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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第41話 マーロヴィアの草刈り

 
前書き
情報は時に一個艦隊の武力に勝るというのは間違いありません。
Jrがどんなに頑張ったとしても、バグダッシュの1/4くらいしか仕事できないでしょう。
 

 
 宇宙暦七八八年三月 マーロヴィア星域 ラマシュトゥ星系

 機は熟した。

 はっきりとそう言い切れるほど自信があるわけではないが、特務分隊は少なくとも俺の必要と考えるレベルの練度を獲得し、草刈り作戦を実施するにあたりまずは大きな障害がなくなったと俺は判断した。分隊基礎運動訓練から始まり、全艦による一点集中砲撃訓練まで、ラマシュトゥ星系に到着してより都合三八日。ほぼ休みなく訓練を実施した甲斐があった。

 嚮導巡航艦ウエスカの会議室に集まった艦長達の顔には、疲労感が大半を占めてはいたものの、達成感があったのを俺は見逃さなかった。

「いよいよ、今日から我々は海賊集団ブラックバートとなるわけだ」
「この国に亡命してからかなりの時間がたつが、まさか本気で海賊をする日が来るとは思わなかった」
「部下と御曹司の板挟みに、小官の忍耐も限界に近かったが、ようやく解放されるか」
「あぁ、やっと、だな」

 各艦の艦長達はそう言いながら肩を竦めたり、コーヒーを飲んだりしていたが、カールセン中佐だけは腕を組んで、じっと目をつぶったままだった。彼に声をかけられる雰囲気ではないのは明らかであり、集まった他の艦長達も、あえてカールセン中佐に声をかけようとはしなかった。

「作戦をご説明いたします」

 俺が必要もなく小さめに喉を鳴らすと、会議室の照明を落として、中央にある三次元ディスプレイを起動させる。艦長達も口を閉じてディスプレイに映し出されるマーロヴィア星域の星域航海図を注視した。

「まず我々の現在位置は、このラマシュトゥ星系」

 ディスプレイの白い点の一つが赤く染められる。そこから延びる細い線がゆっくりと俺の指示通りに赤く染まっていく。目標点は最初が本拠地であるメスラム星系。通常であれば約一〇日の行程ではあるが、あえて通常航路を逸脱し、ライガール星域やタッシリ星域からの民間ルートを挟み込むように、偽装商船や輸送船を『襲撃』しながらメスラム星系へと近づいていく。

 メスラム星系に侵入後は、老朽化して廃棄処分された鉱石採掘プラント(バグダッシュを通じて地権者から買収済)に根拠地を置き、海賊狩りを実施する。自らをブラックバートと触れ回わり、集団化した他の海賊組織の縄張りを荒らしまわる。
 接触してくる海賊組織もあるだろうが、裁判などの手続きを一切せず容赦なく撃破する。軍管区司令部とは完全に通信を切り、あくまでも私掠船として行動する為、味方のパトロールと衝突する可能性もゼロではない。発見された場合は擬似交戦の上、逃走を選択する。

 特務分隊が海賊と『私闘』を繰り広げている間、軍管区所属の艦艇は海賊が潜伏する可能性の高い小惑星帯に、掃宙訓練と称して実弾機雷とゼッフル粒子発生装置を設置していく。実弾の幾つかは炸薬部を除き、時限航跡監視記録装置を搭載した事実上のスパイ衛星として活用する。そこで得られたデータは軍管区司令部で処理し、次の機雷敷設ポイントを決定する。ポイントはバグダッシュを通じて、俺個人に連絡される。

 また非情な海賊を演出する為、気密すらできていない自動操縦の老朽標的艦に通信機を仕込み、それを撃破するというマッチポンプを実施して、本家ブラックバートの名を失墜させる。かつてブラックバートの名を騙った宇宙海賊が数週間もしないうちに沈黙したのは、面子を潰された本家が出張ってきたからだろう。こちらは海賊の情報網も利用して悪名を轟かせるわけだから、それだけプライドの高い集団であれば、さほど時間をかけずに出てくるのは間違いない。できればブラックバートに砲撃有効射程の長い戦艦がいないことを祈るのみだ。

