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NARUTO 桃風伝小話集

作者:人魚
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その41

 
前書き
大蛇丸の襲撃だってばよ~第三試験開始だってばよ直前の、サクラ視点。 

 
大蛇丸の襲撃というかなりのアクシデントはあったものの、第二試験終了時間一日前というまずまずの結果で、サクラ達カカシ班は、中忍試験第二の試験を突破した。
これから明日の試験終了時間まで、サクラ達合格者は、この塔の中で過ごす事になるらしい。
何処から情報を得て来たのかは分からないが、ナルトが読んでいた通り、大蛇丸は確かにサスケを狙って襲撃して来た。
そして、その大蛇丸によって生死の境を彷徨わされていたナルトは知らないが、ナルトが懸念していた音の忍とやらも襲撃して来ていた。
どんな理由でか、確かに大蛇丸の腕で腹を貫かれたナルトの大怪我は、今はもう跡形も無く癒えている。
碌に医療知識の無いサクラの目にも、あれは致命傷であるように見えた。
なのに。
ナルト自身のあの得体の知れない謎のチャクラが原因か。
それとも、あれが、ナルトが里での保護を主張した、ナルトと同じうずまき一族の子の能力なのか。
それともその相乗効果だったのか。
サクラにも理由はよく解らないが、とにかくナルトは一命を取り留めた。
傷跡も、もう、薄っすらとしか、分からない。
そうして、サクラは少し、ナルトと自分の違いの根源にあるものの理由の一端を悟った。
ナルトとサクラの違いは、木の葉の里の一般家庭出身のサクラと、代々、秘伝忍術を伝える、木の葉の里の忍の名家出身のイノとの違いと、同じ類のものだ。
ナルトには両親もなく、孤児だったから今まで考えて見たこともなかったが、ナルトは『うずまき』なのだ。
優れた忍を輩出する一族として、忍術アカデミーの授業でも名を挙げられる、『うずまき一族』の血を引いているのだ。
もう、滅びた一族とも教わっているけれど。
今も末裔が各地に分散しているとも聞いた。
そしてそれだけでなく、『うずまき一族』も、古い歴史のある忍の一族だ。
サスケと同じ、『うちは一族』に劣らないくらいの。
何故なら、木の葉の里を『うちは一族』のうちはマダラと共に興した、『千手一族』の初代火影の千手柱間の妻は、ナルトと同じ『うずまき一族』のうずまきミトだったからだ。
それくらい、凄い忍の一族だったのだ。
『うずまき一族』は。
そんな事を、孤児で、里の人間に嫌われているからと、ただそれだけの事で碌に考えもせず、馬鹿にして、本当に長い間、ナルトを自分の下に見ていた自分の思い上がりが、サクラには、少しどころか非常に痛い。
幾つもの内蔵にも及んだ筈の大怪我の影響で熱を出したナルトの解熱剤を作る為に、サスケ、シカマル、チョウジの三人が、即席のスリーマンセルを組み、死の森内に生息しているかもしれない薬草調達に向かい、イノと二人、意識を無くして動けないナルトの護衛を任され、看病しながら留守番をしていた時だった。
意識の無いナルトをサスケに対する人質にせんと、ナルトが事前に予期して、襲撃の可能性をサクラとサスケに匂わせていた音の中忍試験参加者達が襲ってきたのは。
サスケが事前にナルトの荷物の中から、ナルトが用意していた連絡用のトラップを仕掛けていって、それによって襲撃に気付いて戻って来てくれたからこそ、サクラとイノは髪の毛や打撲、掠り傷等の軽傷で済んだが、そうでなければサクラとイノはナルトを守り切れず、嬲り殺しにされていた。
そして、その時、イノには負けないと、イノになら勝てるとサクラが思った理由に気付いてしまった。
イノの『山中一族』は、代々続く忍の名家とは言え、圧倒的な攻撃力を誇る一族ではない。
精神感応や幻術を得意としていて、主に後方支援を代々担っている一族だったからだ。
もしも、ナルトのあの圧倒的な回復力とチャクラの力が『うずまき一族』の力なら。
サクラは、忍として絶対にナルトには追いつけない。
