ある晴れた日に
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59部分:穏やかな夜にはその八
穏やかな夜にはその八
「気合入れて作ってるわ」
「そうだよな。食い物って大事だよ」
「カラオケは音楽だけじゃねえのかよ」
ギターを奏で続けている正道が明日夢に尋ねてきた。
「食い物も大事なのか」
「そうよ。人間食べないと死ぬじゃない」
「まあな」
これは頷くしかない言葉だった。
「それはその通りだな」
「あとお酒もね。大事なのよ」
「ああ、そういえば御前の店って」
正道は彼女の店のころについてさらに言う。
「あれだよな。酒飲み放題だったよな」
「フリードリンクよ」
こう言い換える明日夢だった。
「そういうことにしておいて」
「んっ!?あ、そうだな」
その理由はすぐに察しがついた正道だった。
「いるからな。特高警察が」
「そういうことよ」
「あら、また随分な言い様ね」
ここで江夏先生が皆の前に出て来た。田淵先生も一緒だ。やはりその手にはカレーの皿とスプーンがある。それぞれ違う具が入っている。
「私達が特高警察なんて」
「特に何も言っていないけれど」
「気にしないでいいですから」
「そうそう。何でもないってことに」
「まあ特高警察はいいけれど」
それ自体はいいという先生達だった。
「けれどお酒は駄目よ」
「特に今はね」
「いやあ、そんなことないですよ」
「そうですよ」
少し白々しい感じで返す面々だった。
「ここには持って来ていないし」
「俺達結構真面目ですから」
「悪い意味で要領が悪いっていうんじゃなくて?」
江夏先生の突っ込みは少し意地の悪いものだった。
「真面目っていう言葉はそういう意味じゃなかったわよ」
「ですから。お酒は持って来てないですよ」
「安心して下さいよ」
「それは信じるわ」
江夏先生はこう言ってもまだ意地の悪い目をしていた。
「それはね」
「いやあ、信頼してもらえるなんて」
「有り難いですね」
やはり皆の言葉は白々しさがあった。後ろめたさがあるのは明らかであるがそれはあえて口にしないのである。言ったらそれで終わりだからだ。
「本当にそうしてもらえて」
「何よりですよ」
「考えてみれば当然よ」
江夏先生はまた言ってきた。
「カレーにお酒は合わないからね」
「あっ、そうですね」
田淵先生もこのことに気付いた。
「カレーは。そうですね」
「だからでしょ。違うかしら」
「さて。それはどうでしょう」
「だから俺達真面目なんですって」
まだ白々しい芝居を続ける者もいた。
「お酒なんてとても」
「煙草もですよ」
「誰も煙草を吸っていないのはわかるわ」
先生の今度の言葉は完全に見抜いたようなものだった。
「煙草はね」
「わかって頂いて何よりですよ」
「そんなの誰もしませんよ」
「煙草なんてね」
「ねえ」
「煙草は匂いですぐわかるわ」
先生の言葉は動物的な鋭さを持つものになっていた。
「だから見抜くのは簡単なのよ」
「先生、それってもう」
「犬か何かじゃないんですから」
「特高警察は国家権力の犬だったかしら」
また意地悪くなる先生だった。
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