「以降、作戦終了まで船体をすべて黒に塗装します。何か質問がございますか?」
「降伏して裁判を希望する海賊も、容赦する必要はないのか?」
 巡航艦サルード艦長のマルソー少佐が手を上げて問いかけてきた。辛抱強い指揮官であるという評判通り、俺のような若造が指揮する訓練でも表立って批判はしてこなかったが、流石に裁判なしで仮借なく攻撃するのは同盟軍基本法に抵触するのではないか、と言外に言っているのは間違いなかった。
「動力を停止し、無抵抗で船を捨てて出てくるというのであれば命だけは助けますが、それ以上の温情を海賊に与える必要はありません」

「偽装艦と民間船の区別はどうする? そこまで強硬にやる以上間違って撃沈しました、という言い訳は通じないぜ」
 ゴートン少佐が皮肉ぶって肩を竦めて言った。
「すでにマーロヴィア星域を航行する民間船舶に対して、航行計画票の事前提出を求められております。隣接するライガール・タッシリ領星域には、マーロヴィア星域へ航行する船舶すべてに対し護衛船団運行指示が出されておりますので、それ以外の独航船舶には、『航路外へ誘導し、強行接舷による内部査察』を実施いたします」
「……それは誘拐とどう意味が違うんだ?」
「護衛船団を組みたくないほど急ぎで運ばなければならない荷物であれば、事前に軍か行政府に連絡があると思われます。連絡なしに独航する船があるとしたら大変興味がありますね。果たして何を積んでいるか、ここが帝国戦力圏内で、さらに三〇年前だったらと思う次第です」

 俺の返答に、室内にいる艦長達は呆れ顔で俺を見つめた。三〇年前まで同盟軍は帝国勢力圏内での私掠戦術が、非公式ではあるが公認されていたのは事実だ。ダゴンの殲滅戦で勝利を得ていたとはいえ、同盟政府は帝国の国力とは比較にならないほど小さいことを意識していたし、事実であったから敵の補給線を圧迫する目的で帝国領内における商船への略奪行為を実施していたのだ。

 もちろん現在でもバーゾンズ元准将のように特殊戦を実施しているが、それほど大規模には実施していない。理由は単純。イゼルローン要塞の建造だ。建造に際してそれまでも厳重な警戒網が敷かれていたイゼルローン回廊の出口付近は蟻の出入りする隙間の無いほどにまで強化され、物理的な突破が困難になってしまった。
 今も昔も統合作戦本部は不正規戦をあまり重要視してはいなかったが、高いリスクを払ってまで実施する意味がないと判断し、以後帝国本土における私掠戦は中止された。もちろん、裏には巻き添えを喰らっていたであろうフェザーンからの圧力があったに違いない。

「もっともらしく海賊行為をするのが今回の作戦には必要です。盛大にやりましょう」

 それから一月半の間。特務分隊はブラックバートとしてマーロヴィア星域を暴れまわることになる。後日ファイフェルが纏めてくれた軍の報告書からいくつか抜粋すれば……

 三月一三日 クビュ星系において単独航行中の商船『レキシントン三二号』を襲撃。救援信号を発信する商船に強行接舷。搭載されていた食料品や生活物資を強奪。乗組員(※無人)を残し、通信回線を開いたまま撃沈するという残虐行為が行われる。

 三月一八日 グアンナ星系外縁部において単独航行中の鉱石運搬船を襲撃。複数の巡航艦クラスの海賊船と駆逐艦クラスの海賊船が遭遇。駆逐艦クラスの海賊船と鉱石運搬船が共に撃沈する。通報を受けた巡航艦ミスリル一三九号が急行し残りの海賊船を追撃するも振り切られる。

 三月二三日 クビュ星系において護衛船団『A-〇三』が海賊船団と遭遇。巡航艦クラス五隻からなる大集団に、護衛艦五隻が迎撃。砲撃戦となるも双方に損害なし。ただし、護衛艦の一隻が海賊船団の内部通信を傍受。文中に『ブラックバート』の記載を確認。

