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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第十八話 休日

宇宙暦788年8月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
ヤマト・ウィンチェスター

 こないだの、マイクとフォークの奴のシミュレーション対戦の効果は抜群だった。今まで挨拶すらされなかったのが、やたらと声を掛けられるようになったんだ。特に声を掛けて来るのが、一年のスーン・スールズカリッターと、三年のダスティ・アッテンボローだ。
アッテンさんはまだ分かる、ヤンさんから話を聞いてるだろうし。
分からないのはスールズカリノ…(ビュコック提督風)さんだ。卒業生総代になったらどうしようって悩んでいたくらいだから、成績優秀だしハンサムだし、フォークなんか気にしなければいいんだが、本人はそれについても相当悩んでいたらしい。
すでに『フォークに勝てない男』という面白くない渾名がついているのだそうだ。意外にフォークは白兵戦技も優秀みたいだ。じゃなきゃ確かに首席にはなれないからな…。

 「ヤマト、やっぱりここに居たのか」
「だって、図書室が一番落ち着くんだよ」
「知ってるか?お前、最近じゃ『図書室の君』って言われてるんだぞ?女子候補生が騒いでるみたいだ。将官推薦のエリート、本を読んでる姿がさまになる、とさ」
「はあ?」
「お前、密かに思われるタイプだよな」
「はあ?」
「はあ?だけ言って本を読み出すのはやめろ…ところで、今度の週末はどうするんだ?何か予定があるか?」
「何も無いけど、どこか行くのか?」
「来週、野営訓練があるだろ?現地の下見に行こうって、マイクと話してたんだ」
「ああ、そうだったな…よし、行くか!」



8月18日15:00 ハイネセン、テルヌーゼン市郊外 ヤマト・ウィンチェスター


下見なんて止めときゃよかった、週明けにまたここへ来ると思うと気が萎える。
というか…なんでエリカがいるんだ!?今日はマイクの彼女とその友達も来るって聞いてたけど、エリカも友達だったのか?

”せっかくハイネセンにいるんだからさあ、彼女達に連絡取ったら、ウィンチェスター准尉に会いたがってる子がいるって言われてさ“

 意識してエリカに連絡しなかった訳じゃないんだ、ただなんとなく連絡しそびれたんだ…。
「ウィンチェスター先輩、私の事、嫌いになっちゃいました?」
「いや、そんなことないよ。大丈夫だよ」
「そうですか…ならよかった。でも連絡してくれないのは酷いです。先輩達の事、術科学校でも話題になったんですよ?」
「そうなの?」
「はい、五十年ぶりの将官推薦、我が校の誇るエリート!って。エル・ファシルでは活躍なさったんでしょ?准尉昇進おめでとうございます!」
エル・ファシルでの活躍か…。
やるべき事をやって、やるべき事をやらなかっただけだ。英雄を助けて、身近な人々を裏切った大馬鹿野郎だよ、俺は。
「…どうしました先輩?何か気に触る事言っちゃってたらごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう」
 エリカは悪くない。悪いのは…俺だ。
「キャっ!?き、急にどうしたんですか先輩!みんな見てますよお」
「しばらく、こうさせといてくれない?」
「恥ずかし……はい、構いませんよ…」


 女の子にはいきなりはきついコースという事で、途中にあった山小屋みたいな喫茶店で休憩したあと引き帰すことになった。下見じゃなくて、ただのハイキングだなこりゃ…。
「テルヌーゼンに戻ったら、どうするんですか?」
「メシでも食って解散じゃないか?学校戻らないといけないしさあ。エリカもそうだろ?」
「え?先輩、泊まりじゃないんですか?」
「え?え?みんな泊まる気なの?俺外泊申請してないけど。…マイク、オットー、二人とも申請してるのか?」

 「あ、言うの忘れてた。俺達四人で温泉行くんだよ。お前はエリカちゃんと仲良くな。じゃあな」
「そ、そうか…」

 「すみません、いきなり私着いて来ちゃったから…私、実家テルヌーゼンなんです。週末はちょくちょく帰ってて。ダグラス先輩がみんなでハイキング行くからおいで、って言ってくれて。だからてっきり先輩も泊まるものかと…」
「いや、マイクが泊まるって言い忘れたのが悪いんだ。大丈夫だよ」
困ったな、士官学校に電話してみるか…。

「はい、自由惑星同盟軍士官学校、当直室です」
「もしもし、候補生二年のウィンチェスターです」
「お、ウィンチェスターか、俺だよ俺」
「あ、アッテンボロー先輩。今日は当直ですか?」
「そうなんだ。どうした?何かあったか?」
「いえ、外見申請してなかったんですけど、急に泊まる事になりそうで…当直士官いらっしゃいますか?」
「今はメシ食いに行ってるよ…なんだ、女か?」
「まあ…そんな感じです」
「任せとけ。お前の外泊申請、代筆しといてやるよ」
「それは…公文書偽造なのでは」
「いきなり当直士官に言ったって通るわけないだろう、上手くやっとくから、気にするな。明日の二三〇〇迄にはちゃんと帰ってくるんだぞ」
「ありがとうございます!助かりました」
「礼はいい、上手くやれよ」
「はい」


