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神機楼戦記オクトメディウム

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第7話 千影と決闘士:後編

 大邪の一人である『たま』から、突如として身をくらませた千影。
 そして千影は思う。逃げはするけど、それは確実に勝つ為だと。姫子がこの場にいたら『まるでジョースター家みたいだね♪』と茶化される事儲け合いだと自嘲もする所であった。
 だが、これが忍たる千影のやり方なのだ。断じてパクリではないったらないのだ。
 そして、この状況になった二人は、互いに息を潜め合うのであった。今ここで呼吸音を出してしまえば敵に居場所を教えるようなものだからである。それは『お互いに』避けるべき事なのだ。
 現状では、身を隠した千影と、それを追う形となったたま。どちらが不利かは明白であろう。
 暫しの間、二人は膠着状態となった。互いにどちらかが動くのを狙っているのだ。
 刹那──動いたのは千影であった。彼女は俊敏な動きでたまの背後を取ると、そのまま手に持った苦無で切り付けたのだ。そして、その手応えはあった。
「くぅっ……!」
 突如として背中に走った痛みに、その身をよろめかせるたま。だが、彼女には傷や血の一滴も見受けられなかった。
 そのからくりは、これも鏡神の力にあるものであった。鏡神ヤタノカガミ自身が持つ武器に大邪の機体以外への破壊を無くす事が出来るように、鏡神の力で作った等身大の武器にもその性能が備わっているのであった。
 これにより、大邪に取り込まれた者に『傷を付けずにダメージを与える』という一見矛盾極まりない芸当が出来るのであった。
 これは、傷の類いを付けずありながら、敵の体力を消耗させるという代物であった。都合のいい性能であるが、この戦いは大邪に取り込まれた者を救う為に行われているのだから、利用しない手はないだろう。
 そして、たまに血の流れない一撃を加えた千影は、再びそのままその姿をくらます。
「くっ……!」
 これにはたまは歯噛みするしかなかった。敵から一撃をもらってしまった上に、再び敵を見失ってしまったのだから。
 故に、たまはこの勝負に『本腰』を入れる事にしたのであった。
(『これ』は余り使いたくなかったんだけどね……そう悠長な事を言ってはいられないだろうね)
 そう心の中で誓ったたまは、精神を集中して『ある力』の行使をするのであった。
 そうする事で彼女には感じられてくる所であるのだ。千影の位置が『匂い』という形で。
 そして、敵の位置を把握するに至ったたまは、敵と同じように瞬時に動きを見せ──。
「捉えたよ♪」
『千影の背後を押さえながら』そう得意気に言うのであった。
「!?」
 突如の事に千影は困惑する。何せ、うまく敵から身を隠していたつもりだったのに、こうも容易く居場所を割り出されてしまったのだから。
 そんな千影を尻目にしながら、たまは行動に出る。
「覚悟!」
 そう言いながらたまは自前の刃である爪を瞬時に伸ばして、千影へと斬り掛かったのであった。そして、その刃は敵を捉えた。
 しかし、瞬間にたまは『してやられた』事を察するのであった。何故なら彼女の手の感触にあったのは、人間の肉体のそれではなかったからだ。
 そのからくりを、たまは瞬時に割り出す。
「『身代わりの術』って奴って事ね……」
 そう、たまが今爪で切り裂いたのは、無骨な人間位の大きさの丸太であったのである。彼女の爪刃に手応えがあったのは、その木の塊に傷を付けたに過ぎなかったという事である。
 つまり、たまは千影にしてやられたという事であった。まんまと再び彼女は森の戦場を利用して闇へと紛れる事に成功したという訳である。
「……」
 その事実に、たまは歯噛みをするのであった。こうして再び戦いは振り出しに戻ったのだから。
