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永遠の謎

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575部分:第三十三話 星はあらたにその二十


第三十三話 星はあらたにその二十

「人がこの町に来るのだからな」
「人が来る、即ちですね」
「それが黄金を生み出す。人は黄金を造るものだからだ」
「それでなのですね」
「その通りだ。そんなものは小事に過ぎない」
 王は簡単に言い切った。
「大事なのはこの芸術を何時までも伝え」
「そしてバイロイトを残していくことですね」
「聖地を潰すことはこの世での最大な悪行の一つだ」
 王はそう考えていた。心から。
「それが理解できない者もいるだろうが」
「バイロイトは聖地になりますか」
「そのことは確かだ」
 王はその未来を見ていた。
「だが私は」
「陛下は?」
「おそらく再びこの町に来ることはないだろう」
 こう言ったのである。
「ここも人が多く来る。そして」
「そして?」
「私を見るからだ」
 だからだというのだ。
「見られることは非常に辛い」
「そうですか。だからこそ」
「私は見られたくない」
 王にとっての苦痛をだ。痛みを感じる声で話していく。
「そして噂されるのなら」
「陛下、俗人の言葉は」
「わかっていても辛いのだ」
 どうしてもだった。最早王には止められなかった。
「この辛さをどうするべきか。そう考えてだ」
「バイロイトにもですか」
「この町に来ることはない」
 そうだというのだ。王はこの町には今来るだけだというのだ。
 そのことを話してだった。それでだ。
 王はそれでも満ち足りた顔でだ。席を立ったのだった。
「では帰ろう」
「はい、それでは」
「パルジファルは別の場所で観ることになる」
「それは何処でしょうか」
「私だけに許され、私だけが観られる場所」
 そこでだというのだ。そしてそこは。
「ミュンヘンのあの場所だ」
「あの歌劇場ですか」
「ワーグナーは他の者には許さない」
 上演そのものをというのだ。パルジファルについて。
「だがそれでもだ」
「陛下ならば」
「私一人が観るのなら。バイロイト以外であの作品を観られるのだ」
 まさにそれがだ。王の特権だった。
 そしてその特権についてもだ。王は述べた。
「私にとっての幸せだ」
「ではその時を」
「待とう。今はな」
 こう言い残してだ。王はバイロイトを後にした。そうしてだった。王は二度とこの町に来ることはなかった。その王が去ったことを聞いてだ。
 ワーグナーは借金に追われながらもだ。またコジマに話した。
「あの方に観て頂いたことは満足だ」
「そうですね。待っておられましたから」
「御会いできたことも幸せだ」
 そのことについてもだ。彼は述べた。
 ヴァンフリートのピアノに座りパルジファルの作曲をしながらだ。傍らに立つコジマに話したのである。
「やはりあの方は私の最大の理解者の一人だ」
「お父様と共に」
「そうだ」
 コジマの父フランツ=リストと同じくだというのだ。
 
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