さん、店の方は大丈夫かと心配になってくるぞ……。

 ああ、屋上から狙撃されたように頭が痛い……。

「まあまあ総二様。戦う者だけでは視野が狭くなりがちです。こうして日常の象徴であるお義母様のご意見を賜ることで、思いがけない閃きがあるかもしれません」

「どこが日常の象徴なんだよドップリこっち側に浸かってるじゃねーか!!」

 なんでトゥアールまで一緒になって俺をなだめようとするんだよ……。

 俺は深く溜息をつき、一言呟く。

「……関係ない母さんを、あまり巻き込みたくないんだよ……」

 言い訳半分でもあるが……これは紛れもない本心だった。

「関係あるわ……お腹を痛めて産んだ我が子が世界を守るヒーローなんですもの」

 自作っぽいやたらクオリティの高い女幹部コスチュームを身に纏って、清らかな微笑みを浮かべている母さん。

「その世界を守るヒーローが鼻からスイカ出すぐらいの痛みを胃おなかに直撃されてる原因に心当たりがありませんか母上様!?」

 胃おなか痛い……お腹を痛めて産んでくれた親のおかげで、すごく胃おなかが痛い!!

 三十六歳の母親のノリノリなコスプレをまざまざと見せつけられるって、思春期の息子が非行に走るには十分過ぎる理由だぞ!!

 ツッコミ役のヒロ兄もいないし……誰か止めてくれぇぇぇぇぇ!!

「でも勿体ないじゃない。あんなに強敵だったんなら、必ず何かの役に立つと思うの。総ちゃんたちが苦戦した初めての敵ですものね。最後の逆転のグランドブレイザーには、感動して泣いちゃった。総ちゃん成長したなぁ、って。もちろん、アルティロイドを全滅させた愛香ちゃんのエグゼキュートウェイブにもね」

「「息子とその幼馴染が死力を尽くした戦いを幼稚園の運動会撮影したビデオみたいなノリでほのぼの見るな(見てどうするんですか)ああああああ!!」」

 流石の愛香も叫んでるぞ……。

 しかも余裕で敵の名前から技名まで全部丸暗記して、この人は一体どこまで行くつもりなんだ!

 

 だが、その、死力を尽くして戦った、ドラグギルディの属性力エレメーラだ。

 戦いの後に回収した奴の属性玉は紛れもないツインテール属性だった。

 あいつほどのツインテール属性が、純度が低いなんてあり得ない。けど俺も愛香も、もちろんヒロ兄でさえ一度も使っていない。

 トゥアールに先程の説明で釘を刺されたためだが、こう聞くと、確かにもったいないとも思う。

 個人的にも、奴の力なら借りることに躊躇いはない。

「そういえば、テイルドラゴンってどことなくドラグギルディに似てるわね。関係あるのかしら?」

「い、言われてみれば……なんか似てる!?」

「た、確かに……テイルドラゴンのギアをもうちょっとゴツめにして、マント付けたら……」

 今更だが、確かに黒い竜を模した鎧……剣術を得意とする点が共通している。

「いや……でも……ヒロ兄はドラグギルディのこと、戦闘記録で初めて知ったって……」

「いえ、千優さんは確かにそうかもしれませんが……ヒーローギアの設計者。千優さんに装備を授けた存在の正体は不明……でも……」

「うーむ……面白いことになりそうね……」

 母さん、割と真面目な問題だから面白がらないでくれ……。

『お楽しみ中の所悪いがちょっと見てくれ!!』

「ヒーローC?どうしたんだ?」

 スクリーンに表示されるヒーローCの顔と、トゥアールが打ち上げた監視衛星からの映像。

 次の瞬間、俺たちは度肝を抜かれることになった。

 

 □□□□

 

 10時20分 都内 某衣服店前

「師匠……遅いですね……」

 神堂慧理那は既に指定された通り、店の入口の前で待っていた。

 今日は休みなので、いつもの制服姿ではなく、黒Tシャツに膝下までの丈のブラウンのスカートだ。

「あの……お嬢様、流石に約束の一時間前から指定場所で待っているのもどうかと思うのですが……」

「そうですわね……早すぎるに越した事は無いと思ったのですが……」

 既に開店を待ち、駐車場の車や店の前のベンチで時間を潰している客もいる。

 約束した時間まで残りあと10分、そろそろ開店である。

「おい嬢ちゃん」

 急に声をかけられ、声の方向を向くとそこには、如何にもワルといった格好をした男が三人立っていた。

 声の主はリーダーらしい、グラサンの男だった。

「わたくしの事ですか?」

「それ以外に誰がいるよ。って、そこのメイドさんもか」

「お前達、お嬢様に何か用でも?」

 少しイラッと来たが抑えて応える尊。

「いやよォ、見た所ヒマそうだし、俺らとどっか行かない?」

 隣の首からジャラジャラネックレスを下げた男が続く。

「いえ、わたくし人を待っておりますので」

「そう硬いこと言わないでさ、ちょっとだけでいいからさ?ねぇ?」

 ピアスの男が慧理那の腕を掴む。

「は、離してください!!」

「貴様らいい加減に……」

 流石にここまで無礼な男は尊も好ましくない。 ピアスの男を慧理那から引き剥がそうとした尊だったが……。

「当然、メイドさんもご一緒でな」

 尊の肩にもサングラス男の手が置かれる。

 周りを見回すが、開店待ちの客たちは車内で待っている者が多く、外にいる者もチンピラ怖さに見て見ぬ振りをしているようだ。

(三人まとめて捻り上げてやるか……)

 尊が背後から肩を掴んでいる男に肘鉄を食らわせてやろうとしたその時、待ち人は丁度視界に映り込んで来た。

 

 □□□□

 

 待ち合わせの店が目前に迫る。

 そろそろ減速して、マウンテンバイクを駐輪場に置くだろう。

『慧理那会長は既に到着済みみたいだぞ?』

「早いな。開店前から目的地で待機するとは、流石慧理那おれのでしだ」

 いや千優、それは違うと思うんだが?

