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NARUTO 桃風伝小話集

作者:人魚
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その33

 
前書き
妖狐降臨だってばよ終了後、里帰還前。
サスケ編そのいち。 

 
ガトー配下に収まっていた霧隠れの抜け忍達との戦闘が、一応の終結を見せ。
ガトーカンパニーの謎の壊滅という結果によって、波の国の緊迫した状況は終了した。
依頼人暗殺の危険は失せ、後は、波の国と火の国を繋ぐ巨大な橋の完成を待つばかりとなったある日。
サスケはとうとう感じていたものを問い質そうと思い立った。
サクラにも、カカシにも、ツナミさんやタズナさん、はてはイナリにまで口を揃えて、ナルトに何をしたのかと、問いかけ続けられては動かざるを得ない。
口を揃えて、怒らせたなら、早く怒りを解いた方が良いとまで言われ、タズナの親爺などには、好きな女をあんなに怒らせるなんざ、男としてまだまだ子供でひよっこだとまで言われて、女の扱い方と接し方について、一家言ぶたれて、盛大に笑われ、からかわれもした。
タズナの親爺が依頼人である事を、サスケが心底呪ったのはそれが初めてだ。
なるほど、ムカつく。
ナルトの反発も然もありなん。
別にサスケはナルトを特別な女として見ている訳でも、惚れたという意味での好きでもないが、そこまで言われれば、サスケの男としての沽券に拘わる。
動かざるを得なかった。
どうせ、サスケにとっては、下らない事が原因なのだ。
理由が見えないが、ナルトを怒らせたのはサスケだろうと、サスケにも分かってはいる。
だが、サスケがナルトの機嫌を取ってやらねばならないのは面倒だという気持ちの方が、サスケは強かった。
依頼人達の暮らす街の中心から外れた、ガトー達が占拠していたという船着き場に程近い、堤防の近くでそれを目撃するまでは。
「あはははは!何それ!そんな事、本当に言ったの?」
「そうさ!そんでな、いくらなんでもそりゃあねえだろうって言ってやったのさ!」
「うんうん!それで?」
長期に渡る任務故に、持ち回りで一人ずつ定期的に休暇を与えられ、今日の昼頃から街に出ているという聞き覚えのある声に、サスケはそちらに目をやり、思わず自分の目を疑った。
そこには、別人のような姿をしたナルトが、自分達より5、6歳は歳上だろうこの辺りの一般人の男相手に、きらきらと目を輝かせて、滅多に浮かべない心からの楽しげな笑みを見せている姿があった。
驚いた事に、ナルトは髪を二つに結い上げ、この辺りの娘達が纏う衣装を身に付けている。
一目で女と分かる姿のナルトが、楽しげに自分の話を聞いている事に、相手の男も満更ではなさそうだった。
サスケも一瞬、目を疑った。
こうして端から見ると、ナルトは大分、大人びている。
顔立ちはむしろ幼く、身長もあまり大きい方では無いが、身体付きが同年代の女子達とは、一線を画していた。
女である事を隠す事を止め、こうして相応の姿に戻ったナルトは、15、6と間違われても仕方ないとサスケも思った。
事実、ナルトと一種にいる男の視線は、ちらちらとあからさまにナルトの身体の際どい所に向けられていた。
それなのに、そんな相手にナルトは笑みを向けている。
限られた相手にしか滅多に浮かべないはずの笑顔を。
サスケから見ても、下劣な下心しか透かし見えない男相手に。
訳もなく怒りが込み上げ、サスケは二人に向かって猛然と向かって行った。
ところがサスケの姿に気が付くと、ナルトは途端に顔を顰め、ふい、と、あからさまにサスケから顔を背けた。
ここ暫く、ずっとナルトに取り続けられている態度に、いい加減、サスケの我慢も限界になっていた。
腹立たしさが膨れ上がる。
イライラとした気持ちを隠さず、横に立つ男に寄り添うように、堤防として積み上げられた石垣に腰掛けているにナルトに向かって声をかけた。
「ナルト。帰るぞ」
「やだ。サスケ独りで帰れば?僕、まだここに居るし。カカシ先生にも言ってあるもん。サスケにどうこう言われる筋合いはないよ!」
