ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第39話 猛将の根源
前書き
メアリー・スー一直線ですが、五年前は猛将とJrだけで「草刈り」をやろうと書いてました。
絶対無理です。
宇宙暦七八八年一月 マーロヴィア星域 メスラム星系
新年。
今年もまた職場での新年を迎える事になった。去年はフェザーンだったわけで、そう考えると随分と遠くに来てしまった感がある。周囲にいるのはペテン師の片割れと自称小心者の小役人となれば。だがこの二人が加わった事で、マーロヴィア星域管区治安回復作戦の準備は飛躍的なまでの速度で進んでいる。
パルッキ女史による護衛船団運行表の修正と軍管区所属艦艇の手配が済んだところ、メスラム自治政府公報には今後の星系運航業務に関して軍の決めた日程で、可能な限り護衛船団を編成するという経済産業臨時条例が掲載された。このことで行政府内、特に経済産業委員会と財務・検察委員会の間では激論が交わされたという。
新年早々にも関わらず星域管区司令部にも検察長官のトルリアーニ氏が乗り込んできた。あまりにも重大な決定に関して検察に何も伝達しなかったことをクドクドと爺様に話していたが、爺様は最後まで聞いた後で、
「規則の作成に関して、軍の代表者はボロディン大尉であるので、彼に聞くように」
と俺に放り投げてきた。トルリアーニ氏の嫉妬と嫌悪と軽蔑が混ざった恨み深い視線を受けて、俺は大きく溜息をついてから、傍にわざと置いておいたマーロヴィア星域内で販売されるタブロイド紙を手に取って、トルリアーニ氏に見せた。
『軍に投降した海賊組織の情報によると、検察とくに航路警備隊内部に深刻な内通組織があるとのこと』
『軍は管区司令官交代に伴い綱紀粛正を実施した結果、その戦力を減衰させたものの、海賊討伐に対する作戦能力は向上した』
『ただ減衰させた戦力によって管区全域をパトロールするのは困難であり、今後はマーロヴィア経済の生命線である航路維持を中心として戦力を再編する模様』
どうやら記事の内容を事前に知らなかったトルリアーニ氏の顔色は赤くなったり青くなったり忙しかったが、これ以上司令官公室に居座られても困るので、俺は視線で爺様とモンシャルマン大佐とファイフェルに合図してから氏に告げた。
「軍は身を切りました。次は検察の番です。検察長官閣下のお力を軍は期待しております」
その言葉にトルリアーニ氏の顔が奇妙にゆがんだ。墓穴を掘ってしまった中年官僚の悲哀をまざまざと見せつけた感じだ。氏自身が海賊に関与していたかどうかまではわからない。だが彼の部下に海賊とつながる者がいた可能性はあるし、氏もそれを認識しているのだろう。認識しているがゆえにマッチポンプのようなバグダッシュのタブロイド紙に対する工作にあっさりと引っ掛かった。
来た時とは正反対に肩を落として星域管区司令部を後にするトルリアーニ氏を見送ったあと、俺はバグダッシュとコクランを呼び集めた。
「なにしろ検察長官自身がクロですからな」
もはや司令部要員のささやかなバーとなり果てていた俺の執務室で、お気に入りのワイングラスを傾けるバグダッシュは、いきなり爆弾を投下した。
「潔く海賊方につくか、手を切って正道に戻るか。どちらの道を選んでも、検察長官の人生は今日からいばらの道というわけです」
「もう証拠を集められたんですか、さすが情報部ですな」
冷蔵庫からオレンジジュースを出すコクランが、三割の呆れと一割の皮肉を交えた感嘆で応えた。聞いていなかった俺も、スキットルに入れたスコッチを少しだけ喉に流し込んだ。
「物的証拠でないと拘束はできませんよ?」
「そんなもの検察長官閣下の顔色で十分じゃないですかねぇ」
「おい」