 とは思ったが口には出さない。

 俺が言っちまっても、芸がないからな。

「ん?あれは……」

 千優が何か見つけたようだ。

『どうした?』

「店の前で誰かチンピラに絡まれてる」

『どれどれ?』

 直ぐにトゥアールの衛星に接続し、カメラを店の前にズームアップする。

 状況は一瞬で理解出来た。

『千優、そのチンピラに絡まれてるの、慧理那会長と桜川尊だ!!』

「なんだと!?」

 その瞬間、千優のペダルを漕ぐ足に力が篭った。

『千優、お前まさか!』

「突っ込む。取り敢えずまずはあそこへ突っ込む!!」

 俺が止める暇ももなく、シャカリキして行ってしまった。

 急いで基地のモニターへアクセスすると、総二、愛香、トゥアールに未春さんも、モニター前のテーブルに座り話し込んでいた。

『お楽しみ中の所悪いが、ちょっと見てくれ!!』

 

 □□□□

 

「あれは、千優さえぇぇ!?」

 マウンテンバイクを全速力で

「ん?っうおぉ!?」

 慧理那とピアスのチンピラの間へ向けて疾走はしらせ、

「やっと来たか」

 尊さんがグラサン野郎の手を振りほどき、慧理那を連れて距離をとった所にブレーキを握りつつハンドルをきる。

 キキィッ、と地面にタイヤの跡を残してマウンテンバイクは急停止した。

 そのままスタンドを立て停車させる。

「て、テメェ危ないだろうが!!」

 ネックレスの男が叫ぶ。我ながら危ないのは理解してるさ。

「いやー、友達がいかにもな人たちに囲まれてたもんだから、つい通常の三倍速になってしまったな」

「んなこたぁどうだっていいんだよ!人様にぶつかりそうになっといて謝罪もなしかぁ?」

 グラサンの男が怒りを滲ませた表情で叫んでる……こっちはそれどころじゃないんだよ。

「白昼堂々、女の子に絡んで迷惑かけてるおっさん達に謝罪がどうとか言われる筋合いはないね」

「んだとゴルァ!喧嘩売ってんのか!!」

 ピアスの男が近付いてくる。

 恐らくこの後襟元をを掴みあげて脅しに来るんだろう。

「大人に口聞く時は、敬語を使えって教わらなかったのか?ああ?」

 予想通り、左手で襟元を掴んできた。

 なら、次に何をするかも予測済みだ。

「じゃあ、敬語を使ってもらえる大人になるべきかと」

 その直後、右から拳が来る。

 その瞬間、両足を地面から浮かせて上げ、下半身に体重を集中させて男のバランスを崩させる事で、それを躱す。

「なッ!?」

 そして右脚で思いっきり蹴り上げると、見事に男の股間にクリティカルヒット!会心の一発だった。

「い"っ"でぇぇぇぇぇ!!」

 ピアスの男は襟を掴んでいた手を離し、股間を抑えてのたうち回る。

「「な!?」」

 驚いているグラサンとネックレスの男に向けて、俺は3本指を立てた右手を向ける。

「喧嘩するなら別にいいが……おっさん達、3手で詰むよ?」

 ……その後、時が止まったような沈黙が10秒くらい続いた。

「……お、覚えていやがれ!!」

 その後、チンピラ達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 ピアスの男は股間を抑えたまま、遅れながら去っていった。

 やれやれ、道場に通ってなかったらもっと穏便に済ませようとしたかもしれないんだけどな。

 あと、ハッタリだったんで、本当に3手で決められるのかは俺にも分からないが。

「さて……」

 落ち着いたところで慧理那と尊さんへ視線を向ける。

「おはよう慧理那、大丈夫だった?」

「……は、はい!」

 驚きの表情でこちらを見つめる慧理那。

 今日の服装は制服じゃなくて私服か。見慣れていないからか、

「怪我してないか?痛くないか?変な所触られたりしてないか?」

「千優さん落ち着いて!わたくしは無事ですから」

「タイミングが狙ったように絶妙で、お嬢様は無事に済んだぞ。まったく、護衛の私の仕事が無いじゃないか」

 ちょっと不満そうな表情をする尊さん。

「すみません……身体が先に動いてまして、つい……」

「いや、それは悪い事じゃない。寧ろ賞賛に値するくらいだぞ。お嬢様の身辺警護にお前を誘いたくなってるくらいだからな」

「困っている人を見かけたら、迷わず助ける……流石、わたくしの師匠です。ヒーローの鏡ですよ!」

 弟子にも絶賛されて、悪い気はしない。

 周囲の見ているだけだった客も拍手している。

「ところで千優さん、その服装は……」

「ん?これか?」

 俺が今着ている私服は青地に袖から脇に白の入ったTシャツ、その上から赤の袖無しジャンパー、ベージュ色のジーンズに黒のスニーカーだ。

「ヒロイックな色で揃えたファッションですわね!」

「ご名答!いやぁ、ツインテイルズカラーだって、これ見たクラスメイトによく言われるんだよなぁ」

「た、確かにツインテイルズのイメージカラーは全て揃っていますが、だからといってツインテイルズだけの色と括ってしまうのは違うと思います」

「だよね!アクセントに黄色を入れれば完璧に戦隊カラーなんだけど……ツインテイルズファッションなんて名付けて広めたの誰だよ……」

 陽月学園では、ツインテイルズ登場以来彼女らのグッズ(殆どレッド、次にドラゴンだが、最近ブルーも増えつつある)を身に付けている生徒が増えている。

 校則で禁じられているものは流石に控えているが、それでも彼女らへの憧れを示したい者達は、それぞれの推しの色をしたペンや消しゴム等を使っているとか。

 キャラTとかもっと痛いものを着用しているやつもいるとかいないとか……。

 そんな生徒たちには、今の俺の私服はどうしてもツインテイルズてんこもり衣装に見えるようで、この前出かけた先で会ったクラスメイトが広めちまって以来、赤、青、黒、アクセントに白の服を着た人をよく見かけるようになった。

