異世界口入れ屋稼業
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それで、あなたは何が出来るんで?
「シュ、シュートさん……?」
「はいはい、シュートさんですよ」
女と向かい合った男はニコニコと笑みを崩さない。
「とりあえず、年頃の娘さんだけ立たせて話をするんじゃ私も外聞が悪い。そこの椅子に腰掛けちゃあもらえませんかね?」
「は、はひっ……!?」
娘は勧められた通り、目の前にあったベッドになりそうな程に大きな椅子に座る。
『え……うわ、柔らかい!!』
声には出さなかったが、娘はこの日何度目かの驚きを味わっていた。自分の知る椅子といえば、木で出来たガチガチに堅い椅子で、今座った椅子はまるで雲に座っているかのようにフワフワだ。表面も何かの獣の皮を剥いで鞣し、加工しているのか美しい光沢がある。こんな椅子、下手をすると貴族ですら持っているか怪しい。
「さて、飲み物は何にします?紅茶かコーヒー、後はジュー……ああいや、果物の絞り汁なんかもありますがね」
「いえ、そんな私にそんなもてなしは……!?」
「私が飲みたいんですよ。私だけ飲んでちゃあ、気まずいですから……お嫌かも知れませんが、お付き合い下さい」
そう言ってシュートは腰掛けていた椅子から立ち上がると、側にあったドアから別の部屋へと移動していった。
「ねぇちょっとヤック君!シュートさんって何者なの!」
「えぇ~?知らないよぉ。オイラにとっちゃあ生まれた時からお隣さんで、ちょっと草臥れてるけど優しいオッチャンだもん。でも……」
「でも?」
「父ちゃん達は『別の国から来た高名な魔導師かもしれない』って言ってた」
高名な魔導師。成る程、それなら幾つかの疑問にも合点がいく、と娘は思った。見た事も聞いた事もない魔道具、ある日突然出来た家、貴族でさえ持っているか怪しい豪華な調家具……他国の魔導師が何かしらの理由でその国に居られなくなり、引っ越してきたのだとしたら?噂でしか聞いた事が無いが、魔法で建物を作る『魔法建築』という技法が有るらしい。この不思議な箱のような建物も、その魔法建築とやらかもしれない。
「あまり私の個人情報をバラして欲しくはないなぁ?ヤック」
何処から聞いていたのか、シュートがカップを3つお盆の上に載せて持ってきた。ヤックはばつが悪そうに俯いている。
「前にも教えたが、情報というのは使い方によっては人を殺す事さえあるし、袋一杯の金貨に化ける事さえある。よく知らない相手に軽々しく話して良いものではない……わかるね?」
「はぁい……」
しょぼん、と小さく返事をするヤック。
「よしよし、反省したなら今回の分のお駄賃をやろう。ほれ、キャラメルだ」
そう言ってシュートは何やら黄色い箱をヤックに手渡した。それを受け取ったヤックは、先程までの泣きそうな顔が一気に笑顔に変わった。
「あの……」
「あぁ、すいませんねぇお嬢さん。子供相手とはいえ商取引はさっさと済ませる質でして。さてと……改めまして『口入れ屋真上』へようこそお嬢さん、お名前をお聞かせ願えますかね?」
そう言ってシュートは何やら羊皮紙のよりもペラペラとした薄い物に、ペンらしき物で何かを書き付け始めた。
「あ、あの……ニナと言います」
「ふむふむ……歳は?」
「17、です」
「成る程、成る程……そのお顔からすると相当に苦労なすった様だ」
「っ、解るんですか!?」
「私は口入れ屋です。仕事を求める人を人手を求める人に引き合わせる……それが仕事です。しかし、その為にはその人を観察する必要がある」
「観察……ですか?」
「そうです。人には得手不得手があり、嗜好があり、それまでの人生の経験があります。私はその全てを読み取り、その人に適した仕事を斡旋して、紹介料と身元保証金を頂いてこそ儲けが発生する」
