クロスウォーズアドベンチャー
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第62話:強き想いは奇跡を起こす
情報収集から帰ってきたブイモン達から全ての事情を聞いた大輔は取り敢えず、なっちゃんから傷の手当てを受けているブラックアグモンから指示を受けてゲンナイの元に来ていた。
「とまあ、こういうことがあったんで。デジタルゲートを閉じて欲しいんですよ」
「分かった…今からデジタルゲートを閉じよう。しかし選ばれし子供でさえないのにデジモンやデジタルワールドの存在を認知している人間がいたとは…」
「光が丘のこととかも知っていたようだし。そう言えば伊織の親父さんもデジモン見たんだっけか?ある意味特別な子供だったのかな?及川や伊織の親父さん」
「そうかもしれないな。しかし彼のしていることはデジタルワールド側からすれば到底許されることではない。デジタルワールドと現実世界は表裏一体。デジタルワールドの環境が変われば現実世界にも悪影響が出る。下手すれば世界の破滅にも繋がりかねん」
「分かってるよ。及川の気持ちは分からなくはないんだけど、伊織の親父さんはきっと親友が悪いことをしてまでデジタルワールドに行くのを望まないと思う。だから何としてでも止めないといけない伊織の親父さんのためにも、及川のためにも、デジタルワールドのためにもな」
「そうか…では君は現実世界に戻って及川達を任せる。私はデジタルワールドに繋がるゲートを全て一時遮断しよう。」
「分かった。じゃあ、ゲンナイさん。頼むよ」
大輔がこの場を後にしようと立ち上がった時、ゲンナイは何かを思い出したようにコートのポケットからある物を取り出した。
「そうだ、大輔。君にテイルモンに渡して欲しい物があるんだ。」
「俺に?…って、それ…もしかしてホーリーリング?」
ゲンナイが大輔に差し出したのはテイルモンが無くしたはずのホーリーリングであった。
何故ゲンナイがテイルモンのホーリーリングを持っているのだろうか?
「そう、デジモンカイザーに回収され、彼の移動要塞の暗黒のエネルギー供給の制御に使われていたんだ。君達がキメラモンを倒した後に私が回収した。」
「へえ、でもどうしてホーリーリングを?」
「…実はホーリーリングの力でアーマー進化と同じく古代の進化の1つであるジョグレス進化と呼ばれる融合進化のエネルギー源にしようと思っていたんだが…」
「俺達が未来でデジクロスの力を手に入れたから不要になったってことですか?」
「そう言うことだ。ジョグレス進化よりも優れたエネルギー効率や高い汎用性を持つデジクロスが使えるようになっていたのは我々からすれば嬉しい誤算だった。返そうにもタイミングが…」
「…まあ、下手すれば要塞と一緒に消し飛んでいた可能性が………ん?要塞?」
要塞のことを思い出した大輔。
あの要塞は暗黒エネルギー供給の制御にホーリーリングが使われていた。
つまり、ホーリーリングが無くなれば暗黒エネルギー供給の制御が出来なくなり…。
「もしかしてあのカイザーの要塞が爆発しそうになったのはゲンナイさんがホーリーリングを回収したせい?」
「…………………まあ、そうとも言えるな」
「おい、爺!!」
大輔の怒声が響き渡る。
そして2002年12月31日、光が丘にて。
「と言うわけで返すぞテイルモン。」
「なる程、どんなに探してもホーリーリングが見つからなかったわけだわ」
呆れたようにオリジナルのホーリーリングを身に付けるテイルモン。
因みにコピーのホーリーリングはヒカリが預かっている。
太一と空以外の選ばれし子供達の視線の先には、橋の上で列を作っていく暗黒の種を植え付けられた子供達がいた。
どこからともなく現れた彼らは当たり前のように前からいた子供の後ろに並ぶ。
子供達は及川を待っているのだ。
