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神機楼戦記オクトメディウム

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第15話 泉美の初陣と、神聖なる拳の者:後編

 泉美は敵機の左腕を確かに潰したのを確認していたのだ。なのに、今の状況は如何なるものだと驚愕する所であった。
「高嶺さん……機体のその左腕は?」
 そう泉美が驚くのも無理はないだろう。何せ、彼の神機楼の左腕は、先程泉美の撒いた酸の霧によって痛手を負わせた筈であるのだから。
 それに対する答えを、高嶺は律儀に答えるのであった。
「これこそが神機楼の特性です。それらは単なる機械ではなく、生物のように自己修復機能が備わっているのですよ」
 もっとも、一般的な生物のそれと比べても強力なものですけど、と高嶺は付け加える。
 そう、先程加えた泉美のダメージも、その神機楼特有の再生能力によってたちどころに回復されてしまったという事なのであった。
「成程……そういう事なのですね?」
 泉美はその事実を受け入れるのであった。そこから考えなければならないのは、自身の『カルラノカブト』での戦い方をどうしていくかという事なのである。
 この『カルラノカブト』は、基本的には白兵戦には向いていないのである。そう、つまりは敵の『マスラオノコブシ』とは正反対なのである。
 かと言って、姫子の『ヤサカニノマガタマ』のように射撃に優れている訳でもない。元より泉美にはそんな姫子自身に備わった射撃のセンスなど存在などしないのだから。
 では、どのような性能が備わっているかというと、先程の酸の爆弾のようにトリッキーな手段を用いて戦うというスタイルなのである。
 勿論それは一筋縄ではいかない性能であり、基本的には敵に回したくないものだろう。
 しかし、今回は相手が悪かったというべきであろう。何せ、ボクサーとして洗練された戦士なのだから。
(こうなってくると、やはり『アレ』を狙うしかないわね……)
 だが、そのように思うように、泉美には秘策があるのであった。しかし、それは今すぐに行えるような代物ではないのである。
 なので泉美は、取り敢えずここは防戦に徹する事にしたのであった。
 そんな泉美の駆るカルラノカブトの姿勢を見ながら、それを高嶺は好機と捉える。
「そちらから来ないのなら、こちらから参りますよ」
 そして、展開は開戦時の焼き直しになったのであった。再びマスラオノコブシはそのフットワークで以て一気にカルラノカブトへと距離を詰めたのであった。
 そこですかさず泉美は防御の姿勢を取ったのであった。腕を構えて頭部や胴体へと攻撃がいかないようにするという姿勢であった。
 そこにマスラオノコブシから繰り出されるフリッカージャブが炸裂したのである。だが、幸い泉美は機体に防御姿勢を取らせている為に決定打にはならなかった。
 そんな敵に対して高嶺は攻撃を続けていった。それはプロボクサーである彼には分かる事だったからだ──敵のガードは付け焼刃程度の効果しかない事を。
 当然だろう。何度も言うように泉美はボクサーとしての鍛錬など積んではいないのだから。故にその守り方は見様見真似でしかないのだ。
 これは、神機楼同士の戦いとなっても同様であるのだった。これは搭乗者自身の身体能力が機体動作性に影響するのであるから。
 そして、泉美は防御姿勢のまま、ジリジリと敵の攻撃に押されていたのである。これではとてもではないが、三分を迎えて敵の集中力が切れるのを狙うなど難しいだろう。
 そこで、泉美は次なる手を打つのであった。とてもではないが人間の肉体を洗練されたボクサーというものに、『人型』で敵う筈はないだろうと考えて。
 そう思い至った泉美は、早速それを実行に移すのであった。
「コマンダードリル、バードモード!」
 言うと泉美はコックピット内のとあるスイッチをONにするのであった。余談だが、この状況でも泉美は愛機をあだ名で呼んでいたのであった。
「!?」
 その言葉に高嶺は耳が行ったが、すでに敵はそれを実行に移したのである。