そう実感した。
そして、写輪眼を顕現させて、圧倒的な身の熟しと容赦のない攻撃方法で、あっと言う間に敵を排除したサスケの鬼気迫る姿に、サクラは敗北感に打ちのめされた。
サスケに勝てないと悟った音の忍達は、自分達の巻き物を餌に即座に逃げを打った。
それもまた、ナルトの読み通りだ。
それにもサクラには悔しい思いを抱かされる。
孤児だからと馬鹿にして碌に気にした事も無かったが、思い返せばアカデミー時代、ナルトの座学の成績は、サクラと同等、あるいは時に勝っていた時もあったように思う。
もちろん、その逆もあり、だからこそサクラはスリーマンセルを組むまで、忍としてのナルトの資質を意識した事は無かった。
けれどナルトは、体術や手裏剣術でもサスケには劣るものの、男子の中でも抜きん出ていて、常にトップクラスに収まっていたし、奮っていなかったのは忍術や幻術くらいの物だった。
もしかしたら、それが『うずまき一族』の特徴だったのかもしれない。
それか、氷遁を発動してしまえるナルト自身の希少なチャクラ質の影響だろうか。
けれど、それもナルトはこの短期間で克服し、着々と忍術を身に着け始めている。
今のところ、サクラがナルトに勝てると自負するのは、アカデミー時代、ナルトが受けていなかったくノ一としての授業で教わった事だが、くノ一としても女としても、サクラのそういう部分をサスケは評価してくれず、サクラの事を見てはくれない。
それに、くノ一としての授業を受けていなくても、ナルトは十分家庭的で女らしい。
料理上手で機転も利いて、気も良く付き、細やかな気遣いを見せてもくれる。
三代目に扱かれていた期間中、こまめに簡単な傷薬を調合して、そういうものを何も用意せず、用意出来ないサクラに分けてくれていた。
自分で使っている所を見かけた事が無かったから、あれはわざわざサクラの為に調合してくれていたに違いない。
だって、渡された薬がなくなる頃に、何度も差し出されていたから。
それはサスケにも同様に。
毒舌家で喧嘩っ早い所が玉に瑕だが、あれは、誰も守ってくれる者の居ないナルトが、一人きりで自分を守るための虚勢だったのだろうと、ナルトと仲良くなりつつある今は思える。
サスケの言う通り、訳の分からない火影命令で、ナルトは無理矢理男として生活していたけれど、それでも隠し通せないくらいナルトの嗜好は全て女らしい。
料理好きな所も、花が好きな所も、動物が好きな所も、必死になってナルトが隠している虫がダメな所も、全部全部ナルトの女の子らしさの証拠だった。
ナルト自身は必死に忍になろうとしているけれど、ナルトは普通の女の子として育っていれば、きっとヒナタと同じように穏やかでお淑やかな女の子らしい子だったに違いない。
そんなナルトの事を、誰よりも身近で見ていたサスケが、ナルトに惹かれない訳が無かったのだ。
怪我の影響で丸一日寝込んで、それでも十分驚異的な回復力を見せて目覚めたナルトに向かって、サクラやイノ達アスマ班の面々の前で言い放たれた、サスケのナルトへのプロポーズを思い出し、サクラは内心溜息を吐く。
きょとんとした表情で、頓珍漢な事をナルトはサスケに諭していたが、あれはサスケからのナルトへのプロポーズに他ならない。
つまり、サスケはもう、ナルトに心を決めてしまっているのだ。
波の国以降のサスケの姿や、今回の意識を失ったナルトを大切そうに抱き締め、額に口付けるサスケの姿、敵を撃退した後のナルトの様子を心配そうに伺う姿等々に、薄々イノ共々察してはいたが。
失恋決定、だ。
但し、ナルトの気持ち自体はまだそういう意味ではサスケに向いていない。
だからこそ、そこに付け入る隙が無い訳では、まだない。
大分、可能性も確立も低い、負け戦になる事請け合いの予感がヒシヒシとする隙だけれど。
だから、勝敗はまだ完全にはついていない。
それでも、失恋は失恋だ。
サスケの気持ちが決定的にナルトにあるとハッキリしてしまったのだから。
だから、ナルトとサスケと過ごす事に気まずさを覚え、サクラ達カカシ班の待機場所として振り当てられた部屋内で、疲れを理由に早々に休ませて貰っていたサクラだったのだが。
