異世界口入れ屋稼業
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口入れ屋の能力(チカラ)
「か……鑑定スキル、ですか!?」
「えぇまぁ。そんなに大した物じゃあ無いとは思いますがね」
「た、大した物じゃないですか!だって鑑定スキルは『神の贈り物』なんですよ!?」
この世界には魔法とは別に技能(スキル)と呼ばれる物が存在する。……実は魔法も技能の1つではないか?とする学説も存在するのだが、今はそれは置いておく。技能とは、その人が経験してきた事の発露であるというのがこの世界の常識だ。
例えば、料理を長年続けてきた2人の料理人が居たとする。一人は【料理】の技能を持っており、もう一人は持っていない。調理技術は同等、素材も同じ品質で同じ料理を作った場合、料理の技能を持っている料理人が作った料理の方が美味しくなるのだ。これは絶対的なこの世界の不文律だ。そして技能は特定の事を続けていてその努力が神に認められると発現するし、更に研鑽を積めば成長すると言われていた。
だが、それとは別に生まれつき特殊な技能を持って生まれてくる事が極々稀に存在する。それは、努力で身に付けられる類いの物ではなく、まるで神の一部を分け与えられたかのような超絶的な能力だった。その中でも有名なのが【鑑定スキル】だ。その力は見つめた対象の能力や才能を見抜く、という物だ。魔道具であればその秘められた能力を、美術品であればその作者や価値を、人であればその身体に宿す技能や才能を見抜く。そしてその技能が成長すれば、犯罪を犯しているか否かや病に冒されていないか、魔法で姿形を偽装していてもその正体を暴く事すら可能だという。そんな超絶的な技能でありながら保有する人数が最も多いのも、【鑑定スキル】の特徴だった。それなのに何故ニナが驚いているかと言えば……
「わ、私、教会の司祭様以外で鑑定スキルを持っている人を初めて見ました!」
「でしょうねぇ。珍しいらしいですから」
この世界の教会という組織には宗教の布教の他にもう1つ、重要な仕事がある。それは、『人の鑑定』である。『鑑定スキル』を用いてその人が持つスキルを鑑定して、隠れた才能等を教えてその人に適した道を指し示す……いわばスキルを活かせる職業斡旋業も教会の業務の1つなのだ。その為には『鑑定スキル』を持った人間の確保が必要不可欠。なので教会は『どんな身分の者でも鑑定スキルを持つ者は司祭待遇で迎える』という方針を打ち立てた。無論、司祭としての最低限の礼節や知識・教養は学ばされるが食事の食いっぱぐれは無いし、毎日温かいベッドで眠れると歓迎されている。しかし、この男は教会の司祭というある程度の身分も保証された地位ではなく、一人の商売人……それも、非合法ではないかと疑われるような胡散臭い形で活動している。それは何故なのか?ニナは率直に、それを尋ねてみたが、
「まぁ、その辺は私と『とある人物』との契約に抵触する話ですので無闇に他人には語れないのですよ。それより今は、ニナさんの心配をしなくては」
とはぐらかされた。
「さて……不躾ではありますが、貴女と会話している最中に【鑑定スキル】で貴女を見させて貰いました。確かに貴女の仰る通り、犯罪を犯した事はなく、年齢も詐称していない。ここで嘘を吐くような人間はそもそも、信用どころか話を聞くにすら値しない。その上で、ニナさんにスキルが無いかどうかをチェックしていました……その結果がこちらです」
そう言ってシュートは1枚の紙をニナに手渡した。先程、会話をしながら何かを書き付けていた紙だ。そこには、
【裁縫】:Ⅲ
【料理】:Ⅱ
【掃除】:Ⅱ
【山歩き】:Ⅰ
【農業】:Ⅱ
と書かれていた。
「ニナさん、貴女は何も出来ない訳ではない。これだけのスキルが貴女には芽生えている。それは貴女自身の努力の結果です、誇りなさい」
