色を無くしたこの世界で
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第二章 十三年の孤独
第42話 モノクロ世界
長く、暗い空間を落ちていく最中、天馬は夢を見た。
締め切られた窓。
散乱した本の数々。
先程まで自分達がいた、何もない空間とは違う。
ただひたすらに暗く、寂しい場所。
そんな場所に、"彼"はいた。
黒く染まった髪に、どこかの学生服を纏う少年は
部屋の隅でうずくまり、一人、泣いていた。
どうして泣いているのかは知らない。
彼が誰なのかも分からない。
けれど、彼から発せられる言葉が、天馬を釘づけにさせた。
苦しい。
辛い。
寂しい。
行き場の無い感情が湯水のように溢れ、天馬の心まで支配する。
目の前の少年と心でも繋がってしてしまったのだろうか。自分の事でも無いのに、なぜだか涙が溢れ、止まらない。
ボロボロと流れた涙は床に大きな水溜りを作り、やがて二人を覆い隠す程に肥大していく。
赤黒い、まるで血のような涙の海に天馬は飲みこまれる。
息の出来ない苦しさに酩酊する視界。
揺らぐ意識の中、天馬の頭に声が響く。
「否定しないで」
それが、目の前の少年の言葉だと理解するのと同時に
天馬の意識は闇に閉ざされた。
「天馬」
「!」
名前を呼ばれ目を覚ますと、特徴的な黄色の髪が映った。
「……アステリ」
「良かった……」
そう安心したように息を吐きだすアステリの姿を横目にゆっくりと体を上げる。
ツゥと頬に何かが伝い、天馬は不思議そうに目を瞬かせた。
瞬きをする度頬を濡らすそれが涙だと気付くと、天馬は慌てて袖口で目をこすり拭う。
――なんで……
ちらりとアステリの方を見てみる。どうやら先に目覚めた神童達の方を向いていた為、天馬の涙には気付いていない様だ。
「気がついたか、天馬」
「はい」
立ちあがった自分に向かい声をかけた神童に、天馬は言葉を返した。
あの後、無事モノクロ世界に着いたは良いもの、全員ワープの反動から意識を失っていたのだとアステリは語る。
「ごめんなさい」と頭を下げるアステリを宥めると、天馬は改めて辺りを見回した。
黒い木々に灰色の地面、どんよりとしていて夜なのか朝なのか判別が付かない黒い空……
白と黒の濃淡だけで構築された世界が、天馬達の目前に確かに存在していた。
「ここがモノクロ世界……」
「なんだか、不気味な所ね……」
話には聞いていたモノの、本当に色が無い事に唖然とする天馬。
同様に、不安そうにざわめく一同に紛れ、アステリは久しぶりに訪れる故郷を悲しそうな目で見詰めていた。
「やっぱり……あの時と何も変わっていない……」
「ゲッ」
「? 狩屋、どうかした?」
恐る恐る狩屋が指を指した先にいたのは、辺りを這うようにして動く黒い塊だった。
手足が無く、はねるように動く者。地面に寝そべり動こうとしない者。
大きい者、小さい者、細い者、太い者……様々な形の黒い塊が無数にうごめいていた。
あれもイレギュラーの一種なのだろうか……
顔をしかめ見詰める一同に、アステリが口を開く。
「あれが、この世界に住む異端な存在……イレギュラーだよ」
「あれが……」
「でも、僕達が戦った奴等とは違うよ?」
尋ねた信助の言葉に、アステリはイレギュラーには三つの種類がある事、そして今自分達の前にいるのが通常のイレギュラーの姿だと言う事を伝える。
「顔も、色の濃淡もあるスキアやボクの方が、本当はイレギュラーとして特殊な存在なんだ」
「そうなんだ……」
アステリの話に無理矢理ながらも納得したように信助は呟いた。
未だ困惑の色を浮かばせているメンバーの中、黄名子が声を上げる。
「ウチ、あの人達に話し掛けてくるやんね」
「え、ダメだよ黄名子!」
危険だと訴えるフェイの言葉をよそに、黄名子は黒い塊に駆け寄り声をかけた。
しかし、黒い塊は話し掛けてきた黄名子の事など眼中にないかのように、彼女の横をずるずると這いずり去ってしまった。