「デジタルワールドに繋がるゲートはゲンナイさんに頼んで一時遮断してもらった。及川がどんな手を使ってもデジタルワールドには行けないはずだ。」
「そう………それにしても、事態がますます悪くなってる気がするのは私だけ…かな…?」
「ブイモン達の話を聞く限り、及川は普通の人間じゃないのは確かだ。ブラックウォーグレイモンにダメージを与えるなんて普通の人間に出来るはずがない。及川の体から吹き出たって言う影…まるでシェイドモンを思い出すな…ん…?…シェイド…モン…?…まさか…」
「大輔君?」
目つきが鋭くなった大輔にヒカリは心配そうに見つめる。
「なあ、ヒカリちゃん。ヒカリちゃん達が現実世界で倒した敵の中で殺しても死なさそうな、執念深そうな奴って知らないか?」
少なくても自分が知る中ではそう言う敵はいないので、ヒカリに尋ねる大輔。
「うん。いるよ……ヴァンデモンが…」
「ヴァンデモン?」
「うん、前にも話したけど。ヴァンデモンは一度エンジェウーモンに倒されたんだけど究極体のヴェノムヴァンデモンに進化して復活したの。多分私が知る敵の中で一番執念深そうなデジモンと言ったら……」
「ヴァンデモンになるわけか。正直さあ…ダークタワーとか暗黒の種とか…俺達選ばれし子供でさえ見ることも出来なかったのをデジタルワールドに行ったことさえない人間の及川がどうやって知ることが出来たのか気になるんだ。」
「うん、それで?」
ヒカリは真剣な表情で大輔の言葉に耳を傾け、近くで様子を見ていた賢達も同様に耳を傾けた。
「ゲンナイさん曰く、暗黒の種はデジタルデータで精神的な物のためか、普通の人間には見えないらしい。でも及川には見えている。しかも摘み取ることも出来る。もしかしたら及川はデジモンか何かに取り憑かれてるんじゃないかって思うんだ…暗黒の種を扱えそうなデジモンに…現実世界で死んだデジモンは幽霊みたいな状態になるんだろ?もしかしたらシェイドモンみたいに取り憑くことも出来るかもしれない」
「確かに…ウィザーモンも幽霊みたいな状態になっていたし…。確かにあの状態なら誰かに取り憑くことは可能かもしれないわ」
テイルモンもウィザーモンの状態を思い出しながら大輔の言葉に頷いた。
確かにあの幽霊のような状態なら生命体に取り憑くことも可能なのではないかと思えてくる。
「じゃあ…まさか、及川にはヴァンデモンが取り憑いている…?」
それに気付いたヒカリの体が震えだした。
ヴァンデモンはヒカリからすれば恐怖の対象である。
ウィザーモンを殺し、自分を捜すために無関係な人々まで巻き込んだ冷酷なデジモン。
震えるヒカリの肩に大輔はそっと手を置いた。
「大丈夫だよヒカリちゃん。もしそうだとしてもみんなの力を合わせれば何とかなる。それに…ヒカリちゃんは俺が守るからさ。心配しなくていい」
「大輔君…うん、ありがとう…」
暖かな空気が2人の間に流れる。
「ウワアアアア、大輔君トヒカリチャンノ周リニ綺麗ナオ花畑ガ見エルヨー」
遠い目をしながら呟くタケル。
どこか羨ましそうな京。
苦笑している賢。
暖かな空気に疑問符を浮かべる伊織。
微笑ましげに見守る先輩達。
反応は様々だった。
次の瞬間、光子郎の携帯の着信音が鳴る。
電話に出た光子郎の耳に入ったのは、聞き慣れた母の声である。
「あ、光子郎?今、光が丘の駅前にいるんだけど」
「ええっ!?」
佳恵の爆弾発言に慌てて光子郎が橋の下を覗き込むと、電話ボックスの中にいるのを発見したのだ。
「どうして来たんですか!」
はっきり言ってここは危険な場所だ。
佳恵のような一般人がいていい場所ではないので、光子郎の態度も当然だろう。
「それは、ほら……石田さんに高石さん、一乗寺さん、武之内さんに城戸さんのお兄さん。皆さん今度の事で色々動いていらっしゃるでしょう?でもうちだけ……それで、代わりと言っちゃあなんだけど、おにぎりを作ってきたの」
