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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第二十八話:報復2

 
前書き
 お待たせしました。とはいっても読んでる人なんてあまり居ないか。まあとにかく、新しい話ができたので投稿します。 

 
「VT……システム……」

 誰かがそう呟いた。IS乗りの到達点たるブリュンヒルデを量産するための悪魔のシステム。それが今、虐殺に等しい蛮行を行っている。

「すぐに区画を閉鎖しろ、アタシが出る!新米共は生存者の確認と保護だ、急げ!!」

 イーリスは傍らの士官に指示を飛ばすと、大胆に開いていたISスーツの胸元を閉めた。既に侵入者の存在と訓練を中止し、実戦に切り替えるようにアナウンスが飛んでいる。

「何処の誰だか知らねえが、VTシステムを搭載したISを鉄砲玉にけしかけやがって……後悔させてやる!!」

 イーリスは愛機『ファング・クエイク』の脚部を部分展開させると、水密扉を蹴り破った。

「おらぁ!!」

 血と肉塊で彩られた地獄が待ち構えていると思いきや、イーリスが目にしたものは『シャイニング』の様な真っ赤な鉄砲水だった。

「何だとぉぉぉぉ!?」

 如何にIS(最強兵器)といえども、自然の暴力には敵わなかったのか、哀れにもファング・クエイクを纏ったイーリスは勢いに押されて壁に叩きつけられてしまった。
搭乗者保護のための絶対防御が発動し、湯水のごとくシールド・エネルギーが減少していく中、イーリスは暗闇の中に明らかな嘲笑を浮かべる何者かの姿を確かに目撃した。


 アメリカ合衆国IS部隊所属、ナターシャ・ファイルス大尉は秘匿空母エルボーの懲罰房の中に収容されていた。両手には手枷がはめられ、異性だけでなく同性でさえ魅了していたブロンドの髪は囚人の習いに従って短く刈り込まれていた。
 何故このようなことになったのであろうか。ナターシャは自問するも、答えに値するものは出てこなかった。何時も通りの訓練、青い空、絶好調の愛機(福音)。総て順調且つ完璧だった。
 しかし、気づけば彼女は軍病院のベッドの上に居り、二日後には憲兵によって身柄を拘束されて現在に至っている。尋ねれば国家反逆罪という刎頸ものの大罪を犯したとされているが、無論彼女に覚えはない。いくら無実を訴えても返ってくるのは冷たい沈黙ばかり。自慢の髪と同時に我が子同然に可愛がってきた愛機を失った彼女は限界に達してきていた。

「もう、何もかもが嫌だ……此処じゃない何処かへ行きたい」

その時、扉が音も無く開いた。日の傾きによって陰が差すように様に、何者かが入ってきた。

「誰?」

「誰でもねえよ」

 天井の照明が侵入者を照らす。昔見た映画でお姫様をさらった泥棒の様にそれは現れた。骸骨を思わせるガスマスクとダース・モールを想起させるフェイスペイントで彩られた相貌は、明かりの下では何かの冗談が積み重なって出来たかのような滑稽さと、ナターシャに訪れるであろう逃れられぬ「死」そのものを連想させられた。
 思わず一歩後ずさるナターシャ。「死」は、ゆるりと間を詰める。

「何処かへ行きたいと言ったな。叶えてやろう」

 意外な一言が飛び出した。明らかにボイスチェンジャーで歪められたおどろおどろしい声と共に手が差し伸べられる。不当な扱いに衰弱していたナターシャは迷わなかった。

 秘匿空母エルボーの内部では、ISを部分展開した兵士達が乗組員の避難誘導を行いつつ、虐殺を続行しているVTシステムを捜索していた。本来ならば陣頭指揮を執っているはずのイーリス・コーリングは、血と肉片に彩られた濁流に蹂躙されたせいでISのエネルギーの大半を消耗してしまい、羞恥と悔しさに耐えながら愛機のエネルギー補充を待っていた。
 現行兵器を遥かに凌ぐとされているISだが、エネルギーが尽きてしまえばただの鉄の塊であるということは変わりなく、等しく無様を晒す点に於いては残酷なまでに平等であった。

