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機械の夢

作者:天城
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第01部「始動」
  第06話

「終わったの?」
「…いいや。まださ」
 床に倒れ伏した男を、通路を歩いて来た女は見つめる。物腰や立ち振る舞いは秘書のようだ。
「まだやるきなの!?」
 少し怒ったような言葉に、肩まで髪を伸ばしたロン毛は言った。
「君も落ち着きなよ。彼には責任を取って貰わないと終わらないよ。簡単に終わらせもしないけどね」
「そ、そうね」
 秘書は手櫛で髪を直す。
 言われて気付いていた。自分が冷静じゃないと。近しい人間が起こした暴挙に動揺していた。
 信じられないわ。そう、秘書は報告を受けた際に漏らしている。先程会っていた男は、あの子を愛していた。男女の愛ではないが、愛しいと感じていた筈だ。それなのにそんな馬鹿な真似はする筈がない。そう思っていたのだ。
「どうして…」
「それだけ大きかったって事だろうね…復讐ってやつがさ」
 常人じゃ扱えない機体に乗り、常人じゃ耐えられない地獄を見た。手にした幸せを壊され、無惨に散った未来。自棄を起こす…自然な流れだ。
「哀しいわね…」
「マスター!」
 高い声を上げて走って来たのは銀髪の女性。鉄製の床を鳴らしながら走ってきた女性は、床に倒れた男のところで止まった。
「……ねぇ?彼女?」
「……うん。僕のトコに連絡してきたのは彼女だよ」
 秘書の問いにロン毛が頷く。
 二人は就寝中だったが、緊急連絡用のアクセスコードが使われて叩き起こされた。最初は顔がシークレットだったが、ロン毛は顔も見せない相手は信じられないと言ってシークレットを解かせた。
「さて……まぁ今の行動で何となく予想はついたけど………君は誰だい?船の動力を起動させたら出てきたけど?」
「マスター!大丈夫ですか?直ぐに医務室に!!」
 ロン毛の声は、女性には届いていないようだ。バッタと呼ばれる機械を呼んでいる。
「…大きいわね」
「そうだね」
 言いながら秘書は銀髪の一部を睨む。ロン毛も同意するが、目は笑っていなかった。
「マスタァ……………あ…」
 銀髪は男の回りを歩き回る。だがバッタが男を背に乗せようとしたところで、女性は何かに気付いたように自身の両手を胸の前で見つめた。
 手をグッと握りしめると、今度は男を背中から抱きしめてお姫様抱っこにした。
「ちょっと何を」
 慌てて秘書が銀髪を止めに入るが、立ち止まることなく去っていった。
「……まだ、終わって無いのかい…」
 銀髪を追って走って行った秘書を見つめ、二人を追うロン毛は呟いた。

