リリなのinボクらの太陽サーガ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
離別のファクター
前書き
長らく投稿が開いてしまいまして、申し訳ございません。
ミッドチルダ中央部 管理局地上本部
「諜報部、なぜ襲撃に気づかなかった!?」
『す、すみません! なにぶん、管理局のレーダーでは敵を捕捉できず……! あ、でも例の魔力反応は探知できたので何卒ご容赦を……』
「言い訳はいい、わかってる範囲で良いからさっさと敵戦力の分析をしろ!」
目の前でレジアス中将が怒鳴り散らすが、にしても襲撃されてからじゃないと気づかないとは、管理局の対応の遅さは目に余るなぁ。アウターヘブン社との契約を切ったのは、わかっていたことだが非常にマズい。契約していた間は向こうのレーダーの情報提供のおかげで辛うじて襲撃に対応できていたのに、いざそれが無くなれば一気に遅れる辺り、管理局の脆弱性が露わになっていた。
ちなみにさっきまでレジアス中将や三提督ら上層部の人達は、例の停戦協定の暴露による市民への説明内容を議論していたらしいが、実のある会議ではなかったようだ。レジアス中将が途中退席してデモ対策を優先しようとした所からも察せられる。ただ、なぜかデモが起きなかったのは中将にとっては拍子抜けだそうだが、もし起きていれば治安維持の名目の下、デモ参加者の多くが強制的に逮捕されていただろう。とにかく人手がいる状況なのにも関わらず、だ。
なお、俺……ティーダ・ランスターがここにいる理由は、簡単に言うとトンネルが崩落した後、どういう経緯で助かったのかという説明のためだ。あと、歌姫と接触したのに何の手土産も無しで帰ってきたことへの文句を言うためだろう。いやはや、こういう場合は成果なんかよりも無事を喜んでもらいたいが、残念なことに管理局は局員の命より結果を求める風潮が未だに根強く残っているから、悪しき風習だと思ってその辺はもう諦めてる。
とにかくだ、俺自身はもう彼女に手を出すつもりは毛頭無いが、管理局……主にレジアス中将はまだ諦めていない。正直止めた方が良いと思うが、上層部の人達って止めろと言われても簡単に止められる人達じゃないからなぁ。彼らにも権力とか責任とか色々事情あるし……。
「クソッ……奴らの力に頼っていたツケがこんな所に出るとは……」
「おい、レジアス。後悔している場合か」
「わかっている、ゼスト。お前は部隊を率いて直ちに迎撃せよ。ハラオウンが率いている救助部隊は、今回自衛に徹するはずだ。連中がアースラの要救助者を見捨てるはずが無いからな。ここの守りも崩す訳にはいかない以上、どちらからも増援は送れん」
「増援も何も、負傷者や殉職者が多すぎて人員が全く足りないがな……」
まあ、元から人手不足だけどね。一応、フェイト執務官みたいな本局所属の局員は本局がああなった以上、地上にいた人はそのまま手伝ってくれている。けど大多数が宇宙空間に放り出されてしまったから戦力は本来の5分の1にも満たないし、元々あの人達は命令系統的に言えば三提督かハラオウン艦長の指揮下だから、レジアス中将の指揮下には入ってない。おまけに今はアースラ救助部隊として外へ出ているから、ここにはそれこそ事務官や技術者、オペレーターなどといった後方支援か事務系の役職しかいない。まともな戦力としては見込めないのだ。
「弱音を吐きたくはないが、俺も仲間達も限界に近い。あえて言わせてもらうが、覚悟はしておけ……」
「なるほど……お前までもがそう言うとは、な……」
旧知の間柄だからか、それとも最も信頼しているからか、レジアス中将はゼスト隊長が暗に“戻れない可能性”を示唆したことに渋面を浮かべた。
執務室を出た俺とゼスト隊長は、仲間と合流すべくエレベーターに乗って下に降りる。その時、ゼスト隊長が静かに語った。
「ティーダ執務官、これはここだけの話だ。もしもの時が来たら、お前達はアウターヘブン社を頼れ」
「隊長?」
「レジアスの手前言えなかったが……管理局の時代は終わろうとしている。これまでいくつもの腐敗が見つかり、都度対処してきたが……もはや管理局内において違法行為は常習化している。利益になるなら何をしてもいいという思考が、当たり前になってしまっているのだ」
そう言ってゼスト隊長は俺に一枚のディスクを渡してきた。カバーケースには……『プロジェクト・ディーヴァ/コスモス』と書かれていた。
「これは?」
「俺の……誠意だ」
「誠意?」
「いや、正直に言おう。これは彼女への謝罪だ。俺が彼女を捕らえたことで、レジアスの正義が人道を外れた。このディスクには奴が密かに進めていた研究に関して、俺が掴んだ情報を記録している。俺の力が道を外すきっかけを与えてしまった以上、責任をもってこれの始末もやるつもりだったが……」
「彼女の仲間から痛いしっぺ返し喰らったからなぁ……」
「オーリスはこういう話ではアイツ側だ。彼女にもこのディスクの存在を知られる訳にはいかん。故にもし俺が倒れたら……管理局でアイツの正義を諫める者がいなくなる。だが、アウターヘブン社は今では存在そのものが管理局への抑止の効果を発揮している。アイツの暴走を止めるなら、彼らの助力が必要不可欠だ」
「今更、助けてくれますかねぇ。先に手を出したのこっちだし……」
「お前なら大丈夫じゃないか? 管理局員の中で、お前だけは歌姫との接点がある。あのテスタロッサや八神といったサバタの関係者を差し置いて、な。俺やクイントでは会っても敵だと認識されるが、お前だけは辛うじてそうならないだろう。だからお前にディスクを預けた。しかしだ、あくまで敵だと最初に思われないだけでその先は別だ。……後の事は任せるぞ、ティーダ?」
「いやいや、不謹慎なこと言わないでくださいよ~。上司がそういう事急に言うのは、地球だと死亡フラグらしいから一応気を付けてくださいな」
「ふ……ならフラグぐらいへし折ってやるさ」
でもゼスト隊長、案外天然ボケな所あるし、間違って生存フラグ折らなきゃ良いが……。
ただまぁ、隊長の言いたいことはわかる。襲撃のあるなしに関わらず、管理局員はいつ死ぬかわからない身の上だ。特にこんな状況だとね。
しかし、アウターヘブン社を頼ろうにも避難民には俺の大事で超大事で愛する妹ティアナもいる。クイントさんも娘さん達が来ているそうだし、そもそも夫婦そろって管理局員だ。自分達だけ鞍替えは出来ない。こっちはティアナがアウターヘブン社に保護してもらえれば何とかなるのだが……。
「襲撃以外にも問題はある。知っての通り、停戦協定の内容が暴露されたことにより、市民の間で管理局に対する不信感が最早抑えようのないものにまで膨らんだ。レジアスが早急にデモ対策を行うほどにな。だがデモを止めた……もとい起こさなかったのは恐らく歌姫が市民の怒りを鎮めたからだ。その影響で民心は彼女の、アウターヘブン社の方へ一気に傾いた。いや、天秤は既に向こうへ傾いていた以上、決心させたと言うべきか……ともあれ先人達が培ってきた管理局への信頼は、とうに消え失せた。何らかのクーデターか組織改革が起こらない限り、市民の信頼を得ることは二度とないだろう」