「ありゃ……行っちゃったやんね」
「もう黄名子ってば。勝手に行動したら危険だよ!」
通り過ぎていく塊を見詰め呟いた黄名子に、フェイが咎めるように言葉を発した。
「ごめんやんね」と謝る黄名子。その姿を横目に、白竜がアステリに尋ねる。
「アステリ。アイツ等もお前や敵と同じイレギュラーだと言ったが、俺達に襲い掛かってきたりはしないんだろうな」
「あぁ。アレはキミ達に危害を加えたりはしない。絶対に」
「なぜ、そう言いきれる」
疑り深く、警戒心が強い白竜らしい反応だ。
傍で二人の会話を聞いていた剣城も、腕を組みアステリの言葉を待っているのか黙りこくっている。
「色が無い奴等には生物が持つ感情も、意識も、思考も、何もない。さっき菜花さんが話しかけた時、反応が無かったのが何よりの証拠だよ。……外見も中身も無い、不安定で無機質な存在。それが黒いイレギュラーの全てだから」
怪訝そうな白竜の目を見据えながら、淡々とアステリは語る。
その言葉に、白竜は納得はせずとも理解は出来たような、複雑そうな表情を浮かべた。
「……ごめん、難しいよね。でも、奴等がキミ達に危害を加えないと言う事だけは絶対だから。そこだけは、信じてほしい」
「…………分かった」
白竜の返事にアステリは小さく微笑むと「ありがとう」と言い、歩きだした。
「疑っているのか」
剣城が白竜に声をかける。
「当たり前だ。こんな得体の知れない場所も、アイツの事も、全てが信用ならん。敵の目的は世界から色を消すとかなんだか言っていたが、そんな事本当に出来る奴がいるのか?」
「……今、俺達がいる場所が答えだろ」
そう言って剣城はグルリと周囲を見渡す。それに釣られて白竜も周囲の様子を再確認する。
古い映画の中に入り込んでしまったかの様な、モノクロ色で包まれた世界。自分達の現実に確かに存在する、異様な世界の光景に白竜は眉を顰めた。
「もし本当に、色を奪うなんて力があるなら。なぜわざわざ俺達を襲う? こんな大それた事を可能にする力があるなら、サッカーなんて回りくどい事をせず、とっとと目的を果たしてしまえば良いだろう」
「それを今から知りに行くんだろ。少しは落ち着けよ、白竜」
次第に熱を帯びていく白竜の言葉に、咎めるように剣城は言う。
「一つ、訊いても良いか」
「……なんだ」
「今回の騒動に関わる上でフェイから言われたはずだ。アステリの事も、この世界の事も。……お前はさっき全てが信用ならないと言ったが、それならばなぜ、嘘か本当か分からない今回の騒動に関わるようなマネをした」
剣城の問いに白竜はハッと笑うと、腕を組み「愚問だな」と言葉を続ける。
「例え真実がどうであろうと、サッカーを失うかも知れない等と言われれば、断る事など出来る訳無いだろう」
「俺達も同じだ」
「!」
「俺も、他のメンバーも、未だ理解も納得も出来ない事ばかりで混乱している。アステリの事を疑う気持ちが無いと言えば嘘になるだろう。だが、今の俺達には進むしか選択肢が無いんだ。……いなくなった皆を元に戻すには、な」
そう白竜を宥めるように吐いた剣城の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせるようにも聞こえた。
自然と伏し目がちになる彼の脳裏に浮かぶのは、先日の黒い異形との試合。
あの場にいなかった白竜には理解しがたい、今まで培って来た自分達のサッカーが全く通用せず、ただ呆然一方に叩き伏せられる屈辱と苦痛は、剣城の心にトゲのように刺さり残っている。
「全てを信じろとは言わないが、今はアイツの言葉に従ってみようぜ」
「…………不本意だな」
いつもの様に冷静に唱えた剣城の言葉に白竜は納得しない様子で吐き捨てると、先を行く仲間達の方へ向かい歩きだした。
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