星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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揺籃編
第十一話 過去、現在、そして明日へ
宇宙暦788年6月10日16:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター
三人とも呆気にとられている。そうだろうな、目の前の戦いの話をしているのに、気がついたら帝国全体の話をしているんだからなあ。
「ヤマト、それが今回の戦いとどう関係があるんだ?」
「そう焦るなよオットー。まだ続きがあるんだから…では何故帝国軍は定数の艦隊を保持出来ない、あるいはしようとしていないのか。何故でしょう?原因はちゃんとあります」
「質問形式はもういい、先を聞かせてくれないか?先生」
「そうですよ!私こんな話初めてだから楽しくて。先をお願いします、先生!」
「…分かったよ。参謀殿、宜しいですか?」
「…先生、頼む」
「…了解しました。…宇宙暦669年に遡ります、時の銀河帝国皇帝コルネリアス一世による大新征が始まります。帝国はそれに先立って入念な下準備をしました。同時に『元帥量産帝』でもあったコルネリアス一世は合計して59人もの元帥を作り出しました。量産品とはいえ、軍事的才能が全くない訳ではなかったと思います、元帥ですからね。才能のありそうな順に艦隊の編成を始めた結果十八個、という事になったのだと思います。十八個という数も暫定だったのだと思いますよ。元帥一人に一個艦隊でも、五十九個艦隊必要なのですから」
アイスティーは正解だった。オレンジが無いのが残念だ。
「本当に五十九個艦隊も作られては困る、十八個でも軍事費でパンクしてしまう、だが量産元帥がいる手前ダメとも言えない、皇帝陛下、とりあえず編成予定にはしてくれませんか?と政府がお願いしたのでしょう。その結果、編成の終わった数個艦隊で新征に望んだのだと思います。後は記録の通りですが、戦いに引き連れて入った五十九人の元帥のうち、三十五人が戦死しています。その後コルネリアス一世は元帥号を誰にも授与していません。自然に艦隊編成の話も消えて、十八個という数だけが残ったのだと思います」
「それで?」
「十八個は無理でも何とか数を揃えようと帝国軍は頑張った。でもそんな努力をかき消す大事件が起きます。『730年マフィア』の登場です」
「分かったぞ。『軍務省の涙すべき四十分』だな」
「はい。第二次ティアマト会戦で、帝国軍は軍中枢、将来正規艦隊を率いるであろう若手士官や軍事に練達した貴族指揮官、そして多数の艦艇を失った。同盟もアッシュビー提督と『730年マフィア』の結束を失いました」
「それがイゼルローン要塞の建造に繋がる…」
「そうです。帝国軍の損失は深刻なものでした。特に貴族指揮官を多数失ったのが決定的でした。彼等の跡を引き継ぐであろう貴族指揮官の子弟達はまだ子供だったからです。この戦い以降、帝国貴族の質の低下が始まった、と言われています。子供達を鍛えるべき親兄弟親戚が皆、戦死してしまったからです。でも悲しんでばかりはいられない。宇宙艦隊を再編しなくてはならない。しかし再建には時間がかかります、そこでイゼルローン回廊に要塞を建造して、回廊を封鎖することを考えた」
「それからは今の情勢か…ウィンチェスター、君は勉強家だな。しかし我々が当面気にすべきは前哨宙域の戦いであって、歴史ではない。今までの話がどう繋がるのだ?」
セッカチだなあ、せっかく暇なんだから、暇潰しに付き合ってもらわないと困りますねえ。それに現状を理解するためには過去の経緯がすごく大切なのですよ。概説を軽んじてはダメですよ、ドッジ君。
「…イゼルローン要塞が完成した結果、イゼルローン回廊内や帝国から見たイゼルローン回廊出口、いわゆるこの辺りの事ですが、戦場が同盟側に固定されたために、帝国軍は無理に艦隊の数を揃えなくてもよくなったのです。ですが帝国軍は二つの問題を抱える事になりました。平民の台頭と、門閥貴族による軍の私物化…私兵、軍閥化です」
「なんだと」
「現実問題として、指揮官は揃えなければならない。失った貴族指揮官の穴は平民が埋めることになりました。ということは軍の将来は平民が担う事になりますが、帝国政府、軍としてはそれは避けたい。平民は潜在的な反乱階級だからです。彼等に力を持たせる事は避けなければならないとなると軍の中枢は貴族が担う事になりますが、彼等はその能力を失っている。現状では貴族は軍をコネ作りや自家の勢力伸張の場所として利用しています」
「そんな事になっているのか。どうやって調べたんだ」