「流行の最先端を作れたのですから、いいではありませんか」

「そうゆうもんなんだろうか?」

「はい!とっても似合ってますよ師匠!」

「そ、そう?ありがとう慧理那。でも、慧理那だってその服装、似合っているじゃないか」

「え、あ、はい。あ、ありがとう……ございます……///」

 その時、丁度時計が鳴った。

「お、丁度開店時間ですよお嬢様」

「で、では、いざ行きましょう、師匠!」

「そうだな。バスターズ、レディーゴー!!」

 その後、俺達は1番乗りで入店し、Tシャツ選びに時間をかけるのだった。

 

 □□□□

 

「ふぅ~、危なかったですね~」

「それはヒロ兄に対して?それとも……」

「間一髪助かった慧理那さんに対してに決まっているじゃないですか。千優さんならなんの問題も無いはずですから」

 胸をなで下ろすトゥアール。

 もしもの時は転送ペンで現地へ飛ぼうとしていた愛香もようやく落ち着きを取り戻し、椅子に座り直す。

「愛香さんが相手じゃなくてよかったですね」

「それどういう意味よ?」

「まあまあ落ち着いて……」

 トゥアールに殴りかかりそうな愛香を諌め、再びスクリーンに目を向ける。

「いやー、千優くんかっこよかったわねー。それにしてもあの絵に書いたようなチンピラ三人衆、な~んか誰かに雇われて襲ってきたようにも見えるわ。きっとアルティメギル、ジェラシェードに続く新たな勢力の陰謀よ」

「そうやって中二設定を組み上げていくのやめてくれ!!そろそろ頭が痛くなってくる……」

 

 □□□□

 

 店内 キャラクターTシャツコーナー

「これはどうですか?人間の可能性は、無限大です!」

 そう言うと、両手を前に突き出し印を組むポーズを取る慧理那。

「ならこっちも。ここからは俺のステージだ!!」

 対して千優は、右手は持っている武器を肩に乗せるように、左手は腰に下げた刀に手を乗せているかのようなポーズを取る。

「流石師匠、キレが違いますわね」

「慧理那の方こそ、本家と遜色ないんじゃないか?」

「いえいえ。わたくしなんて、まだまだ未熟ですわ」

「よろしい。そうゆう謙遜してる所、精進の糧になるぞ」

 こんな感じでTシャツを変える度に、そのシャツにプリントされたライダーの変身ポーズや決めポーズを取って対決(?)している2人を、俺はちょ~っとお邪魔した店の監視カメラ越しに、桜川尊は2人のすぐ側で眺めていた。

 桜川尊は特に何も言わず、周囲に気を配っている。

 護衛としての仕事……もしくは獲物の物色なんだろう。

「では今度はこれですわ!原点にして頂点、最初のライダーを。ライダー……」

 左腕を腰の位置へ。右腕を左斜め上方向へ伸ばし、右腕を円を描くようにして、右斜め上へもって行く慧理那。

「変身!」

 そして右腕を腰の位置へ。左腕を右斜め上へ伸ばす。

 特撮ファンに知らない者はいない、あの変身ポーズだ。

「ならば俺も……変──―身!」

 対して千優は、彼が最も得意とする「キレ」が最大限に活きるポーズ……両拳をかまえてXを描くように動かし、右手を上にかざして太陽を掴むような動きをとると、手首を返しそのまま下に振り下ろすと、そのまま水平に左へ。今度は反動で右手を右下に回し、追っかけて左手を右上へ。左手が伸びたところへまた左に返して拳を握る。

「俺は太陽の子!!」

 更にその流れで決めポーズと名乗りまで終える。

 まあ、Tシャツ選びのついでにこんな感じで遊んでいたわけだ。

 他のお客さんの迷惑にならないように声を抑えているが……気迫が凄いな。

 なんかあの二人の周辺だけ別空間に見える。

 それにしても、お互いに似合うTシャツがこんなんで決まるのだろうか……。

 

 □□□□

 

 都内 どこかの路地裏

「ごぶっ!」

 蹴り飛ばされ、鼻血を出しながら壁に激突する先程のサングラスのチンピラ。

 彼を蹴り飛ばした男は不機嫌そうに呟く。

「使えない。何故手を出さなかった?僕は指示通りに動けと言っただろう」

「そ、その事については申し訳ありません……」

 血が出る鼻を抑えながら、グラサンのチンピラは先程とは打って変わって敬語で答える。

「し、しかし……あのガキ一筋縄じゃ行かない……俺たちじゃ勝てないですよ……」

「なら、3人……いや、2人で同時にかかればよかっただろう。1人やられた程度で、怖気付いて逃げ出しやがって」

 男は、今度はネックレスのチンピラの方に向き直る。

「お前もだバカ!リーダーが怖気付いたからって、お前も逃げ出すのか?この臆病者め!」

「も、申し訳ございません!」

「今謝るくらいなら、さっきやり返すくらいできただろう!」

 左頬を殴られ、ゴミバケツをひっくり返しながら転がるネックレスのチンピラ。

「む、無茶言わねえでくださいよ!」

 堪らず叫んだのは、まだ股間を抑えているピアスのチンピラだ。

「直接一撃もらった俺には分かります……俺たち3人だけじゃ、あのガキには勝てません!下手したら本当に3手で全員やられていたと、断言できます!」

「根拠は?」

「あの無駄のない動きと股間じゃなくても当たればただじゃ済まないだろう蹴り……あいつ、多分結構レベルの高い格闘経験者です!」

「ふむ……なるほどね……」

 指で眼鏡をかけなおしながら今度はピアスのチンピラの方へ向き直る男。

「じゃ、唯一直接殴られたお前に聞こうか。どうすれば勝てそうなんだ?」

「は!に、人数増やして……あとは武器もあれば……」

「人数に武器か……まったく、金を使うなぁ」

 男が懐から紙の束を取り出す。

 いや、それはただの紙束ではない。

 全て一万円札の札束だ。

「もっと駒を増やすための資金に、バットやパイプなんかの調達代……まあ、これだけありゃ充分だろ」

 チンピラたちの方へ何枚か、まるで紙吹雪でも撒くように札束を投げる男。

 風と共に舞い落ちる札束を、チンピラたちは起き上がりながらひん掴む。

「計画変更だ。いいな、何としてでもあいつを仕留めろ。次に失敗したら、契約はなしだからな」

「「「は、はい!!」」」

 新たな勢力が、人知れず動き始めていた。

 