 だが、それでも今の事でたまの方に分が向いて来た事が分かるのであった。──こうして先程『嗅覚』にて千影を探知出来る事が判明したのであるから。
 しかし、これはたまにとって追い詰められての決断であるのだった。人間である千影とは、『人間』として戦いたかったのである。
 そう、それが意味する所は……。その事に千影も今確信していたのである。
 故に、意を決して『それ』に踏み込むべく、千影は口を開くのであった。
「今ので確信したわ。あなた……『人間ではない』わね?」
 それこそが揺るぎない真実であるのだった。そう、このたまは人ならざる者であり、その猫耳と尻尾はアクセサリーなどではなく本物であるという事だ。
 そして、千影はまだ推測の段階であるが、次なる課題へと踏み込んでいく。要は立ち入り検査的な思い切った決断である。
「そして……。あなたは『あの時の猫』よね?」
「!!」
 二足歩行する人間の姿の者に対して言うには支離滅裂な口ぶりであろう。だが、今のたまの反応を見る限り、どうやらそれが真実のようだ。千影は今その事を事実として受け止めるのであった。
 それならば……ここでまず第一声に持ってこなければならない事があるのだ。
「あの時は……拾ってあげられなくて……ごめんね」
「あ……」
 この瞬間たまは察したようだ。──どうやらこの千影は事の真相を把握するに至ったのだ、と。
 このような流れでは話の要点が掴めないと思われるので、ここで説明しておく必要があるだろう。
 千影は以前、通学路にて箱に入れられた捨て猫を見掛け始めるという事があったのだ。
 勿論彼女は可哀想だと思った。だが、家が貧乏である彼女の家では猫の面倒を見るだけの余裕がない事は彼女が良く分かっていたのだ。
 故に、彼女は他に飼い主が現れて連れて行ってくれる事を期待しながら日々を過ごしたのであった。
 だが、現実はそうはいかなかったのである。行く日も行く日もその道には猫が寂しそうに鳴き声をあげながら佇んでいたのであった。
 その事は、千影の心に暗い影を落とし込み、それが今でも続いていたのである。
 その後、ある日を境にその猫の姿がきっかりと消え失せてしまったのだ。
 前向きな考え方をすれば、誰か飼い手が現れたのかも知れない。だが、もしかしたら……。
 しかし、その猫が今こうして人の姿となって自分の目の前に現れているのだ。それが何を意味するのかを千影は聞かないといけないだろう。
「一体、あなたに何があったの……?」
「それはね……信じてもらえないかも知れないけど……」
 その言葉を吐いたたまは、そこで一呼吸置いて、そして事のあらましを明かしていくのであった。
 たま曰く、その日も彼女は道端で箱の中でその時をただ只管過ごしていたのである。
 彼女は、猫としての思考で、これから自分がどうなるのだろうかという事を漠然と考えていた。
 ──このまま誰も助けてくれないのか。自分はその短い命を終えてしまうのかというような事を、勿論猫なので人間のようにはっきりと言葉では認識出来なかったのだが、そのような意味合いの思考が彼女の頭の中を巡っていたのであった。
 そこまで彼女が追い詰められた時であった。彼女の目の前にある人間の女性が現れたのである。
 その女性は修道服を着た人だったが、猫である彼女には当然そのような事は理解出来なかった。だが、それでも人間という他の種族であるにも関わらず、その存在は『とても美しい』と、それだけを分からせる影響力があったのだ。
 そして、その修道女は彼女の前に立つと、そのまま腰を低くしてかがんで見せたのである。
 そんな猫である自分の目線に合わせてくれるその仕草に、彼女は思わず心惹かれてしまっていた。
 彼女がそのような思いを猫なりに馳せていると、その女性は人語が分からない筈の猫に話し掛けてきたのであった。
「可哀想に……飼い主に捨てられてしまったのね……」