「帝国を批判する出版物はたくさんありますし、フェザーンから入ってくる情報からでも推察は可能ですよ。現に門閥貴族の抱える私兵は、帝国軍所属には違いないでしょうが、帝国軍宇宙艦隊…正規艦隊の命令系統からは外れているとしか思えません。一応宇宙艦隊司令部には出撃許可を取るとは思いますけどね。暇なので過去の戦闘記録や、捕虜の尋問記録を調べましたが、帝国軍によるイゼルローン回廊内や近隣星系の哨戒は宇宙艦隊の命令系統に属するイゼルローン要塞駐留艦隊や、それに付随する哨戒部隊が行っていますが、遭遇戦の殆どはやはり正規艦隊に所属していない分艦隊が行っていました。貴族達が武勲欲しさにやっているのですよ」
「…正規艦隊でもない貴族の遊びに付き合わされているというのか、我々は」
「…遊びかどうかは分かりませんが、そうなりますね。ここで話がやっと目の前の問題に下りてきます。武勲を欲しがる人たちというのはどういう人たちですかね?」
「見返したい、抜け出したい、期待に応えなくてはならない…そんなところか?」
「そうですね。貴族でも前線に来るのはそういう人達です。そういう人達が援軍なんて他人の手を借りると思いますか?」
「借りない、だろうな」
「宇宙艦隊司令部も簡単には援軍は出さないでしょう、出兵計画にはない出撃でしょうから。まあイゼルローン要塞は宿として提供するでしょうけどね。…まあ話を戻すとそのイゼルローン要塞があるから簡単に攻め込まれる心配はないわけで、宇宙艦隊司令長官の信頼の置けるものだけを艦隊司令官にして…現状としては九個艦隊程度あると思っておけばいいんじゃないですかね。帝国軍も予算で動く訳ですから、余裕があるわけではないでしょう。示威行動としても貴族達が出撃してくれるのはありがたい筈です」
ドッジ准将は考え込んでいる。
「しかし、奴等の心配をする訳ではないが、貴族だけで出撃などしたら、ひどい事にはならんか?奴等は軍事的には素人なのだろう?」
「基本的には帝国軍です。指揮官が貴族のお坊ちゃんだとしても、支えるスタッフや乗組員達は軍の正規教育を受けているわけですから、それほどひどいものではないと思いますよ。ですが、貴族達にとって一番大事なのは前線に出た事であって、戦果は二の次だと思います。統帥本部や宇宙艦隊司令部も勝てば儲け物、ガス抜き位にしか考えていないのではないでしょうか」
「ひどいものだな」
「ですね。でも貴族達に適当にやらせといた方が、帝国軍も都合がいいのですよ」
「何故だ?」
「貴族の持つ力が強すぎるからです。平民が活躍し武勲を上げ昇進する。云わば平民が大きな顔をするわけですよね、貴族達にとっては。それは彼等にとって面白くない。そういった彼等の鬱憤が内に向いた時が恐ろしい。貴族達、特に門閥貴族が軍組織を私物化しようと本気でその影響力を行使しだしたら、帝国軍内部は分裂、派閥化してバラバラになってしまいます。現にそうしようとしていてもおかしくありません。帝国軍の首脳部も貴族には違いないが、彼等は元々軍人を輩出してきた軍事貴族の名門、専門家で、いわゆる門閥貴族とは違います。専門家ではない貴族たちの専横は面白くないのです。ですから貴族の私兵達に好きなように出撃させてやれば、貴族達にも活躍の場を与えた上に、帝国の潘屏としての面子も立ててあげられますから、都合がいいのです。要は面子なのです。だから無理に戦わずとも、こちらから徐々に退いてやれば、彼等の面子が立ちますからね。そうすれば彼等も退きますよ。大艦隊ならともかく、遭遇戦程度の兵力で同盟をどうこうできるなんて彼等も思っちゃいませんからね」
ドッジ准将は大きく息を吐いた。
「目の前での戦闘の話が、こんな大きな話になるとはな」
「元々こういう話は好きですし、歴史も好きですからね。先生になった気分で楽しかったです。参謀殿、失礼な態度があったら先に謝っておきます、申し訳ありませんでした」
「そんな事はない、楽しかったよ。任務に忙殺されると、こういう事を考える余裕がないからな」
オットーとファーブルちゃんはまだ呆気にとられたまま俺を見ている。
「ヤマト…お前、いつそんな勉強してたんだよ?」
「昔からだよ」
そう、昔から…。
「ウィンチェスター、ところで君は士官になる気はないか?」
「なぜですか?」
「君がアッシュビー元帥の再来かどうかは分からない。だが先日君が見せた作戦立案能力、そして今話したような識見は士官の立場で活かされるものだ。…これは決して君達兵士の立場を卑下しているわけではないぞ。だが才能を活かすには立場が必要だ。君の才能は下士官という立場では活かされない才能なのだ。分かるかね?」
「それは…分かります。ですが、私はまだ若造ですし、しかもこの間昇進したばかりですよ?」
「それは関係ない、士官になる道は三つある。士官学校に入学する。武勲、功績立てて昇進する。まあこれは通常だ」
「ではもう一つは何ですか?」
「士官学校に入るのには変わらないが、将官推薦で入学するのだ」
「そんな事が出来るんですか?」