「あ~、そういや避難してきた人達も避難場所が管理局で良かったのか不安に思ってるらしい。ティアナが周りの人を見ててそう感じたって」
「だろうな。なにせこの俺自身すら、もう管理局の正義を信じられなくなった。彼女に手を出した時点で、俺の中から正義どころか騎士の資格さえ失われたと思っている。ただ……それでも俺は戦う。例えそこが死地であろうと、戦い続ける。市民を守れるならば、俺は喜んで地獄に堕ちよう」
エレベーターが1階に到着し、負傷した局員の手当をしていたクイントさんや軽傷の局員が立ち上がってゼスト隊長に敬礼する。とはいえ局員は彼女に限らず大なり小なり負傷しているから、横たわったりもたれかかったりしている彼らの、至る所に見える包帯や擦り切れた局員服が痛々しさを醸し出していた。
「皆、次の出撃命令が下った。今から説明するが、もう少しだけそのままの姿勢で良いぞ」
「もう出撃ですか……」
「ああ。今回の敵は聖王教会の方に進軍しているが、一部が先行して教会へ攻撃を開始している。よって俺達は聖王教会を援護してその敵を追い返し、教会にいる人間を救出。その後、敵本隊の迎撃に移るが……知っての通り、管理局はアウターヘブン社との契約を切った。故に彼らの助力には期待できない」
「でも契約が切れた所で、彼らは彼らで独自に行動しているでしょう。あのアウターヘブン社だし、多分私達の思いもよらない対策を取ってるんじゃないかしら」
「だが頼ることは出来ん。俺達と彼らの道が分かたれた今、俺達には俺達の、あちらにはあちらの戦いがある。互いの戦いが互いの戦況に影響し合い、それが協力にも妨害にもなるだろうが、利害関係が一致しない者達が一斉に戦えば往々にしてそうなるものだ」
「治安維持組織とPMCでは根本的な部分で違うし、むしろ今まで共闘できていたのが奇跡だったのかもしれないわね。ところで隊長、今回の敵戦力の規模は?」
「残念だが、アンデッドと質量兵器の規模は不明だ。管理局のレーダーはその方向ではあまり使い物にならない。これまではアウターヘブン社のレーダー情報を下に戦力を分析していたのだが……」
「あ~分野が違うから、魔力やロストロギアが関わらない部分の探知能力は推して知るべしということね……」
「だが魔力反応は確認できている。高空に乱高下する反応が一つ、聖王教会に高ランクが一つ、少し離れた所に一つ、という具合だ」
「敵に魔導師は三人……一人はショッピングモールを砲撃した男の子かしら。でも乱高下って何? 乱数みたいになってるってこと?」
「似たようなものだが、そっちは高空に現れてから周囲を飛び回っているだけで降りてくる気配はない。無視する訳ではないが、今は相手にしなくとも良いだろう。問題は残ったもう一人だ。こっちの魔力反応は高町なのはのもので、現在フェイト・テスタロッサと交戦中だ」
「ッ……病院から行方不明って連絡が来てたのは知ってたけど、そもそもあの二人って友達だったはずよね? 交戦ってことは、裏切ったの? あのエターナルエースが?」
「レジアスと俺はそう見ている。彼女は聖王教会に滞在していた騎士やシスター数十名を既に殺害しているようだからな。ただ、彼女だけは生かして捕獲してほしい。殺人は重罪だ、ましてや大量虐殺を犯した奴は生死問わずに即刻確保するべきだろう。だが……」
「停戦協定の内容には、高町なのはの身柄譲渡が含まれていたわね。でも既にあちら側にいるなら、譲渡は既に為されたも同然じゃ……?」
いや……それは違う。少し複雑だけど、実はそうじゃないんだ。
「クイントさん、停戦協定を提案したのは公爵デュマだ。公爵デュマの下に高町なのはが引き渡されていなければ、その条件は果たされたとは言えない。つまり彼女の身柄が他のイモータルの派閥に渡っている場合、そこから奪取してその後に公爵デュマへ渡さなければ、条件は満たされないんだ。しかも相手の受領宣言も必要」
「うわ、厳し!? そこまでちゃんとやらないといけないの?」
「違う組織相手に取引しても意味が無い。順序通りにやらないと後で条約違反扱いされる隙を生み出すことになるから、政治的要因が関わるとこうやって厳しくならざるを得ないんだ。その上、今の高町なのはがどこの勢力下なのか、俺達にはわからない。しかも対外的に見れば、高町なのははまだ管理局員なんだ。もちろんそれは早急に退職処置すれば済む話なんだが、それが世間に認知されるまでには幾分の時間が必要になる。だから例えばの話だが……今のご時世で彼女がオーギュスト連邦に何らかの被害を及ぼした場合……」
「管理局は先に戦争を仕掛けた側に見られる……協力なんて以ての外、治安維持の名目は完全に失われ、管理局は戦争ほう助組織として今後の次元世界に消えない悪名を残す。色んな意味で最悪じゃない!?」
「そういう訳だから今彼女に逃げられたら、あるいは死なれたらマジで詰んでしまう。しかも高町なのはが好き放題殺人を犯しても、俺達は彼女を抹殺してはいけないし、彼女がオーギュスト連邦に手を出す前に確保しないと銀河意思と停戦できた所でその後確実に破滅する」
「何なのかしら……この理不尽感。裁判を起こした相手がなぜか特別扱いされるような腹立たしさがあるわ……」
クイントさんが苛立ち気味にぼやくが、気持ちはわかる。だが状況がそうなってしまった以上、こっちもそれに対応するしかない。
尚、そういう意味ではフェイト執務官が交戦中というのは、実の所非常にマズい。確かに片腕が折れてる怪我人だし、確率的にはかなり低いが……彼女なら勝てるのだ。例え高町なのはが無敵の能力を手に入れていたとしても、フェイト執務官なら勝算を見いだせる。なにせサバタの意志を継ぐエナジー使いの一人だし、数々の大事件を経て相当戦い慣れているからな。あ、いや、だから倒したらマズいんだっての。
そしてサバタと言えば、もう一人……。シャロンは大丈夫かな。アウターヘブン社の動向はこっちじゃ把握できないから、ちょっと様子を見に行くってことも出来ないし……ううむ。
「あれ? ティーダ君、こんな時もまた妹さんのこと考えてるのかしら?」
「え? いや、違うけど……どうしてそう見えたんですかね、クイントさん?」
「あら違ったの、ごめんなさい。いつもみたく心配そうな顔してたから、てっきりそう思ってしまったわ」
「そんなに思い詰めてるっすかね、俺?」
「ええ、結構頻繁に」
マジかぁ……。でも……あれ? 俺、ティアナの事はしょっちゅう考えてるし、それを心配してる顔と言われるのもわかるけど、シャロンの事を考えてる時も同じ顔してたのか? 一体、どうしてだ? 俺って考えてること、結構顔に出るのかな?