 その言葉は、心の底から同情を抱いている事が分かる声色で以て綴られたのである。するとどうだろう。猫である彼女に、人間の筈のその修道女の言葉が伝わってくるような感覚が襲ってきたのであった。
 ──何故か自分に通じる意思表示が出来る。その事に気付いた彼女は、そのまま修道女の言葉に耳を傾けようとするのだった。
 そして、待ちわびた次の言葉がその修道女から発せられる。
「それから……あなたの事をいつも見ていたのに、あなたを見捨てた人……ひどいわね」
 人語を持たない猫には当然返す言葉はないが、その言葉が彼女の心に響く。その感触が分かっているかのように修道女は極め付きの台詞を刻むのであった。
「どう? そんなひどい人には『復讐』したいとは思わない? だから、あなたにはその『力』をあげるわ」
 言い切った修道女は、その場で猫の目の前で両手を翳すと、そこから不可視の波動を送り込んできたのであった。
「それ以降の事ね、私は今このように人型の姿になって人の言葉も理解出来る上に話せるまでになっていたのは」
 そして、たまは締め括りとしてこう言うのであった。──自分は『妖怪』のような存在となったのだろうと。
『妖怪』。それは科学で発展した現代において非現実的な概念の集大成であり、昔から妖怪の仕業とされたような現象も、大体は現代科学において物理的に解明されている事である。
 だが、その科学で以ってしても解明出来ていない事も確かに存在するのだ。
 そもそも、大邪のような存在は科学の範疇を逸脱した超常的な概念である。そんな彼らを科学という物差しで計っていては命取りであろう。
 幸い、千影の家系は古来より伝わる忍者であるのだ。なので、妖怪という存在に世に知られない所で関わってきたが為に、たまのこの眉唾ものの話も受け止める事が出来たのであった。
 そして、事の真相を知った千影は、ますます申し訳ない気持ちが胸の内を支配するのであった。
「ごめんね……あなたがそこまでさせてしまって。謝って許してもらおうなんて虫のいい話よね」
「……」
 その千影の言葉を無言で聞くたま。その様子を見ながら千影はある事に踏み切る事決意の念を燃やす。
「あなたがそれで気が晴れるのなら好きなだけやると構わないわ。でも、『本当にあなたは復讐を望んでいるの』?」
「……」
 その言葉にもたまは無言であった。やはり、こうして大邪の刺客として千影を襲ったけれど、迷う所があったのだろう。
 しかし、次にたまの口から出たのは、この流れに望ましいものではなかったのであった。
「そうだね……復讐って基本的に生産性というものがないから、あたいも乗り気じゃないんだけどね。でも、こうしないと自分の心を保っていられないんだよね……」
 と、たまはそう切実に自分の心の内を告白したのだった。
 それは、もしかしたら復讐に身を置く者の多くが抱く感情かも知れないだろう。
 頭では何も建設的なものを生み出す事はないと分かっていながらも、自身の胸を蝕む恨みの念をどうにかしたいが為に、報復という形を取るしかなくなってしまうというのが多いケースであろう。
 どうやら当のたまもその一人であるようであった。そして、流れは最悪の形となる。
「そういう訳で巫女さん。あなたにそこまで恨みはないのだけれど、私の心の平穏の為に……お覚悟願うわ!」
 そう言い切った瞬間、たまの纏う雰囲気が変わったのであった。
 恐らく、これは『妖気』というものであろう。もはや、今はそのような非科学的な概念も真実として受け止めなければならないようだ。
 そして、千影はこの瞬間悟った。──次で彼女は勝負に出てくる、と。
 そう想い至った千影も覚悟を決める所であった。こちらも勝負に出るしかないだろうと。
 互いがそう心に誓った瞬間、再びたまの姿が消えたのであった。あの時と同じように、千影を嗅覚で感知して、一気に背後へと回る算段であろうと。
「背後、取ったわ」
 どうやら、その読みは正解であるようだった。そして、そうだったからこそ『うまくいった』のであった。
