緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──
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緋が奏でし二重奏 Ⅰ
「始めましょう、2人とも。この運命によって導かれた舞台は、既に幕を上げているのだから。……オルメス家とリュパン家の、因縁の舞台。オルメス4世とリュパン4世の、ね」
婉美な目許を綻ばせながら、理子は宣告のその裡面に驕傲をも秘めさせていた。彼女は靴音を立てて数歩ほど後進すると、徐に羽織っているキャビンアテンダントの仮装を脱ぎ捨てる。そうして、フリルをあしらった制服のスカートの裾を指先で摘みながら──慇懃にお辞儀をした。その振る舞いは読んで字の如く、理子の言う通り、戯曲か演戯の幕開けの様そのものだろう。
「アンタ、何処からそれを──いや、リュパン家、って……まさか……」
平生の態度とは豹変したクラスメイトの様子を、アリアは動揺をもって受け止めていた。茫然と立ち竦みながら、その赤紫色の瞳を瞠目させている。独り言ちてもいるようだった。
そうして、理子の言うリュパン4世──そこからの観念連合の行き着く先は、フランスの大怪盗と名高いアルセーヌ・リュパン。更に『怪盗』という語彙でまたしても想起させられた語彙がある。峰理子──彼女の持つ技術は、現代の情報怪盗そのものだ、ということを。
……なるほど。峰理子・リュパン4世というわけね。思えば、その始祖であるアルセーヌ・リュパンも曾孫である理子も、怪盗という言葉だけが独り歩きをしている。これは偶然ではなかろう。
また彼女は、自らをリュパンと称しながら、アリアをオルメスとも呼称した。対になるような語感のそこにこそ、理子がアリアを誘き出し続けてきた理由がある。そんな気がしていた。
「100年前、初代リュパンと初代オルメスとはフランスで闘った。結果は引き分け。それ以来、子から曾孫に至るまで、ずぅーっと両家の間には遺恨があるんだ。……でも、それも今日でお終い。あたしがオルメス4世を斃せば、その遺恨も消えるんだから」
「それに──」理子はそう呟く。
「オルメス一族には、パートナーを必要とする慣習がある。初代オルメスもそうだった。オルメス4世──アリアもその通りに動いて、無事に如月彩斗という優秀なパートナーを得られた。……ねぇ、あっくん。理子が善意で渡したアリアの資料、あったでしょ? 今更だけど、あれが工作だよ。オルメス4世と如月彩斗との繋がりを強固にさせるための、ねっ」
……理子があの時、勝手に資料を提供してくれたことには、確かに不信感を抱いていた。それでも自分は、それが峰理子という少女特有の性格だろうと思っていたから、どうにも不義を成されてしまったように思えて仕様がない。ある種の裏切り行為でもあった。小さく嘆息する。
そうして赤紫色の瞳を一瞥しつつ、彼女等の行く末がどうなるのか──はたまた自分はどう対処するべきかと、一瞬の交錯で、出来る限りに思考を巡らせていた。
理子は嘲笑を吐き出すと、手にしているワルサーP99の銃口を、自分とアリアとに交互に向けた。それは再度の宣戦布告に等しい。理子が倒すべくはオルメス4世──神崎・H・アリアだが、同時に彼女のパートナーを務めている自分さえも、その対象に含めてしまっているのだ。
そこまでして、理子はアリアを倒したい。しかしその熱情を思うに、それだけではないだろうことも、類推できていた。アリアを倒して、両家の遺恨を消す以外の、その理由とは──?
