星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第二十一話 EFSF~エル・ファシル警備艦隊~
宇宙暦790年4月20日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、月軌道上、エル・ファシル警備艦隊
旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター
まさかの!
まさかの!!
ビュコック提督なのー!しかも旗艦はリオ・グランデ!いいね!
いやいやいや、エル・ファシルにとんぼ返りだから、また死亡フラグかと思ってたら…なんとまあ。
死亡フラグ消えたね…ん?消えたか?
「大尉、オットー・バルクマンです。よろしくお願いします」
「大尉、ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いします」
「二人ともよく来てくれた。ビュコックじゃ。しかしまあ…貴官らが噂の将官推薦者か。よろしく頼むよ」
「閣下、小官等の配置ですが…」
「予定通りじゃ。バルクマン大尉は儂の副官、貴官は艦隊司令部参謀となる」
「了解致しました」
「後の細かい事は首席参謀のシェルビー大佐に聞きたまえ。以上だ」
エル・ファシル警備艦隊。ワッペンも一新されてるな。自由惑星同盟軍エル・ファシル警備艦隊か…。
どれどれ…艦隊規模は四千隻。艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック少将。分艦隊司令官はアイザック・ピアーズ准将、ガイ・マクガードゥル准将。本隊が二千隻、ピアーズ准将とマクガードゥル准将がそれぞれ千隻ずつか。声優さんは誰になるんだろうか…。
艦隊司令部は…首席参謀タッド・シェルビー大佐、次席参謀ナイジェル・イエイツ少佐、そして俺か。
司令部内務長に…ああ、カヴァッリ大尉ね。司令部要員が十人、一度に覚えられないなこりゃ。で、オットーがビュコック提督の副官ね。…くそう、オットーの奴、オイシイ配置だな…。
分艦隊司令と参謀…まあビュコック提督が選んだんだろうから、参謀はともかく分艦隊司令はまともな人達なんだろう。問題はシェルビー大佐とイエイツ少佐だ。
“お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは“
キャゼルヌさんが言った通りなら、俺もオットーも針のムシロのど真ん中だ。どうか二人ともまともでいてくれますように…。
「副官かあ…やっていけるかなあ俺」
「大丈夫さ、ビュコック提督はいい人だ。下士官兵からの人望も厚いし、常識人だよ。多少皮肉がキツい所があると思うけど」
「知ってるのか?」
「キャゼルヌ中佐からそう聞いたんだ。…それにしてもどうしたんだ?最近おかしいぞ」
「…俺さ、何もしてないだろ?」
「は?」
「だからさ…ただ一緒にいるだけ、というか…まあ士官学校でも頑張ったよ?でもお前とマイク見てるとさ、なんかこう…」
「首席になっちゃった俺が言うのもなんだけどさ、お前の成績だって充分すごいんだぞ?…確かに一等兵曹から兵曹長、二年経っていきなり大尉だ。俺だって面喰らってるし、うまくやれるかどうか分からんよ。将官推薦は確かに重い、でもな、誰だって新米の時はある。それは新米兵曹だろうが、新米少尉だろうが変わらないと思うんだ。新米大尉だって同じだよ。大事なのは失敗しないとか旨くやることじゃない、確実にこなすことなんだ。お前は副官だ、ビュコック提督とマンツーマンの任務だ。スケジュールがどうこうじゃなくて、ビュコック提督の人為を理解する事が必要でもあり任務でもあるんだ。そこに徹すれば、階級は気にする事はないよ」
「…ヤマト、お前、達観してるなあ。本当に同い年って思えなくなってきたよ。ありがとう、気が楽になった。そうだよな、状況に入りきる事が大事だよな、よし」
オットーが自信を無くしていたのは前から気づいていたんだ。俺はある意味この世界の住人じゃないから、未だに登場人物を見てウキウキしたり、死亡フラグがぁー!とか言いながら、それを楽しみながら過ごしている。でも俺以外にとってはそうじゃないんだよなあ、当たり前だけど…。
790年10月15日 アルレスハイム星系外縁部(イゼルローン前哨宙域方向)、エル・ファシル警備艦隊、旗艦リオ・グランデ、艦隊司令部 ヤマト・ウィンチェスター
「どうかね、ウィンチェスター大尉、この艦隊は」
「どういう意味でしょうか、司令官閣下」
「どういう意味も何も、そのままの意味じゃよ」
着任して半年経った、思うところを述べてみよ、ってところかな? …そんな緊張した顔するなよオットー。変な事は言わないぞ?
