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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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最高に最低な──救われなかった少女 Ⅰ

ソファーの背もたれに寄り掛かりながら、俺は壁掛け時計を一瞥した。ベランダへと続く窓からは、昼下がりの陽光が仄かな淡みを帯びて、床を照らしている。それが反射して、瞳に映された。

硝子細工(がらすざいく)が魅せるような輝きに、一種の艶美さを覚えるが──眩しさに耐えかねて、薬指で前髪を弄る。
そうしてテーブルの上に置かれているグラスを手に取ってから、一気に中身を飲み干した。


「……そろそろ、かねぇ」


呟いた声は、思いの外、このリビングに反響した。

誰もいない、自分だけが存在する空間は──昼下がりにも関わらず酷く不気味で、出来ることなら、約束(・・)すら反故にして、このまま外に逃げ出したいほどだ。
嗚呼(あぁ)、きっと自分は、『独り』が嫌なのだろう。

思い返せば、2年に入ってからは実に騒がしい日々だった──否、騒がしい日々を過ごしている。
これが僅か一時の空白だとしても、こうして妙な孤独さを感じるのは、やはり身内である彼らの存在感が大きいのだ。


「……それにしても、面倒だね。《武偵殺し》も、《魔剣》も」


誰もいないからこそ、こうして独りごちる。
面と向かっては言い難い、紛うことなき本音だ。
その根幹にある原因も、分かっている。分かっているからこそ、やらなければならないのだ。

これから行う《武偵殺し》──所謂、理子との対談は、上手くいけば、《魔剣》の有力な情報を引き出すことが出来る。
この機会を生かすも殺すも、自分次第。 彼女が釈放された今、知りたいことはいつでも聞ける……、のだが。

《魔剣》との接触が可能性として残っている数日後を見据えれば、『いつでも聞ける情報』の価値が幾倍にも跳ね上がるのは、誰の目から見ても、明らかだろう。


「……目的は、何だろうね」


《魔剣》に関する一連の行動の意味は全て、白雪の護衛という一箇所に集約されている。それに間違いはない。
先日に起きた脱衣場での騒動も、あの電話の主を《魔剣》と仮定するならば──白雪が接触されたという確固たる証拠になる。
逆にただのイタズラ電話と仮定するとしても、そこには齟齬が生じる。手の込みすぎている仕掛け、それ故に。

……ならば何故、《魔剣》が白雪を狙うのか。

聞くところによれば《魔剣》は、超能力を扱う武偵──通称、超偵のみを狙っているとか。白雪もまた、超偵に他ならない。
《魔剣》の背後には、かの組織──《イ・ウー》が関与していることは明確だ。ともすれば、《イ・ウー》は超能力者を欲しているのだろうか。

……詳細は分からないが、それもきっと、この後の対談で判明してくれることだろう。この対談は、大いなる意味がある。

そうして、小さく溜息を吐いた。余韻に混じるようにして、玄関の扉の開閉音と、誰かの足音が聞こえる。
時間を見るに、来たのは理子だろうね。いよいよだ──。







「──さて、まずはともかく、久方ぶりだ」
「んと……、ハイジャックぶりだね。あっくんは元気してた?」
「なんとか、ね」


隣に腰掛けている理子を一瞥しながら、俺は今さっき受け取った大判の封筒──司法取引での資料だ──の中身を取り出した。
右上がホチキスで留められている。内容を脳内に叩き込むためにも、 速読でざっと目を通しておこう。見出しの数々は、知的興味心を抱かせるのには事欠かない。

理子は今日も今日とて、武偵校の改造制服を身にまとっている。
そうして、床に足が付かないのだろうか。やり場がなさそうに、ブラブラと虚空に浮かせていた。
表情に緊迫感は感じられず、およそ親友の家に遊びに来たような、和やかな雰囲気を漂わせている。

彼女はおもむろに脚の動きを止めると、俺の肩を小さく叩いた。


「ところで、あっくんの彼女(アリア)はどったの? もしかして別れちゃった?」
「いきなり何を言い出すんだ……」
「理子、実は気になってたんだよねー。それで、どうなの?」


別れるなんて、まさかねぇ──、と苦笑した。
大まかな内容を反芻し終えた資料は、テーブルの上に投げ置く。誰に言われずとも、口の端が緩んでいるのを感じた。
それだけに、この資料の中身は──自分たちにとって有益そのものなのだと、再確認させられるのだ。


「今日ばかりは、アリア以外にも総じて出払わせてるよ。対談は、最初から2人きりでするつもりだったからね」
「となると、何をしても邪魔が入らないんだぁ。ふっふーん、これは良きことを思いついてしまいましたなぁー?」
「……余程のことがなければ。それより、何をするつもりだい」
「うん? 2人きりでえっちぃこと!」


理子は満面の笑みでそう言い放つと、アリアが居ないのを良いことに、見境なく俺の腕に抱きついてくる。
アリアが居れば間違いなく、銃を使った室内戦に発展するだろうね。やはり出払わせといて正解だった。

