八条荘はヒロインが多くてカオス過ぎる
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第二百四十三話 古典であるものその九
「程度があるね」
「そうだよね、それはね」
「クーラ君も思ったね」
「うん、あと演歌でそうした歌は」
「復讐とか歌うのは」
「ないね」
「別れて悲しいって思う曲はあっても」
それでもだ、言われてみると。
「ないね」
「失恋をしても」
「そうだよね」
「歌で復讐とかはね」
「ないよね」
「和歌でもね」
ふと小夜子さんのことを思い出してクーラ君にもこれの話をした。
「これといってね」
「復讐を詠ったものは」
「少ないね、どうも」
「そうだよね」
「辞世の句でもね」
こちらの和歌もだ。
「潔く、美しく散ろうってね」
「それで詠うものが多いね」
「あの芹沢鴨さんだってね」
今の文化祭のテーマが幕末であることは忘れていない、それで今もクーラ君に対してこの人の名前も出した。
「奇麗な辞世の句を遺してるし」
「あれっ、あの人は」
「暗殺されたよね」
「急にね」
「そうだったよね」
「実は水戸藩で牢に入れられていたんだ」
安政の大獄に関係してだ。
「それでその時にね」
「死罪になるって思って」
「辞世の句を詠んでいたんだ」
「そうだったんだね」
「その辞世の句もね」
死ぬとわかったら随分と怨みを出すイメージの人でもだ。
「潔くてね」
「奇麗な感じだったんだ」
「そう、それでね」
そのうえでだ。
「二次大戦の時の軍人さん達も」
「沢山の人が終戦の時自害してるよね」
「国難に殉じてね」
そう言うしかない、この時に死んだ人達の想いは忘れてはいけないと思う。
「切腹したりして」
「武士だね」
「そう、それで武士としてね」
「辞世の句も残してるんだね」
「その句もね」
僕が読んだ者は全部だった。
「潔くてね」
「奇麗なものだね」
「復讐を誓うとか怨みを出すとか」
「そうしたものはなんだ」
「ないんだ」
これがだ。
「本当にね」
「そうなんだね」
「そう、それでね」
そのうえでだ。
「演歌でもね」
「怨みを詠うものはだね」
「未練とか悲しみは歌っても」
それでもとだ。
「怨みを全面に出すとか」
「そういうのはないね」
「そうなんだよね、ポップスでもね」
こちらも失恋の歌は多い、それも非常にだ。
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