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NARUTO 桃風伝小話集

作者:人魚
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その37

 
前書き
木の葉の外にお出かけだってばよ!前 

 
アカデミー教諭としてではなく、久方ぶりに中忍として隊を率いる任が下され、出立の手続きを終えたイルカが火影邸を後にしようとした時だった。
同じように里を出る手続きをしに来た忍達の中に、ついついイルカが個人的に気にかけてしまう要素を持った教え子の片割れの姿を発見した。
いつの間にか身を寄せ合うように、共に行動をするようになっていて、しかもどうやらナルトの秘密を承知しているらしいサスケが、珍しく一人で行動しているらしい。
それも、里の外に出かけるようだ。
任務前故に、それほど時間は許されていないが、サスケが単独で居るからこそ、だからこそイルカは声をかけようという気になった。
もう、サスケやナルトはイルカの手を離れ、先達として導いてやるのは、サスケ達の担当上忍であるカカシの手に委ねられたとはいえ、サスケは意地を張りがちで、全てを自分で抱え込んでしまう一面がある。
相談口はここにもあると、さり気なく示しておいた方が良いと、そう思った。
サスケの纏う雰囲気が、アカデミー卒業前の思い悩むものに酷似していたからだ。
あの時は、サスケの男としての成長が原因だった。
今回もそれが原因なら、イルカにも、力になれる。
なってやりたい。
そう意を決し、さり気なさを装い、手続きを済ませたサスケに声をかける。
「サスケじゃないか!久しぶりだなあ!」
「イルカか」
イルカの存在を認め、足を止めたサスケに、身振りで同道を示す。
察し良く、イルカと歩調を合わせたサスケの表情に、一瞬、途方に暮れた子供の顔が覗いた。
それを感じつつ、敢えて教師の顔で声をかけ続けていく。
「聞いたぞ!この前のCランク任務で大活躍したそうじゃないか!流石だな!先生も鼻が高い!」
本題を切り出す前に、嬉しくて仕方ない気持ちそのままに、無造作にサスケの頭を掻き混ぜてやる。
反感にきつく睨み付けてくるものの、イルカの行動にサスケから不満を漏らされたことは無い。
というよりも、漏らされなくなったというのが正しい。
二人きりになった時に限るのだが。
口振りこそ偉そうで生意気な口を利くサスケだが、その実、意外と末っ子気質の寂しがりやな甘えん坊な所がある事にイルカは気付いていた。
それに気付いてからは、時折こんな風にサスケの意志を無視して、敢えて子ども扱いさせてもらっている。
それはきっと、末っ子としてサスケが家族に愛されていた確かな証拠だ。
それを、うちはの名を負う自負と誇りによって必死に一人で立とうとしていた。
ナルトを介してサスケに接するうちに、イルカはそれに気付いた。
そうして、サスケが一族諸共家族を失ってしまってからは、その傾向により一層拍車がかかってしまって、自ら孤立するかのような行動をとり始めた。
それをどうしてやることもできないうちに、サスケは自らナルトと行動を共にするようになり、それをきっかけに、イルカもこのようにサスケを扱うようにすることにしたのだ。
失ったものの代わりにはならないが、イルカも家族を亡くした後、時折ヒルゼンに頭を撫でてもらう事が、幾らか慰めになった事を思い出したから。
今の所、それは上手く行っているのかどうかは分からない。
けれど、サスケもナルトも、反応こそ違うものの、二人ともこうしてイルカに素直に頭を撫でさせてくれている。
そしてナルトもまた、サスケと同じようにイルカと同じ孤独を抱え、けれど、イルカには助けてやれない生徒の一人だ。
何より、男のサスケはともかく、イルカには、ナルトの感じている事や考えているが今一つぴんと来ない。
教師として未熟さを痛感することでもあるが、入学当初からナルトの事情を知らされ、それ故に気にかけては来ていたが、やはり女性心理に精通していないイルカでは、荷が重かった。