 □□□□

 

 都内 某衣服店レジ周辺

 神堂家に仕えるメイド、桜川尊は深く溜息をついた。

 視線の先には、彼女の護衛対象であり、尽くすべき主である神堂慧理那……と、その慧理那が師匠と慕う友人にして尊敬するヒーロー、テイルドラゴンこと仲足千優が、双方笑顔でレジに並んでいる。

 土曜日の早朝から、この大手衣服店には多くの客が並んでいた。

 ゴールデンウィーク直前の週末。

 2人が並んでいるのは、先日約束したTシャツ2枚を購入すると1つ貰える、日曜朝に放送されている特撮ヒーローの限定変身アイテムを入手するため……であり、この前の戦闘で擦り切れてしまった千優の衣服を買うためでもある。

 Tシャツは、千優本人曰くコートの内側だったため洗濯すれば着れる、とのことだが、ズボンの方はボロボロになってしまっていたのである。

 本題であった変身アイテムの方はというと、「限定品」であるため、キャンペーン期間内の店内は、子供にせがまれた親御さんや特撮ファン、更には転売目当ての者たちなどの熾烈な争奪戦が繰り広げられるのだ。

「やっぱりただの買い物とは言えないような気が……」


 互いにどのヒーローのTシャツが似合うか、相談しながら(というより互いにそのヒーローの変身ポーズをとりながら)選び抜き、さらに新しいズボンを慧理那がコーディネートしていたら一時間、いや二時間近く経ってしまっていた。

 まあ、メイドの自分が主人の交友関係にとやかく言うつもりはない。

 むしろ、学校で生徒会長として、そして神堂家の跡取りとして肩肘張った生活をしている慧理那が、なりふり構わず熱中している趣味の理解者であり、慧理那本人も気にかけている節がある異性だ。

 ついでに店の前の一件では、本来なら自分の仕事である美味しいところを譲ってやったくらいだからな。

 彼になら、お嬢様を任せられるだろう。自然とそんな風にさえ思えていた。

 アルティメギルがこの世に現れてから、慧理那はもう何度もその身を狙われており、本来ならば気軽に出歩くのは危険だ。

 しかし、今回は仲足が一緒だ。いざとなったら彼が戦ってくれるだろう。

 そんな事を考えつつ、尊は慧理那から視線を離さない一方で、目端に映すように器用に行き交う男たちをも観察していた。

 ライフスタイルが変化し、結婚適齢期という言葉が薄れて久しい昨今だが、それでも誰もが一度は、年齢とともに結婚を焦る時期があるものだ。

 二十八歳。桜川尊、最終決戦ファイナルバトルの予感──―。

 一刻も早く結婚したいと願う彼女にとって、人間観察は婚活に等しい。

 最近この焦り方が過度だった影響で、例のジェラシェードとかいう怪物に取り憑かれ、身体を乗っ取られかけたので、焦らず慎重に行かなくては。

 もっとも、職務は結婚願望を差し置いての最優先事項である。耳につけたレシーバーに受信を告げるノイズが走った一瞬、彼女はプロの顔になった。

『メイド長!敵襲です!!』

 部下のメイドの切羽詰まった叫び声が聞こえ、尊は瞬時に駆け出す……と、両手に紙袋を抱え、こちらに向かう慧理那の姿があった。

「お嬢様、仲足は?」

「尊?千優さんなら、先程お手洗いに行くと……」

 最後まで聞くまでもなく、慧理那をお姫様抱っこで抱え上げると、わき目もふらずフロアを駆け抜け、階段へ辿りついた。

「お嬢様、舌を噛まないよう、お気を付けください!」

 子供並みの体重とはいえ、人一人を抱えたまま、階段を一気に飛び降りる。

 三階なので踊り場を合わせて都合四度。その超人的な体術を披露し、一階に降り立つやいなや息も乱さず再び走り出す。護衛主任を任された尊が、存分に健脚を発揮する。

 丁度開いていた自動ドアに身体を滑り込ませ、駐車場に躍り出た時……尊は、一歩遅かったかと歯噛みした。

「くそ、先回りされたか…………!」

 これまでも、何度も目にしてきたアルティメギルの戦闘員たち……仲足が「アルティロイド」と呼んでいた黒ずくめの不気味な怪人たちが、甲高くモケー!と叫びながら立ちはだかる。

