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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第八話 昇進、そして問題発生

宇宙暦788年4月29日、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 “ヤマト・ウィンチェスター”
「はい!」
“マイケル・ダグラス”
「はい」
“オットー・バルクマン”
「はい!」
”以上三名を兵曹長に昇進させる。788年4月29日、自由惑星同盟軍少将、アーサー・リンチ。代読、アラン・パークス。…おめでとう”



4月30日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター兵曹長、昇進おめでとう。超スピード昇進ね」
「ありがとうございます。カヴァッリ中尉、いえ大尉も昇進おめでとうございます」
「俺にはないのか?」
「あ、ガットマン大尉も昇進おめでとうございます」
「一応直属の上官なんだからな、忘れないでくれよ。それはそうと俺からも祝福させてくれ、昇進おめでとう」
「すみません、ありがとうございます」
バーンズ兵曹長、エアーズ兵曹、ファーブル兵長、イノー兵長もそれぞれ祝いの言葉をくれた。ザハロフ兵曹は残念だが当直だ。
マイクとバルクマンも誘ったんだが、それぞれの科で祝勝会をやっていてそれに参加しているようだ。

 「ドッジ大佐が貴方を誉めていたわ。ああ、大佐というよりダウニー司令が誉めていたみたい。
伝言みたいなものね」
「へえ。パオラ、司令はなんて言ってたんだ?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来だって。…って、だからファーストネームで呼ぶのは止めてくださいって言ってるでしょ!ガットマン大尉!」
…ブルース・アッシュビーの再来?俺がそんなタマか?
リン・パオ、ユースフ・トパロウルに並び賞される同盟軍の英雄だ。原作外伝によると、アッシュビー元帥は帝国内の共和主義者によるスパイ網から情報を得て、数々の勝利を得た…と同盟の捕虜になっていたケーフェンヒラー大佐や当時のヤン少佐が推察している。
極端な話、チートだ。
チート…あ、俺もか。敵からどころか全て知っている訳だから、チートレベルはアッシュビー元帥以上だろう。

 「それはちょっと誉めすぎじゃないですか?たまたま、閃いただけですよ?」
起きる事を知っていても、実行するのは難しい。チートするには俺が言った事を実行する人がいないと無理なのだ。
今回の勝利は、たまたまカヴァッリ中尉の顔が利いたというか、暴走から生まれたものだ。
アッシュビー元帥の再来か。ああ、士官学校受けてみればよかった…。
「だが、閃きは大事だ。蓄積された経験と学んだ知識、知り得た情報が上手く融合出来ないと閃きは生まれない」
「…ガットマン大尉からそういう言葉が出るなんて意外だわ」
「…キミを口説くまでは学年三位だったよ、俺は」
それは…と先を言いかけたカヴァッリ大尉はグラスの中身を一気に飲み干した。そんな彼女をガットマン大尉はテーブルに肘をついて見つめている。
うん、若者はいいね、こうでなくちゃ。くすぶったままの恋の炎は消すか点けるかどうにかしないと。

 「ウィンチェスター曹長は、彼女いるんですか??」
そんな二人に当てられたのか、ファーブル兵長が尋ねてきた。…二人をジト目で見るのはやめなさい。
エリカは…彼女なのかなあ。告白されて結局最後まで行っちゃったけど、俺は彼女を好きなんだろうか…。
「気になる人はいるけど、彼女かどうかは分からないなあ」
「へえ…だったら今度、どこか一緒に出掛けませんか?」
「え!?別にいいけど」
「やった!出来る人は先物買いしないとね!ガットマン大尉、休みください!」
先物買い…現金な子だなあ。証拠金はちゃんと用意してるのかい…??

 「休みはいいけど、俺は許可できないぞ。転属だから」
「私も転属よ」
「二人とも転属なんですか?」
「ああ、俺は元々転属予定だった。次は第六艦隊だ。昇進も今回の戦いの結果ではなくて序列順の定期昇進さ」
「そうなのね。私は士官学校に行く事になったわ」
転属か。知っている人がいなくなるのは辛いな。危機が起きた時に人は新密度が増すというけど、今回は正にそれだった気がする。
「ダグラス曹長も転属よ。彼はローゼンリッターに行く事になったわ」
「え!?本当ですか?あいつ、そんなこと一言も言わなかったな。ですが、ローゼンリッターは亡命者の子弟から選抜されるのでは?」
「建前はそうだけどね。功名と悪名が強すぎて希望者が少ないのよ。この場合、悪名かしらね。…あら失言」
功名と悪名…ローゼンリッターは確かに同盟軍最強と呼ばれる陸戦隊だ。それ故に訓練も厳しいし、死傷率も高い。選ばれる事は名誉だが尻込みする者も多いと聞く。こっちは功名だよな。
では悪名は…ああ、そういう事か。
ローゼンリッターは戦闘中に逆亡命者が出るのだ。歴代の連隊長が自ら逆亡命することだってある。
「だからね、基本的には誰でもいいのよ。だって同盟市民は皆帝国から亡命したようなもんだろう、って事らしいわ。ダグラス曹長の場合はローゼンリッターから誘われたみたい。艦隊陸戦隊本部に詰めてたでしょう?あの人達、出撃するとずっと格闘術の訓練してるから、そこで見込みあるって言われて、本人も行く気になったようね」
サボり、サボりのイメージしかなかったけど、真面目にやってたんだな。みんな離れちゃうのか。
ちょっと…嫌だな。

