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Unoffici@l Glory

作者:迅ーJINー
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1st season
  12th night

 
前書き
「彼」が墜ちます。今回のストーリーは、ビスマス様(Twitter:@f01bismuth)より頂きました。氏に、感謝。 

 
 ある日の夜、C1外回り。新宿付近にて、1台のマシンが駆け抜けていた。地下路から飛び出した車体は切れ込むように上り坂のコーナーへ差し掛かる。タイヤは薄くスキール音を引きずりながら路面を必死に掴み、軽くはない車体を制御。荒れたギャップがマシンを揺さぶり、不安定な横Gとプレッシャーがドライバーを襲う。しかしそのドライバーは意に介さず、アクセルを踏み抜いてエンジンに鞭を入れた。

「…………」

 このマシンに搭載されたエンジン―K20A―が一段と吠え、VTECの領域に入ったエンジンは猛烈な勢いで駆動する。前輪に伝わった駆動力はタイヤの限界を超え、白煙を上げた。そのまま前輪は外側へ滑りアンダーステア、マシンの鼻先には僅かだがクリアな直線が開けている。ドライバーは僅かなアクセルワークで前輪のグリップを回復させ、そのまま直線を踏み抜いた。次の緩い右コーナーでマシンを振り返し、限界ギリギリの攻め方でクリア。オレンジがかった街灯がウインドウに差し込み、[Fine Racing]のロゴが光る。

「俺は……」

 このマシンを駆るドライバー、[流離いの天使]と呼ばれている青年は、ただ自問自答を繰り返す。

([本物]なんてのは幻想です───)

 彼の頭の中では、先日[若き老兵]が語った言葉がリフレインしていた。走り屋の世界でまことしやかに語られている[本物]という価値観。横浜みなとみらいエリア最速、R4A所属の[若き老兵]。まさにその[本物]と呼ばれる存在が[本物]という価値観を否定していた。

「俺は…………」

 ならば、彼等は何故走っているのか?何の為に走っているのか?何故、あんなにも速いのか?
 そして、自分は何故走っているのか?誰の為に走っているのか?何故、彼等には追いつけないのか?

「俺は────」

 終わりの見えない思考のループから抜け出せず、ただ機械的に自分の手足を動かし、マシンに限界ギリギリまで鞭を入れ続ける。その時だった。

「……!」

 ルームミラーから突き刺さるハイビームの閃光。迫る咆哮。2、3コーナーを抜けても離れない。

「何か来たな……この感じは…………」

 この場所で生き、楽しんでいる若武者たちを束ねるチームリーダーとして、そして走り続けた経験と[流離いの天使]の異名を持つからには、このC1において簡単に負ける訳にはいかない。

「アイツは……!!」

 しかし迫ってきたソイツを見て、一瞬天使は怯んでしまった。


 流線型のクーペ型ボディ。ゆらり、と幻惑するようなドライビング。攻撃的な鋭さが引き立つエクステリア。2ZZ―GEの荒い雄叫び。猫の瞳にも似た漆黒の色が、今まさにこちらを追い抜かんと身を低く、飛び出してくる。以前為す術もなく敗北を喫した相手、現在のC1最速。


 紛うことなき[本物]──[気まぐれな旅人]――


 その黒い影がCL7に近づくと、まるで相手にする気は無い、とばかりに猛然と接近。パッシングすら無く後ろに張り付かれる。

「……上等、前みたいには行かないからな!」

 奮い立つ天使はさらにエンジンに喝を入れて疾走。旅人は淡々と追撃を掛ける。神田橋を起点に、流離いの天使の孤独な戦いが幕を開けた。



 C1で火花を飛ばすCL7。呉服橋をアウトインアウトで抜けると、先の江戸橋で踏み抜いて体勢を整える。江戸橋JCT、急コーナーをアウト側ギリギリから差し込み立ち上がりを活かす。天使はマシンの性能を最大限に引き出し、無理を超えないような滑らかさをもってCL7を走らせる。

