星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第二十三話 兆候
宇宙暦791年3月13日 ヴァンフリート星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター
ヴァンフリート星系か。確かここに同盟軍が補給基地を作るんだよな。いつくらいから作り始めるんだろう?そもそもこの星系の詳細な情報ってあるのか?どれどれ…惑星八個すべて環境劣悪。星系全域にわたって小惑星が入り乱れている…。なんじゃこりゃ。確かに大軍は行動しづらいでしょうね。じゃあパッとここに来て布陣しましょうか、とか中々出来ないという事か。ウチの艦隊くらいの規模なら、なんとかまとまっていけそうだな。確かに地の利を得る事は大事だ。こりゃ腰をすえて探索しないとダメだぞ。
「大佐。大佐はこの後の行動についてどうお考えですか?」
「この後?このヴァンフリート星系の哨戒と探索だろう?」
「それはまあそうですが」
「何か、あるのか?」
「上層部はここに補給基地を作ろう…なんて考えてるんじゃないかと思いましてね」
「ヴァンフリートに?あんな行動しづらい所にか?」
「行動しづらいという事は敵も同じですから、中々入って来ないと思うんですよ。バレなければずっと使えるし、バレたらバレたで、ここに帝国軍の目を惹き付ける事が出来ます」
「しかし、何の為に作るんだ?」
「イゼルローン要塞攻略の為にですよ」
「補給基地一つ作ったところで何も変わらんと思うがね」
「仰る通りです…」
「そんな話を誰かから聞いたのか?」
「いえ、ふと思いつきまして」
「そうか…でも、もしかしたらそういう事もあるかもしれんな。データにある調査記録はいつのものだ?」
「……判りました。五百二十三年。約二百七十年前のデータです」
「そんなに古いのか!?」
「多分アーレ・ハイネセンの『長征一万光年』の頃のデータじゃないですか?当時はまず居住可能な惑星のある恒星系を探してたでしょうから、初期調査でそうじゃないと判ってからは、本格的調査も後回しにされたのではないかと」
「後回しにも限度ってものがあるだろう?」
「こうもイゼルローン回廊に近いのでは、資源的に有望だったとしても危なっかしくて誘致しても民間企業は来ないでしょう、戦争中ですから。この星系での戦闘記録も大規模なものは皆無ですし、そもそもエル・ファシルよりこちら側は民間船も来ません。政府、軍としても当面は調査も必要ないと判断したのかも知れません」
「…調査が必要かな?まあ提督が仰った事だし、二百七十年前のデータでも何の問題もないのでは?…という訳にはいかないだろうが…」
「詳細な情報が判れば我が艦隊の作戦立案の糧になるのは間違いありません。大きな目で見れば統合作戦本部どころか国防委員会だけでなく、財政、天然資源、経済開発、地域社会開発の各委員会に恩を売れますよ」
「なるほど…そういう事なら軍の利益にもなるな。イエイツを呼んできてくれ。早速調査の計画立案にかかろう」
「了解しました」
くそっ、現金なもんだよ全く。恩を売れます、って言った途端目の色を変えやがって。
提督がヴァンフリートに向かうって言った時はシェルビー大佐も、スクリーンの向こうの分艦隊司令もあからさまに嫌がってたからな。
“フォロー頼むよ。ヴァンフリートに行こうって進言したの、俺なんだ”
オットー、お前の考えは正しいよ。俺達の艦隊は少数、地の利がないと戦えないんだ。動きづらいから中々入ってこない?当たり前だ!当たり前だから裏をかこうとするやつが出てくるんじゃないか。同盟軍がヴァンフリートに補給基地を作ろうとしたのなら、帝国だって似たような事を考えてもおかしくないって事だ。
「ウィンチェスター、入ります」
「どうした?」
「シェルビー大佐がお呼びです。ヴァンフリート星系の調査計画を作成すると」
「了解。五分後に行くよ、先に戻っててくれ」
「はっ」
イエイツ少佐は自室で執務している事が多い。艦隊の補給担当だからだ。
少佐が艦隊の各艦から上がってきた補給要望を取りまとめて書類にしてビュコック提督に提出する。提督はその書類にサインして経理部長に提出する。経理部長はその書類にサインして後方勤務本部に提出する。基本的に提督はサインするだけだから、イエイツ少佐の作った補給要望書がそのまま後方勤務本部に上がる事になる。この補給要望に齟齬やおかしな点があると、書類が突き返される上にビュコック提督が怒られるし、エル・ファシルに艦隊の補給物資が届くのが遅れる事になる事になるから、彼の仕事はかなり重要だ。といっても、集計作業の大半はコンピュータと司令部スタッフがやってくれるので、行動中はそこまで忙しい訳じゃないんだよな。
俺やシェルビー大佐も彼の部屋でコーヒーをいただく事がある。何しろ艦隊の補給の大元締だ、コーヒー豆もいいものが置いてある。羨ましい限りだ。
3月15日14:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
アレクサンドル・ビュコック
オットー・バルクマンにヤマト・ウィンチェスター…。確かに優秀じゃ。特にウィンチェスター、あの若者はらしくないところがあるの。階級はともかく、士官学校卒業したばかりの若者には見えん。目の前の任務だけを考えていない、儂と話す時も先を見て話しておる。そつがない、と言うのともまた違う、抜け目がない、という表現も少し違う。そう、全てを知っている様に話す。知っている事を少しずつ小出しにするような…。いつまで見ておれるか分からんが、どこまで行くか見てみたいもんじゃ…。お、バルクマンが血相を変えておる。若者はああでなくてはならん…ん?何かあったか?