そこでシュートは簡単にだが、口入れ屋のシステムを説明する。口入れ屋は人を求める仕事先を確保しておき、仕事を求める人をその特技等に見合った仕事先に斡旋する。そして斡旋した店から紹介料を頂き、紹介した人物からは毎月給料の1割を徴収する。その毎月徴収する1割の給料で口入れ屋は店に対して斡旋した人物の身元を保証する。その人物が何かしらの過失や損失を店に与えた場合、紹介料の返済と損失の補填を行い、口入れ屋はその報いをその人物から求めるのだ……どのような手を使っても。
「つまり、私が儲かるには少しでも長く紹介した仕事先で稼いで頂きたいのです。それだけ毎月の徴収する額が増えますからね」
シュートはそう言って、皮肉げに笑って見せた。
「その為にも幾つかお尋ねしたい。ニナさん、貴女何かしらの罪を犯した事は?」
「あ、ありませんっ!確かにウチは貧乏でしたが、それでも人の物を盗んだり奪ったりした事は一度たりともありません!」
「……ふむ、では貴女は何が出来ます?」
「何が出来る、って言われても……」
シュートにそう問われて今までの人生を振り返るニナ。しかし、特別な教育や訓練を受けてきた訳ではない自分に何が出来ようか?という虚しい思いが身体中を駆け巡る。
「……何も、無いです」
「何も出来ない、と?」
「だってそうじゃないですか!私はただの田舎娘ですよ!?魔法が使える訳でもない、剣を握った事だってありません。かといって賢い訳でもないし、シュートさんが求めるような特別な事は何一つ出来ませんっ!」
そう言ってふええぇぇぇ……と泣き出したニナ。しかし、その号泣する年頃の娘等視界に入らん、と言わんばかりにシュートはコーヒーを啜り、ヤックは貰ったキャラメルとやらを口に入れて転がしている。やがて一頻り泣いて落ち着いてきたのを見計らってシュートが語りかける。
「ニナさん、落ち着いて。貴女は自分の事を卑下する必要はない……特別な事は必要がないのです」
「ふぇ?」
グスグスと愚図つく鼻を啜り上げるニナ。
「私は貴女を試したのですよ。申し訳ない」
そう言って頭を下げるシュート。
「ええぇぇぇ!?あ、頭を上げて下さいシュートさん!それよりも試したってどういう事ですか?」
「私の仕事である口入れ屋というのは、非合法な仕事です。決して綺麗事だけでは成り立たない……そういう場合に契約を結ぶ相手に最も必要な物は何か、解りますか?」
そうシュートに問われても、全く解らない。首を左右に振るニナ。
「それは『信用』です。誠実さ、と言い換えてもいい。赤の他人を然るべき場所に紹介し、そこで仕事をさせる……そしてその紹介した人物が何かしらの問題を起こせば、その責任は私にも降り掛かる。よくよく考えれば恐ろしい事ですよ、これは」
しかし私はこれしか出来ないのでね、と苦笑するシュート。
「そんな時に最も大切なのは相手が信用に足るかどうか、その一点に尽きます。信頼ではなく、信用という所がミソですね」
信頼とは相手の力量を信じて頼る事である。しかし、悪く言い換えてしまえば手に負えない事を丸投げするとも言える。対して信用は相手の力量を信じて仕事を与え、用いる事だ。そこには信頼よりも深い絆が生じる。頼るのではなく、責任を持たせて信じて用いる事で、相手にも責任感を生じさせてその能力を引き伸ばす……それが信頼と信用の違いです、とシュートは語る。
「貴女の今の独白は正しく、貴女の純粋な心を表す物だった。私はその貴女の美しい涙こそ、信用に足る物だと判断しました」
「じゃ、じゃあ……?」
「えぇ、貴女のこれからの人生に私が口入れさせて頂きましょう」
朗らかな笑顔を浮かべるシュートに再び泣き崩れるニナ。
「さて、そうと決まれば貴女にも私の秘密を明かさねばなりませんね」
「シュートさんの秘密……ですか?」
「えぇ、私は【鑑定スキル】が使えるのですよ」
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