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ソードアート・オンライン 宙と虹

作者:ほろもこ
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12

 その後は隠蔽スキルを使ってモンスターとエンカウントすることなく、無事に安地……迷宮区内にいくつか点在している安全地帯にたどり着くことが出来た。その時点で時計は午後二時半を回っていた。

「まあまあなペースか……。ここからの帰りは時間がかからないといいが」

 そうぼやきながら、安全地帯の壁に寄りかかってメニューを開く。ストレージを選択して、今朝作った弁当こと、デカサンドイッチを実体化させた。ストレージに入れていようがいまいが、また、紙に包んであろうがバスケットに入れていようが、食料アイテムは勝手に耐久値を損耗してしまう。そのため、大概のプレイヤーは耐久持ちするそのままではあまりおいしいとはいえない店売りされている食料アイテムを腹の中に詰め込むことになる。中にはプレイヤーの料理人が売る少しお高い昼食を取ることもあるそうだが。

 そのため、圏外で豪勢な昼食を取るというのは、案外難しいものなのだ。大抵の攻略組プレイヤーは、料理スキルなんて奇特なスキルを取ることはない。スキルの全てを攻略に向けることこそが、攻略に、ひいては生存に繋がるからである。

 何故そんな奇特スキルを取得しているか、というと……俺の場合は中層プレイヤー時代の名残だ。当時はまだ攻略組になるという意識はなかったので、多少趣味のビルドを組んでいてもさほどの問題にならなかったのである。しかし、短期間で俺の周囲が変化していき、攻略組になる、いやなった方がいいという状況になったので、猛特訓をして攻略組の端くれになった、というわけだ。

 それでも残っているのは、その時点で熟練度が400を超えていたからである。生産系スキルは100に乗っていれば消すのをためらい、200の時点でもう鍛えるのは必然という領域の類のスキルである。何より鍛えるのに時間と金がかかるため、生産系スキルを取ってそれなりに鍛えた人は無暗に消すことを躊躇うものだ。

 だから、攻略組になった後も少しずつ鍛え続けて、多様な料理を作れるようにまで鍛え上げたのだ。せっかく取得して鍛え上げたスキルを消すのは勿体ないし、食事はこの世界で最大級といっていい娯楽だ。それをわざわざ消す必要はないと思って、俺は今まで料理スキルを鍛え続けてきた。

 結局、これのおかげで色々と日々の楽しみも生まれたし、こういう風にちょっぴり豪華な昼食も作れるようになった。今や料理スキル無しの生活など考えられないレベルだ。こう考えてみると、攻略組になる決意をした時、料理スキルを削除しなくて良かったと心から思う。

「そういや、さっきキリト達は先に進んでったが……ありゃ大丈夫かねぇ」

自作サンドを頬張りながらボソボソ独り言を呟く。一応アイツらは俺よりもはるか昔から最前線で戦い続けていた猛者の中の猛者だ。それが迷宮区に湧く普通の雑魚モンスターに後れを取るとは思っていない。万が一があるとすれば、ボスモンスターだ。

 俺は一応、ボス部屋の扉を開けはしなかったが、アイツらは開けそうな雰囲気はある。二人ともチャレンジ精神が旺盛なのだ。まあ、何か問題が起きたとしても、転移結晶を使えば瞬時に街には帰れる。何が起きようが転移結晶があれば死にはしないだろう。

 二つ目のサンドもあっさり平らげてしまった。S級ではないが、牛系モンスターからドロップしたB級の肉は、多様な調味料のおかげで、現実にあったハンバーガーに近い風味を楽しむことが出来る。

「いやぁ……我ながら旨いなぁ……。この味にたどり着くまで、どんだけの苦労をしたことか……」

 ここまでに至る数々の試行錯誤を思い出して、ほぅ、と息をついてしまう。試行回数七二三回。このハンバーガーのためのケチャップ味を再現するまでに失敗を繰り返した回数である。妙に酸味が強すぎたり辛味が薄味だったり、全く別物の味に変貌を遂げたこともあった。

 結局この味に到達したのは、それだけの回数をこなした時の訳だが。それは、六十二層辺りの頃の話だ。毎日の食事の際にいくつもの素材を用意して、調味料を作っていた。その様子はさながら化学の授業の実験みたいだ、とそれを見ていた同居人に言われた。

 そのかいあって、俺はケチャップ味と所謂とんかつソースの生成に成功した。しかし、正直なところ醤油辺りは欲しい。一応この世界にも白米は存在しているからだ。醤油が無ければおかずがいまいち合わないことがある。現状、白米と合わさるのはとんかつ……のような何かだけというあまりにあんまりな食事情である。あとはせいぜいオムライスくらいのものだ。残念ながらそちらはまだ完成はしたことはないが。

 サンドを食べ終わるとボトルアイテムに入れておいた水を飲んで、一息つく。メニューを呼び出して、マップタブを開いて、未踏破のエリアを探してみるが、すべてマッピングされていて、これ以上の探索が必要ないことを告げている。明日にでも、ボスモンスター情報のクエストが攻略されて、ボス攻略戦が行われることだろう。

 もはやいつも通りと化した、繰り返された日常だ。新しい層にたどり着くと、転移門が下層と連結されて、通称《街開き》が行われる。とはいっても何か祭りを催すわけではなく、ただ新層が解禁されたことによるお祭り騒ぎだ。いつしかそのように呼ばれるようになっただけのこと。それでも賑やかな雰囲気には、なんとなく俺も気分が高まってしまうものなのだが。

 この層の終わりも、もうすぐだ。次の層は、七十五層。ようやくここまで来た。そう思える。あと二十五層なのだ。百層ある内の四分の三が、終わりを告げようとしている。そんな風に、ノスタルジックになってしまうのも、仕方ないだろう。クリアが、少しずつ見えてきた。それは、この世界の終焉であり、本来の世界の生活の幕開けでもあるのだから。

「はぁ……ったく柄にもねえこと考えちまったな」

 誰にともなく、ただ独り言を安地部屋で零す。環境音など何もない、静寂が訪れる。足音も何もない。

 しかし、その秩序を乱す轟音が、俺が入ってきた安地部屋の出入り口から響いてきた。

 その音の主は、どうやら二つ。聞き耳スキルを取っているので、距離が離れていても音の認知くらいは出来るのだ。その音はどうやら猛烈な速度で通路を走っているように聞こえる。

 あっと思った時には、もう安地部屋にその二人は全力で駆け込んでいた。キリトと、アスナだった。

「おいおい……お前ら一体どうしたよ。そんな全速力で走って。モンスター大量にひっかけてトレインでもしたのか?」
「違う……ボス部屋から全力で逃げて来たんだよ」
「そうなの……」

 キリトの呻くように絞り出された声に、続いて肯定するアスナ。どうやら本気で逃げてきたらしい。

「…………」

そんなに怖いなら最初っから見るなよ……と心の中でだけ突っ込んでおく。



 
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