「サスケ、起きてる?」
そっと声を潜めた、初めて聞くようなナルトの心細さを滲ませた頼りない囁き声が、夢現のサクラの耳に届いた。
「ああ」
そんなナルトの声に応える、聞いた事もないくらい、穏やかで優しさを滲ませたサスケの声も。
「寝付けないのか?」
「…うん」
甘い声でナルトに尋ねるサスケに答えるナルトの声も、聞いたことがないくらい幼さを滲ませていて、サスケに甘えているのが分かる声音だった。
「仕方ねえな。こっちに来い。今だけ特別に甘やかしてやる。少しだけだぞ」
「うん!ありがとう!」
そんなナルトをあっさりと受け入れるサスケと、素直に喜ぶナルトのやり取りが、失恋を自覚したばかりのサクラの胸には、結構、痛い。
「えへへ。サスケ温かい」
嬉しそうなナルトの言動に滲む幼さと、そこに垣間見えるサスケへの全幅の信頼に、サスケをきょうだいのように思っていると、はっきりとサクラに告げたナルトの気持ちが透かし見えていたとしてもだ。
何をしているのかは分からないけれど、サスケの体温を感じるくらい、そうやってナルトが無防備に懐いているサスケは、ナルトに求婚した男だというのに。
そういえば、中忍試験開始前に、火影邸でお世話になっていた時、一度だけナルトがサスケの休んでいる部屋に入り込み、寝入ってしまった事があった。
朝、目が覚めて、ナルトの布団が空であるのに気付いて、ナルトの所在を三代目に尋ねた時、頭が痛そうに溜息を吐いた三代目が真っ直ぐにサスケの部屋へと直行した。
その時に目撃した光景と呆れたような三代目の呟きからすれば、多分、ナルトはサスケの腕の中に居る。
それが、もしも二人の常態であるというのなら!
ぞわり、と。
本能的な危機感がサクラの胸に湧いた。
どっちにどんな感じに何を思ったのかは自分でも良く分からないけれど、この状態はかなり不味い。
だって、ナルトは本気でサスケに気を許している。
サスケからのプロポーズでさえ、自分への気遣いの言葉として捉えてしまっているくらいに!
けれど、サスケの本心は、そんな優しさばかりがナルトに向けられている訳では決して無い筈なのだ。
でなければ、サスケの口からナルトに対する求婚の言葉が出てくる訳がない。
ナルトが理解せずにスルーしたサスケの言葉の真意は、忍を辞めて、サスケの妻になって、女として里で暮らせと言う事だ。
うちは一族の復興をも志すサスケの。
つまり、サスケはナルトに自分の子供を産ませようとしている訳で。
思い当たってしまった懸念にサクラが内心冷や汗を掻いていた時だった。
かなり渋い声音のサスケの窘めの声が耳に届いてきた。
「いつも言っているが、オレは男だぞ。そしてお前は女なんだ。もっと良くそのことを考えてお前は行動しろ。オレが呼んだからと言って、素直にオレの所に来るんじゃない。それと、他の男には間違ってもこんな事はするなよ」
自分からナルトを呼んでおいて、その言い草はどうなのかと思わないでもないが、それでも、事態を良く分かっていなさそうなナルトへの、とても全うで健全なサスケの忠告に、サクラは思わず感心した。
ナルトの幼さと、それ故の女としての無防備さにしっかりと釘を差している。
流石サスケ。
サクラが惚れた男だ。
自分の気持ちをそのまま通してしまう事も可能なはずなのに、きちんとナルトに必要な事をしてやっているらしい。
まあ、そこに、サスケのナルトに対する独占欲が滲むのはご愛嬌。
それくらいは当然のことだろう。
十分許容範囲内だと判断できる。
これは確かに、家族の居ない孤独なナルトが、サスケをきょうだいと感じるくらいサスケに全力で懐く筈だと実感していたその時だった。
心底不思議そうなナルトの疑問の声が聞こえてきた。
「僕、サスケにしかこういう事はされたくないよ?何で他の人にしてもらわなきゃならないの?」
サスケが絶句するのと同時に、サクラの息も止まった。
それは、ナルトに告白するどころか、それを飛ばして求婚していたサスケにとっては、かなり致命的な殺し文句だ。
だというのにだ!