「は……はい………っ!」
田舎から半ば捨てられるように出てきた少女のその目には、明日への希望と目の前の男への感謝が浮かんでいた。
「さて、ニナさんのスキルを見る限り仕事は街の中ならば幾らでも見つかりそうです」
「ほ、本当ですかっ!?」
「えぇ。料理と掃除の2つのスキルがその若さで備わっているのは素晴らしい。住み込みで良ければ大店や貴族の使用人としての雇い口はすぐにでも紹介できます」
ですが、とシュートはその言葉を切る。
「裁縫スキルがレベル3もあります。これを活かした方が更に稼げる」
裁縫レベル3、というのは熟練の針子レベルだ。それも『才能ある』という枕詞が付く。縫い物の技能だけでも相当な物なのだろう。だが、シュートの顔は未だに険しい。
「腕のいい針子、というだけでは少し弱い……か。何か売りに出来る部分……家事全般に精通?いや、それならばメイドの方が……」
等と、ブツブツ呟いている。
「あの……シュートさん?」
「え?あぁはい、何でしょう……か?」
不安になったニナが話しかけるが、シュートの視線は一点で固まったままだ。
「あのぅ、私の頭に何か付いてますか?」
「いえ、その髪飾りが中々に珍しい物だったので」
「あぁ、コレですか?」
髪を束ねていたそれを外すと、僅かにウェーブのかかった金髪がはらり、とほどけて肩にかかる。ポニーテールの際は活発な印象だったが、髪を下ろすとお淑やかな印象に変わる。その美貌も強みになるな、とシュートはほくそ笑む。
「そちらは?」
「これ、私の手作りなんです。いらなくなった服なんかの端切れを貰って、それで……」
「ふむ……見せてもらっても?」
「えぇ、どうぞ」
ニナから受け取った髪飾りを掌に乗せ、観察するシュート。その目は珍しい物を見るというより、商人が売り物を鑑定する時のように真剣だ。
「シュシュに近いな。この世界で髪を束ねるのに使うのは髪紐位しか見た事が無い。それに端切れを上手く使って作られた花の飾り。これは……」
たっぷり5分位眺めていたシュートは、
「ニナさん。これは貴女が考えて作ったのですね?」
と、念を押すように尋ねてきた。ニナがコクリと頷くと、
「成る程……では、私が貴女に紹介する仕事先が決まりました」
「ええっ!?ほ、本当ですか!」
「えぇ、善は急げです。早速移動しましょう……ヤック、すまんがいつも通りに留守を頼むぞ」
「まかひぇといて」
口の中の『きゃらめる』とやらを味わうのに忙しいのか、もごもごと喋るヤック。そんなヤックの様子には目もくれず、シュートはニナの手を取って外へと誘う。
「おっ、シュートさんじゃねぇか!」
「ど~も~」
「シュートさん、帰りに寄っとくれよ!いい酒が入ったんだ」
「是非是非」
「シュートのおじちゃん、こんにちは!」
「はいこんにちは~」
シュートの数歩後ろを歩きながら、ニナは舌を巻いていた。シュートがすれ違う人々の悉くに話しかけられている。老若男女問わず、しかも皆ニコニコと笑顔だ。
「に、人気者なんですね」
「えぇまぁ。私の仕事は人と人とを繋ぐ仕事ですからね、人脈というのは何よりの武器なのですよ」
とにこやかに語るシュート。その顔はどこまでも朗らかで、人を食い物にして破滅させる事すらある商人にはとても見えなかった。更に暫く歩き、街の大通りの中程まで来た所でシュートはその歩みを止めた。
「さぁ、此方です」
「ここは……?」
「ロベーヌ商会。私が懇意にさせて貰っている、服を扱っている商会ですよ」
シュートはその高級そうな店構えにも臆する事無く、ずかずかと店の中に入っていく。その後ろ姿に、あわあわと慌てて付いていくニナ。果たして、ニナの運命や如何に?
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