「いい艦隊だと思います」
「…それだけかね?」
「率直に申し上げて宜しいのであれば…」
「ほう、何だね」
「ウチの艦隊の再編成が完了したのは一年前でした。エル・ファシル失陥後の急拵えの艦隊にしては悪くない、練度も高く、兵力も以前の倍です。星系警備の艦隊指揮に旗艦級戦艦を配備しているという事を見ても、国防委員会はいい仕事をしたと思います。自分達の事で恐縮ですが、我々将官推薦者を送り込んだという事をみても国防委員会の期待は大きいのかもしれません。いい艦隊だと思いますが…」
「ハハ…まだ何か含むところがあるようじゃな。儂から訊いたのじゃ、全部言ってしまいたまえ。シェルビー大佐もイエイツ少佐も居らん、気にせんでいい。儂にも遠慮は要らんぞ」
「は…御配慮有り難うございます。ウチの艦隊は兵力規模や人事面から見れば期待されているようにも見えます。ですが…恐れながら閣下はこれまでご自身の御意向に沿う待遇を受けて来られたでしょうか?」
「ふむ…不満に思う訳ではないが、そういう事は無かったの」
そうなのだ。ビュコック提督は名将と言っていい存在だ。優秀ではない人物が二等兵から少将まで来れる筈がないのだ。だから下士官兵達からの信望、評価は高い。しかし、士官学校を出ていないという事から、軍組織、国防委員会からの信望、信頼を得ているとは必ずしも言い難い。
「やはりそうですか」
「しかし大尉、儂の意向に沿わない人事や待遇があったからとて、それがこの艦隊に関わって来るとは思えんがの。第一、本人の希望が全て通る組織なぞありはしない。特に軍はそうじゃ。むしろ現在の分相応な地位に就けてくれた事を、軍には感謝しておる」
「はい。それは司令官閣下の仰る通りですし、閣下のお気持ちも分かります。ですがこの場合、この事が、我が艦隊に関わって来ると思うのです」
「ほほう、流石は将官推薦じゃ、視点が違うの」
「いえ、我々も閣下と同じ…いえ、似た立場ですので」
分かりやすくアッと言う顔をするなよオットー。俺の言いたい事が分かってくれたか?
「どういう事かね?」
「軍組織において主流ではない、という事です。失礼を承知で申し上げます、閣下は士官学校を出ておられません。という事はやはり軍主流足り得ません。そして我々は将官推薦こそされましたが、現在の同盟軍の上層部に将官推薦を受けた者は一人として居りません。という事は我々は組織の中で異分子です、やはり、主流足り得ません」
「確かに貴官等は異分子かもしれん、が士官学校を出ておる、それで主流ではないという事にはならんじゃろう?」
「では、閣下が軍に入られた頃の事を思い出して下さい。将官推薦者は居たでしょうか?」
「居ったよ。知っておる人達は皆優秀じゃった。じゃが大半は軍を去ったな」
「その人々は小官のように下士官兵からの、所謂叩き上げでしたか?」
「…いや、軍に関係のある企業や、国防委員会からの紹介で将官推薦を受けて入隊した者が多かったな」
「知人に聞きました。将官推薦制度はコネ作りに利用される事が多くなって、利益より弊害が多くなって使用されなくなったと。それはそうです、箔付けや天下りのコネ作りに利用されていたのですから。しかも推薦を受けた者が中途で軍を去るとなれば、たとえ軍に残る者がいたとしても、組織の中核にはなれません。それに五十年前といえば、所謂『七百三十年マフィア』が台頭を始めた頃です。軍の組織も安定し、将官推薦制度のようなものに頼らなくてもよくなっていたのですよ。制度としては死んだのです。だが小官等が五十年ぶりに推薦された。小官等の来歴や考課表は国防委員長まで報告が行きます。小官等の上司になる方々はそこを考慮して我々を任務につけるでしょう。自分がつけた考課表が直接国防委員長の目に触れるとなれば、下手な事は書けません。言ってしまえば、多くの人々が我々の為に迷惑を被るのです。推薦者が多かった時代ならば…」
「よく分かった大尉。貴官等の推薦が理念通りの物だったとしても、今の同盟軍では傍迷惑、という事じゃな」