「推薦枠があるのだよ。下士官兵のうち、特に優秀と認めた者に許される制度だ。普通に功績を立てれば士官にはなれるのだから、あまり使われないがね。その点、君は下士官術科学校を出ているし、直接分艦隊の勝利に結び付くような功績をあげている。充分に推薦の条件を充たしている」
ほぇー。そんな制度があったのか。確かに、直接将官に推薦される下士官なんてあまりいないだろう。
でも…また学校に戻るのか?一人じゃ嫌だなあ。
「ありがたいお話ですが、ご期待に添えるかどうか…当然中途編入で入学ですよね?」
「そうだ。階級と過去の軍歴を加味して、二年生に編入される」
「編入でしかも将官推薦枠で、なんて…在校生からの風当たりが強くないですか?」
「それはあるだろう。だから君一人では辛かろうと思って、バルクマン兵曹長とダグラス兵曹長も推薦しておいた」
「おいた…って、もう決定事項なんですか!?」
「可否はまだ分からんよ。もしも推薦が通らなくても、推薦に値する人物、という評価は残る。となると嫌でも士官への道は近いという事になる。…現在の行動が終わる頃には結果が出るだろう。生き残る事だな、ウィンチェスター。そろそろ私は戻るとするよ」
6月10日17:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オットー・バルクマン
「ヤマト、お前といると楽しいよ」
「ありがとう」
「ありがとう、じゃないよ!士官学校だぞ!?俺は嫌だぞ?」
「俺だって嫌だよ。でも断れると思うか?相手は准将閣下だぞ。まあ断わるも何も、既に推薦されてるんじゃ断り様もないけどな」
「はぁ…また学生生活かよ。ハイネセンに戻れるのは嬉しいけどさあ」
「マイクは喜ぶだろうな」
「ああ、絶対に喜ぶ。あいつ何してるのかな。もうハイネセンに戻っちまったかな」
全く…なんでこんなことになっちまったんだ。
ヤマトの奴、妙な所で妙に鋭くて、見ていて不思議なんだよな…。変に落ち着いててオッサン臭いし。
「ヤマトさあ」
「何?」
「お前、さっきの話といい、いつの間にあんなに勉強してたんだ?」
「昔から、って言ったじゃないか」
「軍に入る前から、って事か?」
「そうだよ」
「そうだとしても、中学生の知識レベルじゃないんだよな。…お前本当に18歳か?」
「実は48歳…って言ったら信じそうで怖いからやめとく」
「確かに信じてしまいそうで怖い。それにしても、帝国軍の事なんてどうやって調べたんだ?市販されてる本の内容じゃない気がするんだけど」
「いや、あるよ」
「え?なんて本だ?」
「銀河英雄伝説」
「…銀河英雄伝説??どんな本だ?」
「…フェザーンで出版された本さ。…自家出版で売り物じゃないから、もう手に入らないけどね」
「お前はどうやって手に入れたんだ?」
「実家にあったんだよ」
「…なんか嘘臭いな。そんな都合よく帝国の内情を調べた本なんてあるもんか。大体そんな
本があるなら、同盟軍がほっとかないだろ」
「…まあな、嘘だよ。本当にあったらお前にも見せてるさ」
6月10日17:10 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル
ウィンチェスター曹長がハイネセンに戻る…。久しぶりに年下と付き合えると思ったのに!
頭も良さそうだし、下士官だけど前途有望だと思ったのになあ…。
「戻っちゃうんですね、お二人とも」
「まだ決まった訳じゃないさ。嫌なのは本当だし、ここが気に入ってるからね」
「本当ですか?でもバルクマン曹長はハイネセンに戻れるのは嬉しいって…」
「ハイネセンに戻れるのは俺だって嬉しいよ。でも休暇で戻るくらいで丁度いいんだよ。俺はこの艦が好きだし、離れたくはないね。オットーだってそうだろ?」
「そうだな。ハイネセンに戻れるのは確かに嬉しいけど、それとこれとは話が別だな。みんないい人だしさ。それに着任していきなり戦闘で、しかも昇進までさせてもらって、愛着が涌かない訳ないだろ」
「そうなんですね…でも戻っちゃうんですよね…多分」
6月10日17:15 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター
やっぱり、先の出来事を知っているのは良くないな。どうしても口出ししたくなるんだよな…。転生者の悪い癖だ。こればかりは職業病みたいなもんだから仕方ないか。
この行動が終わったら、士官学校か…。
あれ?2年生に編入ということは、アッテンボローの一期下になるのか?同期になるのか?
それはそれで楽しそうだ。でもなあ、多分このあとエル・ファシルの奇跡だろ?
士官学校入校はともかく、どうにかしてエル・ファシルから抜け出さないといけないんだよ。
…また口出しするか。
「オットー、このあと調べものを手伝ってくれ」
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