 そして、その後ろから悠然と歩いてきた怪人は、直立した赤蟹のような姿をしていた。

「ほう、これはなかなかどうしてハイポテンシャルな幼女……これだけの強力なツインテール属性を持つ以上、あ・れ・もさぞかし素晴らしかろうな!」

 ツインテール属性。

 理屈は分からないが、仲足から聞いた通り、この怪物たちが慧理那のツインテールを目的に襲ってきているのは、もはや疑うべくもなく明らかだった。

 本来ならば、髪形を変えさせるのが手っ取り早く、安全なのだが……神堂家には、それができない理由がある。

 歯痒かった。

 外で待機していた部下たちが、尊のもとへ駆け寄ってきた。

「慧理那お嬢様を早く!ここは私が食い止める!!」

 頼りの仲足はまだトイレから戻ってこない。

 こうなれば、私がお嬢様を守るしかない、と慧理那を降ろした尊は怪人の前に立ちはだかる。

「我が名はクラブギルディ!ツインテール属性と常にともに在る麗しき属性力エレメーラ、項後属性ネープを後世に伝えるべく日夜邁進する探究者!」

「ネープ…………え!?うなじ!?」

「ほう、妙齢の女性、お主もツインテールを嗜むか!」

「妙齢言うな!」

 尊の髪型は、ツインテールである。

 ウェーブのかかったもこもこの髪を、頭長近くから背中に落とすようにまとめている。

 怪人のいう通り、今年二十八歳になる尊にはいろいろ思うところもあるのだが、この髪型は、神堂家に仕える誓いを立てたその日から一度も変わらない、尊の誇りの一つだ。

 それを馬鹿にされたのだから、黙ってはいられない。

「化け物め!貴様ごときに品定めされてたまるか!」

 怒りをみなぎらせ、尊が果敢に挑む。

「いつもいつもお嬢様を狙いおって、もう我慢できん!!私が成敗してくれる!!」

 人間の力や兵器じゃこいつらは倒せないといわれてはいたが、尊はもう我慢ならなかった。

 メイド服はロングスカートでなければ紛い物だと主張する者もいる。だが、ミニスカートのフリルをはためかせ、鍛え抜かれた両の足で無数の蹴りを繰り出す尊の姿は、だれがどう見ても一流プロフェッショナルのメイドだった。

 戦うため、主人を守るためにカスタマイズされたメイド服。

 鉄の職業意識と鋼の忠誠心。

 彼女はメイドの魂を身にまとっているのだ。

 だが、クラブギルディは意にも介していない。

 一流の格闘家と比べても遜色ない、尊の熟練の技でさえ怪人エレメリアンにダメージを与えることはできなかった。

 逆に尊は足を押さえて蹲った。

「うぐっ……な、なんだこの硬さは……!?身体中が金属のように……硬い!」

 クラブギルディは背中の甲羅どころか、柔らかそうな胴体を狙ってもびくともしない。

「きゃー!」

 慧理那を庇っていた他のメイドから、アルティロイドが強引に慧理那を引き剥がす。

 他のメイドに危害を加えられないようにと、慧理那が自ら進んで離れたのも原因だった。

「お嬢様!お逃げくださいっ!!」

 尊も、隙を突かれてアルティロイドに取り押さえられ、身動きが取れなくなる。

「くっ、こいつら、こんなヒョロヒョロの身体でなんて力だ!」

「大丈夫ですわ尊。そろそろ……きっと……」

 何の疑いもなく、信頼に満ちた慧理那の瞳。

(そうだ……いつだって仲足あいつは……)

「貴女も一度、その身を以って知った筈です……」

(仲間ツインテイルズの危機を救う時も……お嬢様や観束たち、それに私を助けに来てくれた時も……)

「ようし、後ろを向かせい!!」

 アルティロイドが左右から慧理那の肩を摑み、よちよちと180度回転させる。

 クラブギルディはハサミの腕で腕組みし、うんうんと満足そうに頷いた。

「な、何を見ているんですの!」

 さすがに不気味に思ったのか、慧理那が毅然と問う。

「うなじに決まっておろう!!よいか、ツインテールにする以上、うなじが見えるは必然!美は相乗され、輝きを増す!!この素晴らしきWin-Winの関係を、俺はもっと多くの仲間に伝えたい!そしてお前たちにも分かって欲しいのだ!!」

 エレメリアンお馴染みの世迷言である。

「あなたに教わることなどありませんっ!!」

 そんな腐った世迷言を、正々堂々と切り捨てる慧理那。

「たわけ!男は背中で語り!女はうなじで語る!世界の理を知らぬとは、見た目だけでなく、知性も幼いか!!」

「なっ……わ、わたくしは……!」

 これまで毅然としていた慧理那が、初めて動揺した表情を見せる。

「お前は高貴なツインテールだけでなく、更に我が主、クラーケギルディ様の求める貧乳属性まで備えているやもしれん!!お前は我らにとって理想的な程の属性を備えているのだ!!」

「おのれ化け物め、お嬢様への侮辱は許さんぞ!!」

「年増のうなじに用はない!!家に帰ってほうれい線対策に躍起になるがいい!!」

「私はまだ二十八だぞ!ふざけるな!!殺してやる!!」

 ピンポイントな罵倒を受け、額に青筋を浮かべて抗議する尊。

 だが、クラブギルディはその叫びにさえ意にも介さず、慧理那に近づく。

「さて、お前の属性力、いただくとしよう!!」

 ──―その瞬間、その場にいる全員の耳に笛の音が聞こえてきた。

「この音色……まさか!?」

 某鉄道の保線作業員が日頃から自分の鎮魂歌として奏でるテーマ曲。そして、そのメロディーを奏でる音色は、まさしくドラゴファング!!

「随分と好き勝手言ってるみたいじゃねえか。大声だから、店内にまで聞こえてきてたぜ」

「テイルドラゴン!!やはり貴様か!!」

 顔には新調したフォトンサングラス、いつもの黒いコートをなびかせ、手にはドラゴファングの片方を持ちながら近づく千優。

 既に腰にはドライバーが巻かれている。

(やはり、いつも少し遅れたくらいの……尚且つギリギリのタイミングに……)

 尊がそう考えている間にも、千優はこちらへ歩み寄り、エレメリアンに言い放つ。

「その子と、そのメイドさんたちを離せ」

「折角捕らえた獲物だ、逃がすわけないだろう?」

「……それなら!」

 もう一本のドラゴファングを呼び出し、二本の短剣を素早く投合する。

 二本はそれぞれが回転し、弧を描きながら宙を舞い、慧理那と尊を押さえているアルティロイド達に命中する。

 モケー、と叫び声をあげながら倒れるアルティロイド。

 その隙に、尊が素早く慧理那の手を引き、その場から離れる。

「なにっ!?逃がすな!!追え!!」

 他のメイドを押さえていたアルティロイドらも、メイド達を解放し、慧理那を追うが……。

 

 

 

「属性玉エレメーラオーブ──―兎耳属性ラビット!!」

「モケーェ!?」

 アルティロイド達が弾かれるように吹き飛んだ。

「はっ!?」

「これは!!」

 属性玉エレメーラオーブ・兎耳属性ラビットによってもたらされた跳躍力を存分に活用し、青き戦士の脚から放たれた連続蹴りは、見るものに同一人物が何人も現れたと錯覚させるほどのスピードであった。

「ようやく来たか!」

「悪い、遅れた!」

 赤き戦士―テイルレッドがアルティロイドを薙ぎ払いながら現れる。

「おおっ、これ楽しー!!」

 テイルブルーがピョンピョン飛び跳ねながらアルティロイドをどんどん蹴散らしていく。

 オイオイ、完全に遊んでないか?