懐いてくれていることも、慕ってくれていることも分かるのだが、イルカでは、ナルトの気持ちを十分に察してやることが出来ず、むしろイルカこそが最終的にナルトに気遣われ、立場が逆転している事がままある。
女の子は難しい。
それに、鋭い、侮れないと、どこか苦手意識めいたものを感じる結果になってしまったのだ。
その分、ナルトと行動を共にしている、ナルトよりは幾らかイルカにも理解しやすいサスケの事を、余計に気遣う結果に繋がっているのは、イルカとて自分で気付いてはいた。
だが、他に行動の取りようもない。
何より、口に出して確認こそしていないものの、サスケはナルトの事情を深い部分まで察しているとイルカは確信していた。
事によると、人柱力である事まで知っているかもしれないと思う。
だからこそ、情けないと思いつつ、深く事情を知りながらナルトの傍に居続けているサスケや、ナルトと同性のヒナタを通して、間接的にナルトを気に掛ける事に繋がっていた。
そんなイルカの気持ちを察しているのか、消極的にではあるが、サスケ自ら、イルカとナルトの仲立ちのような事をしてくれてもいる。
生徒の自主性を育てるのも教師の仕事とはいえ、情けないと言わざるを得ない。
本題を切り出す為の世間話の一環として、サスケを構ってみたイルカだったが、その気遣いは不要だったことをサスケの表情に悟る。
「イルカ」
真剣な声と眼差しのサスケを前に、イルカはただ事ではないと表情を改めた。
アカデミー教諭の顔を消し、忍の表情でサスケに対する。
サスケには、ナルトとは逆で、教師として対するよりも、忍として対した方が、サスケも開襟してくれやすいと悟っていた。
だからこそ表情を改めたイルカに、サスケは恥を忍ぶように、ぽつぽつと口を開いて尋ねてきてくれた。
「あんたは、教師だ。オレ達よりも年嵩であることも認める。だから、聞きたい」
サスケらしくもなく、迷うように躊躇いがちな小さな声音に、イルカの気が引き締まる。
「何をだ。先生に答えてやれることなら、何でも答えてやるぞ。教師としても、一人の忍としてもだ」
サスケの背を押すように、太鼓判を与えてやれば、意を決した表情で、ほんのりと頬を染めて、サスケが尋ねたいと思った事をイルカに打ち明けてくれた。
「誰かを護るとは、どういう事だ」
強がるあまりにイルカを睨み付けてきているが、そんな姿にこそ、サスケの年相応の背伸びを感じて、微笑ましくなった。
サスケのぶっきらぼうな口調もこういう生意気な態度も、必死になって自分を取り繕う強がりなのは承知している。
だからこそイルカは、素直に感慨深さに束の間浸った。
一族間の確執に思い悩んで、自ら孤立を望んでいるように見えたサスケが、まさか、こんな事をイルカに尋ねて来てくれるようになるとは。
じーんと震える胸に、教師冥利に尽きるとは、こういう気持ちだろうと実感する。
そしてだからこそ、イルカは教職を離れようとは思えない。
だがしかし。
だがしかしなのだ。
「誰かを護る、か」
「ああ」
深い感慨を込めて繰り返したイルカに肯定を返し、真っ直ぐな視線で答えを求めてイルカを見つめているサスケに、かけてやれる言葉をイルカは持たない。
何故ならば。
「サスケ。お前は頭がいいし、察しもいいから、きっと、もう自分でも薄々感づいていると思う。だから先生も言葉を濁さずはっきり言うが、お前のその疑問は、確たる答えの無い類のものだ」
イルカのその言葉に、サスケは不服そうにぎゅっと眉を寄せた。
そんなサスケの表情に、イルカは聞き分けの無い駄々っ子の面影を見てしまう。
だが、イルカの知っているサスケは、本当に優秀で、ただの駄々っ子で収まる器ではない。
流石はうちはと、そう思わせる聡明さと才能を秘めているのだ。
ただ、そう。
そういう事をイルカが教えてやる為には。
「何より、先生は女性に縁がないからなあ。きっと何かを護る事を考え始めたお前の力には、なってはやれないと思うんだよ。情けないけどなぁ」
へにょり、と眉を下げつつ、自分でも情けなさを噛み締めながらそう打ち明ければ、見る間にサスケの瞳に納得の色が浮かんでいった。
正直、その納得はとても痛い。
だが、だがしかし!