「リチャージは終わらねえのか!?」

 苛立ちを隠そうともせずに、イーリスは整備主任に怒鳴り散らした。

「あと5分は掛かります!!」

 負けじと整備主任も怒鳴り返す。

「3分でやれ!」

「無茶言わんでください!!唯でさえ整備シークエンスを4つほどすっ飛ばしてるんですよ!?恩給暮らしが惜しかったらちょっとは落ち着いてください!!」

イーリスと整備主任の罵り合いは長くは続かなかった。格納庫の壁をぶち破って、部下の一人が血みどろで現れたからだ。

「何!?」

 彼女(・・)には配線だらけの鉄屑がカサブタのように張り付いていた。一瞬の困惑の後、整備主任はそれがISのパーツであることに気付いた。IS乗りが打倒されたのであれば考えられることは一つだけ。

「気を付けろ!VTシステムだぁ!!」

 整備主任の他にも、理論・本能問わずに全てを察した兵士達が居たのだろうか。咄嗟に伏せたり身を隠そうとする連中が視界の隅に見えた。しかし、それらは無残に引き裂かれた。壁の穴から飛び出してきた巨大な砲弾が一切合財を掻っ攫っていったのだ。

「俺の機体を出せ!!」

 イーリスが叫ぶ前に整備主任は彼女の愛機に火を入れていた。ハンガーに傅いていたファング・クェイクが粒子化し、彼女の軀に纏わりつく。瞬時に戦闘態勢を整えたイーリスは格納庫の大穴へ飛び込んだ。
 そこには、汚泥に手足が生えていると見紛うほど醜悪なモノがそこにあった。手当たり次第にそのへんの物質を無節操に取り込んだ結果、無様に肥大化した人間の我欲を抽象的に表した様なソレからは辛うじてレールガンの様な武装が見えていた。

「何だ……ありゃあ!?」

 突如として現れた非常識で凝り固められた怪物を前にして、イーリスの初動が僅かに遅れる。不幸なことに、汚泥にはその動揺を見逃さない知性が備わっていた。瞬時にレールガンが新たな弾を吐き出した。

「っざけんなあ!!」

 ファング・クェイクの手甲が唸りを上げ、飛来する礫を左フックで叩き伏せた。考えなしに軌道を捻じ曲げられた弾丸は、隔壁をぶち破って数人の兵士を即死させた。

「くたばりやがれ!!」

 勢いに任せて汚泥に右腕を捩じ込むと同時に、拳に仕込まれた試作品の爆裂装甲が火を吹いた。
くぐもった轟音と共に泥は醜悪に波打った。効いているのかどうかでさえまるでわからない有様であった。それどころか、噛みかけの巨大なガムの塊に手を突っ込んでしまったかのごとく、粘度の高い物体が鬱陶しく絡みついてくる。

「は、な、し、や、が、れぇ!!」

 ファング・クェイクの試作内装のPIC補助ブースターが展開され、機体を後退させるべく火を噴いた。翼のような炎が床を焦がす。汚泥の怪物も負けじと彼女の手足に絡みつく。

「うあああああああああぁぁ!!」
 生理的な嫌悪感に襲われたイーリスは爆裂装甲を何度も炸裂させる。爆発させるたびに滑稽な形に変化していく汚泥。しかし、状況は一向に好転することはなく、時間と同時にイーリスの冷静さも消耗されていく。

「ケケケッ、存外弱イナ」

 突然個人回線(プライベート・チャネル)を通して汚泥が音を発した。それも意味のある言葉を紡ぐという形で。

「しゃ、喋れるのかよ……?」

 恐る恐る口を開くイーリスに対して、汚泥は饒舌に話し続けた。

「あア、喋れルとモ。コの程度造作も無イ。どいツもこイつも舐め腐っテクれタお蔭デ殺り易カったよ」

 ゴボリと不快な気泡を笑い声のように泡立たせながら、汚泥はイーリスごとファング・クエイクに覆い被さろうとする。シールドエネルギーが更に消費され、空中投影モニターからエマージェンシーが飛ぶ。既に彼女の愛機のエネルギー残量は3割を切っていた。