いつもなら、二つ返事でサスケに付いてくるナルトが、ぷいっとサスケから顔を背けて、ふてくされた声で拒絶してきた。
ナルトからの思いがけない反抗に、思わずかちん、と来ながら、それでも面白くない気持ちを圧し殺し、サスケは辛抱強くナルトを説き伏せようとした。
まさか、ナルトの機嫌を損ねた弊害が、こんな形で現れるとは。
面倒と放置していた判断を、後悔する。
少々眉を顰めつつ、ナルトに対する下心しか見えない男に、牽制の視線を送りながら、ナルトを諭す。
「良いから。行くぞ」
「やだ!行かないって言ってるだろ!?サスケのバカ」
訳もなく拗ねた声で罵倒され、頭に血が登りかけたが、ここでサスケが激昂してナルトと決裂した場合、ナルトを見舞うだろう危険を思い、ぐっと堪えたその時だった。
ナルトの相手をしていた男が、ヘラヘラと笑いながら、サスケに対する優越感を滲ませた態度で割り込んで来た。
「ほら~。ナルトちゃんもこう言ってるんだし、お呼びじゃない奴はとっとと帰りな。ナルトちゃんはお子様はお呼びじゃないんだってよ」
取るに足りない一般人の男が、蔑んだ瞳でサスケに勝ち誇りながら、サスケに向かって投げ掛けてきた言葉は、これ以上なくサスケの感情を逆撫でしてきた。
知らず知らずのうちに、両目の写輪眼を発動させて男を威嚇する。
「黙れ。死にたくなければとっとと失せろ!」
「ひっ!何だよ、その目!ばっ、化け物だ!!」
その途端、男は呆気なく叫び声をあげ、ナルトを置いてさっさと一人で逃げ出した。
そのみっともない姿を鼻で嗤う。
三下と呼ぶのもおこがましいような相手に何を言われようと、サスケは気にもならないが、それでも少しだけ胸に軋む物があるのを認めた。
化け物。
サスケの誇りでもあるこの瞳を見て、そう呼ばれるのは、あまり気持ちの良いものではない。
なんの力も持たない人間の、忌憚無い本音の言葉だからこそ尚更だ。
しかし、なんの力も持たない相手だからこそ、そう思ってしまうのは仕方の無い事なのかもしれない。
だが、どちらにせよ、うちはの血を引くサスケが気にする類いの物ではない。
逃げ出した男の背中を、侮蔑と共に見送っていた時だった。
ぞくりとした肌が泡立つ感覚を覚えて、サスケは思わず振り向いた。
そこには、サスケですら怖気が立つような、非常に冷たい凍てついた眼差しと表情で、逃げ出した男の背中を見つめるナルトが居た。
「化け物、ね。誰に向かって言ったのか、判ってるのかな、あいつ」
氷のような冷たさを感じさせる硝子のような青い瞳で、感情を感じさせない平坦な声を小さく漏らすナルトは、サスケが良く知るナルトの形をした別の何かのようだった。
サスケへの罵倒に、自分の事以上に感情を剥き出しにするのは、いつものナルトらしいけれども。
この辺りに伝わる古典模様を編み込まれた大振りな組紐で、頭の高い位置で二つに結い上げられた、長く、赤いナルトの髪が、同じく赤い夕暮れ時の潮風に舞っている。
知っている相手の、見慣れない服装と髪型が、目の前に居るナルトは、実はサスケの知らない別人なのではないか、と、サスケに思わせた。
目の前の存在が、うずまきナルトなのは承知しているけれど。
でも、今、ナルトの髪を飾っている黒に近い濃い茶を基調とした組紐は、ナルトの髪には似合わないとサスケは思った。
ナルトのこの赤い髪に似合うのは、もっと華やかなはっきりした色だろう。
金や、それに、白に近い色なんかも似合うかもしれない。
でも、ナルトが今身に付けている濃い茶色では、ナルト自身の髪色に埋もれてしまう。
それは少し勿体ない。
淡い桃色と薄紅色を基調とした、この辺りの可愛らしい民族衣装は、わりとナルトに似合っているのに。
茶色も、合わない訳では、無いようだけど。
それでもより合うのは、多分、もっと違う色だ。
いっそ、なんの飾り気もない艶のある漆黒でもいい。
その方がきっと、ナルトの髪には映える。
母が手にしていた朱塗りの櫛ではなく、それを納めていた化粧箱のような、艶のある黒塗りの、螺鈿細工の蒔絵が散るような。
風に舞うナルトの髪を眺めながら、思わずそんな事を考えている自分に気付き、サスケははっと我に返った。