見くびってもらっては困る。
「でも!確かに先生は教師だからな。お前が自分の答えを考えるきっかけになる事くらいなら、先生でも言ってやれるぞ。それくらいしかしてやれなくて済まないとも思うが。それでも良いなら教えてやる」
敢えて念を押してやれば、サスケらしい強気な表情で呆れたように催促してきた。
「初めからそこまであんたに求めていない。きっかけ程度が掴めればいい方だと、最初から判断していた」
「何だと、この!」
思わず生意気な顔を見せたサスケにヘッドロックをかけて、ぐしゃぐしゃと問答無用で掻き混ぜる。
「うわっ!?イルカ!この、何をする!!」
流石に臍を曲げてイルカの腕から抜け出し、むっと睨み付けてきたサスケの表情に、構い過ぎたかと反省する。
同時に、サスケの兄の、イタチの事に思いを馳せた。
イタチの身に何があって、なぜあんな凶行に踏み切ったのかは分からない。
けれど、イタチも、イルカと同じように、こうしてこんな風にサスケを可愛く思う気持ちが、サスケ一人を生かしたことに繋がっているのだろう。
イルカはそう思う。
だから。
「護るっていうのはな、つまり、育む事だと先生は思う」
「育む?」
気を取り直し、サスケの性格に合わせて無駄を省いて端的に伝えてやれば、サスケは怪訝な表情になった。
現実的で合理性を好むサスケにとっては、イルカの語る理想論とは相容れないだろう。
だが、サスケの求める物の答は、きっとそこにある。
だからイルカは、サスケが実感しやすいように、己の事を例に挙げる事にした。
「ああ、そうだ。そういう意味では、教師の仕事も護る事だと先生は思っている。木の葉に生まれた子供達が、健やかに自分の道を誤らずに歩いていけるようにな。その為の芽を、先生達は育んでいる。それは、木の葉の里の未来を護っていると自負していい事だと先生は思っているんだ。ちょっと青臭すぎて、自分でも照れくさいけどな」
むっと顰められたサスケの表情は、そういう事を聞きたい訳じゃないと語っている。
だが、こればかりはサスケ自身が自分で答えを出さねば、守りたい物を本当に護る事などきっとできない。
だから、不機嫌になりつつも、大人しく耳を傾け続けているサスケに、イルカはしっかりと自分の考えを伝えていった。

「そもそも何かを守るって事は、酷く難しい。敵を攻撃して襲ってきた奴を排除して、それで終わりって訳じゃないからな。守りたい物の形が損なわれないように、気を配らなきゃならないし。意思を持たない物や術の類なら、結解や封印術なんかで容易く手が届かないようにしてしまえば、一応は安全と言えるだろうが、正規の解除法を持つ奴に狙われてしまえば、それもあまり意味はない。それが人や動物なんかの、自分の意思を持つ物が対象だと、話はもっと複雑になる。保護の対象者にも、自分の意思が存在するし、その意思を無視してこちらの意思を通してしまえば、それはもう、護りたい者を害しているのと同じ事だと先生は思うしな」
護る事について、実はイルカは一家言ある。
もう二度と誰かが何かを失わないように、そのために何をすればいいのか。
失わないために何をすればいいのか。
その考えの果てに、イルカは結界忍術を会得し、今も研鑽を続けているのだから。
火遁という攻撃性に優れたチャクラ質と、幻術に優れた写輪眼を生まれながらに宿したうちは一族のサスケには、実感は遠いことかもしれない。
しかし、忍としてではなく、人間として考えた時。
その時こそ、サスケはきっとイルカの言葉を理解してくれるだろう。
そして、狙い通り、イルカの言葉に真剣に眉を寄せて深く考え込み始めたサスケに、小さく頬笑みを浮かべて、イルカはもう一度、同じ事を繰り返した。
「だから、誰かを護る事は、育む事だと先生は思うんだ」
そう言われて、イルカの事をじっと見ていたサスケが、ふいっと視線を逸らし、おもしろくなさそうにしながら更に問いかけてきた。