しても、どうして理子は嬉嬉としてこういうことを言えるのだろうか。色々と軽々しいと思うね。誰にでも愛想を振り撒いているのなら、いったいどれが本心なのだろうか。


「……理子は誰にでも、こんなことをしてるのかな?」
「んー。んーとね、理子の好きな人にだけだよ?」
「……はぁ?」


これが本心、なワケないだろう。……そう、ブラフだ。こんなのはブラフにすぎない。そもそも理子は俺がアリアに好意を寄せていることを知っているのだから、俺を狙う意味が掴めない。


「だから、あっくんだけだよっ。くふふっ」


挑発的な笑みにも見て取れる、それ。ただ、語感からすれば……何故か、虚弁を述べているような気はしなかった。
小さく溜息を吐き、隣に座っている理子を一瞥する。本当にこの子は、不思議だ。時折見せてくれる差異が、面白いのだから。


「ほら、そういう冗談はいいから、腕から離れておくれ。それよりも──今回の目的を、忘れたワケじゃあるまい?」
「ちぇっ、理子は本気なのになぁー。据え膳食わぬは男の恥、だよ? ぷんぷんがおー、ってやっちゃうぞ! がおー!」


理子はそう言うと、もう片方の空いている手の人差し指で、ツノ(・・)を作った。人差し指をツノに見立てた『ぷんぷんがおー』とやらは、理子のお家芸なのだろうか。


「ふふっ、いいから、ほら。始めるよ」
「あ、笑った挙句に無視したね!? ……ふーんだ、もう理子は離してあげないんだからっ! ぎゅーっ!!」
「痛い痛い痛い、離さなくていいからちょっと緩めて……!」


その小柄な身体のどこから、およそ暴力の権化のような握力が生み出されたのか。甚だ疑問だね。普通に痛いから困る。

……しても、色々と軽々しい、と思ったのは気の所為ではないらしい。このフレンドリーさも、全く変わってないね。
まぁ、下手に変わっても、こちらが気まずかったりするだけなのだが。その点、理子と一緒に居るのは心地が良いかな。


「それより、理子とこんなことしてていいの? 聞きたいことがあるんじゃない? 《イ・ウー》とかぁー、《魔剣》とかぁ」
「分かってるなら早く本題に入ろうよ……」
「うっうー、了解! なのですっ!」


敬礼するような珍妙なポーズで、理子は応えた。
『そんなことは資料に書いてあるよ?』と言わないあたり、この子はこちらの意図を分かっているのだろう。
何にせよ、再確認(・・・)の時間は、必要だからね。

理子は自由なもう1つの片腕をおもむろに動かすと、その華奢な手を顎に当てて、数瞬だけ考え込んだ。眉間に皺が寄る。
どう説明しようか決めあぐねているらしく、時折、小指で前髪を弄る仕草を見せている。
その度に、女子特有の甘い匂いが鼻腔を刺激した。アリアが持つクチナシの芳香とはまた違う、バニラエッセンスのような。


「……んー、理子からは差し障りのない部分だけを話すことにする。話しすぎると、ちょっと危ない(・・・)から」
「危ない?」
「《イ・ウー》は簡単に言えば、学校。能力と才能のある人たちだけが集まって、お互いに吸収したり、高めあったり。いずれは神の領域まで到達するような、そういう組織なんだよ? だから、一口に『犯罪組織』というのは違うかなぁ」


なるほど、それが《イ・ウー》の教育方針か。
個々の能力を高める、他人の良点を吸収する、そうして、達するところまで達するように、ただひたすらに、学ぶ──。
良いコンセプトじゃないか、と俺は内心で嘆息した。

ただ、理子はその感想を見透かしていたのかもしれない。
彼女が「だけど」と前置きするのと、『ちょっと危ない』の意味を俺が理解するのとが、ほぼ同時だった。


「《イ・ウー》には規律がないの。都合の悪いことを身内に話されれば、その人を狙う。そのせいか、遵法意識の欠片すら無いような人も居るから、注意しないといけないんだよねー」


そう言うと、理子は親指と人差し指で『銃』を真似た形を作る。
それが何を意味しているのか、もう、分かってしまった。


「いーい? あっくんとアリアは《イ・ウー》に目を付けられてるんだよ? 理子が仮にも逮捕されたことで、少なからず警戒はしてる。まだ手出しはされないだろうけど、気をつけてね? 後ろから、バーン、ってされちゃうかもだから。くふふっ」


そう言うと彼女は、お手製の銃の引き金を引いて、発砲音を真似てみせた。動作は可愛らしいが、その内容は物々しい。
これは自分でも予期していなかった。《イ・ウー》に反感を買われていることは少なからず読めていたが、まさか、ここまでとは。下手すればいつ殺されるかも分からない、ってことだね。

これは──かなり重要な忠告だ。有難く受け取っておこう。これを知っているかどうかで、後の展開を読む精度が、上がる。
例えば、《魔剣》がどうであるかを知ることにも、ね。


