ソードアート・オンライン 宙と虹
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ブーツが、謎の白い材質で構成される静かな通路を鳴らす。立ち止まって見上げると、そこには大きな二枚扉が重々しく閉じられていた。その扉には怪物のレリーフがびっしりと彫られていて、それがデジタルデータだけの世界とは思えない不気味さを漂わせており、言いようのない不安感を煽らせる。
「これが、七十四層のボス部屋……」
誰もいない上に、ボス部屋近くにはモンスターが湧かないので、それなりのボリュームの声で、極論大声で呟いても良かった。しかし、俺は囁くように、畏怖を交えながら声を漏らしただけで、指ぬきのグローブをした右手で、そっとドアに触れる。その手触りは筋力値を極振りに近いステータスをしている俺でさえ、この扉は重い、と感じさせる。
恐らくだが、俺が最初にここへ来たプレイヤーだろう。今朝のうちには、まだボス部屋の話は聞かなかったし、ボスの情報をくれるクエストNPCも未だに見つかっていないらしい。このボスは、そのクエストが終えて、情報を得てから対面することになるはずだ。
「それまでは、お預けだな」
にやりと笑みをこぼして、扉を見上げると、まだ見ぬボスに宣戦布告をするかのように平手を拳に変えて、扉を軽く殴る。ボスの顔を拝むのは、最初に到達したプレイヤーの特権ではあるが、いずれ見る顔なのだから、とあえて開けなかった。
行きも帰りも大変なのがSAOの攻略だ。行きは言わずもがな、ダンジョンに直接転移なんていう便利アイテムは……ないこともないが、残念ながらモンスターや宝箱からのドロップ品のみで、今のところは店売りされておらず、行きは必ず徒歩でダンジョンまで行かなくてはならない。
帰りに関しては、この世界にある数少ないマジックアイテムである結晶アイテムの一つ《転移結晶》を使えば、指定した主街区まで瞬間テレポートが出来る。しかし、結晶一個で、何万コルを下らない金額なので、おいそれと使うわけにもいかない。一日の攻略及び狩りで発生する儲けが簡単に消し飛ぶからだ。そのため、こちらも基本は徒歩帰りということになる。
そして、もう一つ、帰りが面倒な理由が……
「くっ……なんでいつも帰りに限って!」
なぜか、帰りに限って、モンスターがよく湧くのだ。現在、俺は二体のモンスターと対峙している。片方はいわゆる骸骨モンスター。昨日にも遭遇した、骸骨剣士《デモニッシュ・サーバント》、そしてもう片方も同じく骸骨だが、得物が片手剣と盾ではない。細長い槍に腕に取り付けるタイプの小さな円盾を備えた槍兵士だ。名前は《ロストソルジャー》。デモニッシュ・サーバントよりは弱いが、決して侮っていい相手ではない。
しかし、ロストソルジャーには、致命的な弱点がある。それは奴の得物である三叉槍。それはあまりに強力な重攻撃を受けると、ブレイクできる、ということだ。見た目からして貧弱なその槍は、通常攻撃では破壊出来ない。しかし、ソードスキルの中でも重攻撃という種類に指定されているスキルだと、破壊できる可能性がある。加えて、それには武器の重量が深く関わってくるのだ。
そして、攻略組内でも屈指の重量を持つ武器であるブラッド・ツヴァイは、その条件を容易に満たすことが出来る。
「オオオッ!!」
デモニッシュ・サーバントの攻撃のリスクを差し引いてもロストソルジャーの武器破壊はリターンが大きい。強引にソードスキルを発動させて、武器を狙いに行く。一歩踏み込んで斬り付けるスキル《ブラスト》を発動させた。見事、槍の脆弱な柄の部分に直撃。パリーンと弾けた槍の残骸片を虚しく握り直すが、そこには何もない。そして、スキルを使用したら必ず発生する、技後硬直。
しかし、ソードスキルは、別の武器種のソードスキルだと繋がることを俺は知っている。体術スキル足技《弦月》。宙返りしつつ蹴る技だ。思い切りロストソルジャーの顎を蹴り飛ばして、ノックバック。隙を生み出し、ソードスキルを繋げて撃破。
残るデモニッシュ・サーバントと相対していると、その背後からソードスキルの燐光が煌いた。ズガッ、ガガガッと連続して剣閃が空に踊る。あのライトエフェクトは、細剣ソードスキルの八連撃《スター・スプラッシュ》。
肉のない骨の部分に、的確に細剣の一撃一撃をヒットさせる技量の持ち主といえば、アインクラッドの最前線にも滅多にいない。あれは……
「キリト君! スイッチ行くよ!」
「おう!」
さらに背後からペールブルーに輝く太い剣が高速で跳ね上がった。斬撃が四回連続で走り、デモニッシュ・サーバントのHPゲージを余さず食らいつくした。片手剣ソードスキル《バーチカル・スクエア》、四連撃技で使い勝手が良い、とはキリトの弁だ。
モンスターの破砕音と破片の後ろに、彼らがいた。キリトとアスナの二人が。
「よう、お二人さん。二人でコンビを組むとはな。珍しいこともあるもんだ」
「まあ……な。色々あって、組むことになった」
「S級食材のお味はどうだったよ」
そう尋ねた瞬間に、肉を手に入れた本人ではなく黒コートのキリトではなく、それを料理した紅白騎士装のアスナが目を輝かせてまくし立てるように感想を連ねてきた。
「それは、もうすっごいおいしさだったよー。ラグーラビットの肉は、シチューにして食べたんだけど、言葉を失うってああいうのを言うのかも」
「うん……確かにありゃ旨かったな……。二日に一回は食いたいレベルだ」
キリトも顎に手を当てて、うんうんと頷いている。相当に旨かったようで何よりだ。
「それじゃ、飯食った流れでコンビ組んだ感じか」
「え、あ、いや、まあ……そうだな」
「う、うん……」
歯切れ悪そうにキリトが肯定し、アスナも少し頬を赤くして頷く。
実に良いことだ。キリトが誰かと触れ合うことは、非常に好ましい状況だ。キリトにも俺にとっても、俺の同居人にとっても、そして……アスナにとっても。
彼には、誰か支えてあげる人物が必要だと、キリトと話していて時々考えていた。同居人も同じように考えており、キリトはいつも抱え込む癖を持っていると言っていた。それをしっかりと聞いてあげる……というか彼に寄り添える人がいなければ、強い自己嫌悪に陥る可能性がある。
そうなると少し、いやかなり面倒くさいことになるのを知っている。事実、とある事件に関して、俺は偶然関わることになったのだが、その時の奴の自暴自棄っぷりときたら、ひどいものだった。
その事件については割愛するが、キリトは事件直後の頃、あり得ない程に疲弊していて何がそうまでさせるのだ、と言いたくなるような鬼気迫る様子だった。去年の十二月ごろが特に酷かったのを今でも覚えている。無駄にレベリングを重ねて、
「当時の攻略組の中でもアイツ一人だけは頭一つ飛びぬけたレベルだったよ、ったく」
とクラインは呆れ気味に話してくれた。
後書き
また忙しくなると思われますので、しばらく更新が滞る可能性があります。
申し訳ありません<(_ _)>
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