「…何を育む」
そのサスケからの問いに、今度はイルカの伝えたい事がきちんと伝わっていると感じ、イルカはサスケの肩に手を置いて、視線を合わせて断言した。
「気持ちだよ」
「気持ち…?」
サスケらしくもなく、戸惑いを前面に出した幼い表情に、肩に置いた手に力を込めてもう一度、詳しく解説する。
「お前が、護りたいとそう思った気持ちや、護ろうとしている相手の気持ちを、だよ」
じっと真っ直ぐに自分を見つめている幼いうちはの黒い瞳に、ついつい照れを感じて顔を上げてイルカは茶化す。
「先生はどうも、そういう事が下手くそらしくて。いつも気が利かないだの、朴念仁だの言われて直ぐにフラれちゃうから。だから、参考にはならないかもしれないけどな」
「いや。きっかけ程度には十分だ」
すでにいつもの強気な表情を取り戻し、考えに沈むサスケの横顔にイルカは苦笑した。
サスケの気持ちが何処にあるのかなど、言われずともイルカには分かっているし、だからこそサスケがこんな事を聞いてきたのも分かっている。
だからこそ、与えてやれる助言にイルカは気付いた。
「俺達は男だから、大切な物や大事な物は、ついつい自分の手の中に抱え込んで、傷つかないように全て護ってやりたいと思っちまうけど、多分、それだけじゃ、護る事には繋がらない。護りたいと思った相手が、自分の意思で俺達の手を頼って、俺達の手の中に留まってくれて、俺達に自分を守らせてくれるように、相手の気持ちを理解して、添ってやることも護るって事だと思うんだ。そうじゃないと、守りたい筈の相手が、守ろうとしてるはずの俺達に反発して、素直に自分を守らせてなんてくれないし、悪くすればそっぽ向かれて俺達を捨てて、別の所に逃げだされちまうからな。つまり、俺達男に必要なのは包容力、か?確かにそう考えれば、先生にはそれが足りないのかもしれない。俺は、ついつい何事も全力投球になっちまうからな」
サスケに対して助言をしていた筈だったのに、ついつい湧いた疑問を口に出して呟いた。
そしてイルカの前に居るのは、その隙を見逃すような、そんな甘い存在ではなかった。
「つまりイルカ。お前には、余裕が足りないという事だな」
「ぐっ、言うな!先生だって、ちょっとは気にしているんだ!」
イルカが思わず窘めようとした時だった。
「だが。お前の話を聴いていると、ナルトがお前に懐く理由がオレにも分かる」
そう言って、ふっと今まで見た事もない程穏やかな笑みを小さく漏らしたサスケに、イルカは少し言葉を失った。
そんな安らいだ表情を見せたサスケの姿に、もう一つ、伝えておくべきことを思い立つ。
年齢を思えば気が早いとは思うのだが、相手は真面目で優秀で、同世代でも飛び抜けた才を持ち、その上短気でせっかちな方だったサスケの事だ。
早めに耳に入れて、じっくり考えさせる時間を与えるのは、決して悪い事ではない。
サスケは既に、うちはの復興を志してもいるし、護りたい相手なのだろうナルトにも家族はなく、その上、アカデミー時代からナルトはサスケの家に入り浸っているのだから。
猶更、きちんと考えさせた方が良い。
まだまだ幼く、二人は子供だと、イルカは思うけれど、二人とも、下忍就任を済ませ、年齢的にも子供とも言い切れなくなってきているのだから。
ナルトとサスケを良く知るイルカは、そう判断した。
「あと、もう一つ、先生が思いつくことがある」
「なんだ」
イルカのその言葉に、サスケは直ぐ様気を引き締めて、いつもの強気な視線でイルカを射抜く。
滅多に見る事が叶わないだろうサスケのあの穏やかな表情を、惜しむ気持ちが湧かないでもない。
だけど、サスケが今必要とし、求めているのは、きっとこういう事だろうと思うから。
