神機楼戦記オクトメディウム
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第19話 合流
大神士郎と剣神アメノムラクモの『必殺技』とでも形容すべき奥の手を受け、光の奔流に包まれながらレーコは心地良い感覚を味わっているのであった。
──自分はこうして負けた筈なのに、この暖かい気持ちは一体何だろう、と。
そう、それは大邪の呪縛から自身が解放される事により感じる高揚感であったのだ。
そして、気付けば彼女は大地に降り立ち、加えて彼女を縛っていた大邪の神機楼は光の粒子となって散っている最中なのであった。
その心地良い余韻に浸っていると、そこに二人の人物が駆け寄ってきたのである。そう、蒼月の巫女たる稲田姫子と、今しがた自身を打ち負かした白陽の騎士たる大神士郎の二人であるのだった。
その二人へとレーコは意識を向けると、開口一番にこう言った。
「ありがとう、二人とも。こうして私も大邪の力から解放される事となったわ」
それは、レーコの本心から来る言葉であるのだった。既に彼女は邪神の手先とはなっていないが故であった。
その言葉に姫子も頷く。こうして敵として向かって来た者が、晴れて邪悪から解放されたのを確認したからである。
だが、ここで姫子は彼女に聞いておかないといけないだろう。故に彼女は口を開く。
「でも、売れっ子の漫画家であるレーコ先生が、何故このような事を? 私もあなたのファンだったんですよ?」
そう、邪悪と戦う姫子とてまだ十代の子供なのである。故に漫画という娯楽に夢中になるのは当然であるのだった。そして、レーコの手掛ける漫画は好きな作品が多かったのであった。
──こうしてファンの声援があるのに、何故? その姫子の疑問にレーコは答えていく。
「ファン……そうよね。漫画家にとってはそれを大切にするのは一番大切な事の一つよね……」
「レーコ先生?」
そうポツポツと自分の心の内にあるものを出していくレーコに対して、姫子は首を傾げてしまう。
「でもね、巫女さん。漫画家からこう言うのはタブーかも知れないけど、この機会に一つ覚えておいて欲しいわ」
「何ですか?」
突如として自身にメッセージを放とうとするレーコに対して、姫子は何だろうと再度首を傾げる。
「漫画家にとってファンは大切な支えであると同時に、『枷』になる事も多いという事よ」
そう言ってレーコは説明を始める。
漫画のような創作物を堪能する消費者というものは、時に自分の思い通りの展開をその創作物に求めてしまいがちなのだ、と。
そして、その自身の要望通りになるように創作者に対して圧力染みたものを掛けるという、マナーの面から見てよろしくない傾向に流れる事が少なくないのである。
漫画家のような創作者は、本当ならば自分の思い通りの物語を創りたいと願うのが一番望む所だというのに……なのだ。
「勿論、ファンの声援は第一だから、その意見に私は従っていました。けど、自分の描きたい物からどんどんかけ離れていくのを感じていたわ……」
そこまで聞いて、姫子はそこで勘が働くのであった。いや、少々この展開に慣れたと言った方がいいかも知れないが。
「そこで、シスター・ミヤコさんの出番って事ですよね」
「あ~、話が早くて助かるわ。そう、彼女が私の目の前に現れてこう言ったのよ。『自分の創りたい物を創れない、この世界なんか壊してしまいなさい』とね」
「それで、その言葉を馬鹿げていると思いつつも、彼女の魔力に当てられて逆らう事が出来なかった……って事ですね」
「ええ、面目ないです」
まさに自分の職である漫画のような展開で申し訳ないと思いつつも、レーコはそれに抗う事が出来なかったと赤裸々に語るのであった。
だが、こうして今彼女はその力から解放されたのである。だから姫子はこう彼女に言う。
「大邪の力から解放された事だし、また漫画を描き始めるのがいいんじゃないんですか? 私はレーコ先生が思うままに描く作品を応援しますから♪」
そう言うと、姫子は屈託のない満面の笑みをレーコに向けてみせるのであった。
「ありがとう姫子さん。ファンの中にはあなたのような人もいる事を忘れないでまた頑張るわ」
そんな姫子の姿勢に背中を押される形で、レーコは人知れずこの騒乱が起きた場から去っていったのだった。
◇ ◇ ◇
これにて、大邪衆の『同時分断作戦』を見事に迎え撃ち、打ち破った千影・泉美ペアと姫子・士郎ペアであった。
そして、それぞれが事を成し得た後日に、そのそれぞれの展開を報告しあうべく大神家へと集っていたのである。
「どうやら、全てうまくいったみたいですね」
そう口にするのは、今回の戦力を分ける作戦を思いついた泉美自身なのであった。その言葉に姫子は賛同する。
「うん、泉美ちゃんの読み通りにうまくいったよ。『ウォーターガン』も見事なくらいに役に立ったよ♪」
「それは何よりね」
こうして労ってくれる者がいるだけで、自分が知恵を出した甲斐があったものだと、泉美も気持ちが晴れる感覚となるのであった。
だが、そんな泉美であっても、姫子の次の言葉は予想だにしないものであったのだ。
「もういっその事、泉美ちゃんが私達のリーダーって事でいいんじゃない?」
その瞬間、時が止まり、そして再び流れる。
「えっ!? ちょっと! 私がリーダーって!?」
それは些か話が飛びすぎているのではないかと、泉美は姫子に抗議するのであった。
明らかに、自分には荷が重い役職だったからだ。嫉妬深くて粘着質な性格の自分がリーダーに相応しいはずがないだろうと彼女は心の叫びを上げる所であった。
だが、更にこの話を加速させる者がいたのであった。そう、彼女と同行していた千影自身からであったのだ。
「私からもそれには賛成する所ね。先日のあなたの戦い方を見ていて思ったわ」
そう千影が言う通り、泉美は搭乗者の肉体面から考慮して不利な戦いを、その自身の頭脳を使って見事に打ち勝ったのであるから。
「千影さん……」
想い人からの思わぬ称賛に、泉美は思わず頬を赤らめてしまい、満更でもない心持ちとなってしまうのであった。
だが、この泉美称賛ラッシュはまだ終了してないぜ! なのであった。
「俺からもお礼を言っておくぞ」
そう言ったのは士郎であったのだ。彼からもそう言っておかなければならない事がそこにはあったのである。
「今回の作戦で、姫子さんを俺の所に差し向けてくれたのは泉美さんという事だよな」
そう、士郎は出陣の前に姫子と手合わせが出来た事によりその力をより発揮出来る感覚が身に付ける事が出来たも同然だったからである。
そして、これはこの場では内緒なのだが、自分の惚れている姫子を自分と組ませてくれた事にも密かに感謝する所であるのだった。
「だから、俺もあなたがリーダーに相応しいと思うから、自分に自信を持つといいよ」
そう凜々しく士郎は泉美に言ってのけたのであった。
「自分に……自信ね……」
それは、泉美が有り余る才能を持ちながら、育った環境の関係で中々自身に持てない感情であるのだった。
だが、今それを乗り越える必要が彼女にはあるだろう。
「分かったわ、私がこれからリーダーを務めるわ。でも、困った時には手助けをして欲しいわね」
そう泉美が言うと、端を切るように次々と声が掛かってきたのであった。
「勿論だよ、泉美ちゃん。あなたばっかりに負担を掛けさせるつもりは毛頭ないよ♪」
「私達はもう仲間なんだから、頼っていいのよ」
「俺はまだ新参だけど、力になれる時は力になるよ」
その怒濤の皆の言葉に、呆気に取られつつも泉美はこう、なけなしの言葉を返すのであった。
「みんな……ありがとう」
ページ上へ戻る