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永遠の謎

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367部分:第二十四話 私の誠意その五


第二十四話 私の誠意その五

「人とはそういうものです」
「言葉を。気にしないようにしても」
「気にしてしまいますから」
「気にしたくない。いえ」
「いえ?」
「耳に入れたくない言葉が多い」
 こう言うのだった。
「どうしてもな」
「ワーグナー氏のことでしょうか」
「話さねばならないか」
「いえ」
 それはいいというのだ。別にだ。
「それは構いません」
「言わずともいいのだな」
「はい、陛下が仰りたくないのなら」
「そうか。済まないな」
「御気に召されずに。ですが」
「ですが?」
「あの方とのことについて私は何も言うつもりはありません」
 穏やかな顔でだ。ホルンシュタインは王に話すのだ。
 そのことを話してだ。あらためて王を見て言うのだった。その絵画の世界の中にそのままいるかの様な、あまりにも整った美貌を。
「陛下の望まれるままに」
「私の望むままに」
「音楽、いえ芸術で国を傾けた者はいません」
 少なくともだ。この時代まではだ。世界にはいなかった。
「むしろ後世にです。芸術を愛した君主としてです」
「名を残していったな」
「陛下は歴史に名を残されたいでしょうか」
「そうした考えはない」
 王にはそうした虚栄心はない。そうした俗世の欲には乏しいのだ。
 その考えをだ。そのままホルンシュタインに話すのである。
「歴史に名を残して何だというのか」
「何にもならないですか」
「そうだ。自己満足に過ぎない」
 自己満足についてはだ。こう言うだけだった。
「そんなものは実に下らないことだ」
「そう御考えですね」
「私はただ愛しているだけなのだ」
 それだけだというのだった。
「ワーグナーの芸術を。そして」
「そして?」
「彼の全てをだ」
 話はそこにまで及んだ。彼の全てだというのだ。
「その中にある全てを愛しているのだ」
「左様ですか」
「それはおかしいだろうか」
「そうですね。陛下は彼に見返りは求めておられますか」
「彼の芸術」
 それだった。王が彼に求めているものは。
「それだ」
「彼は芸術家ですからそれは当然のものとして生み出されますが」
「それだけでいいのだ。これまでの芸術も」
「そしてこれからの芸術も」
「おそらく。パルジファルまでだ」
「パルジファル?」
「彼が今考えている作品だ。壮麗な宗教になる様だ」
 パルジファルとはだ。そうした作品だというのだ。
「その作品までだな」
「御覧になられたいのですね」
「その通りだ。そこまで観ることができて」
 そうしてだというのだ。
「彼の芸術をこの世に再現できたなら」
「この世に?彼の芸術を?」
 王の今の言葉にだ。ホルンシュタインはふと妙なものを感じた。それは美麗であるが何か不吉なものも含んでいる様な、そうしたものを感じたのだ。
 だが王はだ。そのことをだ。さらに話すのだった。
 
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