 それは一瞬であった。敵の攻撃が離れる刹那の隙を狙い、カルラノカブトはガシャガシャと音を立ててその身体構造を変化させてしまったのであった。
 そして、見事にカルラノカブトは鳥型ロボットへとその姿を変貌させ、そのまま上空へと飛び交って行ったのであった。
 これこそ、『飛鋼獣』と呼ばれる所以であった。呼んでいるのは泉美だけであるが。
 一頻り宙を舞い、適度な距離を取った泉美は得意気に言う。
「これがコマンダードリル・バードモードです。相手が格闘なら、こっちは飛行で責めるまでですよ♪」
「また別次元な話題を……」
 端から見ていた千影はまたも頭を抱えるのであった。確かに神機楼での戦いと『某携帯獣』を用いての戦いには共通する要素が幾つかはあるが。
 これで、地上戦しか出来ないだろうマスラオノコブシに対して、空中で時間を稼ぐのかと千影は思うのだったが、それは叶わないだろうと踏む。そして、その予想は当たる事になる。
「成程、確かにそれは理に適った対処法ですね。普通、格闘家というものは空なんて飛べはしないのですから。ですが……」
 そう言うと高嶺はその場で右腕を大きく振りかぶると、それを上空の泉美機目掛けて振りかざしたのである。
 すると、そこから風の刃が形成されてカルラノカブトを襲ったのである。
「甘いっ!」
 そう言いながら泉美はその刃を間一髪の所でかわす事が出来たのであった。さすがは空を舞う鳥の姿だという事であろうか。
 しかし、今の敵の攻撃で彼女の優勢は一気に崩れ去ったのであった。例え某ロボット大戦風に余裕ぶっこいた口調で避けたのであっても、彼女の心境は穏やかではなかった。
「そんな攻撃が出来たんですね……」
 素直に敵の思い掛けない攻撃手段に驚きの言葉を漏らす泉美。そんな彼女に高嶺は言葉を返す。
「ええ、この戦いは既にボクシングではありませんから、持てる手は使って戦うのは戦士として当然の心得でしょう」
「確かに……」
 その高嶺の意見には泉美も同意する所であるのだった。彼女も持てる力を以て戦うのは立派な戦術であるのだから。
 それに……既に彼女は持てる力を以てというのは『実行中』であるのであるし。
 こうして、上空にも逃げ場が無くなった泉美は意を決して次なる手に出るのであった。
 泉美はカルラノカブトに急旋回を促し、敵を翻弄すべく動き出したのである。
「そんな小細工が通用すると思っているのですか?」
 だが、高嶺は冷静であった。ボクサーとして洗練された彼は、それだけに留まらずに戦士としても優れているのだった。
 そうして彼は再び敵を風の鎌の餌食とすべく右腕を構えて臨戦態勢へと入るのであった。
 しかし勿論、泉美とてこれだけで自分が優位になれるとは思ってはいなかったのである。
 急旋回を行ったカルラノカブトは、そのまま狙いを敵機へと向けるのであった。
「そのまま突っ込むのですか、それは悪手だというものですよ」
 そう言って高嶺は迎撃をしようとしているが、それよりも前に泉美は行動を起こすのであった。
 彼女は、自身の愛機の鳥型になっている頭部の一部分を変形させたのである。それは、くちばしを尖った螺旋状の物へと変化させるというものであった。
 その瞬間、泉美は高らかにその攻撃の名前を口にする。
「喰らえ、ドリルくち──じゃなくて、『ラプタードリル』!」
「今ドリルくちばしって言おうとした!?」
 それは言い掛けであったが、感性に優れた千影がそれを見逃しはしなかったのであった。
 そんな仕様もないない空気の流れとなってしまったが、泉美が攻撃に転じた事には代わりはなかったのである。
 彼女は鳥型の愛機にドリル状のくちばしを即席で作り出し、それを用いて地上の敵機へと攻撃を繰り出したのである。
 それを目の当たりにした高嶺は、すかさずそのくちばしを機体の両の手で以て掴んだのであった。
 その姿は正に……。
「白刃取り!?」
 その手の技術を持った千影はそう叫ばずにはいられなかったのであった。それ以上に相応しい例えが今この場には存在しなかったからである。
 ボクサーでありながら侍が行うような防御方法を咄嗟に取る辺り、彼の実力はボクサーの範疇には留まっていないという事なのであろう。
 その臨機応変な戦法を取る高嶺に対して、端から見ていた千影は思わず舌を巻く所であるのだった。
