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永遠の謎

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459部分:第二十八話 逃れられない苦しみその三


第二十八話 逃れられない苦しみその三

「是非共」
「わかりました。それではです」
「この場で」
「そうしましょう」
「観劇は素晴らしい」
 王はそれはいいと言う。
 しかしだ。その曇った顔でこうも言うのだった。
「しかし。見られることは」
「それはですか」
「耐えられませんか」
「この劇場にいる全ての者が」
 確かにだ。ロイヤルボックスをだ。常に誰かが観ている。
 王はそこにいてだ。視線を感じて言うのだった。
「観ています。これでは劇に集中できません」
「陛下は国王ですから」
「それは」
 仕方がないとだ。周囲は話す。
「ですから何といいますか」
「残念ですが」
「私は一人で楽しみたいのです」
 観劇をだ。そうだというのだ。
「是非共です」
「ですからそれは」
「残念ですが」
「どうにもならないですか」
 王は悲しい顔になった。項垂れる様に。
「このことは」
「ロイヤルボックスにいればどうしても」
「そしてこの席は」
 王のみの席だ。まさに玉座なのだ。
 だがその玉座でだ。王は項垂れたままだった。
 そして項垂れながらだ。王は観劇を続ける。しかしその間もだった。
 誰かの視線を感じる。そうしてまた周囲に話す。
「王は常に観られているものなのですね」
「そうですね。確かに」
「王とはそういうものです」
「国の主として」
「それもまた務めです」
「わかってはいるのです」
 悲しい顔でだ。王は話していく。
「ですがそれでも」
「視線は御気になされないことです」
「観られていないと思えばいいのでは?」
「観劇に集中されれば」
「それでどうでしょうか」
「できればいいのですが」
 それはだ。どうかというと。
 王の心ではできなかった。どうしてもだ。
 だからこそだ。今も観劇を観てだった。言葉は憂いに満ちたものだった。
 そのままだ。観劇を観る。今は。
 ザックス、つまりワーグナーがだ。ドイツ芸術を高らかに謳っていた。それを観てだ。
 王はだ。このことは素直にこう言えた。
「ドイツの芸術は普遍です」
「普遍ですか」
「そうなのですね」
「そうです。そして不滅です」
 そうしたものだというのだ。
「それがドイツの芸術なのです」
「ドイツの芸術は今こそですか」
「不滅のものとなる」
「そうなりますか」
「そのドイツ的なもの」
 ドイツの者として。王は話す。
「この素晴らしいものが咲き誇る時なのです。そして」
「そして?」
「そしてといいますと」
「私もまた」
 どうするのか。王はこんなことを話した。
「その花を一輪でもいいから咲かせたいものです」
「陛下は既にですが」
「ワーグナー氏の音楽を助けられていますし」
「ですからそれはもう」
「いいのでは?」
「果たせられているのでは」
「いえ、まだです」
 王にはわかっていたのだ。自分が何を為すべきなのかを。それがわかったのはあの騎士との会話である。それを思い出しながら話すのだった。
 
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