「貴様ら……あと少しのところで邪魔に入るとは!」

「ヒーローは遅れてやってくる……ついでに言えば、遅れすぎて誰かが犠牲になる前に、悪が一番余裕ぶっこいてる絶妙なタイミングで到着するってもんさ!変身!!」

 即座に腰のボタンを押し、変身ポーズをとる。

『start-up《スタートアップ》!Changeチェンジ!!』

『H・E・R・O!!HEROヒーロー!!』

 オリハルコンフレームのプロテクターが装着され、変身が完了する。その後、戻ってきたドラゴファングをキャッチし、その切っ先をクラブギルディへ向ける。

「テイルドラゴン参上!!さて、俺たちの休日を邪魔した罪は重いぞ?」

「生憎こちらは年中任務でな、そちらの休日とか祝日とか構っていられんのだ!むしろそういう日を狙った方が属性力の集まりもいいのでな!」

「そうかい、なら遠慮なく捌いて茹で蟹にしてやるよ!!」

 見たところ武器は両手のハサミのみ、警戒すべしは体を覆っている頑丈そうな甲殻くらいだろう。一気に接近し、腹部に向けてドラゴファングを突き出す。

 だが──―手応えは無かった。

 殴ったはずのクラブギルディは空気に溶けるように揺らめいて消えた。

「フッ……残像だ」

「何ッ!?」

 あまりにも意外な能力に驚き、思わずお決まりの反応を返してしまった。

 そして声の主はというと、なんと背後で戦っていたテイルレッドの背後に回り込んでいた。

「レッド、後ろだ!」

 すかさずレッドが振り向きざまにブレイザーブレイドを振るうが、クラブギルディはまたしても「残像だ」と背後に回ってしまう。

「な!?」

「素晴らしい!陰ながら美を支える土壌……!母なる大地に生命を育む海!最強のツインテール属性は、これほどまでに美しいうなじをもたらすのか!!」

「「超スピードの変態じゃねえか!!」」

 総二と同時に叫んでしまった。

 そしてクラブギルディ、勝手に訳の分からない自己完結して滂沱と涙してんじゃねえ!!

「テメェそのデカいハサミをあんまりチョッキンチョッキンするな!!レッドのツインテールをちょん切るつもりか!!」

「おっと失礼、うっかり美を損なうところだった……」

 ハサミを動かすのを止めるクラブギルディ。

 その瞬間に飛び蹴りをかますが……。

「残像だ」

「チッ!」

 またしてもテイルレッドの背後に逃げられる。

「これぞわが奥義!うなじ見たさの残像移動ウシロノ・ショー・メンダーレ!!」

「俺ばっかり狙うなよぉぉぉ!」

「男のうなじなんぞに興味はないわぁぁぁ!!」

『なんだアイツ!?無駄に速い!レーダーもカメラも処理が追い付かん!!』

 ヒーローCがそこまで言うとは……。

 そしてこの蟹は今、アルティロイドを倒すことに専念している……もとい兎耳属性で遊んでいるテイルブルーには近寄れないので、テイルレッドのうなじばかりを狙っている訳か。

 こうなったらやる事はひとつ。

「レッド!背中を……」

「ドラ兄、背中は預ける!」

「ッ!お、おう!!」

 どうやら総二も同意見だったらしい、互いに背中合わせになり、それぞれの武器を構える。

 甲羅が固いのを見越して、ドラゴファングをドラゴホーンに持ち替える。

「何ィ!?うなじが……うなじが見えん!!」

 クラブギルディの悲痛な叫びが響く。

 こいつはうなじを見る為だけに、相手の後ろを取る動きだけを洗練させた一流の変態……だが、それは弱点にもなる!!

「くらえ!!」

 レッドがブレイザーブレイドを振るう。

「ざ、残像だ」

 うなじ見えなさにガックリしながらも高速移動のスピードは落とさないクラブギルディ。

 だが、諦めずにレッドのうなじを狙い続けるその執念こそ弱点!!

「そこだッ!!」

 RとL、二対のドラゴホーンを目前に思いっきり突き出す。

「ぐはあっ!?」

 どうやら命中したようだ。

 腹部の甲羅のサイドにあるわずかな隙間……黒い関節部にドラゴホーンの切っ先が突き刺さっている。

「こ……この程度の浅い傷、苦にもならんわ!!」

「いや、お前の動きはここで封じる!!」

 ドラゴホーンRを突き刺したまま、右手でバックルのボタンを三回連打する。

『BUバ・BUバ・BUバ・BURSTバースト!!』

 ドラゴホーンRを掴みなおすと、熱エネルギーが両腕を伝い、ドラゴホーンの刀身に満ちていく。

「熱!熱!熱いッ!?貴様何を!!」

「はあッ!!」

 突き刺したドラゴホーンを交互に、×印に甲羅を引き裂きながら引き抜く。

 引き抜かれた瞬間、その切り口は爆発した。

「ごはああああ!?こ、これでは茹で蟹どころか焼き蟹になってしまうぅぅぅぅ!!」

「その熱さ、休日を邪魔された怒りだと知れ!!」

 説明しよう。

 これは昨日の戦いで発見された新機能、「感情エネルギー変換」だ。

 ギア装着者の感情が昂ったときに発動するらしい。

 その感情に合わせて、攻撃に属性力エレメーラではなく属性エレメントを付与する機能だ。

 今のは「怒り」をトリガーにした炎属性付与。

 その名もシンプルに「イカリバースト」

 打撃や斬撃に怒りの炎を宿し、焼き尽くしたり爆発させたりする能力だ。

「今だレッド!!」

「オーラピラー!!」

 怒りの炎より鮮やかに輝く火柱がクラブギルディを包み込む。

「完全開放ブレイクレリーズ!グランドブレイザー!!」

 爆裂する炎刃、その一太刀はクラブギルディを見事に捌き斬った。

「もっとうなじが見たかったぁぁぁぁぁ!!」

 そして、案の定最期まで世迷言を吐き散っていったクラブギルディに、ツインテールを引き立たせようとする姿勢は立派だと思ったぞ、と手を合わせるレッドを見守り、項属性ネープの属性玉を回収した。