「御生憎様だけれど、アタシたちはアンタと4代越しの決闘をしに来たんじゃなくて、アンタを逮捕しに来たの。両家の遺恨とか何とか関係ないから。……何より《武偵殺し》としての悪行は看過できないし──ママに濡れ衣を着せたことは、絶対に赦さないわっ!」
アリアはそこで、銃のグリップを握る手に感情を込めていた。そうして、口端を哀傷に歪めている。トリガーガードから外されていた指先は、既に引き金を引きかけていた。
刹那──瞋恚を纏う45口径が、轟音を伴って、その数を倍加させていく。理子の両側面を挟撃するような軌道で飛来してゆくそれらは、アリアの強い決意を表していた。絶対に逃がすまいとする威嚇とメッセージとを兼ねた射撃だろう。彼女らしいと言えば、らしかった。
威嚇射撃で全弾を撃ち切ったのか、素早くリロードを済ましてからアリアは踏み込んだ。身動きのとれない理子の懐に、その持ち前の小柄な身軀を更に屈ませながら。そうして、ガバメントの銃口を防弾制服の上から当てがっている。紛れもなく、近接拳銃戦の志向だ。
理子の持つワルサーP99の装弾数は16発。対してコルト・ガバメントは7発、チェンバーに篭めておくかエジェクションポートから追加するなら、8発。それが2丁でやっと互角になる。
16発に賭けて、短期決戦でいこうとするつもりだろうか。それとも直情的なアリアの性格が、特にこうした考えもなしに、事を進ませてしまったのだろうか。それは分からない。
とはいえ、ここまで接近した以上は退く隙を見せることすら危険だ。彼女もそれを分かっているのだろう──逡巡する素振りも見せずに引き金を引いた。その寸前に、理子が銃を手で弾いて射線を逸らしている。カウンター攻撃のようにP99を突き出すも、それもまた弾かれた。
常に防弾制服を羽織っている武偵と武偵の戦いでは、こうした近接拳銃戦は頻繁に起こる。それも射撃を目的としたものではなくて、刺突ないしは打撃的損傷を与えるための手段として。
だから銃口を如何にして自分から逸らすかが重要になる。手で弾くのか、身体ごと逸らすのか、相討ちを覚悟で防御をしないのか──今回の2人も、例に漏れずそれだった。
発砲するごとに攻守が入れ替わる。少しでも防御手段を誤れば、一気に敗勢に陥ってしまう。その点、アリアと理子とはお互いに譲歩しなかった。そうしてそのまま、同時に弾切れを起こす。
──加勢をするなら、ここが最善だろう。そう直感した後に、銃を仕舞ってから、背に隠匿していた《緋想》を抜刀する。その刹那に《明鏡止水》も発動されていた。
そのまま理子の側面をすり抜けて、背後を捉える。アリアとの挟撃体制を構築したことで、こちら側が有利になったろう。依然として一定の距離を保ちながら、機会を窺っていく。
彼女等2人は同時に銃を仕舞うと、アリアはそのまま格闘術の体勢に、理子がそれを受ける──かのように思われたが、《明鏡止水》の動体視力が異変を捉えていた。フリルのあしらったスカートの中を、何やら理子はまさぐっている。その正体を推察すると同時に叫んだ。
「──アリア、理子から離れて!」
理子の舌打ちが聴こえたように思う。そうしてアリアが彼女から距離を置くのと同時に、聞き覚えのある銃声が、また周囲一帯を震撼とさせていった。理子は両手にUZIを握っていたのだ。
その片方をアリアに向けて発砲しながら、もう片方の撃鉄を起こしている。近接拳銃戦の時にこれを使わなかったのは、P99しか武器を持っていないとアリアに油断させるためだろう。そうして、これは、アリアを狙った攻撃ではない。背後をとった自分に対する、徹底した抗戦──。
アリアが銃弾を全て避け切ったことを見越したのか、理子はその金髪とフリルとを靡かせながら、両手に構えたUZIをこちらに向けて発砲してきた。《明鏡止水》で捉えた数十発の銃弾は、いくら《明鏡止水》といえども、その速度が完全に静止して見えるわけでもない。それでも、対抗策を講じるのに充分すぎる猶予はあった。もう答えは、決まっていた。
──避けるのか、否。《緋想》で斬るのか、否。そのどちらでもない。
「……甘いね」
一刹那に呟いた声が、理子に届いているかは分からない。それでも、ただ茫然としているだけの自分を見て、訝しむくらいのことはしていた。アリアも、同様だった。
……そう、傍目には何もしていないように見えるだろう。それでも、《境界》の発動条件に則れば、それはごく自然のことでもあった。《境界》を展開させるには、その場所を指定しなければならない。そこに焦点を合わせることと、手を翳して指定することの2つだ。
自分は茫然としていたのではない。それを物語る証拠が、眼前にはあった。紡錘形の《境界》は、UZIが無駄に吐き出した数十発の銃弾を、全て呑み込んでしまっている。
《境界》を閉じた時、茫然としているのは、理子の方だった。それでも何か思うところがあるのか、その金眼を瞠目させながら、納得したような声遣いで呟いた。
「……陰陽術。そうか、お前が遠山金一の言っていた──38代目安倍晴明か」
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