「戦闘の条件はまとまったな。……では赴くとしようか。俺達の生き意地、公爵達にも見せてやろう」
と、ゼスト隊長が号令を取ろうとしたその時、負傷していた一人の局員が怒り混じりの声を上げた。
「何が生き意地だよ、バカじゃねぇのか? 俺達に犬死しろっつってんのか? 死んじまっちゃ冗談になんねぇぜ!」
「……アルガス一等陸士、何か質問があるなら今の内に言ってくれ。あと、いくら古株だからと言ってその口調は上官に対するものでは……」
ゼスト隊長の指摘を遮るように彼はこぶしを握り締めて壁を叩き、堰を切ったように不満をぶちまけ始めた。
「こんな地獄みてぇな状況に上官もクソもあるか! もうこの際だ、全部ぶっちゃけてやるぜ! 俺はなぁ、もうアンタらには付いていけねぇんだよ! これまで散々戦ってきて、アンデッドには俺達の攻撃が通用しねぇって思い知らされた。エナジー使いが全員やられた以上、この期に及んで管理局の面子やらプライドやらに拘ったらここにいる連中は確実に全員死ぬ。生き残りたきゃ土下座してでもアウターヘブン社の力を借りるしかねぇってのに、度し難いことに上は手を切りやがったんだぞ!? 命令が信用できないのも当然だろうが!」
「それは歌姫を確保しようとした結果、アウターヘブン社に敵対行為を取ったと認識されたためで、俺達に彼らと争う意図は……」
「ハッ! 自分の責任を外に押し付けてんじゃねぇよ! 俺は知ってるんだぜ、最初に手を出したのはアンタだとなぁ、隊長。そこまで管理局のプライドが大事か? そこまで地上を守るのは自分達であると誇示したいのか? ああ、ファーヴニルの封印がヤバいってことなら俺だって察してるさ。だが、そんなにヤバいなら素直に頼めばいいじゃないか! なんでわざわざ喧嘩を売るような真似をする? 歌姫を確保すれば、管理局がファーヴニルの封印を維持していると世間に知らしめられるとでも画策したか? 依頼料やプライドが邪魔でもしたか? もしそうだとしたら、今の上層部も権力と立場に拘ったアホしかいねぇってことになるなぁ!」
「アルガス! それ以上は上官侮辱罪になるぞ!」
「知るか! どうせ今の管理局に法をどうこうする力は残ってねぇし、資格もねぇよ! 上がやらかした犯罪や癒着の隠蔽工作で消された奴が、どんだけいると思ってる? もはや管理局は味方さえ信用ならない、敵だらけの組織と化した! 俺達は上層部の椅子と財布を守る生贄じゃねぇ! 昨日だって歌姫が助けてくれなきゃ、バリケードを破られて地上本部は全滅していた! あれでハッキリした、このまま管理局にいれば間違いなく道連れにされるってな!」
「しかし俺達が戦わなければ、市民に被害が……」
「そういうことをほざくのはアンデッドの一体でも倒せるようになってから言え。自分の身も守れない奴が市民を守れる訳がねぇよ。せいぜい餌になって時間を稼ぐしか出来ねぇさ。だが俺は殉職なんてしてやらねぇ、こんな組織のためになんか死んでやらねぇ。ああ、俺はまだ死にたくねぇ、顔も知らねぇ誰かのために死んでたまるかってんだ! 赤の他人が何人死のうが関係ねぇんだよ!」
「アルガス! 貴様、それは管理局員としてあるまじき発言だぞ!」
「だからさっき言ったろ、全部ぶっちゃけるってな! 大体今の管理局で働いてもロクに給料も払わねぇし、休みも全部潰されて、その上死地にばっかし送る! 裏にいた連中が散々やらかしたせいで、命がけで守っている市民からも白い目で見られる! こちとら必死でやってるのに、一部のアホのせいで非難されてばかりだ! もうたくさんだ! どうせ死ぬなら今の内に好き放題やってから死んでやる! 何の役にも立たない組織なんざぁ、こっちから願い下げだ!」
と叫んで、彼は管理局の身分証明でもあるバッジを投げ捨てた。傍から見ていて、あの無精髭の局員は輪を乱していると言えるのかもしれないが、しかし隊長以外の誰も彼の言葉に異を唱えないことから、少なからず彼の言葉に共感しているのだろう。殉職なんて、普通は嫌なのだから。
「待て、アルガス! 今は一人でも戦える者が必要なんだ! お前ほどの実力者にいきなり抜けられてしまったら……」
「やれやれだぜ。一応は人格者として知られるゼスト隊長でさえ、俺のことは最後まで戦力しか見てねぇのな。くだらねぇな……“元”隊長! そんなんだから今も“20年前”も女にも逃げられるんだよ!」
「な……」
20年前? 今が歌姫シャロンのことを言っているのはわかるけど、20年前にも女絡みで何かあったのか?