「ヒナタにはしてもらいたいし、サスケとヒナタには僕もしてあげたいけど」
ぽやぽやとした平和な声で、ナルトがすんなりとそんな事をサスケに続けていた。
深い深い溜息がサスケの口から漏れる。
失恋したばかりではあるけれど、サクラの胸にはサスケに対する同情が湧いてきてしまっていた。
どうにもこうにも、サスケが置かれて強いられている境遇は、不憫の一言に尽きる。
はっきり言って、可哀想だ。
「今はそれでも良い。とにかく、他の男には絶対にするな!いいな?」
「うん。分かった!サスケにはしてもいいってことだね?えへへ、サスケ大好き!」
「そうじゃなくて!ああ、もう、好きにしろ。ったく。はあ…」
一生懸命、無邪気なナルトに女としての自覚を持たせようと苦闘し、明後日の方向に解釈して更にサスケに懐くナルトとの攻防を知ってしまったサクラの胸に、謎の使命感が湧いていく。
これは、サスケ一人でどうこうさせていて良いものではない筈だ。
イノにも協力させて、早急にナルトを教育しようと決意する。
そうでなくては、サスケの恋心が哀れ過ぎる。
サクラが失恋する価値すら消し飛んでしまうくらいに。
夢現にそう思ったその時だった。
「ナルト」
とても真剣なサスケの声がナルトを呼んだ。
「お前、自分は死んでも構わないと少しも考えなかったとオレに誓えるか?そしてこれからも考えないと誓えるな?」
妙に重い物を感じさせるサスケの詰問に、サクラの意識が再び浮上する。
そして、即座に即答して肯定すべき類のサスケの問い掛けに、何故かナルトは沈黙している。
その事が、サクラを何故か不安にさせて、意識を更に覚醒させていく。
「……当たり前だよ。僕、まだ、死にたくないもん」
漸く出て来たナルトの声は、絞り出すように揺れていた。
遣り切れなさそうな苦さを含んだサスケの溜息が漏れ、得心したような声が漏れた。
「通りでお前らしくもない冷静さを欠いた判断が続くと思った。お前、ずっと動揺してやがったな?」
呆れたようなサスケの言葉の意味が、サクラには掴めない。
だが、ナルトとサスケの間では通じているらしい。
ナルトはサスケの言葉に沈黙を返したまま、否定の言葉を返さない。
ナルトが動揺していた?
一体、何に。
サクラが疑問に思ったその時だった。
溜息と共に、サスケが再び発言した。
「だから言ったんだ。良いか、ナルト。その程度の事で平常心を保てず、動揺して冷静ではいられなくなるお前には、忍として生きていく事は無理だ。オレの言葉通り、落ち着いたら忍を辞めろ。さもなくば、割り切れ」
厳しい調子で繰り返された、イノもサクラもナルトへのサスケの求婚の言葉と思った言葉の放つ、あの時には気付けなかった重みに気付き、そして、サクラもサスケが何の事を言っているのかを悟る。
そうして、サクラも気付いた。
大量の血の臭いと獣達の死骸に紛れて、忍のものだろう死体の痕跡も、あの場所には確かにサクラも感じていたのだから。
けれど、ナルトが手の込んだ朝食まで用意して、いつも通りに穏やかに笑って平然としていたから、気付かなかった。
流石ナルト、と、感心すら、した。
「目を覚まして監視迎撃用の分身の記憶を引き継いでから、ずっとそれに動揺していたんだろう。いや、違うな。分身の方も動揺していたな?だからあんなに手の込んだ朝飯を用意していたんだ。平常心を保とうとして」
そんなサクラの見る目の無さを、サスケのナルトへの叱責の声が暴いていく。
「このウスラトンカチが!忍として一人で処理しようとしたその気概と判断は褒めてやる。お前のその判断と行動は正しい。だが、自己把握の判断は正確にしろ!決して身の丈に合わない判断をして、無理してんじゃねえ!」
「っ、でもっ!だって!」
サスケの叱責に堪えきれなくなったらしいナルトが、とうとう涙声で根を上げた。
「だって僕、忍だしっ!」
「一々傷付いた動物や植物を見つける度に、オレを呼んでまでそいつらの手当てをしようとするお前が、いきなり一人で抱えて耐えきれるタマか!そういう時こそオレを頼れ!何のためのスリーマンセルだ!」
「でも!」