居心地悪く、サスケの胸が騒ぐ。
「お前、その髪どうしたんだ」
「これ?今日の朝、サクラが結ってくれたの。今日、僕、休日だからって。この格好は、この頭を見たツナミさんだけど。結構動きやすいから、これ僕気に入ったかも。女の子の格好は、動き難いのが判ったから、もうしなくて良いかなって思うけどね」
「…へえ」
居心地の悪さを誤魔化すように発した、誉め言葉とは逆のサスケの質問に、いつものように不敵に笑いながら答えるナルトは、いつものように戻ったようでいて、どこかサスケに刺々しい。
利便性の面から、もう良いなどと言い出したナルトに、勿体ないと思った気持ちが消えていく。
それと、ナルトの口から、自分達以外の人間の名前が呼び捨てられて出てきた事に、チクリとした違和感を胸に感じた。
以前、ナルトと同性とは言え、自分以外にナルトが呼び捨てにする人間が木の葉に居ると知った時にも感じた違和感だ。
そして恐らく、これがナルトの不機嫌の理由の筈だった。
「…ナルト。お前、そんなにサクラの事が嫌いだったのか」
慇懃無礼でシニカルな所はあるが、基本的に人当たりの良い態度を取る事の多いナルトの好悪は、実は少し掴みにくい。
極端に好きな相手と嫌いな相手への態度は分かりやすいものの、そこまで好きでも嫌いでも無いものの区別は分かりにくいのだ。
そしてナルトは、環境故か、多少自分に不利で気に入らなかろうと、基本となる大まかな道理さえ通っているなら、不満を飲み込み、我慢する傾向が強い。
その分、陰で不機嫌になったり、手が付けられない程荒れたりするのだが。
そして、その不機嫌は、主に食事の内容にぶつけられる。
飯にあたるのは正直止めて欲しいとサスケは思う。 
食える物を出されるならば問題は無いが、食べられない物や食べたくない物を出されるのが一番困る。
作って貰っている手前、文句も言い辛い面もあるし。
愚痴愚痴と、誰かに対する悪口めいた物を、決して口に出そうとしないのは、ナルトの美徳の一つだとは思うが。
あんな境遇に置かれて居るのに、ナルトがはっきりと自分の負の感情を口に出したのをサスケが聞いたのは、昔、一度だけ聞いたっきりだ。
それ以来、ナルトはその事についても漏らした事は一度も無い。
感じて居ないわけで無いだろうに。
嫌悪も、不満も、怒りも。
ナルトは何もサスケには伝えて来なかった。
伝えて来るのは、嬉しい事、楽しい事。
それだけだった。
そう言えば、悲しい事も、ナルトは何も伝えて来る事が無かったな、と、サスケはたった今気が付いた。
少し前、四代目に対する鬱屈を、ぽろりと溢してはいたが。
だが、その時も、ナルトのそれは、直ぐにサスケの前から隠されてしまった。
そんなナルトに、少しだけ燻る物を感じてはいても、サスケ自身、ナルトとこんなにも長く深く関わるつもりは更々無かったから、今まではそれで良しとして来ていた。
けれど。
先日、サスケの胸で涙を流して泣き疲れて寝入っていたナルトの寝顔が、サスケの脳裏にちらつくようになった。
今までも、ナルトはあんな風に誰かの胸で泣いた事があったのだろうか。
いや、きっと、サスケの知らない所では泣いていたのだろう。
ナルトは意外と涙脆い。
それに、薄々サスケも感付いている。
ナルトは、夜、しょっちゅう悪夢に魘されて、一人夜中に泣いている。
サスケの家に泊まった時は、そのままこっそりサスケの部屋に忍んで来ている事もある。
気付いていて、でも、出来るだけ、サスケはナルトのそういう所を見ない振りをしていたけれど。
だからこそ、ナルトもサスケとの距離を詰めようとしてこなかったのだろう。
サスケ自身、自覚はしていた。
だが。
だからこそ。
こんな風に ナルトの感情を、意外と長期間に渡って、サスケに直接ぶつけられるのは初めてで、サスケは少し困惑していた。
そもそも、マンセル仲間に選ばれた春野サクラの事を、ナルトはなんだかんだと言いつつ、それほど嫌いでは無さそうだった。
ヒナタ程気が合う相手では無さそうだったが、一応、マンセル仲間として、サスケに窘めを飛ばして来る程度には、認めているようだったし。