流石に顔色が変わって立ち上がったコクランだが、俺は手で制して言った。
「軍は惑星メスラムの地上における治安維持活動には『表立って』動くことはできない。そこは分かっているんですよね。バグダッシュ大尉?」
俺の言葉に、コクランは無言でバグダッシュを細い目で睨みつけた。バグダッシュはといえばいつものニヒルな微笑で受け流している。
コクランは自称『小役人』で戦闘指揮を執ったことはない典型的な後方勤務士官ではあるが、その中でも彼の生真面目さは際立っている。労を惜しまず、整然と筋の通った手腕で物事を解決してきたからこそ『あの』対応ができたのだろう。故に正義を通すのに罪がなければ作ればいいじゃない、と平然と口にするようなバグダッシュとは精神的な骨格がまるで異なる。
現状この二人が感情的に対立したり、足の引っ張り合いをする可能性はない。二人ともその道の専門家(プロフェッショナル)であり、年下の左遷大尉の作戦であっても、手を抜かずに協力してくれることには感謝しかない。
だがそれはあくまでも二人の内心という脆く不確実なものに立っている。仮にこの二人のいずれかがソッポを向けば、俺は胸ポケットにある辞表を爺様に提出するしかない。そしてこの二人以外に、俺には彼らと同等以上の信頼と作戦への献身を求めなくてはならない相手がいる。
「……まぁ検察長官閣下は、作戦後に司直に委ねますよ。おっとこれはジョークではないですぞ」
「ちっとも面白くないよ」とコクランが呟いたことを俺が無視したのを見て、バグダッシュは続ける。
「海賊たちは四つぐらいの集団になりそうですな。一番大きい集団で一〇隻ないし一三隻程度の戦力でしょう。巡航艦の五隻もあれば鎧袖一触ですな」
広域分散し警備の薄い船を襲撃することこそが海賊の長所であり、纏まって行動するのはその最大の長所を打ち消す愚策だ。護衛船団を組んだことで、所属艦が一~二隻程度の弱小海賊は手出しができなくなる。バグダッシュが情報屋から聞き出したデータと過去の星域軍管区のデータを突き合せれば、今後の海賊再編の想定は可能だ。
「輸送船への改修は順調に進んでいるようです」
ロフォーテン星域管区キベロン宙域にある訓練宙域に標的として集約していた船舶を無理やり輸送船に改装しようというアイデアで、あっという間にコクランは二〇〇隻近い『仮装輸送船』を確保してしまった。元々標的艦として無人操縦できるよう改装されていたわけで、後はカーゴスペースをもっともらしく取り付ければいい。その点、帝国軍が破損遺棄した輸送船は非常に重宝した。形が形なので、穴を防ぐだけで相当な量の物資を運搬可能だからだ。
「輸送船の回航及び偽装海賊艦への参加者の人選も済みました」
これは俺。モンシャルマン大佐によって粛軍された部隊の中から、二〇名前後の艦長を選び出してさらにそこから五名五隻に絞った『特務小戦隊』を選抜。残りの一五隻でローテーションを組み、キベロン宙域からマーロヴィア星域管区に隣接するライガール星域管区へ仮装輸送船を回航させることになる。もともと一度ないし二度使えればいいという前提だから、メスラム星系まで到着すれば、後は物資の移動や配置以外では燃料を抜いて軌道上で放置すればいい。
肝心の物資集積指揮は基本的にライガール星域管区マグ・トゥンド星系でコクラン大尉が行う。俺と特務小戦隊はライガール星域から出た後、ガンダルヴァ星域の無人星系に潜んで以降は行方をくらます。マーロヴィア星域管区防衛艦隊は、行政府の勧告通り民間船運航の護衛艦抽出の為、一部星系へのパトロール回数を大幅に減らす事になる。そしてパトロールの居なくなった星系には当然……
「鉱山会社への勧告文書はもう作成されたんでしたね」
「いまからパルッキ女史の鞭で尻を叩かれる鉱山会社の面々の顔が目に浮かびますなぁ」