「そうやって、お前が強がって無理をした結果が、大蛇丸に自分の腹をぶち抜かれる結果に繋がっているんだろうが!もう一度言うぞ。ナルト。一人で無理をするな。耐えられないと少しでも思うならオレを頼れ!お前が忍として生きていく道しかないのは、オレも承知している!だから、話ぐらいは聞いてやるし、助言するくらいならしてやる。繰り返すが、その為のスリーマンセルだ!お前は忍になりたての未熟な下忍なんだ!最初から全てを自分一人で上手くやろうとするな、このドベ!イルカも言っていただろう!少しずつでいい。それはお前も理解しているだろう」
「…うん」
「なら、次は無理するなよ。己を見誤って二度とこんなへまをするな。いいな?」
「……うん。ごめんね、サスケ」
サスケの叱責に、ナルトがしょんぼりと気落ちしたのが分かった。
ナルトとサスケのやり取りに、全身に冷水を浴びせられたような心地で、サクラは完全に目を覚まして硬直する。
バクバクと、心臓が痛い程激しく鼓動していた。
聞いてはいけない事を聞いてしまった後ろめたさと、考えてみたこともないナルトの弱さに、上手く頭が働かなかった。
そんなサクラをよそに、ナルトの反省が籠る謝罪に、サスケの何かが詰まった深い溜め息が漏れた。
「別に謝る必要はねえ。忍としては正しい判断だ。お前は悪くない。だが、今のお前が一人で抱え込むにはまだ早い。そうやって動揺して怪我までして、死にかけもしたからな。だから今回はとっとと吐いとけ。聞いておいてやる。ただし、今だけだからな。お前が自覚している通り、オレ達は忍びだ。だから今だけだ。それは分かっているな?」
「うん」
「なら、吐け」
そうして、サスケに促され、すっかり涙声になってしまったナルトが、消えてしまいそうなか細いくぐもった声音で、もう一度サスケを呼んだ。
「ねえ、サスケ」
「何だ」
対するサスケの声は、とても静かだった。
そして吐き出されたナルトの苦悩は、サクラが、想像してみたことすらないくらい苦痛に満ちていた。
「やっぱり、僕の、せいなのかなあ?僕が、殺しちゃったのかな。あんなに、いっぱい、動物さん達もっ!」
ボロボロと、ナルトが涙を流して泣いているのがサクラにも分かる悲痛な声だった。
サクラの胸が痛くなる。
そして、ああ、と納得した。
「っ僕、誰も殺したくなんかなかったのに!だから、一目で危険な事が分かるように、殺傷能力高いって分かる細工もちゃんとしといたのにっ!ちゃんと、触れたらどうなるかって教えてあげて、警告もしてあげたのにっ!あの人、面白半分で突っ込んで来て、僕の事笑いながらバラバラになって死んじゃってっ!!あんな結界、張った僕が、やっぱり、悪かったのかなあ…?」
ナルトが涙声で漏らしている戸惑いと葛藤は、サクラと何も変わらない同じ年の普通の女の子が、持っていて当たり前のものだった。
そんな物を、たった一人で目撃してしまったナルトの衝撃はどれほどの物だったのだろう。
そして、スリーマンセル結成直後の、ナルトのサクラへの反発の理由が、痛い程よく分かった。
サスケがナルトを相手にして、サクラ達を相手にしようとしてくれない理由も。
ナルトもサスケも必死なのだ。
死に物狂いで忍になろうとしている。
そんな二人の目に、浮ついた気持ちでサスケと同じ班になれた事に浮かれ切っていたサクラは、一体、どう写っていたのだろうか。
それは、ナルトから与えられた辛辣な言葉の数々と、サスケからの無視という形でこれ以上なく表わされている。
しかも、サクラに与えられたナルトからの忠告は、耳に痛いくらいの正論で、きちんと受け取めてしまえば、サクラへの気遣いに満ちたものばかりだった。
きっと、本質的に、ナルトこそが忍に向いていないくらい、優しい子なのだろう。
売り言葉に買い言葉でぶつけ返してやっただけだけれど、ナルトが目覚めた直後に、サスケの言葉の尻馬に乗って言い返してやったサクラのあの時の言葉は、ナルトの真を突いていたのか。
だからナルトはあの時、表情を強張らせて青ざめて硬直していたのか。
と言う事は、ナルトも自分で自覚しているのか。
そして、何故か里の大人たちに爪弾きにされている両親の居ないナルトは、ナルトがサスケに言った通り、忍になる以外、安定した職がないのも、サクラは理解してしまった。