だからこそナルトへの里の疑念を晴らし、なおかつ、円満な今後の任務の為に、少しナルトに口出しをしたのだが、何か読み違えてしまったのだろうか。
「別に?サクラは好きじゃないけど、嫌いでもないよ」
どこか拗ねたような声で、つっけんどんに返しながら、ナルトは腰掛けていた堤防から飛び降りた。
そのまま、サスケを一瞥もせずに、歩き始める。
意地でもサスケを見ようともしないナルトの態度に、思わずサスケは眉を顰めた。
人当たりの良い外面を持ちながら、その実、とても負けず嫌いで人見知りで、そして、警戒心の強いナルトの複雑な性格の事を忘れていた。
そんなナルトにとって、大して好きでも嫌いでもない相手を呼び捨てにするのは、もしかしたら、とても抵抗のある事だったのかもしれない。
そもそもナルトは、里人に良い感情を持っていなかったし。 
だが、ナルトは、あっさりとサクラを呼び捨てにするようになった上、サスケには入り込めないような、女特有の仲の良さを見せるようになっていた。
ナルトの懐に入ってさえしまえば、サスケやヒナタに対するように、ナルトは深い好意を明け透けに向ける面もあるから、サクラはきっと、ナルトの懐に入れたのだろう。
ならば、何故、ナルトの機嫌が悪いのかが分からず、サスケは頭を悩ませた。
「お前、何をそんなに怒っている」
結局、サスケは考えるのを止め、ナルトに直接問い質した。
その途端、どこか傷付いたような光を瞳に宿し、怒りで頬を紅潮させてナルトは振り向いてきた。
「別にサスケには関係無いだろ!?僕が何をどう思ってたってさ!」
「なら、なんでそんなにオレにつっかかる!オレが何をした!」
一瞬、見たことのないナルトの表情にドキリとしたが、いつも通りの拒絶の言葉に苛立ちを堪え切れなくなっていた。
いつもならば、そう言ってサスケを拒絶するナルトは、もう機嫌を直しているはずなのに、明らかに今のナルトは怒っている。
サスケの何かに苛立っているのだ。
今までならば、それ以上サスケだって関わろうと思わないが、ついさっき、この状態のナルトを放置する厄介さを実感したばかりだ。
きちんと向き合わなければならないだろう。
なのに、ナルトは、それをサスケに直接ぶつけているのに、サスケと向き合おうとしていないのだ。
ナルトらしくもない、訳の分からないナルトの態度に付き合うのも、いい加減、面倒になってきていた。
「オレに関係ないと言うなら、いい加減機嫌を直せ!そうじゃないなら理由を言え!」
少々語気を強めにナルトに怒鳴り付けたサスケは、目の前でみるみる盛り上がっていったナルトの涙にぎょっとなった。
泣かせようと思った訳では断じてない。
そもそも、普段のナルトなら、この程度で泣きはしない。
なのに、ナルトは今、たっぷりと涙の膜を瞳に張り、唇を尖らせて、今にも泣き出そうな顔のまま、ナルトは消沈してサスケを睨み付けてくる。
そんな顔でナルトに睨まれなければならない心当たりなど何もないサスケは、思わず怯んで身を強張らせた。
「だって、サスケは、僕が誰を呼び捨てにしてても気にならないんだろ!?」
「……あ?」
「僕は木の葉の人間で呼び捨てにするのは、ヒナタとサスケだけって決めてたのに!僕が何をどう思ってもサスケは全然気にしないんだろ?!」
感情的に吐き出しながら、とうとう我慢出来なくなったらしく、ナルトはポロポロと涙を流して泣き出していた。
思わずサスケは言葉に詰まった。
「サスケがそう思ってるなら、別にいいもん!私にはまだヒナタが居るもん!サスケなんか、僕だっていらないもん!」
そう強がりを言いつつ、ポロポロと泣きながら、あまりにも子供っぽい駄々を捏ねるナルトに、サスケは呆気に取られて呆れていた。
常々、ナルトにはどこか子供じみた所があると思ってはいたが、これではイナリと同じくらい子供なのでは無いだろうか。
名前の呼び方が一体なんだと言うのだ。
呼び方が少し変わった程度で、心の距離までが変わるわけでもあるまいし。
確かに影響が無いでもないが、それを制御するのが忍だろう。
ナルトもそれを理解している筈なのに、何故、今サスケに感情をぶつけてきた。