「……アイツは、今は関係ないだろう」
「古株なめんな。ゼスト隊長、アンタは彼女がああなったのはまだ自分のせいだと思ってるんだろう? それでレジアス中将共々、管理局の正義に固執するようになった。自分達の道は間違っていないのだと、そう思い込んでな。だが現状を鑑みると、正しかったのは彼女の方だったなぁ?」
「やめろ……! アイツは……アイツは……急ぎ過ぎたんだ……! 自分の正義に正直すぎたんだ……!」
「そうだ、彼女はゼスト隊長やレジアス中将と同じ……いや、それ以上に正義感を強く持っていた。管理局の歪みに対し、悠長に待つのではなく、迅速な対応をしようとした。出世で立場を得て内側から変えようとしたアンタらと違い、すぐにでも現状を変えようとした。そして……弱者の味方として手を汚した彼女は監獄島送りにされ、イヌに甘んじていたアンタらがのうのうと出世した。さて、これは治安を守る組織としてはどうなんだ?」
「……」
「答えられないか? ハッ、最強騎士の名が泣くぜ。どれだけ腕っぷしを磨こうと、惚れた女を刺した事実からま~だ目を背けてやがるもんな。普段アンタが支給品の槍を使うのも、それが理由なんだろう? 彼女を刺した感触を思い出すから、自分の槍を握れないんだろう!? この軟弱者め!」
「ぐ……」
「自らの正義を信じた女より管理局に都合の良い正義を選んで得た地位はさぞ心地よかったろうなぁ、ええ? なあ、今から管理局の正義を捨てる俺に選別として教えてくれよ。正義のために惚れた女を生贄にするってどういう気分なんだ?」
「アイツを……生贄になど……」
「事実だろうが、いい加減認めろや。そういう意味じゃ実際、レジアス中将の方が覚悟決まってるよな。ま、俺にはもう関係ないが。お前らもどうせ死ぬなら、管理局や“元”隊長のバカな正義に付き合ってくたばるより、好きなことをしてからの方が良いぞ! あ~辞めてせいせいしたぜ! じゃあな、あばよぉ!」
周りで俯いてる局員達にもそう吐き捨て、アルガスはこの場を去っていった。去り際に管理局のバッジをわざわざドスンと踏みつけていった辺り、相当幻滅していたのだろう。
この空間が痛々しい沈黙に包まれ、ゼスト隊長も何も言えない中、徐に局員達が管理局のバッジを外していった。
「すみません、隊長。自分も……無理です」
「私も……もう戦いに行くのが怖いです」
「俺だって、正直限界なんです……」
「僕も……駄目です。もう管理局を、仲間を信用できないんです……」
「私も……ごめんなさい」
「すいません、本当に……すいません」
そうしてアルガスの不満噴出による言葉はこの場にいた皆にも届き、次々と後を続く者が現れてしまった。クイントさんは必死に呼び止めていたが、心が折れてしまった彼らにその気持ちが届くことはなく、気付けばこの場にいた局員のおよそ200人、生存していた武装局員の8割程度が辞めてしまったのだった。彼らのほとんどが負傷でまともに戦える状態じゃなかったとはいえ、この現実はまだ心が折れずにいた事務系や医療系の局員にも堪えてしまい、作業の手を止めさせていた。
「これから出撃だというのに、まさか……こんなことになろうとはな……」
いきなり大人数の退職に流石のゼスト隊長も天を仰ぐが、正直な話、俺もこれをきっかけに管理局を辞めるべきなのではないか、とも思っていた。実際、無謀な戦いばかり押し付けられるなら、さっさと辞めた方が生存率も高くなるだろうし。
「俺は……」
「ティーダ……管理局の正義が偽りだった以上、こうなるのは避けられぬ事だったのだろう。だから、お前が辞めるのも止めはせん……」
「確かに、俺は彼らの選択を間違ってるとは思えない。勝てない相手から逃げること自体はヒトとして正しいとも感じている。ただまぁ、辞めるのはもうちょっとだけ足掻いてからにしたいです。そうですねぇ……」
苦笑しながら俺は答える。
「ゼスト隊長がくたばったら、俺も管理局を辞めるとしましょうか」
「ティーダ……」
「そういう訳なんで、仲間をこれ以上減らさないためにも長生きしてもらいますよ隊長殿?」
「そう、か……なら尚更、俺も死ぬわけにはいかなくなったな。感謝する、お前達さえいれば敵が何であろうと負ける気はせん……!」
そうして大きなハプニングがあったものの、俺のちょっとした発破のおかげで立ち直ったゼスト隊長は、俺とクイントさんと聖王教会へ出―――。
「待てクイント、お前は駄目だ」
「えぇ!?」
「アルガス達が辞めてしまった以上、ここを守れる魔導師がいなくなってしまった。流石に戦える人間を一人は残しておかないとマズい」
「あ~そりゃそうよね。いくら戦力が不足しているとはいえ、本拠地を無防備にしちゃダメよね……」
という訳で彼女は地上本部の入口付近に待機させておき、男二人で出撃することになった。ゼスト隊長の気遣いがあったのか、クイントさんは別部隊にいた旦那さんと一緒に待機することになったが、こういう状況で夫婦揃って同じ場所にいるのは妙な不安がする……気のせいだと良いが。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミッドチルダ北部 聖王教会
リトルクイーンと化したなのはは片腕しか使えず接近戦に頼るしかないこちらに対し、聖王教会を覆いつくす影から暗黒の腕を伸ばして捕まえようとしたり、暗黒弾を引き撃ちしたりして徹底的に近づけさせない要塞系戦術を取ってきた。通常の魔導師なら速度重視だろうと既に落ちてるに違いない弾幕だが、サヘラントロプスやフレスベルグと戦ってきた私からすれば、多少被弾しつつもまだ耐えられる範囲だった。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅーとぅとぅー♪」
「くッ!」
教会の屋根に陣取る彼女の鼻歌に、私は苛立ちを隠せなかったものの、集中は切らさずに低空飛行で回避し続けていた。しかもこの歌、以前ショッピングモールで薄っすらと聞こえていた―――恐らくシャロンが歌ったものだ。一度で耳コピしたらしいが、それは即ち彼女への執着を意味する。初めての遭遇時、倒せなかったのがよっぽど堪えているようだ。ということはこの戦術も、恐らくそういう事なのだろう。
「強いねぇ、フェイトちゃん。でも残念、このままなぶり殺しにしてあげるよ」
「その言葉、程度が知れるね。だから“リトル”なのさ」
「ッ……侮ってもらっちゃ困るよ。今の私は無敵なんだから!」
そう豪語するとなのはは左の籠手に周囲から何らかのエネルギーの塊を吸収、籠手が黒く輝き始めた。
来る!
咄嗟に進行方向を反転した直後、すぐ眼前に暗黒物質の砲撃が降ってきた。今のはなのはの十八番のダーク属性版か……だが甘い! 私にとってそれは致命的な隙だ!
「え?」
どこぞのクイックブーストじみた二段反転でミッド式ゼロシフトで砲撃の中を幽鬼の如くすり抜けた私がいきなり眼前に現れ、彼女は一瞬唖然とする。その硬直の合間にソル属性のエナジーをバルディッシュに“一部”纏わせ、防御行動を取る前に身をひねって彼女の胴に一撃を入れ―――!
ガチィッ!
「今のは良い反撃だったね、ちょっとだけ焦ったよ」
しかし、闇のバリアジャケットに弾かれた。なのは相手に片腕じゃあパワーもスピードも分が悪いし、貴重な攻撃タイミングなのにダメージがなかったことはもったいない気もするが、今回は闇のバリアジャケットの特性の確認を優先した。あの一撃が当たった時……エナジーを纏わせていない場所は完全に無効化されていたが、纏っていた場所はほんのわずかに通せていた。幸運なことに、なのははそれに気付いていない。私の攻撃も無効化できると過信し、慢心による油断が生じていた。
「さあ、斬り結ぼう! あっはっは、こうやって斬り合い、殺し合うのが友達として分かり合うってコトなんだよねぇ! フェイトちゃぁああん!!!」
「ぐ……と、友達の定義が違うって!」
なんて刀を愉しそうに笑いながら振るってくるなのはに対し、こちらは必死に食いしばりながら剣を交える。衰弱していたはずの体からは考えられないほどのパワーを叩きつけられ、私の左腕の筋が悲鳴を上げるが、ここで退いたら反撃のチャンスは無くなる。
バルディッシュと共和刀が弾き合った直後、屈んだ姿勢で横振りを放つ私に対し、なのはは右足を使ったバックステップで回転しながら回避し、同時にダークハンドを展開した左手でクローを放つ。咄嗟に上空へジャンプした私はそのクローが教会の屋根を怪物のようにえぐり取る光景を目にするも、その隙を見逃さずに飛行魔法を利用した縦回転斬りで反撃するが、その刃は彼女の左腕に装着された籠手によって阻まれた。
「っ!?」
咄嗟に離れたものの、反撃の突きが私の左わき腹に刺さり、鈍い痛みを残していった。にしても籠手で防御するとは、ずいぶん大胆かつ器用な立ち回りをしてくる。闇のバリアジャケットがあろうと迂闊な攻撃は防いでくるから、反撃は彼女に対応できないタイミングで、かつ一撃で決めなくてはならない。ダメージの蓄積も無視できないレベルになっているが、それ故に私はあえて……肉を切らせて骨を断つことにした。
ザシュッ!