「お前もヒトツになレ」

 ここまで言われて身の危険を感じないほどイーリス・コーリングは鈍感ではなかった。

「っざけんなぁ!!」

 その時、彼女を避けるようにして、曳光弾の嵐が汚泥に降り注いだ。なんとか体制を立て直した後詰めの部隊が、イーリスと同様に間に合わせの処置を施したISで反撃を開始したのだ。中には対人装備で抵抗を試みる者も居た。
 第1世代ISの登場、否、白騎士事件直後より、米国政府はISを兵器利用を前提とした運用に定めた運用プランを軍需企業に提示していた。他国の産業スパイや旧世代の軍需産業のロビー活動を始めとしたあらゆる逆風を退けてきた結果、アメリカのIS運用は一部(ブリュンヒルデとの一騎打ち)を除いてあらゆる状況を打破できるマシンスペックを実現させてきた。パークライナー級秘匿空母や名前のない(アンネイムド)部隊を筆頭に、不正規戦を想定した部隊を中心に実戦データをかき集め、各国に散らせた間諜から得た情報と照らし合わせる。表に出来ない外道の所業だって腐るほどしてきた。
 それらの積み重ねが今、水泡に帰そうとしている。彼ら、彼女らは決して悪人ではないが、聖人のような善人でもない。ただ、外国の無辜の民を犠牲にしてまで、自らの挟持をすり減らしてまで得た結果が危機的状況にあるのを指を咥えて見ていたくないだけなのだ。

「大尉を助けろ!!」

映画(スクリーン)じゃないんだ、無事で済むと思うなよ!!」

 怒涛の制圧射撃を受けて、汚泥の拘束が僅かに緩む。その隙をイーリスは見逃さなかった。直ぐ様両腕の爆裂装甲を腕部パーツごとパージすると、補助ブースターが焼け付くのを承知で全力で機体を後退させた。

「ぅうううああああああぁぁぁ!!」

 そして彼女の目論見はうまく行った。泥沼から車両が這いずり出る要領でファング・クエイクは汚泥の拘束から脱出したのだ。

「予備パーツ!!」

 イーリスの怒鳴り声と同時に、ハンガーの扉が開く。イーリスは開放途中の扉を乱暴に蹴り破ると、予備の腕部パーツを装着した。ソレを見計らって部下の一人がIS用バトルライフルを投げて渡す。

「よし、仕切り直しだコラァ!!」

 バトルライフルを構えたイーリスに対し、汚泥は意外な反応を返した。

「ソレは無理だナ。ワタシの役目は終わっタ」

 イーリスの眼前の泥が形を変えていく。無秩序さを押し固めたような外見は鳴りを潜め、贅肉の無いスポーツマンの様なスマートな人間になった。

「今更逃げるのかよオイ!!」

「煽っているのならば無意味だ。何故なら君達はさらなる屈辱でそれどころではなくなる」

流暢にしゃべるようになったかつて汚泥だったものは、右腕を掲げると、レールガンに変形させた。

「そうそう、この弾は焼夷弾だ」

「何?」

 唐突な告白にイーリスは一瞬意識を取られる。しかし直ぐに意味を察して瞬間加速で踊りかかった。ISのハンガー内には、推進剤やエネルギーバッテリー。弾薬の類が山程ある。曳光弾一発でこの船に致命的なダメージを与えることは十分に可能だった。

「よせええぇぇぇ!!」

 ファング・クェイクが唸りを上げ、近接攻撃用のマチェーテ型武装を展開して泥人形が構えたレールガンの銃口に深々と突き刺した。
少なくともこれで最悪の事態は回避された。と、イーリスはひとりほくそ笑んだ。

「馬鹿だな、そんなのだから手玉に取られるんだ」

 泥人形の空いた左手には、イーリスが持っていたバトルライフルの銃口が握られていた。

「!!」

 反射的に引き金を引くと同時に、吐き出された弾薬は、全て泥人形の中に吸い込まれるようにして埋没していく。

「まだ自分が何をしているのか解っていないようだな」

 泥人形の体表が沸騰するかのごとく泡立っていく。同時にスマートな体型は無残に崩れ、スモウレスラーもかくやといった体型にまで、急激に膨張を始めた。明らかに何かが起きようとしている。

「さて、みんな返すよ」

 その言葉とともに、膨張したそれは破裂した。今まで浴びた銃弾の雨だけでなく、道中取り込んだと思わしき空母の部品と思わしき鉄屑や、戦死した隊員の肉片や骨片。撃破したISパーツの破片などをコレでもかとばかりに撒き散らして。