「お、おにぎりですか…」
それを聞いたデジモン達は嬉しそうな笑みを浮かべた。
クリスマスの時も同じ物を貰った事があり、それはとても美味なる物であった。
「…分かりました。今から行きますから、そこで待ってて下さい!…それじゃあ、ちょっと行ってきます」
光子郎は急いで佳恵の元に向かうのであった。
「…………そうか、大人達も頑張ってくれてるんだな…」
「そう言えば大輔君の家ではもうブイモン達バレちゃったんだっけ?」
「うん、流石にデジモン3体を隠し通せないしな。あの時ブイモン達が稼いでくれた金があって助かった。おかげで飯は何とかなってるよ」
「デジモン3体分…」
それを聞いたヒカリは少し口元を引き攣らせた。
デジモン3体分が満足するまでの量を作るなど想像出来ない。
特にブイモンとブラックアグモンは大食漢なのだし。
「そうそう、姉ちゃんに料理とかその他諸々教えてんだけどようやく…ようやく卵焼きを焼けるようになったんだよ」
「え?嘘?」
「本当だよ。諦めなきゃ願いは叶うって本当だったんだな」
暗黒or有害物質しか作れなかったジュンが普通の物を作れるようになったと言うのは正に奇跡だろう。
それだけ彼女の料理は危険度が高過ぎたので思わずヒカリは信じられなかった。
「取り敢えずそこまで行くのに物凄く大変だったのは分かるよ」
「…………まあ…ね…」
思わず遠い目をする大輔。
まともな卵焼きを作れるようになるまでとんでもない苦難があったのはヒカリにも容易に想像がついた。
何だかんだで結局連れて来てしまったのか、光子郎と佳恵が子供達の元にやって来た。
「お待たせしました」
「皆さんご苦労さま。おにぎりを作ってきたのよ、良かったら食べて」
「どうもすみません」
ヒカリが差し出された重箱を受け取る。
【ありがとうございました】
子供達は声を揃えて佳恵に礼を言う。
「じゃあ、もう帰って下さい」
「もう少しいちゃ駄目?」
「何が起こるか、分かりませんから……」
こればかりは絶対に譲れない光子郎に佳恵は寂しそうな表情をし、それを見たヤマトはフォローを入れる。
「光子郎の気持ちも分かってやって下さい。お母さんを大切に思うからこそ、言ってるんです」
「それは分かってるけど……あの子達ね……」
渋々と頷きながら佳恵は視線を子供達に向けた。
「はい」
先程見た時よりも更に子供達の列は伸びており、同じ親として心配になるのか佳恵は辛そうに呟いた。
「あの子達のご両親、心配にならないかしら……」
「なるでしょうね……」
子供の身を心配しない親などいない。
心配しないのは余程の最低な人間くらいだ。
しばらくじっと見つめていた佳恵だが、何か閃いたのか明るい声を上げた。
「そうだわ!私、あの子達のご両親に話してみる!自分達の子供が何をしているか、自分達の目で確かめて下さいって!!」
「あっ、それいい考えです!!」
「よね!じゃあ、早速行ってくる!皆さんさようなら、無茶は駄目よ光子郎!!」
「はい」
佳恵は有言実行とばかりにこの場を去っていった。
「……親が来て、どうにかなるって問題なのかしら」
「いくら親と言っても、暗黒の種は取り除けませんからね」
しかし佳恵を見送った後に京と伊織は肩を落としながら呟く。
「いや、分からないよ。気持ちが届けば、何かが起こるかもしれない」
「うん。私達は今まで、そういう奇跡を何度だって見てきた」
そう言ったのは、タケルとテイルモン。
大輔も子供達の列を見遣りながら口を開いた。
「今回の騒動はあいつらの親も遠因の1つだろ。あんな状態になるような気持ちに気付けなかったんだからな…だからあいつらの親にも責任を取らせてやるんだ」
もし、暗黒の種に縋らなければならないくらい悩んでいたのなら、何故あの子供達の気持ちに気付いてやれなかったのか。