 三月二八日 ソボナ星系において所属不明の砲撃戦が行われていると付近を航行中の護衛船団『C-七七』より通報。近隣をパトロール中の駆逐艦ヴィクトリア七六六号が急行。周辺宙域にて無数の艦船破壊片を確認。駆逐艦にして七隻相当のもので、すべて民間船改造のものと判明。しかし護送船団ルートからかなり外れていることから、捜査は難航。

 四月三日 クビュ星系にて護衛艦一隻を伴う軍小型輸送船レヴォニア一〇八八号が海賊集団に襲撃され、護衛艦が撃破された上、輸送船搭載物資を強奪される。この際に海賊船側より『ブラックバート』である旨の通信が発せられる。

 四月七日 ソボナ星系において護送船団『W-〇九』が巡航艦クラス五隻からなる海賊船団と遭遇。護衛艦隊が撃退に成功。損害なし。

 四月九日 軍の護衛を断った民間船団が、七隻の海賊船団に襲撃される。緊急通信を受けた駆逐艦オーベンス三四号が急行すると、海賊船同士での戦闘を確認。一方がもう一方を圧倒し、オーベンス三四号を確認すると逃走。撃破された海賊船団は、現場に残された遺留物及び数名の生存者の証言により、撃破された海賊は大手組織のバナボラ・グループと判明。

 四月一四日 アブレシオン星系にて単独航行中の民間船が海賊船団に襲撃。緊急通信を受けた第三パトロール小隊が急行したところ、当該船舶の無事を確認する。しかし発見時、航行動力は切られた上で乗員はすべて船内にて昏睡状態で拘束され、搭載品は無事であったがその中から大量のサイオキシン麻薬が発見される。

 四月一八日 メスラム星系小惑星帯のD鉱区にて大規模破壊事故発生。鉱石プラント船は付近の小惑星帯ごと完全に破壊され、内部に多数の死亡者を確認。付近を遊弋していた脱出ポットの中に生存者若干名あり。彼らは以前他星域で誘拐された被害者の模様。彼らの証言から、この鉱石プラントが海賊の根拠地であったと判明する。

 四月二二日 ヨルバ星系にて単独航行中の商船が海賊船団に捕捉される。第二パトロール小隊が到着するも、その目前で商船を爆破し、船団は逃走。商船内に生存者なし。

 四月三〇日 メスラム星系にて海賊集団ツカシューレ・グループが、星域軍管区司令部に降伏する旨連絡。同グループの本拠地である小惑星帯Q鉱区に演習用機雷とゼッフル粒子が散布されたことにより脱出が不可能になった為とのこと……



「……そういうわけで、ご隠居様は近頃のお坊ちゃまの成長を大変喜んでおられますな」

 画面の向こう側のバグダッシュは、無精ひげに手を当てつつ上目遣いで俺に言った。

「ただ片言しか話せないことが残念だと仰ってました。それと若旦那に転送したお手紙は安全ですから、すぐに中身確認しておいてください」
「……ちょっと待って。アンタなに勝手に人のメールフォルダの中身を確認してんの?」
「それが執事の仕事でございますから」
「……いつから主人のメールフォルダを開くのが執事の仕事になったんですかね?」
「申しあげておきましたからね。必ずご開封してくださいよ。でないと、若奥様に嫌われますよ」

 傍受したところで海賊討伐を実施している軍関係者の相互通話とも思えない会話は、いつものようにバグダッシュの方から切られた。俺は端末を開いて内容を確認すると、奇妙な宛先からのメールが届いているのが分かった。『マルブランク芸能プロダクション』……聞いたこともないし、俺に関係があるとも思えない。だが、あのバグダッシュがあそこまで言うのだからと判断し開封すると、画面に映る自分の瞳孔が急激に変化していくのが分かった。

 帝国語でプロダクション社長の名前はニコラウス=ボルテマン。件名は「現在同盟で活動している所属歌手の、今後のスケジュールについて」 そして内容は「ガンダルヴァ星域管区にて四月二九日、期待の大型新人ユニット『ロイヤル・フォーチュン・一二』がステージ。満員観客の拍手喝采を浴びた。次回公演はトリプラ星域管区で五月上旬を予定」だった。

 
 

 
後書き
2020.05.22 事前入稿 
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