「があっ!?」

 泥人形が放った死の暴風をモロに浴びたファング・クェイクは、咄嗟に防御の為に両腕を盾にした。結果的にその判断は正しく、絶対防御が発動するもすぐにエネルギー切れを起こしてしまい、装甲が鉄屑と熱風でガリガリと削れていった。
 何とか死の暴風を凌ぎ切ったイーリスは、パワーアシストが切れて鉄塊と化したファング・クェイクの両腕を何とか動かし、防御の構えを解いた。
 凄惨な光景であった。動いているものは最早イーリス一人だけ。さっきまで訓練に汗を流していた不出来ながらも将来が楽しみであった部下たちは軒並み息絶えている。彼女たちが等しく身に着けていたISもエネルギーを失い、それぞれの棺桶となって無常に佇んでいた。

「だ、誰か!!生きてるやつは居ないのか!?」

 なんとか声を張り上げるが、虚しく歪んだ木霊が返ってくるばかりだった。それでもなんとか生き残りを探すイーリス。しかし、探せども見つかるのは肉片ばかり。生きている人間どころか五体満足な死体を探す事さえ難しい有様であった。
 この事件によりアメリカの懐事情に決して無視できない打撃が与えられた。非公式部隊の壊滅によりアメリカのIS産業の飛躍的な発展は陰りを見せ、ヨーロッパ圏内ではスキャンダルに揺れるフランスとドイツを率いる形となった、イギリス主導によるイグニッション・プランの勢力が台頭していくことになる。


 忘年某月某日、地図から消された島沿岸にて。

「さて、これで君はアメリカからはお尋ね者になる。星条旗にお別れはするかい?」

「いいえ、要らないわ」

空母からナターシャを連れ出したラシャは、上陸地点の海岸に戻ってきていた。上陸の際に隠しておいたプロペラントタンクの点検をしているラシャの背中に、ナターシャは疑問を投げかけた。

「何で私を助けるの?」

「答える必要はない」

 即答且つ会話の流れをぶった切られたナターシャは、ため息を吐いた。どの道死刑を待つ身分であったが、連れ出されたからと言って安全が保証されたわけではない。場合によっては、死刑に処された方がはるかに恵まれている運命をたどることも考えられた。
 とにかく情報が必要だった。少なくとも自分を受け入れてくれる組織が好意的に遇してくれるかを見極める必要があったのだ。

「すっごい無愛想……」

 眼前の工作員は何度見ても無骨なガスマスクで顔の下半分を覆い隠し、ダース・モールを想像させる禍々しいフェイスペイントで彩られており、所属どころか人種でさえ想像できない状態であった。

「今更白馬の王子に憧れるトシでもないのは分かりきってるんだけどなあ……」

 冷え切った雰囲気に何度目かわからないため息をつくナターシャ。最早目の醒める程の綺羅びやかな星空と、涼しげに響く波の音くらいしか彼女に構うものはなかった。

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)

 唐突に男が口を開く。

「え?」

「お前の機体だったと聞いている」

 ナターシャの顔色が変わった。銀の福音は最重要機密事項であり、テストパイロットであったナターシャでさえ、関係者の前でさえ容易く口にして良い名前ではなかった。専らコードネームで呼ぶのが当たり前で、ナターシャ自身銀の福音自体の名前を声に出して呼んだのは数えるほどだ。
 それを何の躊躇いもなく口に出すということは、機密事項を見慣れているほどの重要人物がバックに居り、尚且つアメリカと敵対している勢力の工作員であるという可能性がある。

「ええ、私の機体だったわ。もう降ろされたけど」

「凍結か?」

 間髪入れずに男が質問を入れる。

「そうよ、あの暴走以降安全性を考慮して永久に凍結されることになったの……まだお礼も言えてないのに」

 工作員の目が彼女の言葉を吟味するように細められる。嘘は許さんと言わんばかりの威圧感がナターシャを取り囲む。

「……お礼?」

「コアの……人格って言えば良いのかしら?飛んでたら手足が動かなくなって、視界が真っ暗になったの。そして機体が耐用基準を大幅に超えた機動で暴走し始めたの。正直、もう駄目かと思ったわ」

 ──愚かな。とラシャは心中で舌打ちをした。何故IS乗りというものはここまでブラックボックスだらけのマシンをありがたがって乗り回せるのだろうか。
 ISには絶対防御という生命維持機能が付いているが決して万能ではない。第一、生命に異常がない程度の苦痛など幾らでもある。それによって『死んでないだけの無意味な生』を送らされている人間をラシャは何人も見てきたし、何人も生み出してきた。