もしかしたら何かが変わっていたかもしれないのに。
「家族が来て、分かり合うことさえ出来れば、暗黒の種の成長を止めることが出来るかもしれない。根拠はあるよ?僕の中にある暗黒の種の成長が止まったのは、父さんと母さんの僕への愛に気付いたから…だから彼らもきっと…」
優しさの紋章の所有者である賢らしい優しさの込められた言葉に京達は頷いたのだった。
「……来たぞ」
ブラックアグモンが今まで閉じていた目を開いて呟いて向こうを見遣ると確かに及川がいた。
「行くか、慌てないで行くぞ。人質を取られたら動きにくくなる。」
大輔はゆっくりと立ち上がって及川と子供達の元に歩み寄ると、ヒカリ達も慌てて立ち上がって追いかけていく。
「よう」
大輔が声をかけると及川と子供達を阻む形でアルケニモンとマミーモンが出ることで、一般人達の悲鳴を上がる。
「邪魔はさせないわ」
「悪いけど、戦いに来たわけじゃねえんだ。負けを認めに来たんだよ」
「「は?」」
目を見開く2体を無視して大輔は及川を見つめる。
「大した物だよあんたの作戦は…世界中にダークタワーを建てることで俺達を世界中に散らせて、暗黒の種を欲しがる子供達を捜し出して、見事に暗黒の種を手に入れて子供達に植え付けてもう俺達にはどうしようも出来ない所まで来ちまった。これはもう負けを認めるしかねえわ。俺達の完敗だ」
溜め息を吐きながら言う大輔に及川は笑みを浮かべた。
「まあ、お前達には散々邪魔されたが、最後に笑うのは俺だったようだな。」
「うん…まあ、どうせ何も出来ないならいくつか聞いてもいいか?気になることがあるんだけど?」
「……いいだろう。最後だから俺に答えられる範囲でなら答えてあげよう」
「じゃあ、ここに子供達を集めたのは暗黒の種が発芽した暗黒の花を摘むためか?」
「そうさ、暗黒の花を摘んでやらなきゃ、体中から暗黒の芽が吹き出して人間のまま暗黒の樹木に変わってしまうからな。」
「暗黒の樹木?でも賢には何の変化も無かったぞ?カイザー時代の時もな」
大輔の問いに及川は、今まで隠されていた重大な事実を語り始めた。
「そいつの種はオリジナルだから上手くそいつと共生出来たんだ……だがこいつらはコピー。適合出来ないのを無理矢理植え付けたんだから、当然結果も違ってくる」
「なる程…それを知っててそいつらにそんな物を植え付けたのかよ…」
「それでもいいと望んだのはこいつらだ」
「そうか…」
大輔はゆっくりと子供達を見回す。
「おっと、それは軽蔑の眼差しだな。特別な存在が凡人を見下す時の目だ。覚えておくと良い」
「そいつはどうも、人生の先輩からの有り難ーい忠告として頭に叩き込んどきます。次の質問…ここで何をするつもりなんだ?」
「デジタルワールドに行くのさ」
「余計な事を言うんじゃないよ!!」
マミーモンがあっさりと大輔の質問に答え、隣のアルケニモンが叱責した。
「別に構わんさ。あいつらにはどうすることも出来ない。攻撃しようにもこちらには子供達がいる。俺達を止めることは不可能だ」
及川はノートパソコンを取り出しながら言うと、それを弄り始めた。
「デジヴァイスもないのにどうやってデジタルワールドに行くつもりだ?」
「馬鹿め、俺がアルケニモンやマミーモンをデジタルワールドに転送出来た事を忘れたのか。ここで転送したんだよ」
「どんな機能をそのパソコンに付けたんだよ?」
「デジヴァイスだけがデジタルワールドへ繋がるゲートを開ける訳じゃないということさ」
そう言って及川はノートパソコンの画面を子供達に見せると、画面に表示されていたのは、かつて太一達がデジタルワールドから現実世界に戻るために使用したあの石版であった。
それを見た先代の選ばれし子供達は目を見開く。