「……火遁の術!」
 そう言って背後を取ったたまへと振り返り、千影は手で組んだ印を彼女に向けていた。
 刹那、たまは燃え盛る火炎にその身を包まれたのであった。
「ふぎゃあっ!?」
 そして、咄嗟に飛び退き、全身が炎に包まれるのは何とか避けたようであった。
 だが、確かに彼女は今炎によるダメージを負ってしまったようだ。そして、今千影が何をしたのかという困惑が一番彼女を支配していたのであった。
「はあ、はあ。一体何を……」
 息をあげながらたまはその事を千影に聞く。そしてその千影は律儀な性格であるが故に、その質問に答える。
「これは、忍術で精神エネルギーを掻き集めて炎を放つ術『火遁』よ」
「そんな事が……」
 その非科学的な手法に呆気に取られつつも、たまは納得もする。現に自分も妖怪という非科学的な存在になった身であるのだから、敵がその領域にある手段を用いても文句など言えないだろう。
 そして、千影はこの術を使った今の心境を淡々を語るのであった。
「できれば、この術は余り使いたくは無かったわね」
 その理由を千影は説明していく。
 曰く、彼女は決闘とは互いに磨き上げられた肉体と肉体のぶつかり合いだと思っているからだ。故に、このような自分の肉体を行使しない攻撃方法は邪道だという考えがあるのである。
 その理論を聞いたたまは、感心しながら言葉を返すのであった。
「立派な心構えだね。こんな強力で便利な攻撃方法を持っていながら、それに頼らない戦い方をするなんてね」
「ええ、本来なら使うつもりは無かったわ。でも、嗅覚を頼りに私の居場所を割り出すなんて人外の芸当をしてみせるあなたには出し渋っていられなかったという事よ」
 そう、忍において自尊心を抱え込みながら戦うというのは命取りなのである。故に忍の戦いとは、持てる自分の力と手段を以て、最善を尽くすというのが習わしなのだ。
 その事を聞いて、たまは憑き物が落ちる心持ちとなる。
 相手はそのようなポリシーを持って戦っていたというのに、自分は妖怪としての力を平然と使って戦ってしまっていたのだと。そこにたまは千影に自分との器の差を感じる所であった。
「それと、もう一つ」
「それは何?」
 そのような心境にある為、たまは尊敬に値するこの紅月の巫女の言葉は余す事なくその耳に焼き付けようと思うのであった。そう思うと自分の頭頂部にある人ならざる耳──即ち猫耳がぴょこぴょこと可愛らしく動くのであった。
 そんな仕草に「なにこれかわいい」と思いつつも、千影は口にする。
「姫子の前でこの術の名前唱えたが、『落ちろ蚊トンボ!』みたいだねってネタにされる事儲け合いだからね」
「ぇー……」
 たまはその事情に対して、はっきり言ってコメントに困るしかなかったようであった。
 そりゃあ嫌だろうなと思う所であった。戦いにおいて邪道と思う術だとはいえ、修練によって成し得たものをそんな木星帰りのニュータイプの台詞で茶化されては堪ったものではないだろう。
 たまにそんな露骨に嫌そうな表情をさせてしまった千影は申し訳なく思いながら続ける。
「それはさておき、これでお互いに後が無くなったという事は分かるわね?」
「ええ」
 たまもその事は重々承知であるのだった。たまの方から見れば嗅覚での敵の探知による攻撃が完璧なものではなくなったし、千影の方から見ても身を隠しても意味がない事が証明されているのだから。
 しかし、それでも千影は思う所があり、それを口にする。
「でも、あなたはこれで納得はしていないのでしょう?」
 そう、この勝負の勝敗をないがしろにするのは互いに引け目があるだろうという考えであったのだ。それにはたまも同意の所であった。
「ええ、あなたにはもう恨みはないけど、だからといってこの気持ちは収まりがつかない所だよ」
「いい心掛けね」
 そう千影は本心から言った。自分の気持ちを大切にするのは必要な事だと思っての事である。そして、この後の展開は決まっているのであった。