「勿論、気を付けるよ。ご忠告ありがとう。……ところで、ひとくちに《イ・ウー》といっても、派閥があるんだろう?」
「そそ、《研鑽派(ダイオ)》と《主戦派(ノマド)》だね。前者が個々の能力を高めるだけの穏健派、後者は《イ・ウー》の権力を利用する過激派で──世界を支配しようとしてるの」
「ふむ、常識的に考えても、その過激派から狙われているワケだ。まぁ、色々と武偵は(しがらみ)があるからねぇ……」


武偵法9条と、3倍刑。鬱陶しいのはこの2つだ。
殺人を許容するワケじゃないが、下手をすれば正当防衛が通用しないことすら有り得る。そうすれば一巻の終わりだね。
武偵法の改正は考えてほしいモノだけれど、難しいかねぇ……。


「ところで《魔剣》は、理子と同じ《研鑽派》だったかな?」
「うん、そうだよ。《魔剣》の話に移る?」
「……いや、まだ」


……まだ、僅かに早い。《イ・ウー》の問いを、あと1つだけ。


「理子は《教授》を知っているだろう? 実は始業式の日に、その男と連絡を取ったことがある。そこで依頼をされたんだ。報酬込みで、『如何なる事象からもアリアを護れ』って」
「あの方が……? 何がしたいんだろ……」


理子が目を見開く。予想外の問い掛けだったようだ。


「その理由が分かれば良かったんだけどねぇ。ま、難しい──」


苦笑する俺の語尾を遮るようにして、理子が口を開いた。


「……たぶん、あれだと思う。《イ・ウー》の中でたまに話題になるんだけど、緋緋色金に関する『緋色の研究』かも」
「それとアリアに、繋がりがあるの?」
「んーん、分かんない。ただ、聞いたことがあるから……。でも《教授》が珍重にしてるってことで、その線はあるかなぁ」


理子が小さく首を横に振ると、ツーサイドアップの金髪がしゃらんと揺れた。虚空のキャンバスに、大小様々と弧を描いてゆく。
……しても、緋緋色金、ねぇ。《大刀契》ならまだしも、アリアに関係があるのか、という話なのだが。


「……こればかりは、本当に分からないか」


呟き、零す。僅かな音響だけが鼓膜を震わせて、一瞬の静寂が訪れた。彼女も口を閉ざしている。下手に話せはしないのだろう。
ともすれば、話題を戻そうか──《魔剣》のことに、ね。


「それじゃ、今度こそ《魔剣》の話。話題を変えて悪かったね」
「あっくんが謝ることないよ。それで、何が知りたいの?」
「《魔剣》の目的は《イ・ウー》の目的か、ってことさね」


資料によれば、《魔剣》が白雪を狙う理由は──


「『希少価値の極めて高い、金剛石の素を手に入れたい』。《魔剣》はそう、理子に話したようだね。合ってるかい?」
「そうだよ。その『金剛石の素』は間違いなく……、あっくんたちが護衛してる、星伽白雪のこと。正確には、その能力だけど」
「能力、って……どういうことだ」


「んーとね、」と理子は前置きした。


「鬼道術──って聞いたことある? 妖術の一種なんだけど、《魔剣》はそれを狙ってるの。……あ、ごめん。ちょっと語弊があったね。正確には、星伽白雪の持つ、刀術かなぁ」


それを聞き留めると同時に、資料の一節が、鮮明な画像のように浮かび上がってきた。それはまさに、点が線になった証左だ。
『《魔剣》は秘密組織イ・ウーの研鑽派に所属しており、己の能力を高めるための活動を行っている。また、高貴な一族の末裔であり、騎士として振る舞っている。主武装は刀剣類が主で──』


「……そうかぁ。そういう、ことか」


刀術は流派こそ異なれど、扱う武具は『刀剣』だ。
あまつさえ《魔剣》は、騎士である。《研鑽派》であることも考慮すれば、その理由は単純明快だ。
そして、《イ・ウー》は星伽白雪を欲している。それは《研鑽派》にも《主戦派》にも同じことが言えるのだ。

《研鑽派》に白雪を招けば、相対的に己の能力の向上を図ることが可能になる。《主戦派》に白雪を招けば、1人の戦力として、野望を達成する近道にも成り得る。
つまるところ、《イ・ウー》にとって白雪とは──どちらに転んでも分が良い、いわゆる掘り出し物なのだ。
《魔剣》が『金剛石の素』と暗喩したのも頷けるね。


「……だからといって、身内を易々(やすやす)と引き渡すワケには、いかないんだよねぇ。そうだろう、理子」
「あは、あっくんならそう言うと思ってた。だから……、理子が教えてあげる。ぜんぶ、ぜーんぶ、ねっ」


言い、目配せする。気付け。早く、気が付け。
これはお前を試す(・・)為の、言葉なのだから──。


「……ただ、その代わりに──」


少女はそこで、一呼吸おいた。
いつもの饒舌な声色は、今ばかりは震えている。それが何故なのか、もう既に分かっていた。……否、分かってしまった。
腕の感触が一段と増す。
少女の身体は、間違いなく悲哀の一色に満たされている。それが何を求めているのかも、また。


「──理子のことを、好きになってくれますか?」

 
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