 そして周りを見回すと、丁度アルティロイドは全滅し、ブルーが属性変換エレメリーションを解除していた。

 そして目の前で行われていた激戦への賞賛に、拍手を贈る慧理那の姿があった。

「危なかったな。大丈夫か?」

 慧理那には俺の正体はバレている……おそらくレッドやブルーの正体も薄々感づいているだろうが、他の客に気付かれないよう、他人を装った言葉をかける。

 まあ、本日二度目になるが。

「は、はい……あの、ありがとうございます!」

「偶然ここで休日を満喫していたら、たまたまここに奴らが君を襲っているところに出くわしただけさ」

「偶然……ですか」

 我ながらあまりにも無理やり感のある言い訳が可笑しかったのか、クスッと笑みを零す慧理那。

「……よかった。笑顔になれるなら、俺が心配する必要はなさそうだな」

 つい、いつもレッドやブルーにやっている所為か、つい慧理那の頭を撫でてしまう。

「あ……」

「……あ、つい。すまない」

 慌てて手を放し、頭を下げる。

「じゃあ、もう行かないと!」

 そそくさとレッド達の方へ立ち去ろうとする俺に、背後から慧理那の声が届く。

「あの!……また、会えますよね?」

 ……一瞬答え方に迷ったが、その言葉は俺ではなく、俺テイルドラゴンに向けられたものだ。

 またすぐに会えるさ、とは流石に答えにくいし、その答えだと考えすぎかもしれないが、後で合流したときに周囲に怪しまれる可能性もあるんだよなあ……。

「そうだな……」

 と、迷っていたらテイルレッドが俺の隣に来て、慧理那にこう言った。

「貴女がツインテールを愛する限り、俺たちはいつだって助けに来ます」

「ツインテールへの……愛……」

 総二め、いいところ取って行きやがって……まあ、ツインテイルズのリーダーはテイルレッドだし、仕方ないけどな。

 立ち去りながら、たまには俺にも言わせろよと頭をワシャワシャする。

 しかし……一瞬、慧理那の表情が曇ったような気がするのは気のせいだろうか?

 

 □□□□

 

 正午 観束家地下秘密基地

「……で、あの後どうなったの?」

 基地のディスプレイにヒーローCの顔が表示されている。

 クラブギルディを倒した後、俺達は基地へ帰還したが、ヒロ兄はサラマンダーで俺たちを送った後、転送ペンで店に戻っていったのだ。

『どうやらそのまま別れるらしい』

「やっぱり、これ以上の外出は危険だと判断されたんでしょうね」

「残念ね……面白そうだと思ったのに」

 ん?面白そう?トゥアールはともかく、愛香がそんなことを言うなんて……。

「愛香、面白そうって?」

「この前の戦いあるでしょ?ほら、あの忌々しい牛野郎の」

「バッファローギルディか。それがどうかしたのか?」

「あの時は色々ありすぎて忘れていたけどさ……私のためとは言えヒロ兄、私の悩みを大々的に叫んじゃったのよね……」

 そういえば、テイルブルーは胸が小さいことを気にしてるからそれを指摘するな、的なことを叫んでいたような……。

「だからさ……仕返しに、会長とのショッピングをデートだって、おちょくりたかったのよ」

「私は、本日2回目のヒーローアライブ辺りでからかう気が引いてきましたね……いえ、弄らないとはいってませんが」

『トゥアールは後で千優に報告な』

「ひぃぃぃぃぃ!!ご勘弁を!ご勘弁をぉぉぉぉぉ!!」

 ヒーローCの一言で悲鳴をあげるトゥアール。

 怒らせた日の怖さが余程堪えているのだろう。

「別に、気にしなくてもいいんじゃないか?」

「……え?」

 俺のつぶやきに、愛香が驚いたような声を上げる。

「俺は別に、そのままの愛香でいいと思う」

「ちょ、それどうゆう……」

「だからさ……俺には胸の大きさでの悩みなんて分からないけど……愛香はそのままでも充分可愛いだろって……」

 なんか、藁にも縋る思いで巨乳属性を使おうとしている愛香を見ているとちょっとかわいそうに思えてきたのと、ここで諦めさせないと余計に惨めな事になると感じたのもある。

 それにこんな時、ヒロ兄なら長所を褒めて励ますだろう。なら、代わりに俺がやるだけだ。

「そ、そーじ……「まあ愛香さんには届かない意見でしょうけdのっくあうと!」

 せっかく愛香が立ち直りそうだったのに、台無しにしてしまうような発言をしたトゥアールに、一瞬にして決まる愛香の昇竜拳。

 でも、ここまで動けるなら、もう立ち直ってるな、うん。

 つか、日頃喧嘩ばかりしてるけど、この2人本当は仲良しなんじゃないか?

