獣篇Ⅲ
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52 世にも奇妙な正統派ブラック企業と美の暴力ww
もうそろそろ、稽古もお開きの時間である。一部の隊士たちはまだ残って実践の練習をするそうだが、私だって真選組の中では監察と副長補佐の任を兼ねているので、そんなに暇ではないのだ。副長からは容赦ない書類山を渡され、一方では監察としてのレポートをまとめる。またその一方では、隊士たちのシフト表を作らねばならない。これも本来であれば立派な副長案件の仕事なのだが、何しろ副長本人の目の前には(どこからともなく湧いてくる)書類の山で机が占拠されている状況なのだ。おそらくその状況を作り出している真犯人は沖田に違いないのは薄々気づいてはいるのだろうが、勿論真犯人はこれについて責任を取るつもりはミジンコレベルもないのが現状であると推測される。沖田のせいで我々が被害を被っているのだから、また沖田を脅せば早いのかもしれないが、いつかこっぴどくし返してやるための材料として、今は上がりつつある溜飲を下げておくことにしよう。
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とんでもない量の書類を自室のデスクで捌いていると、お隣の副長室方面から若い男の声が聞こえてきた。手はそのまま作業を続けながら、耳だけそちらにシフトする。
_「っチーす、テツッス。えぇっと、同朋さんでしたっけ?イヤオレ正直、小姓とかよく分かんねェんだけどォ、要は『攘夷』とかいうチーム、刈ればいいんスよね??…オレマジ喧嘩なら敵ないんで、オレにもヘッド飾らせてくんないッスかァ?でも正直ィ、自分より頭良いやつに頭下げんのがポリシーに反するっつーか、縛られたくないンすよ。オレたちャァ、上と下もねェ産まれながらにして自由でェ、ま、そこにあるなァ友達か敵か、それだけッスよォ。…えーなんで、ナメた口聞かれるとオレキレるかもしんねェんでェ、マジ気を付けた方がいいッスよォ?手が付けられなくなるんでェ、ま、お互いフェアに行こうゼってことでェ。よろしくトシィ!イェーイ!!!」
_「イェーイ…よろしく、テツゥ…!!」
イライラしてんなぁ。
でも副長の気持ちも分からんでもない。私ならば…生きて帰せる自信がないので黙っておこう。
_「これてアンタとオラァ一生もンの友達だぜェ。イェーイ!!」
イェーイ…
_「ンじゃ、喧嘩になったらすぐ呼んでくれよなァ?友達召集していつでも来ッからよォ。」
_「うーん、よろしくなァ??」
これはこれは厄介なことになったぞ。ある意味、佐々木の企みは成功したと言えるだろう。晩御飯が心配である。
*****
思った通りの結果であった。
_「副長、小姓付いたって本当ですかぁ?」
_「ん?…あァ。」
_「良かったですね。前から忙しい忙しいって言ってましたもんね。…で、その小姓は?」
_「配給係やらせてる。」
ザキが、絶賛困惑している。
えらくアメリカンなスタイルだな。
_「あのォ、あそこだけえらくニューヨークスタイルな盛り付けになってンすけどォ…。」
すみません、と山崎が声をかける。
_「すみません、早くカレーよそってくんない?…なに、ちょっとなにしてんの??」
税関かッ!?wwww
_「…なにィ!!?何にも持ってない、何も持ってない、っつーか、持ってないってェ!!」
ザキが大変そうだったので、彼に声をかけて私と交代させた。惨敗するザキを見ていられなかったのである。Hey, と声をかける。
_”Hey you guys, take that one for me, please.”
勿論発音もバッチリである。アメリカ英語だったのが効を奏したのか、お付きの者たちには通じたようで、おい取ってやれとテツを小突くが、テツは今も呆気に取られていて、話にならない。
_「姐さん…あなたが噂の姐さんッスか??…真選組の紅一点…類稀なる超美人と巷で噂の…??いやァ、オレも負けちゃァいられねェ。」
は?
_「…いや、何でもないッスよ…。巷では姐さん、女の子たちの間で噂が流れてるらしいッス。この間も過激派のテロリスト集団にお縄を頂戴した時の殺陣と、その美しさから噂に火が付いたらしいッス。…すいません、初対面でこんなことを言ってしまって。」
そういえばほんの一週間前くらいに鬼兵隊をパクったヘッポコテロリスト集団が江戸を占拠するぅ~とかふざけたことをぬかしていやがったのを盛大に逮捕して来てやった、というちょっとした大事件が起きていたもので。その時にちょうど副長からの大量の書類と、晋助と神威に対するイライラが爆発して、ちょいと本気出してやっただけでさァ。と少し沖田口調になりつつもそんなことを繰り広げていたのだが、ヘッポコどもが江戸の町でやらかしてくれたが為に、我々真選組が江戸の町で激務に追われる次第だったのである。指揮を副長と私でしていたこと。勿論これが仇となり(?)、町中至るところの娘たちに私のことが知れ渡り、どうやら巷ですごい噂になってきる、という訳である。観察仲間曰く、「美の暴力」がすごかったそうだ。www
_「そうですか…それはありがたき幸せ。しかと胸に仕舞っておきますわ。ところで私のカレーはまだかしら?…今日は残業があって早くしなきゃいけないの。おしゃべりはまたの機会にいたしましょう?」
あ、すみませんでしたッ!という威勢のいい声と共に温かいカレーが容器に注がれる。今日は残業があるが、船に帰らねば。沙羅と双樹が待っている。あとは、甘えたさんな旦那も。あれが一応過激派テロリストだなんて信じがたい。ww
夕食を済ませ、副長に渡された大量の書類を封筒に入れ、真選組の制服の上から羽織をはおり、首にスカーフを上手く巻き、帰路につく。と言っても途中過程はワープしたのでそんなに時間は経っていない。船の見張りには顔パスで通してもらったので、あとは一目散に部屋へ戻る。おそらく晋助は部屋にいるだろうが私には知ったこっちゃない。明日までに仕上げなければならない書類の地獄塔(タワー・オブ・インフェルノ)を元の安全な平野に戻さなくてならないという重要な任務を担っているのだ。過激派だろうが辛党だろうが甘党だろうが、面倒くさいそして私を巻き込むなとしか私は言うことができないのである。騒ぎたいならわいを手伝わんと…どうなるか分かるやろうなァ?と逆に手が出そうで怖いのが心配なくらいである。
帰りは特に何もなかったので、近くのコンビニで夜のおやつ…通称おつまみを買って、部屋に帰ってきた。ただいま、と言ってドアを開けると、おかえり、という声が帰ってくる。どうやら私の見込み通り部屋にいるようだ。勿論今日は遅くなる、と先に伝えてあったのでまだ晩御飯を食べてないなどという悲劇は起きてはいないだろうが、ある程度の晋助のストレスが溜まっているくらいであると私は推測する。
_「思ったより早かったなァ?…もしかして船に持って帰ってきたのかァ?」
_「ええ。…真選組に泊まり込むのも考えたけど、あなたも子どもたちも待っているでしょう?さすがに母親が家にいないのはマズいだろうから、やっぱり帰ってきたのよ。…あなただって嫌でしょう?www」
_「あァ。よくわかってんじゃねェか、零杏。」
_「そうなのよ、手のかかる人がいるもので。…あとは、母親としての自覚とかも。…とにかく、私は今からお風呂に入ってさっぱりしてから残りの仕事に手を付けるわ。あなた、もう寝る?」
_「あァ…お前の顔をみながら眠りにつくこてにすらァ。」
_「じゃあ、私はこの辺で。一先ず服を着替えてからにするわ。」
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