「後少しでゲートが開く…後少しで!この日をどれだけ待ちわびたか…浩樹君が生きていたら誘ってあげられたのに…君の分まで俺がデジタルワールドを見てやるからな。さあみんな、一緒に歌おう!行こう、行こう、デジタルワールドに行こう」
左手にノートパソコンを持ち、右手を指揮者のように振りながら及川は子供達を促すと子供達も及川に合わせて歌い出す。
「大輔君…」
「ああ、良いぞ…こいつらは俺達がゲートを閉じたことに気付いてない…ヒカリちゃん、賢…ゲートを開こうとして開かなかった時に慌てた所を一気に畳み掛けるんだ」
「「分かった…」」
大輔とヒカリ、賢がすぐにデジクロス出来るように身構えた。
「よーし、最後はこれだ!」
そう言って、及川は最後のカードを選択した。
デジタルワールドに繋がるゲートは開かない…はずだったのに及川達の前にゲートが現れたのだ。
「!?」
「ほら、開いた!さあ行こう、みんな!」
歌い続けながら及川と子供達はゲートに飛び込み、慌ててアルケニモンとマミーモンが後を追う。
「ちょっと大輔!?ゲンナイさんに頼んでゲートを閉じて貰ったんじゃないの!?」
「あ、ああ…そのはずなんだけど…」
「じゃあ、どうしてゲートが開いたんですか!?」
「…まさか、あの爺…光が丘のゲートだけ閉め忘れたんじゃねえだろうな…?とにかく追いかけるぞ!!」
京と伊織が大輔に詰め寄るが、流石にこればかりはどうにもならないため、デジタルワールドで捕まえることにした大輔はヒカリ達と共に及川達を追いかけ、ゲートを潜った。
大輔達が潜って間もなくゲートが閉じる…。
「って、何だこりゃ?」
大輔はゲートを潜った瞬間に目を見開いた。
何故ならここはまるで玩具箱をひっくり返したような世界だったからだ。
「大輔君…ここ、何処?」
「いや、さっぱりだ。賢とタケルは?」
「いや…僕もこんな世界…見たことがない…」
「僕もだよ…始まりの町に似ているけど…」
攻撃してくるマミーモンとアルケニモンを返り討ちにすると大輔達はこの世界に困惑する。
「ねえ、ブラック?ここってどこ?」
シスタモン・ノワールに進化し、力を解放したなっちゃんが疑問符を浮かべながらブラックウォーグレイモンに尋ねる。
「分からん、恐らくゲンナイが現実世界からデジタルワールドに繋がるゲートを閉じたために別の世界に繋がってしまったのではないか?」
「その可能性は高いわ。多分この世界はデジタルワールドに最も近い世界なんじゃないかしら?」
ブラックウォーグレイモンはマミーモンを投げ飛ばし、テイルモンはアルケニモンの顔面を殴り飛ばしながら頷く。
それを聞いた及川は悔しさのあまりに絶叫した。
「俺はデジタルワールドに行きたかったのにーっ!!」
「忘れろよ、デジタルワールドなんか。もっといい世界がある。ここさ。偶然辿り着いた場所だが、こここそ俺が願っていた世界」
突如、何もない空間から巨大な口が出現した。
それに及川は驚き、子供達は恐怖に震え、大輔達は目を見開く。
「怖いか、そうか。この世界に迷い込んだ者は、仲間が生きながら闇に食われる事に恐怖し、自分も逃げられない事を知り絶望する……」
「お前、何者だ!?デーモンの仲間か、それとも、ダゴモンの…」
「どちらでもない」
「……俺の声みたいに聞こえるが、空耳か?」
恐怖に顔を引き攣らせ、大量の汗をかいた及川が言うと、巨大な口は口角を吊り上げた。
「空耳じゃない、俺はお前だ」
「どういう事だ!?」
「3年前、俺は探していた。データとなった俺が生き残るための宿主をな。そんな時お前に出会った」
「3年前……友達の浩樹が死んで、悲しみに暮れていた時か…」
「いや、お前は友達の死を悲しんではいなかった。寧ろ憎んでいたじゃないか、一緒にデジタルワールドに行くと約束したのに、どうして先に死んでしまったのかと」
「まさか…!俺が裕樹を憎むなんて…!」
巨大な口の言葉に大輔達は少しずつあれの正体があのデジモンだと確信が出来てきた。