「それで、ヒロ兄は?」

『サラマンダーは帰ってきた時に置いてきたからな。今、神堂家の車で送ってもらってるところだ』

 

 □□□□

 

 神堂家車内

 車はゆっくりと進んでいく。

 後部座席で、わたくしは窓の外を眺めています。

 反対側の座席には、先程合流した千優さんの姿が。

 ですが彼は今、座席にもたれすやすやと寝息をたてています。

 先ほどの戦いでの疲れと、車窓からの日光が心地よかったのでしょう。

 戦士の休息、といったところでしょうか。

「…………」

 ふと、千優さんの方へ目を向けると、今まで見たことのない表情をしていました。

 普段は話しかけやすい柔和な表情。

 テイルドラゴンとして、黒いコートに身を包み、サングラスをかけ、愛用している二対のダガー……ドラゴファングを構えた姿の時にはキリッとした、ヒーローに相応しい引き締まった表情。

 そして今わたくしの目の前にあるのは……。

 はっ、わたくしは何を見つめてしまっているのでしょう///

 千優さんの寝顔ひとつに、こんなに熱心になってしまうなんて……。

 ……運転席の尊は……運転に集中してるようですわ。

 少しくらい、寄っても……バレませんわよね?

 少しづつ、少しづつ、間を積める。

 千優さんの眠りを妨げるわけには行きませんので……起こさないよう、慎重に……。

 残りあと15センチ程でしょうか?

 ここまで来れば充分ですわよね。

 シートから目の前に目を向けると……。

 ふふっ、男の人にこう言うのもなんですが、少し可愛らしいです。

 起きている時に言ってしまうと、おそらく全力で否定されてしまうでしょうけど。

 ……何でしょう。無性につついてみたくなってきました。

 ……ちょっとだけなら……本当に、起こさない程度に、ちょっとだけなら……。

 人差し指を伸ばし、起こさないように恐る恐る指先で頬をつつく。

 指先が触れた瞬間、千優さんの目元がピクッっと動く。

 咄嗟に手を引っ込めたのですが……再び寝息が聞こえてきました。

 危ない危ない。うっかり起こしてしまうところでした。

 それにしても、まだ起きないんですね。

 まあ、この寝顔をまだ見続けていられるなら、別に構わないのですが。

 それにしても、今日のショッピングはちゃんと埋め合わせになっていたのでしょうか?

 いえ、なっていたとしてもこれくらいでは先日、わたくしや尊、観束くんや津辺さんの命を救ってくれた事への埋め合わせには……到底なり得るはずがないでしょう。

 千優さんは別に気にしないで、なんて言うのでしょうが、それではわたくしの気が……。

 ……ふと、先ほど、別れ際のテイルドラゴンちひろさんに撫でられたのを思い出す。

 エレメリアンとの戦闘後、頑張ったテイルレッドとテイルブルーに、まるで娘を褒める父親か、あるいは妹を褒める兄の様に、殆どいつもしてあげている行為です。

 ……今、わたくしにしてあげられるお返しはささやかなものでしかありません。

 それに、千優さんが本当にそれを望むのかも分かりません。

 それでも……今しか出来ない、次の機会はいつ訪れるのかもわからない。それなら、今ここで……。

 千優さんの頭に手を添え、起こしてしまわないようにそっと、優しく撫でる。

 ……これぐらいの事しか思いつきませんでしたが……頑張ってくれている貴方へのお礼です。

 これからも、3人で世界を守ってくださいね。

 

 □□□□

 

 仲足家前

「今日はありがとうございました」

「礼を言うのは俺の方だよ。支払いしてもらった訳だし……」

 購入した服やアイテムの入った紙袋を手に、車を降りる。

「共通のものを購入したのです。纏めて払った方がいいではありませんか」

 いやホントに申し訳ない。俺の方から提案しといて支払わせてしまうとか……。

「それに、わたくしは充分満足させていただきましたから……」

「満足か……まあ、確かに今日は楽しかったよ」

 限定品は手に入ったし、新しい服も購入できた。

 それに修行の成果も見れたし。

「は、はい……その……し、師匠!」

「ん?」

「その……また、いつか機会があれば……」

 ちょっと俯き加減に、慧理那が呟く。

 その先がなんとなく読めた俺は、ちょっと迷ったけど答えた。

「ああ、機会があればまた行こうな」

 答えた瞬間、慧理那の顔が赤くなったような気がする。

 いや、それは俺が起きてからだったような……。

「そ、それではまた!」

 ドアを閉めると、車はすぐに走り去って行ってしまった。

 左頬に触れる。

 つつかれたので起きてしまったが、何故普通に起こさずあんな行動に出たのか気になり、見極めようと狸寝入りしてしていたのだが……撫でられるとは。

 こんな行動に出る理由を考えてはみたのだが……。

「なあヒーローC……慧理那の顔が赤かったような気がするんだけど……」

『そうか?俺に聞かれてもな……カーナビで桜川尊を道案内していたから、俺は見てないぜ?』

「そうか……」

 正直、理由は思い当たる。俺がよく知っている筈だ。

 だがそれを決定づける根拠がない。

「まさか……ね」

 あれ、愛香と同じ恋する乙女の表情だったと思うんだが……うん、まさかその相手が俺って事は……。 
 

 
後書き
申し訳ございません、このような出来で。(ニーサン風に)
「テイルドラゴンをゴツめに~」の部分は、脳内でテイルドラゴンをS.I.C.っぽくアレンジしてみるとなんとなく分かるかも知れません。
さて、次回予告です。
トゥアール「それではお便り紹介のコーナー!」
未春「ラジオネーム、竜の弟子さんからのお便りです。『わたくしには師匠として尊敬している人がいるのですが、最近、修行の時はそうでもないんですが、それ以外の時にこの人のことを考えるだけで胸がドキドキして、体が熱くなります。この気持ちは一体何なんでしょうか?』だそうよ」
愛香「恋じゃない?」
トゥアール「恋ですかね?」
未春「ズバリ!恋の病ね。すぐにそのお師匠さんに打ち明けて、治してもらうことをお勧めするわ!あ、でも風邪の可能性もあるからそこは注意すること」
トゥアール「私の恋の病も治りませんかね?」
愛香「あんたのはただの発情期の間違いでしょうが!!(ハリセンスパーン)」
トゥアール「まそっぷ!!」
未春「それじゃあタイトルコールよ!次回、烏賊と海竜とイヤな奴に・・・」
一同「「「テイルオン!!」」」
未春「次回もお楽しみに!」
愛香「ん?烏賊?(ゾクッ)」 
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