右肩を斬られ……!
ザシュッ!
左太ももを斬られ……!
「もらった!!」
ダメージを受けてひるんだ私目掛けての振り下ろし。目前に迫りくる刃から私は目をそらさずに……、
ゼロシフト!
「あっ!?」
「届けぇええええ!!!」
なのはの背後へすり抜け、致命的な隙をさらした彼女の背中に渾身の力で剣を突き刺す。闇のバリアジャケットの干渉で強い抵抗を受けるが、今回の全力の突きには耐え切れず、刃が貫通する。
「ガッ!?」
今だ、この一撃に全てを賭ける! 残されたエナジーも魔力も全て使って、今ここで彼女を倒す!
「エンチャント・サンダーレイジ!!」
直後、バルディッシュの刃から無数の雷が発生し、なのはの体を内側から焼き尽くす。本来のサンダーレイジは自然界の力を借りて放つ広域殲滅魔法だが、これはバルディッシュとエナジーを複合させて、疑似的かつ小規模のものを発生させている。なお、小規模と言ってもコンクリートの建築物ぐらい易々と消し炭にできるので、ぶっちゃけた話、これはなのはのSLBみたく人間相手に使っていい代物ではない。非殺傷設定を超えて人を殺せる凶器なのである。
「あぁああああああああ!!!!!!!!!!?????!!!」
ごめん……ごめん、なのは。わかっている……わかっているんだ……! 友達相手にこんな酷いことをする私が、非人道的だってことも。私が人殺しになってしまうことを、誰も望んでないってことも。でも……それでも友達だから、私はなのはを止めたい。あなたがこれ以上罪を重ねることが無いようにしたい。大丈夫、その咎はちゃんと背負うから……だから!
「あなたを浄化する、リトルクイーン!! うぉおおおおおおおおお!!!!!」
「ぐぁあああああああ!!! なぜだ、私は望まれたはずだ! あなたが望んだから生まれたのに!! わたしは、わたしはぁああああああああああ!!!!!!!!!!」
私の雷撃に伴ってなのはの悲痛な叫びが響き、そして……雷が消えて刃を引き抜くと、全身が焼け焦げた彼女はゆっくりと倒れ、彼女が握っていた共和刀は教会の屋根から転がり落ちていった。
「スパーク……エンド」
魔力もエナジーも枯渇した私はバルディッシュの刃を納刀し、倒れたなのはの前に膝と左手をついて座り込む。ごめん……なのは、あなたを止めるにはこうするしかなかった……。
「ごめん……ごめんなさい……!」
覚悟はしていた。でも……やっぱり辛い。せっかくマキナが命がけで助けてくれたというのに、なのはの中にリトルクイーンが残っていることに気づかなくて、こんな結果になってしまったのが……。気づいてさえいれば助ける期間は十分あったのに、助けることが出来なかった。私は……マキナが託した想いを踏みにじったんだ……!
『サー……』
「ごめんね、バルディッシュ。あなたを人殺しの凶器にさせてしまって……」
『お気になさらず。直接手を下したサーが一番辛いのですから、その重荷を少しでも肩代わりさせていただけるのでしたら、本望です』
「バルディッシュ……ありがとう」
パートナーの言葉に思わず涙がこぼれて俯く。後で色々後悔や反省することもあるけど、友達の凶行を終わらせることができたと思えば、少しは慰めにもな―――
ザシュッ!
「え……? かはっ!?」
『サー!?』
突然の激痛。視線を下ろすと、私の腹部を血に濡れた刀が貫いていた。この刀は……なのはの持っていた……だ、誰が……!?
後ろに視線を向けると、そこではなのはの暗黒の腕が刀を握っていた。そういえば彼女を倒したはずなのに、彼女が展開した影が消えていない。まさか……!
「あ~……死ぬかと思ったよ。やっぱり、フェイトちゃんは強いね。でも……私も強くなったんだよ」
倒したはずの……倒れたはずのなのはが、平気な顔で立ち上がってきた。そんな……ありえない! だって体は焼け焦げて凄まじいダメージが……え!?
「ふふふ、驚いた?」
傷が……治った……!?
今の攻撃で負った傷が、まるで映像を逆再生するかの如き速さで修復された。治癒魔法や特殊なロストロギアを使った形跡もない……一体あれは何なんだ!?
「あ、あははは! あははははははは! そうだよ、その顔が見たかったんだよ! 心がへし折れた絶望そのものの顔がね! 見てよ、これこそが無敵の真相! ポリドリはね、この体の問題を根本から取り除いてくれたんだよ……!」
こ、根本から……?
「ずっと次元世界にいたフェイトちゃんは知らないだろうけど、地球のナノマシンは想像を絶する性能なんだよね。脳ミソを銃で撃ち抜かれても再生可能なんだもの」
地球の……ナノマシン?
「さあ、どうするフェイトちゃん? このナノマシンをどうにかしないと、私は倒せないよ。だってナノマシンがある限り不死身なんだもの」
不死身……なんということだ。要するにスカルフェイスの時と同じく、体内のナノマシンを止める方法が無いと、せっかくダメージを与えても全て回復されてしまう。戦闘そのものが無意味になってしまう……!
「にしても……電撃で黒焦げにしようとするとはなぁ。―――痛かったよ!」
「ガッ!?」
貫いた刀を力任せに振り下ろされ、刀は抜けたが私は身体の中の内蔵ごと切り裂かれてしまい、凄まじい血を流しながら倒れてしまう。お腹の中が痛くて仕方ないのにスースーする違和感や、酸素や血液が体に届いていない息苦しさや肌寒さが全身を襲っている。
もう……私一人には戦う力なんて残ってない。早く治療を受けなければ、それこそ命に関わる致命傷を負ったのだから、もう立てなくて当たり前だ。だが……、
「……ぐ……! ぎ……あ……!!」
立て……! それでも立て……立つんだ……! ここで諦めたら、命を託された側として皆に顔向けが出来ない。サバタお兄ちゃんに合わせる顔が無い……! そう、諦めないその心が最大の武器になるんだから……死んでも諦めたくない!