「やっぱり、この人は手強い相手よ。どう出るのかしら、泉美」
 そう自身の友に対して健闘を祈る千影を尻目に、泉美の攻撃は続いていた。
 だが、それは敵の手の内がドリルの回転により摩擦で火花が散っているという激しい状態であったが、その攻撃は敵に直接届く事なく決定打とならないでいるのであった。
 そして、これは既に時間の問題となっていたのだ。
「ここまま、そのくちばしをへし折ってあげましょう♪」
 彼の方が優勢である高嶺は、彼の性格らしくない茶目っ気を出した口調で泉美に対して言うのであった。
 だが、その余裕が彼にとって命取りとなるのだった。
「勿論、このまま攻撃をするつもりなんてありませんよ」
「!?」
 その一瞬の泉美の言葉に高嶺が驚愕してすぐを狙い、彼女は愛機のくちばしを一気にドリル型から元の形状へと戻したのであった。
 その予想しえなかった展開に、高嶺は思わずひるんでしまった。それが、彼にとって致命的になったのだ。
「うっ……」
 突如として高嶺を襲う安堵とも倦怠感ともつかぬ感覚。そして、彼の集中力はそこで途切れてしまったのである。
 そう、この瞬間にどうやら三分間経過していたようであった。
 当然、今のこの絶好の好機を逃す泉美ではなかった。
「今ね!」
 すかさず泉美はそう言うと、自身の愛機を鳥型から元の人型へと変型させたのである。そして、彼女の行動はそこで終わりではなかったのであった。
 続いて彼女は愛機の右腕をドリル状へと変型させて、それを敵目掛けて突き込む。それは。
「もう一度喰らいなさい、クライシスドリルアーム!」
 そう、先程彼女が見せたドリル攻撃であるのだった。だが、それは敵により弾かれてしまったのは記憶に新しい所であろう。
 なので、高嶺は油断するのであった。この攻撃は、また先程のようにはじき返してしまえばいいだろうと。例えボクサーの宿命で今集中力が途切れているとはいえ、先程程度の攻撃ならばまた問題なく防げるだろう。
 しかし、それこそが彼の読み違いであり、加えて泉美が狙った通りの展開であったのだ。
 その見た目は紛れもなく先程防がれたドリルの回転。だが、その『威力』がまるっきり違ったのである。
「! ぬおおおぉぉぉぉっ!」
 その圧倒的な違いに高嶺が気付いた時には既に遅かったのであった。今のドリルの螺旋状の回転による破壊力は、先程とはまるで違っていたのであった。
 そのドリルの回転力は、敵が合わせて来た左腕を文字通り粉々に砕いてしまったのだ。みるみるうちに左腕のパーツが無数の部品となって飛び散っていったのであった。
 そして、気付けばマスラオノコブシの左腕から第一関節部分までが綺麗さっぱりと粉砕された状態となっていたのだ。
 そして、この状態ではもはやまともな戦闘が出来ないだろうという高嶺の心を神機楼が感じ取ったのか、彼は神機楼から解放されて光となって地上に降り立ったのである。
 それに続いて、泉美もカルラノカブトから光となって降りるに至ったのであった。そして、二人は生身の姿で対峙する事となっていたのであった。
 当然この状態に高嶺は納得がいかない。なので、無粋とは知りつつもそのからくりを敵に聞くのであった。
「あなたは……一体何をしたのですか?」
 そして、根が真面目な性格の泉美は、それに対して律儀に答えるのであった。しかし、それは高嶺が予想にも至らなかった答えであるが。
「はい、このクライシスドリルアームは『HP(ヒットポイント)』の三桁目の数値が高い程威力が増すのですよ」
「ひっとぽいんと?」
 当然その沸いて出た場違いな言葉に、高嶺は普段のクールな振る舞いを忘れて素っ頓狂な声を出してしまうのであった。
 その反応は無理もない事であろうと泉美は思うのであった。ヒットポイント等という言葉は日常ではうちゃらけてゲームの話を取り込んでいる時位しか出ては来ないのだから。
 その意味を泉美は明かすのであった。
「ちょっと、私がコマンダードリルに細工をしましてね。この子の耐久力を数値で表示出来る機能を搭載しておいたという訳ですよ♪」
「神機楼に……改造じみた事をしたのですか?」
 その言葉に高嶺は動揺するのであった。その気持ちは千影も同じであった。
「さすがは、IQ152だけの事はあるって訳ね……」