 「ウチの分艦隊はしばらく開店休業だな。艦艇はともかく、人員だな。どこぞの星系警備隊からまわされて来るか、前線へ来たがる勢いだけのワカランチンが来るか…ダウニー司令も七月で勇退、パークス艦長も昇進して退役だ。リンチの野郎…ああ、すまん、警備艦隊司令官も頭が痛いだろうな」
「いいわよ別に。オジさま自身はいい人なんだけどね、縁故でどうのこうの言われるのはもう沢山。皆と別れるのは寂しいけど、転属になってよかったわ」
愚痴だらけだな…上に上がるのも考えものだぞこりゃ。



5月1日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部、
司令官公室 ギル・ダウニー

 「…以上が第2分艦隊の状況です」
「了解しました。艦艇、人員とも最優先でまわしてもらいますが、時間はかかります、済みません」
「謝らなくて大丈夫だよ。それくらいは分かっているよ」
「申し訳ありません教官。それと今回の勝利、おめでとうございます」
アーサー・リンチ少将。
デスクワークも艦隊指揮もこなす、文武両道の期待の軍人、ということになっている。
彼は今でも私を教官と呼ぶ。彼が士官学校の学生だった頃、私は彼等の主任教官だった。彼を支える分艦隊司令として誘われた時に、二人の時は昔のままでお願いします、と言われたのだ。

 「リンチ君。君の義妹さんは中々行動力があるな」
「そうなのですか?」
「うむ。今回の勝利は、義妹さんがきっかけだったと言っても過言ではない。ある下士官の提言を直接彼女が分艦隊司令部に持って来たからなのだ」
「…義妹がご迷惑をおかけしてすみません、職分を犯すような事をして…」
「迷惑などではないさ、勝ったのだからな」
「増援も送れず誠に申し訳ありませんでした、なんと申し上げたらよいか…」
「顔を上げたまえ、リンチ君。私が君の立場でもそうしただろう。指揮官の決断は常に万人に受け入れられるものではないのだ。気に病む事はないよ。まあ下の立場としては文句のひとつも言いたくなるがね」
「はあ…」
「君は回りの目を気にしすぎだ。確かに最前線を任されるのは期待の現れではある。だが、どうしても期待に応えられない時はあるのだ。期待に応えようとするあまり自分を見失ってはいけないよ」
「肝に命じます」
「…あと約二ヶ月か、君の元で働けるのも」
「教官のがおかげで現職を全う出来ているものと思っております。教官がいなくなったら私は…」



6月3日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 「バーンズ曹長、砲術科員の身上調査表、目を通してくれました?」
「ああ、まだだ、すまん」
「サイン貰わないと管制主任のところ持ってけないんで今日じゅうに」
「…了解した。というか、可愛げがなくなっちまったなあ、坊や」
「可愛くなりたいんですけどね。書類と責任が増えると可愛げが減る事になってるんですよ」
航法科の兵曹長が転属してしまったから、バーンズ兵曹長が旗艦最先任兵曹長になった。
最先任兵曹長は忙しい。今までは砲術科の先任兵曹長だったから砲術科の下士官兵の面倒だけ見ていればよかったのが、アウストラ所属の下士官兵全員の面倒を見なきゃいけなくなったのだ。
俺も兵曹長だから、先任兵曹には違いないのだが、兵曹長の中にもちゃんと序列がある。
俺は兵曹長の中でも一番下っぱだから、色々と雑用をこなさなければならない。いわゆるデスクワークだ。
出撃してないときはほとんどこれだ。…面倒くさい。

 砲術科執務室のドアが開いた。オットーだ。
「おい、聞いたか」
「いきなり聞いたかと言われても」
「そりゃそうだな、…イゼルローン回廊のこちら側で第3分艦隊がやりあってるようだぞ」
「本当か」
「嘘ついてどうなる、痛み分けで睨みあってるらしい」
「ウチも出撃…はないか」
出撃はない。ウチの分艦隊は再編中だからだ。人員も艦艇も来ない。
さすがに最前線としては兵力が少ないと感じたのか、エル・ファシル警備艦隊の編制を変えるべきではないか、という意見が統合作戦本部で出たらしい。それで兵力を増やすか増やさないかを国防委員会と調整中なのだという。
「出撃はともかく、近所でやりあってるんじゃ再編も厳しいんじゃないか?」
「そうだろうな。退役前なのに司令も困ってるだろうよ」

 『第2分艦隊司令部は第10会議室に集合せよ』

 「あら。また何かあったのかな」
「どうせロクな事でもないんだろ…と、時間だ。本日も課業終了と。ヤマト、『サンタモニカ』に行こうぜ。新しいウエイトレスが入ったんだよ、知ってたか?」
「いや、知らない…というか、マイクが居なくなったからってマイクの分まで頑張らなくていいんだぞ」
「違うね、マイクが居たから俺の出番がなかっただけだよ、さあ行こう」
 
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