「へぇ? その体でまだ立ち上がるの? 死ぬのが怖くないのかな?」
血が頭にも回っていないからか、すごくクラクラする。なのはの声も目の前にいるのに遠くから発せられてるぐらい聞こえづらい。足も力が入っている気がしないし、手だって指先の感覚が無い。でも、敵は見えている……戦うべき相手の姿だけはしっかり捉えている。
「ほんのちょっと驚いたけど、立ち上がってきたところで所詮は風前の灯火。いつでもトドメを刺せるけど、意思で動けてるのなら少しだけからかってみよっか」
昏い目で嘲笑ってきた彼女は次の瞬間、籠手を掲げるなり周囲に展開していた影を一気に広げ、まだ被害の及んでいなかった聖王教会の建物や、この場から必死に逃げていた教会関係者も飲み込み始めた。途端に男女問わず大勢の大人と子供の悲鳴が聞こえ、数多の命が無慈悲に取り込まれていく惨状が広がってしまった。
「ん~、ライフドレインの感覚って病みつきになるね。ヴァンパイアが吸血したがる気持ちがよくわかるよ」
「や……止め、ろ……!」
こんな凶行、すぐに止めねばならない……そう気力を振り絞ってバルディッシュを振り下ろすが、その勢いはさっきとは打って変わって非常に遅かった。当然、容易くよけられてしまい、更に振り下ろした勢いを抑えきれずに倒れこんでしまった。
「ふふふ、もうわかるでしょ。勝負がついたことぐらい」
「ま……だ……」
「やめなよ、そんな根性は無駄だから。絶望や困難なんか意思や根性でいくらでも覆せる、なんて考えはもう古い。未来を食いつぶす時代遅れの思考なんだよ。それがわからなかったから、“高町なのは”は壊れた。ドラッグマシンのようにまっすぐ突っ走って、ブレーキを無視して曲がらず壁にぶつかって自滅した。フェイトちゃん、今の君だって同じだよ」
「あなたが……それを、言うの……!」
「言うよ。だって私は元々“そういう存在”なんだもの。誕生の起因は外から与えられたとはいえ、“高町なのは”に私は必要だった。本当の自分を委ねられる場所……と言えば聞こえはいいけど、実質感情のゴミ捨て場だったのさ。でも、“高町なのは”は周りに受け入れてもらうために、私を否定した。架空の人物と話すのはおかしい……おかしい人間は受け入れてもらえない……受け入れてもらえないのは苦しい。だから消した……赤の他人に良い子だと思われるために、私は消される羽目になった」
「いったい、何を言ってる……?」
「邪魔な対象を消したところで、望み通りの結果が得られる訳が無い。“高町なのは”の一部だった私を消したから、彼女は自分が見えなくなった。自分を見て欲しい、構ってほしい、愛してほしい……そういう感情をずっと閉じ込めていた場所が消えた結果、虚ろなる闇が彼女の心に根付いた。いや……闇は最初からあったけど、それが膨れ上がっていくのを認識出来なくなった。結果、“高町なのは”は常に空虚感に苛まれることになった」
なのはの空虚感……思い返せば、それは人助けや使命感、思い込んだら一直線の部分に現れていた。誰かに必要とされたい、自分の存在を認めてもらいたいという……他者の証明の渇望。それがわかるのは家族みたく彼女と密に接した人間か、人の心に鋭い人間ぐらいだ。多分、サバタお兄ちゃんは勘付いてはいたと思うけど、対処の時間が無かったんだろう。
一方で家族以外になのはの心情がわかる人と言えば……なのは本人しかいない。となればやはりリトルクイーンは……、
「あなたは……やっぱり、なのはなの……?」
「……私はリトルクイーン、高町なのはの“イド”を司る存在。彼女の本能的な衝動を表す者。私を消せば、高町なのはの魂は永遠に欠落することになる」
本能的な衝動……それは喜怒哀楽を始めとした感情や、そこから起因する好意に友愛、そして敵視と殺意。そうか……リトルクイーンはなのはの無意識化に存在する精神制御機構だったんだ。ならばリトルクイーンの望みとは……、
在りのままの自分を受け入れなかった、世界への復讐。
「人間……ううん、生ある者なら誰しも不満はある。こんな生き辛い世界じゃ、どんな時も色々我慢しなくちゃならないもの。憎い敵、嫌いな相手に死んでほしいと思うこともあれば、家族や親しい相手にもふとした怒りで殺したくなることだってある。でもそうしないのは、ヒトは意思で止まることができる生き物だから。衝動を抑制するブレーキがあるから。そうしてヒトは他の動物にはない社会性を構築できた」
確かにそうだ。誰もが本能を解放すれば、そこには無秩序の世界が降臨する。弱者が蹂躙され、強者だけが生き残る闘いの世界。
「だけど現代において、怒りや憎しみは悪しきものとして認知されている。それを表に出す人は社会適応能力が無いとみなされ、排他される。だから皆必死に我慢している。怒り狂いたくても、憎しみで暴れたくても、生きていくにはそれをこらえるしかない。こらえて……私に押し付ける。それがどれだけ苦痛なのかも知らずに」
「……」
「他人のことはどこまでいっても他人事だ。当人がどれだけ負の感情を抑えていても、他人にその苦痛は理解できない。だから無慈悲かつ無自覚に言ってくるんだ。我慢しろってね。我慢我慢我慢……そんなに世界はありのままの自分を出されるのが嫌なの? どうして私に負担を強いてくるの? 感情があるから、ヒトは強くなれる。正も負も等しく、心に活力を生み出せる。なのに皆、私のことを認めない。私がいなければヒトは本能の獣と化するのに、ヒトは私のことを社会秩序を乱す、許されざる存在としてしか見ていない。だから、この私が頭の固い人間達に知らしめてあげる。私を消せば、どういう結果を招くのか。世界に私の存在意義を、愚か者達の思考停止が招いた結果を見せつけてやるんだ!」
「……。その果てに……」
「うん?」
「その果てに……何を求める……? 望みをかなえたとしても、あなたを理解する者はいない……。あなたは孤独なままだ……」
「……知った風な口をきくな」
ドスッ!!
「ぐふっ!」
腹を蹴られ、背中の傷から血が飛び散る。だが……長々と話してくれたおかげで糸口はつかめた。
「あなたも、わかっているはずだ……唯一の……最大の理解者が、誰なのか。最も……向き合わなくちゃいけなかったのが、誰か……」
「死に体のくせに吠えるね。そろそろ黙ってよ」
先程とは打って変わった冷徹な目で、リトルクイーンは倒れている私の首目掛けて刀を振り下ろしてくる。……ああ、もう打つ手がない。ごめんね、母さん、アルフ、ビーティー、はやて……サバタお兄ちゃん。こんなところで、終わっちゃう私を許して……。
ガチィッ!!