呆れたサスケは、悔しげにサスケを睨みながら涙を拭うナルトを、冷めた目で見詰めていた。
「お前、何をそんなにムキになっている。たかが名前の呼び方だろうが」
「だから、別にもう良いって言ってるだろ!?サスケのバカ!」
口ではもう良いと言いつつ、ナルトの雰囲気はちっとも納得しているようには思えない。
罵倒される腹立たしさに関わりたくないと感じても、見たことの無い状態のナルトと、ナルトの目に浮かんでいる涙が、ここで放って置くことを躊躇わせる。
今のナルトは、変な虫が寄り付きやすい。
面倒は、避けるに限るとサスケは思う。
とは言え、こんな子供っぽい態度で下らない理由によってサスケにつっかかるナルトに関わる面倒に、サスケは苛々としてきた。
その時、それまで涙混じりでもサスケを睨み付けて来ていたナルトが、諦めたように萎れて、悲しげな表情になって項垂れた。
「分からないなら、本当に良いんだ」
小さい声でそう呟き、顔をあげて無理矢理作ったと言わんばかりの笑顔を浮かべたナルトに、サスケは何か悪い事をしたような気になった。
なにもサスケは悪い事はしてはいない筈なのに。
理由が分からず、混乱する。
でも、ナルトがサスケに激情をぶつけてきた時から一転、何かを諦め、傷付いているのが分かった。
そして、ナルトを傷付けたのは自分である事も。
その事実に、サスケは人知れず動揺して戸惑う。
そんなサスケに、ナルトが胸の内を語り始める。
「僕が、木の葉の里で名前を呼び捨てる相手は、今までも、これからも、ずうっとヒナタとサスケだけで、他の人はこれから仲良くなる事があっても、名前は呼び捨てしないって、僕が勝手に思ってただけなんだ。だから、本当はサスケは何にも悪くないんだ。サスケの言う通り、たかが名前の呼び方だもんね。ごめんね、サスケ。僕、サスケに甘えちゃってて、それで変な態度取っちゃってたみたい」
涙を浮かべた瞳に悲しみを揺らめかせながら、必死に笑顔を作ろうとするナルトの言葉に、サスケは衝撃を受けた。
言われてみれば、確かに。
たかが名前の呼び方だ。
けれど、まさか、ナルトがそんな風に考えているとは思わなかった。
確かにサスケは、ヒナタと並んで、ナルトの懐に大切にされているとは自覚があったが、そうか。
成る程。
サスケは甘えられていたのか。
自覚すれば確かにナルトの行動は、全てサスケに対する甘えだ。
甘え以外の何者でもない。
自分を理解しないサスケに苛立ち、癇癪を起こしていたのか。納得すれば、胸に浮かんでいくのは、どこか照れ臭いむず痒さと、きちんと気付いて甘やかしてやれなかった反省だ。
成る程。
タズナの親爺が一家言ぶつだけはある。
年の功は侮れない。
意味不明なこのナルトの行動が、自分に対して甘えていたとは思わなかった。
盲点だった。
そう言えば、確かに幼い頃、自分を避けて構ってくれない兄に向かって、サスケ事実、怒りを覚えた事もあった。
成る程。
そうか。
そうだったのか。
自覚すればするほど、サスケの胸に、ナルトに甘えられていた事実が広がっていき、どうしたら良いのかわからなくなる。
ついつい目が泳ぎ、ナルトから目を逸らしてしまった。
思えばナルトは昔から、木の葉の里に住む人間達が好きではないと言っていた。
一度だけだが、憎悪すら語られた。
ヒナタという例外が出来た事で、サスケは少し、ナルトの負の感情について、見誤って居たのかもしれない。
少し、サクラの件ついては早まった事をしたかもしれないと反省しかけた時だった。
「どうせなら、ついでにシカマル君達も呼び捨てで呼んじゃおうかな」
「は?」
持ち前の切り替えの速さを発揮して、突拍子も無いことを言い出したナルトに、サスケは目を丸くした。
思わず二の句が継げなくなる。
何故ここでシカマルの名が出てくるというのか。
「サクラとシカマル君なら、シカマル君達の方が好きだし、呼び捨てにするのに抵抗ないしね」
サスケの混乱は即座に解消される。
成る程。
木の葉繋がりで同期連中に思考が飛んだのか。
ナルトの独白は、いつも通りの明るい声で続いていく。
「里に帰ったら、お願いしてみようかな。チョウジ君と一緒の時だったら、うんって言ってくれそうだし」