--
「はい…」
「やっぱりか」
「信じられないわ…」
 ………アカツキ…か?
「っ、マスター」
「え?」
 ……誰だ?
 どこかで見たことがある女性と、エリナが近寄ってくる。
 視界が悪い…ラピスは居ないみたいだな。
 医務室…か?
 何度も世話になったベッドの感触から予想する。
「起きたかい?」
 アカツキか。
「…ああ。寝起きはいいんでな」
「そりゃ良かった」
 軽口は軽口で反ってきた。
「何でこんな事したの!」
「エリナか。俺が出来る最後の償いを」
-パンッ-
 頬に平手が当たった。痛みや感触は薄いが、目の前にある顔が胸を責めた。
「ふざけないで!!貴方、自分が何をしようとしたか分かってるの!?」
「…」
 分かってる…そう言える筈だった。だが、何故か言えなかった。
「君の負けだよ」
「………そう、みたいだな」
 アカツキか…そう言えばさっきアカツキに負けたんだったな。今考えても不思議でならない。
 力も技術も俺が勝っている。いくら体力が十分じゃ無かったとは言え、それだけで負ける程甘くは無い。アイツの意識を刈り取れるだけの一撃は入れた筈だった。
 それなのに負けた。その事実だけが今残っている。
「俺はどう…」
「昨日も言ったよ…他人に聞くな自分に聞けってさ」
 ……………厳しい奴だな。
 甘えるな。そんなの自分で考えやがれ…か。
「………ラピスと話を…してみる」
「マスター……」
 ん?
「誰だ?」
 しまったな。そういえば、もう一人居たんだったな…アカツキ、エリナ以外か。プロスペクターやゴートじゃないな。誰だ………
「…お手を失礼します」
 誰かに手を握られた。
-キィ-
 視界が開ける。目に写ったのは綺麗な銀色の髪をした女性。
 最近…っと言うか、さっき会ったばかりの女がいた。
「どうですかマスター……ラピスの様にはいきませんが、少しは五感が働きましたか?」
「ああ…良く見える。大したもんだな…ラムダ」
「有難う御座いますマスター」
 ……………
「アカツキ」
「言っとくけど僕関係ないよ。勿論ネルガルもね」
 そんな訳があるか。ラムダはずっと俺たちといた。こんな事がネルガル以外に出来るわけが…
「マ、マスター!?」
 髪や顔を触ってみるが本物だ。いや、偽物には思えない。
「アキトくん!!」
「何だエリナ」
「貴方ね…今はそんなことしてる時じゃないでしょ!」
 何を言って…
「マ、マスター…駄目です。もっと優しくして下さい……触れられる感覚に慣れてないので、その…」
 …嘘だろ。
「本当にラムダなのか?」
「はい。マスター」
 もう一度ラムダを見る。
 ラムダにアクセスをした時に見た姿だ。それは間違いない。
「話せ。もうさっきみたいな言い訳は効かんぞ」
「………はい」
「おや?やっと本題かい?もう少しイチャイチャしててもいいんだよ?」
「…そ、そんな。私はマスターと、あ、あの…その………ぅ」
「会長?秘書課の美月さんの件ですが」
「あ、何でもない。続けて続けて…」
 話の腰を折られた形だが、ラムダはこうなった要因を語った。
「…何故そんな事をした」
 ラムダの話を聞いて、俺は静かに自分の頭に血が上っていくのを感じた。
 貨物船の運んでいたコンテナの一つ。ダミーの中に見つけた本命。その中に入っていたのがこの体だそうだ。
「それは…」
「解っているのか?それは奴等が運んでいた物だぞ!どんな為の物かも解らずにお前は…」
「……も、申し訳」
 言葉に詰まる。火星の後継者で、こんな物を作れるのは山崎ぐらいだろう。あの山崎が作ったなら、それがどんな目的で作られたのかは解らないが録な代物じゃ無いだろう。
「早く元に戻れ。それは破壊する」
「お願いですマスター。危険が無いかは隈無く調べました。私を捨てないで下さい…ッ…ッ…」
 涙…だと?
 あの下衆…泣き叫ぶ火星人を何人も殺しておいて…そんな機能を持たせたのか……ふざけ る な!!
「お前、自分が何言ってるのか」
「それは君もだけどね」
 …アカツキ。
「君の感情も分かるけどね。でも、僕としては先手が打てて幸運だと思うよ」
「そうね…まさか人工的な生体だなんて…」
「どういう事だ?」
 珍しく真剣だなアカツキ。
「分からないかい?考えてみなよ。この成功が何を引き起こすかをさ」
 機械に人工知能が入った…ユーチャリスの方が凄いと思うがな。
「死なない兵隊…って聞いたこと無い?」
「……ゾンビとかか?」
「マスター!私は腐ってません。清潔です!」
「さっきのラムダの言った事を思い出してみなよ」
 …………触れられる感覚…感覚?
「触覚があるのか?」
「そう。ラムダの体は機械だとしても、感情も感覚もあるように見える。まるで…いや、人間そのものって事さ」
「これが量産されたら?いくらでも代えが効く兵器の完成さ。いくら君でも、数百のエステバリスに捨て身で特攻してきて自爆でもされたら?」
「ジャンプが使えなければ死ぬな」
 機体に密着されれば、自爆されて間違いなく死ぬだろうな。
「そう。そんな戦法をされる前に発見出来て良かった。そういう意味さ」
「解析してみないと詳しいことは解らないけど、対策が立てられるかも知れないし……」
 ……くそ。
「ラムダ、お前も同じ意見か?」
「私は…私は………体が欲しくなりました。マスターがラピスに触れる様に、私もマスターやラピスに触れたい。マスターの意に背くと解っていてやりました…何をされても構いません……お願いです。私にこの体を…下さい……お願いします」