ナルトは、自称して、今サスケが肯定した通り、本当に、忍になるしか、生きてはいけない。
それ以外の道はない。
それ以外の道は、忍以上に後ろ暗い職ぐらいしかないはずだから。
嫌と言うほどその事実を痛感したサクラの胸に、暗澹とした重い気持ちが込み上げて来た。
今まで、感じたこともなかったほどの。
きっと、サクラがナルトから与えられた忠告の数々は、ナルトこそが自分に言い聞かせて来た事だったのだろう。
サクラが気付く、ずっとずっと前から。
きっと、忍術アカデミーに通っていた頃から。
もしかしたらその前からだったのかもしれない。
物心つく前の赤ん坊の頃から、ナルトは火影に保護されていたと聞く。
両親がいないから。
それがどういう事なのか、改めて、はっきりと理解したような気がサクラはした。
そしてそれは、この里で一人きりの『うちは一族』であるサスケもだったのだろう。
だからこそ、こうしてサスケは、ナルトを気遣い、心を砕く。
ナルトが本当は、心優しいただの女の子でしかない事を、サスケは知っていたから。
なのに、ナルトは、必死になって忍になろうと、こうして一人で歯を食いしばっているから。
敵わないな、と、素直にサクラの胸にナルトに降参する気持ちが浮かんだ。
同時に、ナルトの忠告を聞かずに勝手に死んで、ナルトの傷になったどこかの忍びに対しての怒りを覚えた。
「……そんな馬鹿の命を、お前が背負って気にする必要は全くない!」
ナルトの話を聞き終えたサスケの声には、サクラの感じたものと同種の怒りが籠っていた。
サクラとて、そう思う。
けれど、それでナルトは納得できないようだった。
「っでも!僕があんな結界張ってなかったら、そしたらあの人はあんな風に死ななかったしっ!」
「お前にあれをやらせたのは突き詰めればオレだ。今のお前に出来る事を見せてみろと、第二試験開始前にお前に言ったのはオレだからな。お前はオレのその言葉に乗っ取って、オレ達の睡眠中の確実な安全を確保しようと、今の自分にできる事を精一杯努力しただけだ!だからお前のせいじゃない!」
くぐもった声で声を荒げたナルトを宥め、サクラには窺い知れない事情を滲ませてナルトを納得させて諭そうとしているサスケに、サクラはほろ苦い気持ちを抱いた。
忍として対等に、サスケと意見を交わしたことなど、サクラにはない。
ましてや、スキルを確認し合うような事もだ。
任務上、何度か意見を交えた事もあるけれど、ここまで深く忍として関りを持ててはいない。
なのに、ナルトはそういう立場を得ているのか。
こんなに、何にもサクラと変わりのない女の子だったのに。
ナルトはまだ、人を死なせてしまったことに動揺して、取り乱している。
「でも!あの人、死んじゃって…」
「だからっ!そいつが死んだのは、そいつ自身が迂闊過ぎたせいだ!オレ達は忍だ!最悪の結末を避ける為にお前は十分以上に努力した!少し親切が過ぎるくらいだ!それに、お前の事だ。どうせ脅しがてら、何か適当な物でそいつに切れ味を実演して見せたんじゃないのか?」
「……サスケ。なんで、分かるの?」
必死にナルトを慰めようと尽力しているサスケの苛立ち交じりの言葉に、泣き声が混じっていても、いつも通りのきょとんとした声で訊ねたナルトに、サスケが笑って、目を細めたのがサクラにも分かった。
そして続いたサスケの声には、隠しきれないくらいにはっきりと、サスケの安堵と優しさが滲んでいた。
「このウスラトンカチ。何年お前と連んでると思ってる。お前のやりそうな事の見当なんか、すぐにつくのに決まってんだろう」
「…えへへ。そっか。サスケは、分かってくれるんだ」
嬉しそうに笑うナルトの声に、自分への失望と落胆を感じながら、悔しさに唇を噛み締める。
サスケに気遣って貰えるナルトが羨ましかった。
そうして、それが何故なのかと言う事を、痛い程理解してしまった。
だからこそ、ナルトを慰める為のサスケの言葉に、納得しか浮かばなかった。
「ああ。だから、そいつの事は今すぐ忘れろ。お前が記憶する価値もなければ気にする必要も全くない。馬鹿な自殺志願者に絡まれたお前にとっては災難だっただろうが、どっちにしろお前に非があるとすれば、お前の張った結界の効果を、親切に知らせてやったことだ。オレ達は殺し合いと騙し合いを常道としている忍なんだ。誰が敵の言う事をまともに受け取る。懇切丁寧に効果を説明やっても、かえって罠だと警戒させるのが落ちだ。だからそういう時は、いつもお前がしているように、敵が自主的に察するように上手く誘導しろ」