 IQとはあくまで目安の知能指数であるのだが、やはりそこで高い数値を叩き出す程の頭脳明晰っぷりが泉美にはあるのだと、千影は再確認する所であった。
 そして、合点がいった高嶺はまくし立てるように言う。
「では、あの時あなたはHPを調整しておいたという事になるのですか?」
 そう、泉美が一度高嶺に対して防戦一方になってしまった時の事である。その時に敢えて泉美は自身の機体に少量のダメージがいくようにして、それでHPの三桁を最大の9になるようにしていたというのが事の真相なのであった。
「申し訳ないです。あなたが戦士として私と戦ってくれたのに、私はHP調整なんてゲームじみた事をしてしまって」
 その戦士としての相手を侮辱するようなものだと泉美は頭を下げるのであったが。
「いいえ、戦い方とは人それぞれですから、自分に誇りを持って下さい。それに、神機楼をそのまま戦わせるのではなく、自ら手を施すという入念さもですよ」
「ありがとうございます……」
 そう言って再度頭を下げる泉美。これではどちらが勝ったのか分からないだろう。
 そう、ここにこの勝負は泉美の勝ちという形で幕を下ろしていたのであった。そして、泉美は勝利者の権利という訳ではないが、ここで聞いておかなければならない事があるのであった。
「それで、高嶺さん。あなた程の立派な人が大邪に加担するようになった経緯は何ですか?」
 当然それを聞いておかなければならないだろう。破壊活動など、おいそれと行っていいものなどではないのだから。
 その問いに、敗者の義務だろうと律儀に高嶺は答えるのであった。
「そうですね。ではあなた方は私がボクサーを引退している事は聞いた事があるでしょう?」
「ええ、間違いないわね」
 その高嶺の問いに答えたのは千影であった。忍者という役職にある彼女はその性質上とでも言うべきか、自身の肉体を行使した職に就く者の事を良く調べる方向性があったが故に。
 その千影の返答を聞きながら高嶺は続ける。
「それなら話は早いですね。私はボクシングの試合でのダメージにより視力が低下して、そのまま試合を続ける事が出来なくなってしまったのです」
 その後は、タレントとしても活躍していた彼はそれ一本に絞り、そこから得られる収入で生活を送っていたとの事であった。
 故に彼は生活の為のお金には困る事はなかったのであった。
 だが、それで彼の心が充足していた訳ではない事は、何か自分の生きがいを持った人になら分かるのではないだろうか。
 十分な収入を得て飯が食えても、当然彼の胸の内にはポッカリと空洞が出来たかのような感覚であったのだ。
 勿論、それを彼はテレビの前ではその素振りを見せる事はなかったのである。テレビの放送とは出演者の本心を隠してなんぼのものなのであるから。
 そこまで聞いて、泉美は確信に至ったのであった。
「そこで、シスターミヤコがやって来たという事ですね」
「ええ、突如として彼女は私の前に現れて言いました。『夢を続けられないような世界など、壊してしまいましょう』と」
 勿論、そのような馬鹿げた言葉には普通ならば耳など貸さないだろう。しかし、知っての通り、彼女の放つ言葉には大邪の意思が籠められている為に強力な魔力めいたものが存在するのであった。
「八雲さん、あなたもその経験があるから分かるでしょう?」
「ええ、あの人の言葉は他人の深層心理に入り込んで来るのは良く分かったわ」
 高嶺のその言に泉美も同意する所であった。これは、経験した者同士故に分かる事なのだと。
 故に大邪には警戒をしなければならない。だが、一方で泉美はこの事も言っておこうと思い、それを実行に移す。
「でも、恐らくあなたの視力は大邪の力で回復している筈です。でなければ、先程のような巧みな戦い方は出来ないでしょうから」
「……」
 その泉美の言葉を無言で聞く高嶺。それは、こうして今大邪の呪縛から解放されたが故に、その事を良く理解出来るのであった。
 そんな彼に、泉美はこう締めくくった。
「『怪我の功名』なんて言うべきではないかも知れないけど……この好機を利用してはみませんか?」 
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