特に海賊からリベートを貰っている関係者は、事態を把握した時には顔が青ざめている事だろう。だが命あるを感謝してもらわねばならない。目星は付いているから、復讐を企図するようならそれなりに対処するつもりだ。ご褒美と思うかどうかは個人の趣向。
「ところで、偽装海賊の名前。もう決めたんですか?」
何気ないバグダッシュの一言。コクラン大尉は興味本位に俺を見ているが、バグダッシュはもう感づいてはいるだろう。
「『ブラックバート』でいこうと思います」
「世の中、面白くていいですなぁ」
そう言うと、新年何度目か分からない乾杯を、バグダッシュはするのだった。
◆
それから数日かけて物資調達の順序および護衛戦隊の手順を再確認した上で、コクランと回航要員は護衛戦隊と共にライガール星域管区へと出発していく。また俺も『ブラックバート』となる臨時分隊指揮官や艦長達と顔を合わせ、細かく打ち合わせをすることになった。
「よもや自分が作戦とはいえ、自国内で海賊行動をする事になろうとは思っていなかったな……」
嚮導巡航艦(通常の巡航艦に通信機器を無理やり増設した型)『ウエスカ』の小会議室で、艦長兼臨時分隊指揮官である髭もじゃの威丈夫は、太い腕を組み心底呆れたという表情で、俺と作戦案を交互に見ていた。
「この作戦案をビュコック准将閣下もモンシャルマン大佐も承認したのは間違いないんだな?」
「その通りです。カールセン中佐」
最初にモンシャルマン大佐から預かった信頼できる艦の名簿を見た時、何故この人がここにいるのかはよくわからなかった。が、俺がカールセン中佐から吹きつける物理力を伴う威圧感に抗いながら応えると、カールセン中佐は大きく鼻を鳴らし、不満の表情を隠すことなく紙の作戦案をテーブルの上に放り投げた。
まだモジャ髭がかろうじて黒いカールセン中佐は、その最期において参謀らしき士官に士官学校を出ていないこと、エリートに対する意地だけで戦ってきたこと、こんな時代でなければ到底艦隊司令官になれなかったことを独白している。中将にもなって、それも旗艦『ディオメデス』の撃沈寸前にそんなことを言うのだから、この人の士官学校出のエリートに対する反感は、ビュコックの爺様以上の筋金入りだろう。
そして俺はそれなりに努力したとはいえ、結果として現場でヘマして辺境に流された士官学校首席卒業者以外の何物でもない。カールセン中佐が俺に好意を持つ一片の理由すらない。そして今、俺は不本意ながらも彼が最も嫌悪するであろう台詞を吐かねばならないのだ。
「今回の作戦において戦闘指揮・運航に関しては中佐にお願い致しますが、臨時戦隊の、ことに部隊運用に関しては、小官に従っていただきます」
あぁ今この瞬間、俺はカールセン中佐にとってみれば完全に度し難い世間知らずの悪役エリート若造なんだろうなと、心の中で溜め息をついた。
俺だってこんな事は言いたくないが、俺はこの作戦立案者であり同時に責任者でもある。おそらく、いや間違いなく『非情』『残虐』『卑劣』と批判を受ける決断をしなくてはいけない場面が必ず来る。その時先任士官であるカールセン中佐に責任を負わせるのは、甘っちょろいし筋違いと批判されるかもしれないが、俺の良心が許せない。作戦自体が失敗に終われば、俺の軍におけるキャリアは間違いなく終了する。だが成功しても批判されるであろう状況下において、カールセン中佐のキャリアを傷つけるわけにはいかない……一〇年後の同盟軍にとって、ラルフ=カールセンという指揮官の存在は巨大戦艦より貴重なものなのだ。
だがそれを俺の目の前で、顔を真っ赤にし、血を噴き出さんばかりに拳を固く握り締めているカールセン中佐に言っても無駄だし、理解されるようなものではない。バグダッシュ、コクランの二人が加わったおかげで、作戦運用に大きく弾みがついて、状況終了までの期日は計算上かなり短くなったとはいえ、俺自身は荊の上で作戦遂行する事になるだろうと痛感せざるを得なかった。