ならば、もう、ナルトがめそめそする事はないだろう。
そんな予感にほっと胸を撫で下ろした。
その時だった。
「ねえ、サスケ。サスケはどう思う?」
「何でオレに聞く!」
聞くともなしにナルトの話を聞いていた所に突然話を振られ、少々声が上擦ってしまった。
ふと、嫌な予感がサスケの胸に過り始めた。
シカマルは、どうやらナルトが女だと言うことに気付いて居たようだった。
それだけではなく、何かと陰で気を配っていたようだ。
組分け前に、わざわざサスケにナルトの事を頼みに来るくらいに。
思えば、ナルトとシカマルは、アカデミー時代、そこそこ良く一緒にいる所を目撃していた。
次々思い出せていくつもの情報に、サスケは思わず眉を寄せる。
あまり、面白い気分ではなかった。
なのに。
「え、だって、サスケ男だし」
あっけらかんと宣うナルトの意が掴めず、眉を顰める。
そんなサスケを置いてきぼりに、ナルトは能天気な声で見解を語っていった。
「男だと思ってた相手に、実は女だったって知らされて、名前を呼び捨てにさせてって言われるのって、どんな気持ちがするものなのかな?サスケは僕が女だって知った時、どう思った?」
無邪気に小首を傾げて、純粋な好奇心だけで尋ねられ、サスケは頭を抱え込みたくなった。
疑問を持つのは良い。
だが、何故それをサスケに言う!
確かに、その疑問に答えられるのはサスケしか居ないだろうが!!
いっその事、ナルトの性別について、ナルトと交流のある木の葉の名家出身の同期連中にはバレていると伝えた方が良いだろうか。
能力を思えば、キバとシノは確実に知っている。
アカデミー在学中、キバは疑問をぶつけたそうにずっとナルトを見ていたし、シノは然り気無くナルトを女扱いをしていた。
二人ともサスケには何も言って来ないが、確実に気付いているはずだ。
チョウジについては分からないが、サスケに直談判してきたシカマル経由で伝わっている可能性が高い。
面倒な事態にサスケが眉間を揉んだ時だった。
すっかり泣き止んだナルトが、恥ずかしそうに頬を染めながら、おずおずとサスケに話し出した。
「あのね、サスケ。本当はね、アカデミー在学中にミコトさんがおじいちゃんと話つけてくれててね?私、無理に男の振りしなくても良くなってたの」
「何!?」
寝耳に水の情報に、思わずサスケは仰天した。
ならば、何故、ナルトは男の振りを続けていたと言うのか。
里の機密と言う訳ではなかったのか!?
本人は気付いて居ないようだが、女とバレそうになっていたフォローを、不承不承影からしてやった事も一度や二度じゃない。
それが機密じゃなくなっていただと!?
驚愕に目を見開いて硬直したサスケに向かい、ナルトは申し訳なさそうに身を竦めて謝罪してきた。
「ごめんね。いつからかは分かんないけど、きっとサスケも私の事が皆にバレないように気を使ってくれてて、私のフォロー入れてくれてたんでしょう?ありがとね、サスケ」
照れたようにはにかみながら言われた礼に、サスケは振り回されていた腹立たしさをぶつける事が出来なくなってしまった。頬を染めてサスケに微笑むナルトは、サスケが手を貸していたということを疑ってもいない。
信頼にも似た気持ちを向けられ、居心地の悪さを感じ始めていた。
ナルトの言葉は、概ねその通りでもある事だし。
それでも、見透かされたばつの悪さに、思わず視線が泳いだ。
「お前、なんで男の振りを続けていた」
「だって、サスケの側に居たかったんだもん」
「はっ!?」
落ち着かない気持ちを誤魔化すように、ナルトから目を逸らしつつ、咄嗟に詰問したサスケに返された言葉は、サスケを混乱させるのに十分な威力を持っていた。
「だって、サスケ、僕が女だって知ったら、今まで通りに一緒に居てくれなくなっちゃうって思ったんだもん!僕、サスケと一緒に居るの楽しかったから、一緒に居たかったんだもん!」
羞恥で瞳を潤ませ、赤い顔で自分を見上げて、必死に主張してくるナルトに、サスケは言葉を失くし、無言で立ち尽くした。

 
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