「なんじゃと?ガイドビーコン?」
「はっ、どうも帝国製には間違いないとピアーズ分艦隊司令より報告が来ております」
「バルクマン、皆を集めよ」
「はっ。そう申されると思いましたので、司令部参謀の方々には既に中央艦橋に集まるように伝えてあります」
”提督、報告は既にお聞きおよびですか?“
「うむ。ピアーズ司令、帝国製のガイドビーコンというのはどういう事かね?」
“はい、我々は現在ヴァンフリートⅥの公転軌道付近にいます。以前の戦いか何かの時に帝国軍が設置した物ではないかと思ったのですが、回収後調べたところ、稼働中だったという事から最近設置したものであると思われます。無論、以前から設置されていて時間差をつけて稼働を始めたのではないか、という可能性も捨てきれませんが”
「最近はこの辺りでは大きな戦いは起きてない筈じゃが…」
“仰る通りです。両軍の兵力が千隻を越える大規模戦闘は、エル・ファシル再奪取時にエル・ファシルで、その後はイゼルローン前哨宙域で三回。昨年末から現在にかけては帝国軍と遭遇しておりません”
「そうじゃな。この艦隊が哨戒活動を始めた昨年の十一月以降は小規模な遭遇戦すら無い。エル・ファシル再奪取後は、この辺りの哨戒はどこが行っておったかの」
”再奪取後からの時系列ですと、第二艦隊、第一艦隊、第八艦隊、JSSF、第十一艦隊です。問い合わせますか?“
「それはこちらでやっておこう。貴隊はマクガードゥル分艦隊と連繋して調査を続行、そのままイゼルローン前哨宙域に向かえ」
“はっ!前哨宙域で会敵したならばどうしますか”
「会敵した場合はそれぞれティアマト、アルレスハイムに急速に転進せよ。それぞれがどちらに向かうかは貴官とマクガードゥル司令に任せる」
“急速に転進…なるほど、了解いたしました”
3月15日14:05 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター
なんだなんだ?ガイドビーコン?
「少佐、ガイドビーコンって文字通り誘導標識ですよね」
「ああ、後続の部隊に安全な進路を示したりする為に置くのさ。あれ、ウィンチェスター?知らなかったのか?」
「以前の艦隊勤務ではまだ砲術科下士官でしたから、恥ずかしながら…」
「…ああ、そういえばそうだったね。それに砲術科じゃ関係ないもんな。ガイドビーコンを使うのは主に帝国軍なんだ。奴等は同盟側のまともな航路図がないからね。この星系やダゴンだとよく使うだろうな」
「なるほど」
「放っておくと内蔵電源が切れるまで定期的に電波を発信し続けるから、見つけたら破壊か回収するんだ」
「電源はどれくらいの期間持つんです?」
「確か170時間…約一週間だね」
「…という事は一週間以内に設置したことになりますね」
「そうだな…近くに帝国軍がいる事になる」
シェルビー大佐の顔が青い。大佐、あなたの失敗ではないんですから、顔色変えなくても大丈夫ですよ。
「提督、念のため過去に哨戒行動を実施した艦隊に問い合わせておりますが、返信が揃うのは早くても一時間はかかるかと思われます」
「了解した。大佐、現在の情報で考えられる事は?」
「敵が侵入しているのは間違いないでしょう。こちらのセンサーにひっかかっていない事から、少数または単艦での星系調査か航路調査ではないでしょうか」
「そうだな。となると、侵入した敵がどこに居るかじゃが…」
ああ、やっと繋がった。こんな事、司令部スタッフにやらせればいいのに。
「あ」
”あ、じゃないだろう“
「…いえ、勤務中のお姿を拝見するのは久しぶりなもので。お元気ですか、ヤン中佐」
”わざわざ挨拶の為に私用で旗艦からFTLを使っている訳じゃないだろう?何か、あったのかい?“
「以前、第八艦隊もこちらの哨戒に出ていましたよね?その時、戦闘またはその兆候、特にヴァンフリート星系近辺で何かありましたか?」
”少し待ってくれ。検索は苦手でね“
「…知ってますよ。出来るだけ急いでください」
”知ってますよ、って…何があったんだ?“
「現在我々はヴァンフリート星系に居るのですが、帝国軍の稼働中のガイドビーコンが発見されたのです。ビーコンの稼働時間は短いですから、最近設置されたのか、それとも時間差をつけて動き出したのかを調べるために、過去に哨戒に当たった艦隊全てに照会している最中なんですよ」
”なるほどね。君も知っている通り私じゃ時間がかかるから、校長…じゃなかった、シトレ提督にワケを話して再度こちらから連絡するよ“
「了解しました。お願いいたします」
”頑張れよ。じゃまた後ほど“
3月15日14:25 バーラト星系、ハイネセン、統合作戦本部、宇宙艦隊司令部、第八艦隊地上作戦室
ヤン・ウェンリー
「知っています、は良かったな、ヤン中佐。それにしても君はまだ私の事を校長と呼ぶのかね?」
「はあ、中々昔のクセが抜けません。ところで提督、通信の内容はお分かりになられたと思うのですが」
「そうだな。司令部のスタッフに当たらせよう…あの大尉が例のウィンチェスター大尉か?」
「はい、私なんかよりよほど優秀です。エル・ファシル以来親しくさせてもらっています」
「多分、君とは優秀の向きが違うだけだろう。今度会わせてくれないか」
「はい。後でまた聞いてみます」
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