「そこまでだ、リトルクイーン」
「エリオ……どうして止めるの?」
突然、エリオがカナンを伴って上空から現れ、なのはの刀を槍で遮っていた。なお、カナンは着地するなり、布で私の目を隠した。おかげで何も見えないが、エリオ相手に呪いが発動しないように気を遣ってくれているのだろう。力尽きて動けない以上、意味があるかは怪しいが……。
「言ったよね、彼女は僕の獲物だって。なに横取りしてるのさ?」
「いや~ちょっとつまみ食いしてたら釣れちゃってね」
「同じ場所にいる可能性はあったし、仕方ないよ。たださ、これやり過ぎ。僕が戦うまで回復に専念してもらうはずだったのに、これじゃ再起不能じゃん」
「それの何が悪い? いつか倒すんだから今倒したって構わないでしょ」
「(そういう話じゃないんだけど……ポリドリに着いた連中は後先考えず、とにかく世界を破壊したい奴ばかりか。公爵は何を考えて、こんな奴らと手を組んでいるんだろう……)……で、目的は果たせた?」
「当然。ほら」
自信満々の彼女の下へ暗黒の腕で運ばれてきたのは、フレスベルグの棺桶だった。エリオが見守る中、リトルクイーンは左手のダークハンドを展開し、フレスベルグの棺桶を掴むと……。
「いただきま~す」
グシャァ!!
「ギイイイィィィッッ!!!?? な、ナゼ……!? こ、コレじゃ……ミディアムレアどころか……ただの、ミンチ……ギィヤァアアア!!!!」
グチャリ……グチャリ……グチャリ……!
全身が押さえられて目も隠されてる状況で、まるで咀嚼音そのものの音しか聞こえない状況に、私は怖気が走っていた。
「うぇ~、これは見ない方が良かった。フェイト・テスタロッサにもこれは刺激が強すぎる……って、今は見えないか」
エリオの気遣いはありがたいが、私は髑髏事件の最中に人肉缶詰工場を見たことがある。だからある程度のグロ耐性はついちゃったけど、かといってリアルで何度も見たいと思わないかな……。
話を戻して、リトルクイーンがここを襲った目的はやはりフレスベルグを吸収することだったようだ。現に今、イモータル一体を取り込んだことで彼女の闇の力が爆発的に増幅したのが肌で感じられた。
「滾る……! 滾るよぉ! 熱い、全身が熱いのぉ……! もう疼いて疼いて収まらないよぉ!!」
「声だけ聞くとイヤらしい感じがするけど、実際はこんなのだからなぁ。やれやれだ」
なんて呆れていたエリオは次の瞬間、後方に振り返ると同時に槍でブロードソードを防いでいた。剣の持ち主は不意打ちが防がれたとわかるとすぐ後方にたたらを踏みつつも距離を取り、緊迫した面持ちで彼らを睨みつける。
「はぁ……はぁ……よくも教会に、こんな真似をしてくれたわね……」
「へぇ、カリム・グラシア……生きていたんだ」
どうやって難を逃れたのかはいざ知らず、現聖王教会最高権力者とも言える彼女が直接相対するということは、それだけ聖王教会の被害がとんでもないということだ。普段前線に出ないこともあり、彼女の実力は未知数ではあるが……既に息切れしてる以上、逃げ出すだけで体力を相当消耗したらしい。
「でも今更しゃしゃり出てきても無駄だよ。あなた達は他人の報復心の大きさを理解できなかった、その結果がこれだ。珍しいレアスキルを持っていても、あなたの感性はごく普通。奈落に堕ちた者のことはわからないのさ。ま、預言者の著書なんてものを受け継いでおいて、普通の人として成長できたのはむしろ幸せなんだろうけど」
「……どういう意味かしら?」
「あれ? 自分の力が何のためにあるのか知らないはずは……まさか、知らされてない? ……あ、そういうことか。順番に駒を用意されてただけか」
「何の話をしてるの?」
「せっかくだ、教えてあげる。あなたと同じレアスキルの保持者は古代ベルカの時代にもいたんだ。聖王家お抱えのとある貴族で、そのレアスキルを発現させた者が代々聖王家に仕えていたのさ」
「あら、なかなか興味深い知識を教えてくれるのね。私の力がかつて聖王様の役に立っていたなら、教会を預かる者としては光栄だもの」
「光栄ねぇ……身代わりとして子々孫々利用される運命が、本当に光栄?」
「身代わり……?」
「預言者の著書は普段、聖王国に降りかかる災い……自然災害、疫病に飢餓、反乱といった問題を先んじて察知するために使われていた。表向きはね。でも裏の姿は王の盾、聖王家専用の対刺客用ボディガードだ。元々預言の使い道は表の社会的立場を明確にするための口実……真相は敵の刺客を事前に察知して身代わりとなるべく傍に控えていたんだ。だって規模を縮小すればするほど預言の精度が上がるから、個人を対象にして一分か二分後を預言し続けていれば、刺客が現れるタイミングがハッキリわかる。でもその内容を聖王や他の誰かに伝えれば、預言の内容がズレて刺客が来るタイミングがわからなくなる。そもそもの話、誰かに伝える時間も対応する時間も無い。故に誰にも伝えられないまま、聖王に命を捧げて死ぬための存在……それが王の盾、預言者の著書の保持者だった」
「聖王の身代わりになるからこそ、お抱えとして優遇されていた家系……」
「彼らは歴代の聖王に必ず一人はいた。時には騎士、時には宰相、時には使用人として、家族以上に近くにいた。だけど……オリヴィエにはいなかった。いや、実際はいたけど当人に役目が与えられなかったのさ。だってオリヴィエは……」
「生ではなく死の方に価値を見出された……」
「うん、史実じゃオリヴィエは歴代の聖王と比べて明らかに冷遇された環境にいたけど、それは置いといて……身代わりにならずに済んだその預言者はどうなったと思う?」
「どうって……」
「ゆりかごが墜ちて戦乱期が終焉する頃、ギア・バーラー、レメゲトンの手によって、聖王家は滅びた。王の盾も一緒に殲滅されて、血筋も途絶えたはずだった。でも実は途絶えていなかった……一人生き延びた預言者が脈々と繋いでいたんだ。もうわかるよね、カリム・グラシア? あなたこそが最後の王の盾、預言者の血の後継者だ、預言者の著書を使えるのが何よりの証拠だよ」
「……」
「ま、聖王がいないんじゃ盾の意味も無いけどね。でも、それも時間の問題だろうなぁ」
「時間の問題ですって? はっ、まさか……!?」
困惑したカリムが何かに気づいた直後、唐突にカナンはフェイトを抱えたまま飛翔し、エリオも続いて飛行魔法を使って聖王教会の屋根から足を離した。
「な、逃げるつもり!? まだ話は終わってないわ!」
「あのねぇ、時間を稼がれてたってまだ気づかないの? 周りを見なよ、僕達より優先した方が良い相手がいるでしょ。すぐに呑気な事言ってる場合じゃなくなるよ?」
「どういう意味!? ……ッ!?」
カリムは目の前にエリオとカナン、フェイトの3人しかおらず、リトルクイーンの姿が無いことに気づいてハッとした。背筋に冷たい汗が流れるカリムは慌てて周囲を警戒するが、ゴーストのように透明となって姿を隠していた彼女にとっては何の脅威にもならなかった。
ドゴォッ!!