「はい。小官の推測に間違いがなければ、ですが」
「言われてみればその通りじゃ。士官学校も出とらんのに少将の地位にいるのは儂だけじゃし、貴官や儂の副官のバルクマン大尉も、中央にしてみれば使いにくかろう。考課表を国防委員長に直接みられるのではな。推薦制度自体は残っておるのだから、下手な評価をすればどこに飛び火するか分からんからな。まあ飛び火して喜ぶ輩もおるじゃろうがの、ハハ」
ビュコック提督は俺の話を聞いても嫌な顔一つしない。むしろ感心感心、といった表情で
髭を撫でながら俺の顔を見ている。
「貴官等が儂の所に来たのもそういう理由が有ったんじゃな。パッと見れば、将官推薦者という優秀な補佐役を付けて人事面でも戦力増強しています、という風に見えるからの。儂も含めて使いにくい者は辺境へ、という訳か。いやはや何と言うか」
「良い面もあります。実際に今の兵力は以前の倍です。しかも一昨年にヤン少佐が成し遂げた撤退作戦のお陰でエル・ファシルという名は全同盟市民の視線が注がれます。という事は国防委員会、同盟軍上層部は我等を無下に見捨てる事は出来ない、という事です。まあ、逆に言えば、我々も下手に失敗出来ないという側面はありますが…」
「それが一番厄介じゃのう」
「全力で閣下をお支えします。失礼な物言いになりますが、小官は閣下の能力に一抹の不安も抱いてはおりません。その閣下の下で働ける事を光栄に思っております。もちろん、一個人としても閣下を尊敬しております」
「面と向かって誉められるとこそばゆいの。ありがとう。では改めて聞こうか。当面、我が艦隊に必要な物は何かね?」
「実戦です。我が艦隊は幸か不幸かまだ実戦を経験しておりません。前哨宙域の哨戒活動も我が艦隊が再編途中だった事もあって、現在も正規艦隊が行っております。小官の着任前及び着任後を見ても、士気、練度には問題は無いと思われます。しかしこれまでの訓練内容は主に我等参謀が中心となって行って来ました。訓練での勇士が実戦では弱兵、ということも充分に考えられますので、まずはひと合戦かと思われます」
「ふむ。訓練での勇士が実戦では弱兵という事もある、か。貴官、もう十年も参謀職に就いているように見えるの。貴官等を推薦したのは誰じゃったかな」
「ドッジ准将閣下です、死後特進されまして中将です」
「ドッジ…ドッジ…おお、セバスチャン・ドッジ中将か?」
「ご存知なのですか?」
「知っておるよ。優秀な方じゃった。当時儂はある艦で砲術長をやっておったが、その時の副長じゃった。故人の悪口は言いたくないが、よくもまあ彼が貴官等を推薦したもんじゃ。当時のドッジ副長が下士官兵と話しておる所を見た事ある者など居らんかったからな。近くに居た儂でさえ見ておらんからの」
「そうなのですか?」
「下士官兵を毛嫌いしていた訳では無かったが、直接交流を持とうとはしておらんかったな。いやはや懐かしい名前を聞いたもんじゃて。…済まん済まん、実戦という事じゃったな」
そういえば、半年経った今まで、提督とこんなに話す事なんてなかったな。思い出してみれば、”貴官等の宜しいように“、ばかりだった気がする。ビュコック提督流の人物観察法なんだろうか?あとでオットーに聞いてみよう。
「はい。まあ、こればかりは宇宙艦隊司令部より帝国に聞いてみないと判りませんが」
「それもそうじゃな。宜しい、宇宙艦隊司令部には意見具申をしておく。が実戦が必要だからといって不必要な犠牲、損害は避けねばなるまい。その辺の所はどう考えておるかじゃが…」
「はっ。勝てる敵とだけ戦います」
「はっはっは。それはいい。戦度胸をつけるという訳か」
「はい。戦闘経験のない新兵も多くおりますので、古参やベテランと噛み合わせるのに丁度いいかと」
「よし、首席参謀と次席参謀を呼んできてくれんか、ウィンチェスター大尉」
「かしこまりました」
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