「だけど、コアが……あの子が、銀の福音を銀の福音足らしめている存在が、私を護ってくれたの。何とか駆動系にセイフティを掛けて、生命活動に支障がないように工夫をしてくれたの。あの暗闇の中で、たった……一人で……っ」

 最後には嗚咽混じりに話すナターシャ。しかし、ラシャは彼女の処遇に関して色々と考えを巡らせていた。
 実のところ、彼女を生かしておく理由は無く「アメリカの鼻っ柱をへし折る」事を成し遂げることを命令されていたラシャは、最早充分目的は果たしたと考えていた。ちらりと視線を投げると、まさに絶賛炎上中の空母から飛び降りたVTシステム(相棒)が、悠々と海を泳ぎきり、ラシャ達がいる砂浜に到着したところであった。
 最早長居は無用だった。ラシャはホルスターから拳銃を引き抜くとナターシャに向ける。後は彼女を殺して死体を隠蔽することで、銀の福音に関するプロジェクト関係者に大きく痛手を与えるという形でケジメをつける筋書きだ。

「そう……やっぱりそうなのね」

 ナターシャは彼の意図を察したかのような儚い微笑みを浮かべると、目をつぶってその瞬間を受け入れる。ラシャは引鉄に指をかけ……ようとしたが、引鉄が拳銃から消失していた。

「……あれ?」

 何度か指を動かしてみるも、あるはずのパーツがそこにはない。装備は全て事前に点検していたにもかかわらずだ。

「あれぇ!?」

 思わずスライドを外して確認してみるも、やはり引鉄のみが煙のように消えていた。

 「痛っ!?」

 突如、ラシャの向う脛を蹴る存在があった。拳銃から目を離すと、漆黒のふくれっ面の様なものがキスできかねないほどの至近距離にあった。

「ぶほぅ!?」

 不意を衝かれたと同時に、ガスマスクの気圧調整が狂ったせいで珍妙な音を出して仰け反ったラシャ。ふくれっ面の正体はこちらに近づいてきたVTシステムだった。その姿は製作された当初の姿であるブリュンヒルデ(織斑千冬)を模した状態であった。
 彼女(?)は未だに祈るように目をつぶるナターシャを庇い立てるように、ラシャの前に立ち塞がった。

「生かせ……と?」

 思わず口をついて出てきた言葉に、VTシステムはうなずく。何か思うところがあったのかそれともラシャの殺戮に歯止めをかけたかったのか。顔のない相貌からは何も伺えない。

「まあ良いか。今回の仕事で当分『飢える』ことはないだろう」

 ラシャが銃をホルスターにしまい込むと同時に、VTシステムは引鉄の部品をコインのように指で弾いて彼に渡した。

「お前、随分芸達者になったな?」

 ラシャのからかうような言葉に、VTシステムは腰に手を当てて得意げな様子だ。

「さて、お嬢さん。気が変わったのでこれからエスコートだ。ちょっと狭いが我慢してくれ」

「え、何?さっきのってVTシステムじゃ……きゃあ!!」

 自分の運命が少なくとも好転した事に気づいたナターシャは、目の前に立つ自らを生かした存在(条約違反兵器)に驚く間もなくラシャに抱きかかえられて、浜辺に隠されていたプロペラントタンクに放り込まれた。

「え?何!?何!?」

「邪魔するよ」

 半分パニックになってるナターシャを無視してラシャも同じタンクに入ってきた。

「チョット待ってチョット待って!私、男の人とこんな狭い場所で二人っきりになったこと無くて!!」

「舌を噛むぞ、気をつけろ。これから大いに揺れちまうからな」

 姦しく騒ぐナターシャを尻目に、ラシャはコンパネを慣れた手付きで操作していく。

「さて、座標送信完了っと後はお迎えがくるまで待機だな……っと!?早いなオイ」

 コンパネを操作し終えるとほぼ同時に、タンクが大きく揺れに揺れた。

「きゃあああ!?何々!?電気消して電気消してぇ!?」

「むん!!」

 更に混乱の極みに落ちつつ、意味不明な言葉でまくしたて始めたナターシャをチョップで黙らせたラシャは、楯無が操縦するラファールがタンクを回収する手際の粗さに閉口しつつ、IS学園に到着する2時間を豪胆にも寝て過ごした。
 
 

 
後書き
 秘匿空母の名前は、全部あるゲームから名前だけ借りてます。分かる人いるかなあ? 
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