「実は先生も実感はなくて、頭で考えてるだけなんだけどさ。護るべき者を得たのなら、そしたら、新しい家族になるかもしれないその人達に、サスケがどんな暮らしをさせて、どんな生活をさせたいのか。それをちゃんと考えて、実行して、きちんと実現させる力も必要だと先生は思う。それこそ、いわゆる男の仕事って奴なんだろうからさ」
「つまり、甲斐性か」
イルカの言葉を即座に端的に纏めた優等生なサスケの言葉に、イルカはしたり顔で腕を組んだ。
「そういう事だな」
アカデミーで教鞭を取っている時のように、首を縦に振る。
次の瞬間、サスケから与えられた笑み交じりのからかいの言葉に、イルカは思わず素でツッコミを入れた。
「確かにそれはあんたには足りないな。もっともだ」
「おおい、サスケえ!!」
「何となく、するべき事の何かが見えた気がする。流石は教師だ。あんたの言う事は解かり易くてしっくりくる。あんたを頼って正解だった」
しかし、再び滅多にお目にかかれない様な素直な表情でサスケから称賛され、イルカはむず痒い照れくささを味わった。
滅多に誰かに気を許そうとしないサスケだからこそ、こうして口にしてくれた言葉は本心の物だと分かる。
そうして、他でもないサスケにこんな風に認められるのは、教師としても、同じような思いを味わう者として誇らしく思え、そして少し後ろめたかった。
何もしてやれていないのに、何かしてやれたような気になってしまう。
だから、もう一度丁寧にサスケの頭を撫でて、ほんの少しの本音と弱音を見せてしまった。
「お前は本当にすごいよ。先生は、そう思う。他でもない『うちはの生き残り』のお前にだから打ち明けるが、結局、先生は、『最初の喪失』を恐れて。『次の喪失』を恐れて。それで未だに、誰かと繋がる事を本当は心の底で躊躇って、迷って、恐れていて。だからこそ、お前達を教え、導き、諭す立場に逃げ込んでいるのかもしれないと思う時があるんだ」
真っ直ぐにイルカを見つめて来たサスケの眼差しに、弱くて卑怯なイルカを晒す。
きっと、サスケはイルカのこれも自分の糧にして、大きく成長してくれると思えたから。
そして、そんなサスケが傍に居れば、きっとナルトに心配は必要ないとそう思うから。
サスケからの、強く見透かすような視線から逃げる様に、いつの間にか到着して立ち止まっていた、火影邸の玄関口から覗く青空を見上げる。
「お前達と一緒に居れば、先生は一人じゃないし、先生も、お前達を独りにしなくて済むからな。先生には、何かを護る力も、戦う力も。どれも人並み程度にしかない。それでは、本当に自分の守りたいものは、決して守り切れないんだって。俺も、お前も。嫌と言うほど思い知らされちまってるからなあ」
空を見上げたイルカの小さな独白を、サスケはじっと黙って聞いてくれている。
だから、話を持ち掛けられた時から、本当に伝えたかったイルカの気持ちを、掛け値なしの称賛と共に贈った。
「なのに、もう一度他の誰かを護りたいと思えたお前を、俺は本当にすごいと思うし、護ろうとしているお前を心の底から誇らしく思う。お前がうちはだからじゃない。先生の教え子の、うちはサスケだからだ。でも、こうやってお前と話してみて気付いちまったが、先生にはまだ無理だなぁ。怖くて、挑戦しようとも思えないよ。年下のお前はそうやって歯を食い縛って頑張ってるのにな。だからこそ、余計に誰かを護ろうと思ったお前を凄いと思うし、護ろうとしているお前を誇らしく思うし、なんだか嬉しくてしょうがないんだ。ハハッ。おかしいよなあ。でも、泣きたくなっちまうくらい、お前がそういう風に誰かを思う事ができた事が、先生、嬉しくて嬉しくて仕方ないんだよ。良かったなあ、サスケ。ちゃんと、お前がそう思った気持ちを大事にしろよ?怖いからって投げ出して、護る事から逃げ出しちまったら、先生みたいな情けない奴になっちまうんだぞ?お前は、俺みたいになるんじゃないぞ?ちゃんと、護りたい物を守れる男になれよ?その為に必要なら、先生みたいな奴の力でよければ幾らでも貸してやるからさ」
