戦国異伝供書
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十六話 越後の次男その一
第三十六話 越後の次男
長尾虎千代はこの時まだ幼かった、だが母にいつも言われていた。
「よいですか、常に神仏を忘れてはいけません」
「信じることですね」
「そうです。こうした時にあってこそです」
戦の世だからこそというのだ。
「神仏を常に信じてです」
「その教えを大事にすることですね」
「それが大事です、特にそなたは」
我が子に対してだ、母はこれ以上はないまでに優しい声で話した。
「毘沙門天を信じるのです」
「その御仏を信じればいいのですか」
「そなたはやがて戦の場に立つ身」
だからだとだ、母は言うのだった。
「ならば毘沙門天がそなたをきっと守ってくれるでしょう」
「では私は」
「はい、毘沙門天を信じ」
そしてというのだ。
「その御心のままに生きるのです」
「御仏の心を以てですね」
「戦国の世を生き」
そしてというのだ。
「この戦国の世を。越後だけでもです」
「終わらせよとですね」
「そう願っています」
こう虎千代に言うのだった、虎千代は母のその言葉を受けて幼い頃から神仏特に毘沙門天を敬うと共にだった。
学問も武芸も学んでいた、特に兵法は。
兵法を教える宇佐美定満の方が驚いて彼に言うのだった。
「あの、まことに前にですか」
「うむ、この書は読んでおりませぬ」
虎千代は宇佐美に微笑んで答えた。
「一切」
「とてもそうとは」
「わたくしは嘘は言いません」
決してという口調でだ、虎千代は宇佐美に答えた。
「誠にです」
「この書を読まれずそう言われますか」
「左様です」
「そうなのですか」
「兵法は何か」
虎千代は確かな声で述べた。
「その時その場で変わるものであり」
「そしてその時その場に最もふさわしい、ですか」
「そうした戦をすべきであり」
そのうえでというのだ。
「攻めるものと考えております」
「その通りです、だからですか」
「今の様に答えました」
「どうも虎千代様は」
「最初からですね」
「兵法をご存知の様な気がします」
そこまでだ、虎千代の兵法への冴えは凄いというのだ。
それで宇佐美は長尾家の家臣達にこの様なことを言った。
「虎千代様は必ず凄い武将になられるぞ」
「何でも兵法の天才だというが」
「最初からその全てが頭の中に入っておられる様な」
「そこまでの方だというが」
「そうじゃ、まるでじゃ」
まさにとだ、宇佐美は周りの者達に話した。
「霍去病の如きじゃ」
「あの漢の武帝に仕えていたか」
「兵法書は必要ないとまで言ったというな」
「戦の場はその時その場で変わるものと言って」
「あの者の様にか」
「それかじゃ」
宇佐美はこうも言った。
「あの方は毘沙門天を信仰されておるが」
「その毘沙門天の如きか」
「あの方はそこまでの方か」
「そうであるのか」
「そうも思う」
まさにというのだ。
ページ上へ戻る