「『神機楼』で決着を着けましょう」
「奇遇だね。あたいも同じ事を考えていた所だよ♪」
 二人は言い合うと、それぞれの神機楼を呼び出す為の媒体を懐から取り出す。
 千影は勿論、手鏡の形を取ったもの、そしてたまはというと……。
「……首輪?」
 思わず千影は聞いてしまった。そう、たまが取り出したのはペットが逃げないように繋ぎ止める為の定番アイテムたる首輪だからであった。
「おかしい、だってあたい猫だよ?」
「ええ、そうなんだけれどね……」
 至極真っ当なチョイスをしたという自負があるたまが、こうして千影に頭に疑問符を浮かべられたのは心外であったので、少しむっとなって抗議する。
 だが、この後を聞かない方が良かったなと、たまは後々後悔する事になるのだった。
「姫子はこういうの見ると咄嗟に反応するでしょうからね。『ファッキュー』とか『ボンデージマスター』とかね?」
「うわあ……」
.F たまは言葉に詰まってしまった。確かにその人は『本当の意味でも』偉大だけれども、ただ首輪を持ち出しただけで話題にされてしまうのはどうかと思う所であるのだった。
 そして、密かに彼女は思うしかなかった。他人の人間関係をとやかく言うつもりはないけれど、付き合う人というのは少し考えた方がいいんじゃないだろうかと。
 だが、それはまた別の話である。今はこの真剣勝負の最後の締めへと意識を向けるだけであるのだ。
「まあ、ツッコミ所は多いけど、それはそれって事で」
「ええ、私としてもそうしてもらえると嬉しいわ」
 こうして、二人の意見も問題なく纏まったようであった。そして、それぞれが自分の愛機を呼ぶべく行動を起こす。
 まずは、千影が手に持った手鏡を掲げて唱える。
「出でよ、ヤタノカガミ!」
 続いて、たまは……手に持った首輪を自身のそのか細い首へときっちりと装備したのである。
(うわ……やっぱり姫子だったら血涙流して喜びそうなシチュエーション……)
 その事は一先ず置いておいて、猫らしく首輪をしたたまもその状態で詠唱を行う。
「おいで、『マタタビノツワモノ』!」
.F どうやらそれがたまの搭乗する神機楼の名前であるようであった。そして、後はそれぞれの傍らに現れた機械仕掛けの巨人へと乗り込む事となった。
 そして、両者は愛機搭乗の下に見合っていたのであった。そして、千影は呟くように言う。
「それが、あなたの神機楼なのね」
 思わず彼女がそう呟てしまうのには理由があったのである。
 その理由は、たまが操る神機楼が『人型ではなかった』からなのであった。
 そう、彼女の駆る『マタタビノツワモノ』は四足歩行の獣型の機体という事である。
 先日姫子達から聞いた、夕陽かぐらの操るイワトノカイヒは自分達と同じ人型であったからだ。故に、このたまの操る機体も人型だと千影は思っていた所であるのだった。
(……先入観は、捨てた方がいいって事ね……)
 そのように千影は教訓を得るのだった。戦場で固定のイメージを抱くというのは御法度であろうと。
 なので、千影は心機一転して敵に向き合う。
「そういう事だよ。あたいは猫だからね。機体がそれに合わせてくれて猫型になってくれたって事みたいなんだよ♪」
 そう少しおどけながらたまは言う。世の中にはこういう都合の良い事もあるのだと思いながら。
.F だが、利用出来るものは利用すべきだろう。なので、たまはこれも千影と存分に戦わせてくれるという運命の気まぐれだと感謝する所であった。
「そう……」
 その事に、千影はどこか感慨深さを覚えるのであった。そこに、何者かの見えない意思が働いているかのような錯覚すら覚えてしまうのだから。
 そして、たまの機体の色は見事な黒であった。その事から、それは黒猫……いや、機体のフォルムから『黒豹』とすら思わせる力があった。
 そして、神機楼に乗った二人は、互いにコックピット越しに相手を見やり、そして互いに出るタイミングを探り合っていた。