 「大丈夫だった。外泊オッケーになったよ」
「そうなんですか!?よかった!…あの、よかったらウチに来ませんか?」
「え??」
「あの、その、来てもらわないと困るんです!両親には彼氏連れてくるって言ってあって、その…」
「エリカちゃん」
「…はい」
「初デートでいきなり実家ってキツくない??」
「ですよね…」
「でも、せっかくだからお邪魔するよ。本当に行っても大丈夫なの?」
「はい!両親も是非連れておいで、って言ってますから!」



8月18日17:00 テルヌーゼン市 ホテル『ガストホーフ・フォン・キンスキー』
ヤマト・ウィンチェスター
 
 「エリカちゃん、ここ、実家なの?」
「はい!…そうですよね、お互いまだ何も知らないんですもんね」
『ガストホーフ・フォン・キンスキー』はテルヌーゼン市の中でも高級なホテルとして知られている。同盟全土から客が来る事でも有名だ。エリカちゃんって、いいとこのお嬢様だったのね…。
「そうだね、確かにお互い知らない事だらけだね。いきなり告白されて、そのまま…」
「あああ!その先は言わないで!恥ずかしい…!」
「はは、すごい行動力のある女の子、っていうのは判ってるよ」
「そ、そうですね、ハハ…」
「しかし、下世話な話、このホテル、凄くお値段が高かったような…」
「大丈夫です!実家に泊まってもらうのに、金を取る親が居るか!ってパパが言ってましたから」
「え!タダ?…何だか悪いなあ…」
「いえ、本当だったら是非ちゃんとお食事会をしないといけないのに、急だったもので…ママも、ウィンチェスター准尉に謝っておいて、って言ってました」
「いやいやそんな、充分過ぎるよ、ありがとう」

 …こんな部屋泊まった事ないぞ!
最上階、ロイヤルスイート…。俺の給料手取り二ヶ月分…。この部屋、本当にタダでいいのか?
「私もこの部屋に入ったの初めてなんですよ。素敵なお部屋ですね。新婚旅行みたいです!」
「そうだね…本当にありがとうございます」
「いえいえ、本当なら両親に会わせたかったんですけど、やっぱり急だったもので、二人とも仕事でハイネセンポリスに行ってまして…。すみません」
「いや、いいよ。この先どうなるか分からないけど、改めて挨拶に来るよ」
「わあ、ありがとうございます!准尉、ゴハンにします?お風呂にします?お風呂なら露天風呂がありますよ。ゴハンならこの部屋でもレストランでもどちらでも大丈夫ですよ」

 悩んでいると、入り口のドアのチャイムが鳴った。
「お前達…すげえ部屋に泊まってんなあ!羨ましすぎる…」
「オットー、マイク…なんでここに?」
「温泉行くって言っただろ?このホテルの露天風呂、天然の温泉なんだぜ。知らなかった?まあ、このホテルに泊まれるのもエリカちゃんのおかげだからなあ」
「そうそう。彼女は大事にしないとな、ヤマト」
「お前ら…」
「そうだそうだ。ハイネセンに戻って来たってのに、エリカちゃんとだってロクに連絡取ってなかったんだろ?こんないい娘、他にいないぜ?」
「そうだそうだ」


 8月19日19:00 テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、正門前
ヤマト・ウィンチェスター

 「じゃあね、エリカ。エリカも門限に遅れないように」
「はい!これからも…会えますよね??」
「当然だよ。同じハイネセンにいるんだし」
「よかった…!じゃあ准尉、頑張って下さいね!」
「ありがとう。エリカもね」

 …ふう。
若いって素晴らしいな。色々と。
現実世界でも決してオジサンではなかった(と思いたい)が、やっぱり十代の恋愛は初々しいもんだね。
でもねえ、せっかくいい気分に浸っているのに、それを邪魔する奴ってのは必ずいるんだよな。
「これはこれはウィンチェスター先輩、お疲れ様です」
「おう、お疲れ様、フォーク候補生」
「先輩は彼女がいらっしゃるんですね。羨ましい限りですよ」
「君はいないのか?」
「…先輩のような余裕は有りませんからね」
「そうか。俺だって余裕はないよ」
「…嫌味ですか?」
「そうじゃないさ、余裕ではなく、心のゆとりを持つ事が大事だ、と言いたいだけさ」
「…私にはそのゆとりが無いと仰りたいのですか!?」
「そう見えるね。それが君の命取りになると思う」
「…不愉快です、例え先輩でも言っていい事と悪い事がある筈だ!」
「だろうね。でもそれを指摘してくれる人は居たかい?」
「……」
「これは、本心からの忠告だよ、アンドリュー・フォーク。軍人としてではなく、人間としてだ」
「…ありがとうございます。失礼します」

 …ふう。同盟軍にしろ、帝国軍にしろ、信賞必罰は問題だな。
武勲を上げれば昇進する、当たり前の話なんだが、当たり前すぎやしないか?
不当に昇進させなかったり、悪事を見逃すのは確かにいけない事だ。だけど、当たり前すぎるのもなあ…。
組織のパイは決まっている。当然指揮官や参謀の配置の数も決まっているから、その中で苛烈な競争が行われる訳だ。
その結果、上昇指向の強い人間が生まれやすい。
武勲を上げる事が一番で、その他を省みない人間ばかりが増えてるんじゃないか?フォークはその一例に過ぎないんだろうな。同期であっても競争者、その上出来る先輩や後輩が居たら、フォークには悪いが、ああいう人間には気の休まる時間なんてないだろうな…。
そういう世界に俺はいる、と言われればそれで終わってしまう話なんだけどね。
…明日からの野営訓練に備えて寝るか…。
 
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