そして巨大な口は大きく口を開くと、その奥に見えるのは3年前の及川の姿だった。
3年前の及川は懐から親友の遺影を空に翳した。
空に浮かぶデジタルワールドに…。
『見えるか、浩樹!デジタルワールドだ!他の人間に分からなくても、俺には分かる!あれはデジタルワールドだ!!でも浩樹、酷いよ!先に死ぬなんて!俺1人を残して、酷いよ!!』
確かに巨大な口の言っていたように、それは恨み言だった。
共にデジタルワールドに行こうと誓った親友は…既にこの世にはいない。
及川は反対側の湾岸に7色の光が生まれたのを見て目を見張った。
そこから見えたのはデジタルワールドに向かう3年前の太一達であった。
『俺も連れて行ってくれ!頼む!頼むから!!』
必死に手を伸ばすも、デジヴァイスを持たない及川は選ばれし子供達と共にデジタルワールドに行く事は叶わない。
光が消えてしまい、涙を流しながら肩を落とした及川にどこからともなく声が掛けられた。
『……デジタルワールドに行きたいか?』
何者に望みを言い当てられ、及川は取り乱したように叫んだ。
『行きたい!行けるものなら行きたい!』
『お前が心の中の良心を捨てる気があるのなら連れて行ってやる。どうだ?』
姿を探して周囲を見渡すが、目に映るのは自分を受け入れないデジタルワールドだけ。
絶望仕切った今の及川に、その誘いを拒絶するだけの理性は無かった。
『何でもする!行けるんなら何だって!!』
『……分かった!』
了承の言葉と同時に霧のようなものが及川の右耳から侵入し、それにより僅かに残っていた人としての心を食い潰されたのである。
そして時間は現在に。
「あ、あれは……あれは俺の心の声だと思っていたが、そうじゃなかったのか!?」
「その後の事も、全て俺が教えてやったぞ」
そんなやりとりを今まで見守っていた子供達の中で、テイルモンが声を上げた。
「やはりそうか…お前はヴァンデモンだな!?」
3年前。
生き残るため。
このキーワードが当てはまるのはやはりあのデジモンしかいない。
大輔の考えは当たっていたのだ。
ウィザーモンと同じように幽霊に近い状態となり、及川に取り憑くことで生き長らえていたのだ。
「流石にお前には見破られたか……じゃあついでに教えておいてやる、イービルリングはコピーしておいたお前のホーリーリングのデータを逆転させ使ったのだ。」
「……昔から執念深い奴だと思っていたが、ここまでだったとはな……だが今度こそ、闇に葬ってやる!」
憎んでも憎みきれない友の仇を今度こそ倒してやるとテイルモンは叫ぶ。
「無理だな、俺は昔の俺じゃない」
それだけ言うと空間からヴァンデモンの口が消え、突如及川が苦しみ始めた。
口から何かが飛び出し、飛び出した何かは地面に着地した途端に姿を及川と瓜二つに変える。
派手に咳き込み、苦しむ本物の及川とは対照的に、及川を模したヴァンデモンは余裕の笑みさえ浮かべて今まで取り憑いていた宿主を振り返った。
「ここまでご苦労だったな」
愕然となる及川に及川の形をしたヴァンデモンは冥土の土産とばかりに語った。
「ああそう言えば、暗黒の種、あれがバリアの働きをすると言うのは嘘だ。本当は俺の餌だ、俺が生まれ変わるためのな」
「何ぃ……」
掴みかかろうとした及川だがヴァンデモンに生命力を奪われたのか、そのまま床に崩れ落ちる。
「なっちゃん、及川に治療を…まだ間に合うかもしれない」
「分かった!!」
流石に死なせるわけにはいかないので大輔がなっちゃんに指示を出し、及川に治療を施す。
「(ヴァンデモンが長い間取り憑いていたせいで体がボロボロ…このままじゃ、助からない。私の魔力を注ぎ込まなきゃ…!!)」
なっちゃんの治療を受ける及川を見遣った後、ヴァンデモンはゆっくりと隅に固まった子供達の元に歩き出し、彼らの悲鳴と泣き声が迸る。
「安心しろ、殺しはしない。暗黒の花を貰ってからだ」
