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青女房

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第四章

 ここで娘は母が入れてくれた小鉢のうどんを食べつつ父親にも湯舟の中のことを話した。
「お風呂の中にお歯黒塗った人いたの」
「お歯黒?」
「そうだったの」
「私も見たわ、長い黒髪の奇麗な感じの人で」
 亜希もうどんを食べつつ夫に話した。
「眉毛がげじげじでね」
「手入れしていない感じか」
「それでお歯黒だったの」
「お歯黒でその眉っていうと」
 ここでだ、夫は。
 ふと店の端、彼から見て左斜め前にいる女の客を見た、緑の着物姿で豆腐を食べている。
「あの人か」
「あっ、あの人よ」
「あの人だわ」
 亜希と娘は夫と向かい合って座っている、それでその人は右斜め後ろを振り向いて見ることになり実際にそちらを振り向いてから答えた。
「間違いないわ」
「このお店にも来ていたのね」
「あの人多分人間じゃないぞ」
 夫はその人を見つつ言った。
「影はあるけれどな」
「幽霊じゃないわよね」
「そりゃ幽霊もお風呂に入るかも知れないけれどな」
 それでもというのだ。
「あの人大学で聞いたからな」
「あなた八条大学だったわね」
「中学からな、それでな」
「あの人のお話聞いたの」
「青女房じゃないのか」
「青女房?」
「お歯黒を塗って眉を手入れしていないってな」
 その外見はというのだ。
「その妖怪の恰好なんだよ」
「そうだったの」
「今時お歯黒塗ってる人はいないだろ」
「ええ」
 その通りだとだ、妻も答えた。
「だから私もはじめて見たわ」
「江戸時代の人が塗ってたのよね」
 娘もこう言ってきた。
「そうよね」
「それまでも塗っていたけれどな」
 平安時代等もとだ、正一郎は娘に答えた。
「それでもな」
「今は塗ってないのね」
「ああ、それこそ塗ってるとなると」
 それこそというのだ。
「その頃の幽霊か」
「妖怪ね」
「ああ、本当にな」
 今度は妻に答えた。
「そうだからな」
「それでなのね」
「そう思ったよ、八条大学のあるあの学園妖怪や幽霊の話が異常に多くてな」
「それで青女房っていう妖怪も」
「出るって言われていてな」
「あなたも知ってたのね」
「ああ、それだな」
 今自分達が見ている女の人はというのだ。
「本当に」
「そうだったのね」
「大阪にもいるんだな」
「青女房っていう妖怪は」
「それでここにも来てるんだな」
「それでお風呂入ってるのね」
「ああ、けれど何もしない妖怪だっていうしな」
 見れば今も至って静かに豆腐を食べているだけだ、日本酒を飲んでいる様だが飲み方も実に穏やかだ。
「人に対して」
「そうなの」
「だから別にな」
「いてもなのね」
「怖がることもないさ、むしろな」
 夫は妻にビールを飲みつつ話した。 
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