 そして、最初に動いたのはたまであった。彼女は搭乗機体に、その構造通りの豹としての俊敏さを反映させて千影の鏡神目掛けて飛び掛かってきたのであった。
「これでっ!」
 そのまま飛び掛かったたまは、機体の爪で一気に鏡神を切り裂くべく振り翳したのである。一瞬の事であった為に、千影は鏡神の腕に装備された籠手でそれを受け止めるのが精一杯であったのだ。
「くぅっ……!」
 千影が呻くその瞬間、爪を突き立てられた籠手から激しい金属音と火花が繰り出されたのである。その事から今巻き起こった衝撃が如何なるものか想像に難くないだろう。
.F だが、千影はそのまま敵にやらせる手は無かったのであった。彼女は瞬時の判断の下、機体の手に力を入れさせると、敵をその勢いで引きはがしたのである。
 その反動のまま一旦敵から距離を置こうとする千影の鏡神。しかし、敵はそれを許す程甘くはなかった。
「甘いよ!」
 そう言うや否や、たまの駆るマタタビノツワモノは、その獣型の体躯をその場で踏み込む。
 そして、再びそれは千影に向かって飛び掛かってきたのであった。猪突猛進な戦法であるが、それだけで効率的に敵へ攻撃を繰り出せるポテンシャルがそこにはあるのだ。
 更に、敵の攻撃は先程のように一度きりではなかったのである。右前足の爪、牙、左前足の爪と、獣のボディーを活かした攻撃を次々と繰り出してきたのだ。
「くっ! 姫子だったら『スピード型なのに強い』って言うでしょうね」
 何故か身のこなしを重視したキャラクターは、うまく活躍出来ずに強敵の引き立て役になってしまうケースというのが多いのであるが、このたまとマタタビノツワモノは見事にその例外になるのであった。普通にその俊敏な体捌きは強力な武器となって千影を襲っている。
 しかし、今この瞬間千影は確信していた──この勝負、自分の勝ちであると。
 その想いを胸に、千影は逆転を狙うべく少々強引に敵機を再び引きはがした。
「何度やっても同じ事だよ!」
 そうたまは言うのも至極真っ当だろう。一度引きはがされても、再びその身のこなしと自前の刃で敵を翻弄していけばいいだけの事なのであるから。
 しかし、勝負の流れはこの一瞬の隙を作る事が出来た千影に舞い込んできたのであった。
 そんな最中、彼女は感慨深げに優しい口調でたまに語りかけていた。
「見事だったわ。あなた自身の修練された強さ。そしてこの神機楼捌きも……」
「!?」
 たまは目を見開いていた。突然そういう事を言われたのにも、そして……千影の操るヤタノカガミが絵の具を溶かすかのようにその目に見える姿を無数に増やしていった事にも。
「これは一体……!?」
 そうなけなしの認識の中で呟くたまであったが、どうやらそれが精一杯であるようであった。──気付けば千影の駆る鏡神がその姿を再び一つにして、自機の目の前に現れていたのだから。
 そして、頭に疑問符しか沸いていないたまの為に、千影は種明かしをするのであった。
「これが鏡神ヤタノカガミのとっておきの技、『ミラージュステルス』。光の反射を操作して残像を無数に展開しつつ、瞬時に敵との距離を縮める能力よ」
 答えを教えた千影は、忍らしく無駄のない的確な画竜点睛を行う。零距離から、一気に敵に苦無を突き立てたのであった。
 その一撃は、マタタビノツワモノの大邪の力の根源の核を寸分違わぬ狙いで射貫いていたのであった。そう、この瞬間にたまは邪神から解放される事となったのだ。
 勝負にケリを着けた千影はその状態から決して驕る事なく言うのであった。
「あなたと私はほぼ互角だったわ。違ったのは神機楼の性能だけ。だから……胸を張っていいわよ」
 その敵の言葉を聞きながら、たまは満足気な表情を浮かべながら搭乗機体の外へと送り出されるのだった。 
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