そして宇宙暦七八八年二月一四日。全ての準備が整い、爺様の執務室にマーロヴィア星域管区司令部要員が集まり、作戦名『草刈り』の状況開始が爺様の口から宣告される。すでにコクランはライガール星域管区に、バグダッシュはすでに階級章と制服を官舎において行方をくらましており、ここには最初の四人しかいない。
「兵卒上がりの年上の上官の操縦方法を、存分に学んでくるがいいぞ」
カールセン中佐の上申を何度も受けた爺様は、俺の敬礼に面倒くさそうに応じた後、そう言った。
「ジュニアの命令は儂の命令じゃと口酸っぱく言っておいたからの。カールセンの血圧は十分すぎるほど上がっておるだろうて」
「……主力部隊の運用と機雷の改造・敷設に関しては、我々に任せてもらおう。ブラックバートに襲撃される船団についても準備は整えておく。一応、問題ないとは思うが行き違いの場合、三重の暗号で交信する事になるが、貴官の方の最終返答符号はどうする?」
陽気に笑っている爺様をよそに、モンシャルマン大佐は真剣な表情で俺に言った。
正規軍と偽装海賊が八百長を演じるとはいえ、傍から見て演技とわかるようなようでは不味い。特に護衛船団に随行する民間船の乗員乗客にばれないよう、その襲撃は真剣なものになる。事前にどの護衛船団を襲うかはある程度決まっているのだが、状況によってはアドリブもかますことになる。
その為の誰何符号も用意してあるが、護衛船団側から発信された符号に対しての返答符号が必要になる。返答符号がなければ、護衛艦艇は本物の海賊として容赦なく反撃することになる。軍用通信を盗聴するレベルの海賊になれば、返答符号を必死に考えようとするだろうし、バグダッシュも盛んに偽情報を流している。
俺が大佐からファイフェルに視線を動かすと、ファイフェルはすぐに自分のポケットから紙のメモ帳を取り出し、ペンをインクモードで起動する。
「末尾一の日はアントニナ。二の日はイロナ。三の日はラリサ。四の日はドミニク。五の日はレーナ。六の日はカーテローゼ。七の日はフレデリカ。八の日はアンネローゼ。九の日はヒルダ。〇の日はマリーカ。で」
「……まぁ、なんというか。ボロディン大尉らしいというか」
「それほどプライベートが充実しておったのじゃったら、もう少しこき使ってやるんじゃったわい」
「フェザーン駐在武官というのは相当役得があるんですね」
三人が三人をして、何となく白けたような呆れたような口調で答えたので、俺は無言で肩をすくめた。まぁ実際役得といえば役得であったわけだし、それが原因でこんな辺境に流されたわけだが。
「誰も想像しない符号だろうから、各護衛船団の指揮官にのみ伝えておこう」
数回咳払いしてからモンシャルマン大佐はそういうと、俺に向けて手を差し出した。
「こちらの事はすべて任せて、存分に仕事をしてくれ。貴官の代わりはファイフェル少尉がやってくれるだろう」
「少尉のことも宜しく面倒を見てやってください」
「二人ともファイフェルに甘いのう」
爺様はわざといじけたような口ぶりで顎をさすりながら応えると、その鋭い眼が俺を真正面から見据えた。
「ジュニアも気をつけるんじゃぞ。言うまでもないが、貴官は白刃の橋を渡っておるんじゃからな?」
「承知しております」
「本物は手ごわいぞ。儂が保証する」
その本物が何を指しているのか、爺様がはっきり理解していると承知した上で改めて背筋の整った敬礼を俺はするのだった。
後書き
2020.05.22 事前入稿
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