そうだ。
サクラ達が目指す忍というものは、そういう存在だ。
親切が、仇になる事もあるのだ。
優しい人ほど、忍である事に神経を擦り減らし、摩滅して、自滅していく。
アカデミーでも、そう教わってきた。
知識としては、理解していたのに。
こんな形で実感し、サクラは少し疑問に思った。
忍とは何だろう、と。
今まで、そんな疑問を感じたこともなかったけれど。
サスケの助言に、普段通りの調子を取り戻しつつあるナルトが、少し不満そうに述懐する。
「……だから僕、近づくなって警告した後、初戦闘に動揺してクナイ投げるの失敗したように見せかけて真っ二つにして見せたし、その人が投げた手裏剣もバラバラになったのに、あの人、それを幻術と勘違いして突っ込んできちゃって…」
「…………どこの忍だ。その間抜けは」
大量の呆れが滲んだサスケのツッコミに、サクラも同じような呆れを感じた。
本当に、サスケの言う通り、ナルトが気にする必要はないと、サクラは思った。
そうして、なんでナルトはこんなにそれを気にしているのだろう、と疑問を覚えた。
やはり、目の前で死なれたのが、そんなに負担だったのかとそう思う。
バラバラにあちこち切り刻まれて、肉の塊と言っていい状態で積み上げられていた動物の死骸を思い出し、サクラはぶるりと身を震わせた。
生き物があんな大量にあんな状態に変わるのを一人で見続けるなんて、どんな悪夢だ。
しかも、動物だけではなく、人間も。
その状況を想像して吐き気を感じつつ、何故か訪れた沈黙に、うと、としながら、サクラは眠気に包まれかけた頭で、そう言えば、と思い返した。
量が量なので、印象的には然程変わりは無かったが、それでもサクラが現場を目撃した時、人の物と分かる部分や、臓物の類は見かけなかったな、と。
そうしてその時、当然のように気が付いた。
きっと、目を覚ましたサクラやサスケが、必要以上に動揺しないように、刺激の強い物はナルトが隠してくれたのだろう。
一人で。
全て。
あそこまで、片付けた。
少し、それを呆れつつ、そのまま発狂してもおかしくはない筈なのに、ナルトは良く耐えたとサクラは思った。
その結果、ナルトはずっと一人で動揺し続けていた訳だ。
それを隠して、いつも通りを装い続けてきた訳だ。
自分は忍だから、と。
そうして、大蛇丸に殺されかけた訳だ。
忍の癖に。
いら、と、サクラの胸に小さくない苛立ちが湧いた。
それは面白くない。
非常に面白くない。
水臭いじゃないかと、ナルトに対する反感を覚えつつ、サスケの何か心当たりに思い当たった驚愕と、ナルトの肯定と、それに対するサスケの苛立ちを子守歌に、サクラはもう一度眠りに就いた。
ナルトも、サスケも、どうしてそんなに『木の葉』を嫌うのだろう。
『木の葉』は、ナルトとサスケと、そしてサクラ達が産まれて育った場所なのに、と疑問を感じながら。
ナルトとサスケは、身を寄せ合いながら、サクラには理解しきれない事を二人きりで共有しているのは薄々感じている。
それをサクラにも分けて欲しいというのも、今は無理だという事を、サクラは痛い程痛感している。
サクラはスリーマンセルとは名ばかりの、二人にとって人数合わせの存在でしかない。
心構えも、実力も。
忍として、二人に遠く及ばない。
二人に守られてばかりのサクラに、一体、誰が頼りたいと思うだろう。
音の忍を撃退した後の、サクラに対するどんな期待も、失望すらも浮かべていなかったサスケの無感情な視線が、サクラの焦燥感を煽っていた。
サクラも、ナルトとサスケの仲間、なのに。
同じカカシ班の、スリーマンセルなのに。
サクラが二人よりも、忍として大分遅れを取っているから。
せめていつか、どんなことでも良いから、二人の力になれたらいいと、サクラは夢現ながらに強く胸に刻んだ。
 
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