サスケの肩に左手を乗せ、空を見上げながらぼろぼろと零れる涙を隠すように、イルカは右腕で目元を覆った。
じっと黙ってイルカの話を聴いていたサスケが神妙な声で口を開いた。
「オレも、恐れが無い訳じゃない。でも、オレはうちはだ。だからこそオレに迷いは許されないし、逃げも許されないと思っている。けど、オレ個人としては、あんたの恐れも、迷いも。持って当たり前の当然の物だと、そう思う」
サスケのその声に、はっとしてサスケに視線を落とす。
心なしか気づかわし気にイルカを見上げていたサスケが、その途端、慌てたように顔を逸らした。
「そもそも!あんたは護る事から逃げてなんかいないだろ!あんたは木の葉の未来とかいう形の無い、護りようもなさそうな物を護ろうとしてるじゃねえか。そっちのほうがオレには護り方の見当もつかないし、挑戦しようとも思えねえな!」
ぷいっと顔を逸らしたまま、サスケはそんな事を口にした。
少し、血の気が良くなったように見えるサスケの顔をまじまじと見ていると、堪り兼ねたようにサスケがイルカを睨み付けてきた。
頬を赤く染めた顔で。
「大体、いい年をした大人が、こんな事でいちいちめそめそする方が情けない!あんたはオレ達の教師だろ!公私混同もほどほどにしとけ!あんた個人は情けなくて頼ろうとも思えないが、教師としてはあてにしている。ナルトとは逆だけどな!」
「そう、か」
サスケの言い分に大人しく頷いたその時だった。
「これからも、オレ達の師としてならオレもあんたを頼りにしてやる。だから、あまり自分を卑下するな!あんたを頼ったオレの方が情けなくなる!じゃあな、世話になった」
どこかむず痒そうな拗ねた表情で、サスケは一方的にイルカに告げて、アカデミー時代よりも更に磨きがかかった瞬身であっという間に姿を消した。
もう見えなくなったサスケの背中を追っていたイルカは、サスケから与えられた言葉の数々に、口元のにやつきを抑えられなくなってきた。
もう聞こえないと知りつつ、涙を拭って、サスケに向かってイルカは呟いた。
「ああ。俺なんかの力でも必要だというのなら、何時だって貸してやるし、お前たちの事を待っているよ」
呟きつつ、イルカは確かな予感めいた物を感じた。
きっとサスケはその名に恥じない忍になるだろう。
何せサスケは、三代目火影を務める猿飛ヒルゼンの父であリ、初代火影とうちはマダラの里造りに最初に賛同を示して大きく貢献した、猿飛一族の伝説的な忍の名を譲り受けた、木の葉の誇るうちは一族の末裔だ。
イルカの教え子の一人の。
確かに、サスケに師とまで呼ばれたイルカが、みっともなく情けない姿を晒していれば、そのサスケとしては気が気ではないだろう。
かつての、忍術を巧く発動させれなかったナルトに苛立っていた、幼いサスケの姿が蘇る。
うちはの悲劇を境に、思う事を全て素直に表現していた姿は鳴りを潜めたが、それでもずっと眉間に皺を寄せて、変わらぬ渋い表情を、涙目になりつつも決して諦めようとしなかったナルトに向けているのには気付いていた。
あの気持ちを、今はイルカにも向けてくれているのか。
それを感じ取り、イルカはくすりとした。
それは、どうにもこうにも気合いを入れねばならないし、否が応にも気合いが入る。
思いがけずイルカに見せてくれた、成長しても変わらない教え子の可愛らしい姿に、イルカは満たされた喜ばしい思いで、もう一度空を見上げた。
さっさと任務を片付けて、教職に戻らなくてはならないだろう。
イルカの護る、木の葉の未来達が待っているから。
雲一つなく澄み切った青空の今日は、絶好の任務日和だ。
きっと何もかも全てが上手くいくのだろう。
サスケと別れて気を引き締め直し、任務に向かうイルカには、何となく、そんな気がしていた。 
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