「離れねぇ……何て奴だ」

 対する旅人はまるでステップを踏み、踊るかの様に天使を追う。不気味なまでの静寂がマシンを包み、エンジン音だけを轟かせながら。コーナーを1つ抜ける度旅人が迫り、抜けた先で天使が僅かに離す。

「やっぱり車重の差は大きい、か……」

 同じFFスポーティ車とはいえ、CL7は4ドアセダン。ユーロRと題しなおかつチューニングした所で車重は如何ともし難い。それでも高い性能と汎用性を誇るのは、ホンダのこだわりが産んだ結果に他ならない。

「考えろ……アイツより優れている箇所は……」


 車重、不利。
 コーナリング、若干不利。
 ブレーキング、不利。
 立ち上がり、有利。
 パワー、若干有利。
 トラクションとパワーはCL7の方が上。


 ならば勝負を仕掛ける場所は───

「このまま芝浦JCTを直進して羽田でちぎる!」

 勝利のビジョンが浮かんだ天使は奮い立つ。勝てる、その確信が天使にはある。見えた直線を踏み抜く。ほんの僅か、旅人が離れた。

「よし……次はッ」

 銀座のシケイン。イン奥側を掠めて侵入。ギリギリのスピード領域で、ラインが膨らみそうになるのを堪える。

「抜けた!行ける……頼むぞCL7!」

 天使の期待通り、マシンはミドルラインで踏みとどまる。軽く振り返してアウトに寄せ、次のコーナーを最短距離で駆け抜けた。まさに最高のライン。それでもルームミラーが眩しくなる。

「流石は[本物]、やるじゃねぇか……だけどな……!」

 もはやなりふり構わず、天使は駆け抜けていく。安全マージンもかなぐり捨て、最短のラインでトンネルに飛び込む。一般車を軽いブレーキで躱し出口に向かって加速。K20Aが一層高らかに吠え、エネルギーを絞り出す。

「いかせねぇぞ……絶対引かねぇ!」

 汐留JCT、クリア。この先にある2連コーナーさえ抜けてしまえば、もう天使のマシンに旅人は追いつけない。天使はルームミラーを確認する。旅人はまだそこに居る。

「よし、あと少し!ここさえ抑えれば……!!」

 踏む足に力が入る。相手より長く、早くアクセルを。ただそれだけを。コーナーは眼前に迫る。



 ――100m──50m───10m───

「…………ッ!!」



 フルブレーキ。全荷重が前輪にのる。タイヤは限界を超え、ABSがロック寸前のタイヤを回す。荷重の掛かった前輪がマシンの鼻先を動かす。一瞬の中、しかしゆっくりと荷重が右前輪に移る。タイヤはたわみ、トレッドは貼り付くように路面を捉える。マシンは進行方向へ眼光を刺す。
 荷重の抜けたリアが膨らむ。弧を描き、コーナーのミドルラインを抜けて。

「これで…………!」

 踏み抜いた。最高の一瞬。十分なトラクション。荷重が後ろに乗り、リアのスライドは収まる。そして最高のスピードで次のコーナーを駆け抜ける。ミラーの光は消えないが、近付いても来ない。

 ────勝った。天使はそう、確信した。

「…………どうだ、やってやったぞ」

 芝浦JCT直進。その時だった。何かが当たるような激しい音が車内に響く。

「…………ッ!?」

 同時にけたたましくマシンが震え、失速。ボンネットの隅から白い尾を引き、CL7がグラつく。天使は暴れるステアリングを必死に抑え、何とか真っ直ぐに保つ。

「くっそ!収まれっ、収まってくれっ……!!」

 みるみるうちに車速は殺され、後ろから旅人が────

「奴が、来ていない!?」

 そのままCL7は羽田線の入口で、止まった。

「………………」

 呆然と天使は車外に出る。いくらこの時間のこの場所と言えど、止まってしまったらやるべき事は決まっている。無言のままトランクを明け、停止版を展開。急ぎ足で後方に設置し、発煙筒を焚いた。赤白い閃光が天使を照らす。それを確認した天使は携帯を取り出し、電話をかける。その表情は、憔悴を通り越して今にも掻き消えそうになっていた