「う、そ……」
透明状態を解除したことで、実はすぐ眼前に迫っていたリトルクイーンが自分の腹部にクリティカルな一撃を入れたことに、カリムは時既に遅くも理解した。あばら骨にヒビが入る音が耳に入った彼女はこの一撃だけで意識が飛びかけるほどのダメージを負い、何が起きたのかわからないまま倒れた。
「シャドウシフト。フレスベルグを吸収したことで新しく覚えた、透明になる暗黒魔法だよ」
「ほら言わんこっちゃない。マジシャンが右手をあからさまに見せてきたら、左手で仕込みが進んでるってことに気づこうよ」
呆れるように見下ろすエリオ。一方で下手人のリトルクイーンは暗黒の腕で倒れたカリムの四肢を掴み、磔に近い姿勢にして彼女の眼前で持ち上げた。
「へぇ、顔はマキナ・ソレノイドによく似てるね。彼女は心臓を奪われても尚私を道連れにしたけど……あなたはどう楽しませてくれるかな? さて……おもちゃで遊ぶ前に体を検めさせてもらうよ」
狂犬のように頬を釣り上げたリトルクイーンは何を思ったか、カリムの服を力任せに引き裂いた。
「な……!?」
いきなり柔肌を露わにされたカリムは先のダメージで苦痛に歪みながらも顔に赤みが差すが、リトルクイーンは彼女の反応で更に気分を良くしたのか、露わになった部分をすりすりと触り出した。
「ふ~ん? 虫に体中を散々喰われたにも関わらず、綺麗な身体してるね。アウターヘブン社に優れた治療を施してもらったおかげで、まるで無垢な子供のような肌だ……。ふふふ、でもそれも今日までだよ……じゃ、始めるとしようか。ふんっ!」
ドゴォッ!!
「ぐふっ!?」
「いいねぇ……!」
ドゴォッ!!
「うぐっ!」
「いいねいいねいいねぇ……! その顔を……私の顕現を遮ったあの女の顔を、苦痛で捻じ曲げられるのが、たまらなく快感だよ……!」
「あ……いや……」
「え、もうギブアップ? まだまだ、お楽しみはこれから。真っ白なウェディングドレスに墨汁をぶちまけるように、あなたを闇に染め上げてあげる」
「ヒッ……!?」
流石のカリムと言えど、リトルクイーンの言葉には身の毛がよだつ恐怖を感じてしまった。それからリトルクイーンは右手の平に暗黒物質を集め、こぶし大のサイズに固めたそれをカリムの腹部に抉りこませていった。
「~~ッ!!? ~~~~ッ!!!!!!」
「さ~て、グールじゃ耐えきれない量の暗黒物質を一度に取り込んだ時、あなたはどうなるのかなぁ~? 月光仔の血を引いてないから、サバタさんみたく人の体を保つことは出来ないかもねぇ? クスクスクス……化け物グループへいらっしゃ~い」
一方、エリオとカナンはカリムへの暗黒物質注入が始まってすぐ、意識を失ったフェイトを連れて聖王教会から飛び去った。別に彼女に付き合う必要がなかったのもあるが、何より……、
「僕達は見てて楽しいものじゃないしね。サディストじゃないから、むしろ気分悪い」
「……(コクコク)」
「ま、それ以上に、この人には死んでもらっては困る。公爵の計画は関係ない、今更人類側に寝返るつもりもない。ただ決着をつける前に死なれるのは嫌なだけ。うん、嫌なだけ……」
「……」
エリオの中で何かが変わりかけている。エリオ本人は気付いていないが、傍で見ていたカナンの目には小さくて儚いが、暗闇の中でも確かな存在を醸し出す光が映っていた。
そんな時、カナンの視界に入ったのは青いピッチリスーツの女性達……クアットロとウェンディ、トーレが聖王教会の様子をうかがう姿だった。本来ならリトルクイーンに連絡するか、妨害のために立ち塞がるかだが……。
「どうしたんだ、カナン? ……ああ、彼女達はアウターヘブン社の協力者だっけか」
「……」
「確かにこの人はすぐに治療しないと出血多量で死ぬ。ギジタイに戻る猶予も無い以上、このままじゃ絶命するから僕達では公爵に頼んで彼女をヴァンパイア化させるしかない。けどそれは、僕が決着をつけたいと望んだ彼女のままなのか……」
「……」
「わかったよ。僕の望みのためには、この人を彼女達に託すべきだって。まあ……後で渡りをつける役に立ちそうだし、そうしようか」
後書き
ティーダ:ティアナ共々、管理局側の視点を伝える立場です。
ゼストの20年前の女:ゼストとレジアスとは旧知の間柄ですが、正義の違いで決別した元局員。
アルガス:古参の局員ですが、上司の無茶ぶりのあまり我慢の限界を超えた人。
フェイト:MGSのヴァンプのナノマシンさえ無ければ勝ってます。片腕での戦闘描写が非常に難しく、かといって簡単に倒されるのもおかしいので、このような展開となっています。にしてもゼノブレイドのダンバンさんが凄すぎます、片腕でアレって……。以後、ダンバンさんみたいなポジションにしようか現在思案中。
エンチャント・サンダーレイジ:フェイトの対イモータル戦用の必殺技。
暗黒の腕、ライフドレイン:ゾクタイ 黒きダーインの後半戦の技が元ネタ。
フレスベルグ:リトルクイーンに吸収されて退場。
カリム:暗黒物質を注入されて絶体絶命。なおこの後、ゼスト達地上部隊が来る模様。
マ「落ち込むこともあるけど、皆元気なマッキージムです!」
フ「無事にやっとります、弟子フーカじゃ」
マ「いや~ガッツリFF7Rやったけど……ルーファウス神羅、マジカッコイイ!」
フ「接近戦で迂闊に攻めたらカウンターされるだけという意味じゃ、シャロンさんやヴィヴィオさんを相手にする時にも当てはまるのう」
マ「ストーリークリアした人ならわかると思うけど、フィーラーの設定って今後の作品制作に大きな一石を投じてるよね。リメイクだけじゃなく二次創作も含めたあらゆる場所で、原作と違う展開に変えたい場合、ああいうのを出せばここから変わるぞってメッセージになる訳だし」
フ「新しいテンプレートを生み出したってことかの?」
マ「そういうこと。ま、FF7Rの感想はほどほどにして、今回の話で聞きたいことはある?」
フ「ゼストさんの盛られた過去も気になるが、それよりフェイトさんじゃ。ちゃんと生きとるか?」
マ「ご安心を、ちゃんと生きてるよ。ちなみにフェイトとリトルクイーンで同時斬撃モード勝負って展開も考えたけど、片腕じゃ無理ってことで断念してたりするんだよね」
フ「……ちなみにもし、その展開があったら?」
マ「助けが来る直前のガンダムエクシアリペア、と言えばわかる?」
フ「両腕ぇ!?」
マ「そこまでされちゃ復帰が厳しくなるから、スカリエッティがいない場所でそこまでの負傷はさせられないのさ」
フ「ん? ってことは、スカリエッティがいたらサイボーグ化……つまり戦闘機人化するって展開に……」
マ「そんじゃ今回はここまで!」
ページ上へ戻る