「止めろ!!」
何が何でも阻止しなくてはならない。
大輔を筆頭に、選ばれし子供達は前に飛び出した。
「ほら、何をしている!」
「は、はい!」
中身は別人にも関わらず、ヴァンデモンに指図されて慌ててアルケニモンとマミーモンが大輔達を迎え撃った。
「デジメンタルアップ!!」
「ブイモンアーマー進化、奇跡の輝き!マグナモン!!」
ブイモンがマグナモンにアーマー進化し、マグナモンがマミーモンを、ブラックウォーグレイモンがアルケニモンを相手にする。
「早くヴァンデモンを!!」
「分かった!!」
大輔がタケル達に言うと、すぐにヴァンデモンの元に向かう。
しかし、ある程度力を手に入れたヴァンデモンは余裕の笑みを浮かべて闇の波動を放ってエンジェモン達を弾き飛ばした。
「邪魔をするな!!」
「そりゃあ、こっちの台詞だぜ!!」
銃を乱射するマミーモンにマグナモンは苛立たしげに叫ぶ。
「よく見ろ!!お前の主人はそこでぶっ倒れてるだろうが!!そいつは及川の偽物だ!!」
それを言われたマミーモンは戸惑う。
「マグナムキック!!」
マグナモンの回し蹴りがマミーモンを吹き飛ばす。
「邪魔をするな!!」
「あんたこそボスの邪魔は…」
「自分の主すら認識出来ん愚か者に用はない!!ガイアフォース!!」
エネルギー弾を投擲しアルケニモンを吹き飛ばす。
マグナモンとブラックウォーグレイモンがヴァンデモンに突撃しようとするが…。
「もう済んだよ。さてと、食後の運動といくか」
花を取り込み終えたヴァンデモンの体が変化していく。
「ヴァンデモンに!?それとも、ヴェノムヴァンデモンに!?」
分厚いコートが弾け飛び、及川の姿から醜い異形の姿に。
「そのどちらでもない、ベリアルヴァンデモンと呼んで貰おう!!」
その姿はヴァンデモンが高位レベルにまで進化した究極体デジモン。
ヴェノムヴァンデモンのように理性を失わず、より高い力を発揮出来るようになった姿だ。
「……なっちゃん、及川は…?」
ベリアルヴァンデモンを睨み据えた後、大輔は今でも及川に治療を施しているなっちゃんを見遣る。
「……うん、治療が早かったからか…少しずつ回復してるよ…」
なっちゃんは長時間の魔力放出のせいか、大量の汗をかいている。
それを見たベリアルヴァンデモンは及川を嘲笑う。
「ふん、しぶとい奴だ。まるでゴキブリ並みの生命力だな」
「及川がゴキブリならてめえはそれ以下だよ。人の気持ちに付け込んで利用するしか出来ねえ奴がふざけたことほざくんじゃねえ」
「小僧、口の利き方に気をつけるんだな。惨たらしい死に方をすることになるぞ?」
ベリアルヴァンデモンの表情が険しくなり、大輔を睨み据えた。
「そうか?暗黒の種だか花だか知らねえが、ヴェノムヴァンデモンに毛が生えた程度の力で俺達に勝てると思ってんのか?寄生虫野郎が」
「貴様…死にたいようだな!!ならば望み通りにしてやろう!!惨たらしく!!八つ裂きにしてやる!!」
「…みんな…」
【え?】
「これから少し、やり過ぎちまうかもしれねえ…でも止めるつもりはないから…見たくなかったら目を閉じろ。いいな?」
「だ、大輔君…何を……!?」
タケルが大輔に尋ねようとした時、大輔から発せられる気迫に息を飲んだ。気のせいか大輔の背後に“鬼”が見える。
「ベリアルヴァンデモン…人の気持ちを弄んだんだ…地獄を見る覚悟は出来てるんだろうな?」
「その言葉そっくりそのまま返してやる!!」
「そうか…行け!!マグナモン!!ブラックウォーグレイモンはみんなを攻撃から守ってくれ!!」
「分かった」
「任せておけ」
大輔達の最後の戦いが始まる。
後書き
ベリアルヴァンデモン?
安定のフルボッコですが、何か?
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