「……もしもし、あぁ、俺だ。すまん、寝てたか?」

 電話を終えると車内に戻り、項垂れる。ボンネットからは白煙が立ち上り、奇しくも終戦の狼煙となった。

「くそっ…………」

 分かっていた。連続周回、それもかなり詰め込んだ末での全開バトル。マシンに負担が無い訳がない。その結果がエンジンブロー。あまりにもお粗末な。それより何より。

「アイツ……こっちを追ってこなかった……」

 [気まぐれな旅人]は、芝浦JCTを右折。[流離いの天使]を追わず、C1に戻って行ったのだ。

「最初から俺とバトルする気なんか無かったって訳か……」

 その事実が殊更に天使を打ちのめす。壮大な一人相撲を演じた挙句、マシンを壊した。その全てが、その結果が、天使を責める。

「…………くそっ、俺なんざ、[本物]相手じゃ視界にも入らねぇってのかよ」

 明けの明星が[流離いの天使]と死んだCL7を、無感情に見つめていた。彼の耳に、迎えに来る音が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。



 首都高における古株ドライバーである「流離いの天使」、再起不能の完敗。その噂を聞いて悔しがった男が4人。一人は、誰あろう、以前からC1エリアで彼に負け続けていた「雷光の疾風」であった。

「クソッ!」

 数日後、各種SNSで情報を確認した疾風は、芝浦PAでトイレの壁を蹴りつけていた。

「ふざけんなあの野郎、負けただけじゃなく降りやがったのか……」

 勝ち負けだけではなく、残るか降りるか、それもまたこの世界の選択だと彼自身もわかってはいた。だがそれでもなお、一度たりとも勝てずにいた男がそのまま去る事が耐えられなかったのだろう。

「……失礼、貴方が[雷光の疾風]殿でお間違いないかな?」
「ん……?」

 明らかに普通の状態ではない疾風に対し、どこか軽い雰囲気で話しかけてくる青年に、彼は警戒心を露にしたまま返答する。

「……名乗らずに誰何するのは、いかがなものかと思うがね」
「これは失敬、私はこういうものでね」

 疾風が受け取った名刺に記された名前は「ガレージフェイト」。彼は「流離いの天使」をターゲットと定めていたインテRの青年である。

「ふーん……で?俺に何の用だ?」
「銀色のCL7が墜ちたという話は本当らしいね」
「オタク、何が言いたいんよ?あいにく今は虫の居所が悪いんだ」
「なら単刀直入に行こうか、疾風さん」

 青年はそれまでのどことなく軽い雰囲気を捨て、殺気を纏い臨戦態勢に入った。

「あの墜ちたCL7の代わりに、うちの店のエサにしてやるよ、アンタ」
「……アァ?」
「元々あのCL7を墜とすつもりで車を仕上げて来たんだ。同じクラスで戦ってるアレに負け越してる上に、相当名前が知れてる。ならアンタこそがうちの店の宣伝にはピッタリってモンよ」

 負けるはずがない。青年は疾風本人を前にして、そうはっきりと言い切った。

「……黙って聞いてりゃ、舐めてんじゃねぇぞこのガキが」

 元々苛立ちが募っていた彼に、上から目線で叩きつけられた挑戦状。火が着くには十分な理由だった。

「ここで今すぐケリつけてやろうか?」
「辞めとけ。今のアンタじゃ、変な所で事故ってくたばっちまいそうだ。今日はこのまま帰るけど、俺はいつも適当にこの辺流してるから、見かけたらかかってくるといい」

 そのまま彼は返答も聞かずに車に向かう。ドアを開け、乗り込む寸前に彼は吐き捨てた。

「アンタとあのZの彼、ついでにNSX-R。[本物]になれやしないままの半端な名前なんざ、俺達が全部み潰してやるよ」

 走り去るインテRを睨み付け、怒りで拳を震わせる疾風。

「……冗談じゃねぇぞ……」

 その震える体から溢れた言葉は、かつて叩き切った男の口癖であった。 
 

 
後書き
果たして、天使は、Fine Racingは。 
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