 それが…俺の、ラムダに対しての意識を変えさせられた瞬間だったかも知れない。

 人らしく成長する命の無い生命。
 人工知能を有した機械から、体を手に入れてそこに確かに存在すると…擬似生命体とも言える人らしい存在に。
「…お前にも借りがあったな……好きにしろ」
「本当ですかマスター!有難う御座います!!」
「…離れろ」
 ラムダが抱き着いてきた。一番長く付き合いがあるのは俺かラピス。恐らくそれが元になってるんだろうが…お前がやったら……
「マスタ?私は幸せです」
 …ぅ…これじゃラピスの事を言えないぞ…
 黙って頭を撫でてやる。しかし、同じ年くらいの女が頭を撫でられて喜ぶってどうなんだ?
「嬉しそうね…」
「なんだったら僕が」
 何かアカツキが殴られてるように見えるのは気のせいだろう。ああ。今日は本当に疲れた…寝ても、いいよな……
「マスタァ?」
 微睡みながら意識を手放した。
「何だかんだ言って、結構溜まってたんだろうね」
「そうね…」

--
 静かだ。
 こんなに静かな夜は何時以来だろう。
 以前は、何時ものように思い出していた過去の記憶。
 楽しい事があった。悲しい事もあった。嬉しい事も…そして、それらは全て崩れて消えていった。
 許されない事をした。それが過去自らが許せないと言い切った事であることは十分に承知の上で。

 -復讐-

 俺は復讐がしたかった。
 毎日が苦痛で毎日が恐怖で、毎日が地獄だった。
 今日も一人居なくなった。同じぐらいの年の人だった。俺の後に連れて来られ、俺と同じように五感に支障をきたしていた。
 思い出したくもない…思い出せば恐怖で手が震えた。紅い…紅い目が俺を見ていた。
 弱かった。自分という存在が許せなくなるくらいに。ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう…

 壊れたかった。現実から逃げて逃避すれば…諦めれば楽だったのかも知れない。楽に…楽になりたかった。
 俺の中で繋がっていた唯一の線は…もう二度と会えない、銀色の髪の妹と言える子……その子によく似た、薄桃色の髪をしていた筈の少女の存在。
 金色に光る瞳が俺を見ていた。色を失って久しいけれど、あの子に会い話をした時間は恐怖を忘れることの出来た。

 明日が来るのが怖かった。何時とも知れない死が近づいてくるように感じたから。
 意識がぶれる。思考が出来なくなっていく。
 こんな幕引きが俺の最後…もしか さ がいる  ら せめ て   あの だけ  た-

 …俺は今無力な自分を殺した。殺したと思っていたんだ。
 だがそれは幻想で、今の俺の気持ちすら殺せない。
 許されない行為だと理解しながら、俺は実行した。
 …………。
「アキト」
 何度も聞いた少し重さを感じさせる少女の声。
「…ラピスか」
「うん」
 静かな沈黙が流れる。
「アキト」
「…ん」
 背中が引っ張られる感触。
「俺はな。ラピス…お前が傍にいてくれて良かったと思っている。だけどな。同時に痛かった」
 ラピスは何も言わない。
「お前はそう思わないだろうが、お前が普通と感じている俺と一緒にいる事は普通じゃない。戦艦を使って殺し合いなんてお前ぐらいの子供はしない」
 自分の声が無機質に感じる。
「それなのに、俺はお前に力を貸してもらって戦った。殺して殺して…何人もこの手で殺した」
 血に染まった両手を夢見て目を覚ますことなんて日常茶飯事だった。
「後悔はしていない。俺がそう望んだんだ…だが、自己の判断もおぼつかないお前に手を汚させた。それが俺には…耐え……いや嘘だな 俺は   逃げたかった」
 そうだ。そんなの嘘だ。あいつの言った通り、俺は
「もう全てを終わらせて、一人で消えてしまいたかった」
 吐き出した。ラピスが理解できるかは知らない。気がついたら俺は…また、逃げていた。
 自分の半分くらいしか生きていない子供に吐露した弱音。自分がまた嫌いになる。
「…嫌。一人は嫌だよ」
 背中から引かれる力が強くなる。
「そうか」
 言葉は続かなかった。
 背中にもたれかかった重さが許さなかった。



「俺に残された時間…お前の為に使う」
 そう言って  -夢-  は覚めた。 
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