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天使のような子に恋をした

作者:Evoluzione
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天使のような子が家に遊びに来た

 
前書き

 御無沙汰しております。 

 

 ある日の下校中のこと。その途中で偶然ことりと会った俺は、彼女と共に家路を歩いていた。日も短くなってきており、まだ5時前だというのに辺りは既に薄暗くなり始めていた。

「そういえば、蒼矢くんの学校って文化祭いつ? もうそろそろだよね」

「え? ああ、そうだな。再来週の土曜日だった筈だよ」

「そっか。なら穂乃果ちゃんと海未ちゃん誘って行っていい?」

「ああ勿論。大歓迎だよ」

「ふふ、やった」

 どうして好きな人と過ごす時間はこんなにも短く感じるのだろう。気が付いたら家の近くまで来ていた。もう少しことりと話していたい。一緒にいたい。それはことりも同じだったのか、そのような雰囲気を醸し出していた。

「……ねえ、蒼矢くん」

「ん? どした?」

「明日、練習ないんだ。それでね、良かったらでいいんだけど──明日、家に遊びに行っていい?」

「──えっ? 家って俺の?」

「うん、そうだよ」

 この言葉を聞いた時は心底驚いた。まさかことりがそんなことを言ってくるなんて。勿論、ことりと一緒にいる時間が増えるのは俺にとっても好都合な為、断る理由などは見つからない。だけど、急にそんなことを言い出してきた理由を聞かずにはいられなかった。

「勿論いいよ。でも、いきなりどうしたの?」

「うん、特にどうってことはないんだけど──ただ、蒼矢くんと一緒にいたくて」

「えっ──?」

 これは──期待していいのだろうか。そういうことだと期待してもいいのだろうか。

「あっ、えっと違うの! その──蒼矢くんと友達として遊びたいと思ってたから!」

「……そっか、ですよねー」

 “友達として”をやけに強調して言ったことり。少し気になったが、とにかく期待した俺が惨めだった。まあ、そう簡単に上手く行く訳ないよな。

「ま、まあ、明日俺の家に遊びに来るってことでいいんだよな?」

「あ、うん。大丈夫だよね?」

「ああ、俺は特に予定はないから大丈夫だよ」

「そっか、良かった。じゃあ明日、10時頃行ってもいいかな?」

「おけ、いいよ」

 こうして、ことりが俺の家に遊びに来ることになった。先日、俺が風邪を引いた時に来た時とは訳が違う。今度はことりを客人としてもてなさないといけない。今日、帰ったらしっかりと部屋の掃除をしなければ。

「じゃあまた明日。待ってるよ」

「はーい。バイバイ、蒼矢くん」

「おう」

 明日、俺の好きな人が家にやってくる。それで心が踊らない訳がない。自分でも吃驚するくらいに気分が高揚している。これは──テンションが上がりすぎてはしゃぎすぎないように気を付けないとな。


 ◆


「ふぅ……こんなもんか」

 翌日。ことりが家に来るまで暇だった俺は部屋の掃除をしていた。掃除は昨夜もしたのだが、念には念を重ねておいた。その結果、以前とは見違える程綺麗になった。これならことりを招き入れても何も問題はない筈だ。

 ちなみに──今日は母さんが用事があるとかいって、朝早くから何処かに出掛けていった。図らずも良いタイミングに出掛けてくれた。母さんがいたらことりのことを絶対にからかわれるだろうし。

 丁度掃除を終えたその時、家のチャイムが鳴るのが聞こえた。時刻は10時前だし、これはことりで間違いないだろう。

 階段を降り切り、家のドアを開けるとそこには俺の予想通りことりがいた。以前のデートの時の可愛らしい服装とは違って、今回は全体的に大人っぽい服装だった。

「おはよう、蒼矢くん。ちょっと早いけど来ちゃった」

「おはよう。ううん、全然いいよ。まあ早速だけど上がってよ」

「はーい、お邪魔します」

 ことりが家の中に入ってくる。その瞬間、鼻腔を甘い香りが擽った。ずっと嗅いでいたら頭がクラクラしそうな匂い。この後、ことりを俺の部屋に招き入れる予定だが、それってよくよく考えてみれば俺の部屋がことりの匂いでいっぱいになるってことだよな? つまりは好きな人の匂いでいっぱいになる。……これは、色々と大丈夫なのだろうか? くれぐれも注意しないと。

「あ、蒼矢くん。マカロン作ってきたんだけど後で食べる?」

「お、マジで? それじゃ有難く頂くよ」

「うん! たくさん作ってきたからご家族と食べるといいよ」

「ありがとう、母さんも喜ぶと思う」

 ことりからマカロンが入っている箱を預かった俺。その中からは甘い匂いが漂っている。ことりが作った物を何一つ食べたことがない俺でも、箱を開けなくても分かる。このマカロンは絶対に美味いと。とりあえず後でお茶を淹れてくるか。

「はい、ということでここが俺の部屋でーす。といっても前入ったか」

「あはは、そうだね。……って、あれ。この前より綺麗になってない?」

「そりゃあまあ……ことりが来るから掃除したし……」

「えー、そんな気遣いしなくても良かったのにな。前のままでも十分綺麗だったよ?」

「それはまあ、そうなんだけどさ」

 俺の部屋に入ったことり。俺はマカロンの箱を机に置き、勉強用の椅子に腰掛ける。ことりにも座るように促すと、彼女は俺のベッドの縁に座った。俺のベッドに好きな人が座っている。何というか、一ヶ月前の俺には考えられない光景だ。

 さて、ことりが家に遊びに来たものの、何もやることがない。ことりは俺と一緒にいたいと嬉しいことを言ってくれたが、流石に何もしない訳にもいかないだろう。

 そういえば──今俺の家には俺とことりしかいない。つまりは完全に二人っきりの状況だ。そう意識した途端、猛烈に気まずくなってきた。別に居心地が悪いという訳ではないけど、どうしても二人っきりという現実を突き付けられて俺の理性を刺激してくる。

 ことりもそれに気付いているのか分からないが、妙にそわそわしていて落ち着かない様子だった。

 こんな状況下で、俺が取るべき行動は──

「お、俺、お茶淹れてくるわ!」

「あ、う、うん! いってらっしゃい!」

 そう、逃げの一択である。

 いや、ほんと。我ながら情けないとは嫌でも理解している。しかし、こうでもしなければあまりの気まずさに色々とおかしくなりそうだった。だから間違ってはいないはず。

 お茶を淹れるにしても、少々落ち着いてから戻った方が良いよな……? すぐ戻っても気まずいだけだろうし、何より会話が続かない。ここはひとつ、この後何をするかということを含めて考えた方が良さそうだ。


 ◆


 私──南ことりは今現在、とても緊張しています。心臓がドキドキと早鐘を打ち、どうしてもそわそわしてしまって。何しろ初──厳密に言えば二回目──の男の子の家。緊張しない訳ないよね。それも、初恋の男の子の家なんだから尚更だよ。

 蒼矢くんも私の様子に気付いていたから、気を遣ってお茶を淹れに行ったのだと思う。……見透かされているようでちょっと恥ずかしいけど。

 前回の、蒼矢くんが風邪を引いた時のお見舞いの状況とは全然違う。あの時は穂乃果ちゃんや海未ちゃん、蒼矢くんのお友達の翔真くんだっていたけど、今回は私と蒼矢くんの二人っきり。

 これって、実質“おうちデート”だよね。

 どうしよう。まだ付き合ってもいないのに、こんなことしちゃっていいのかな。私としては全然いいんだけど、やっぱり物事には順序というものが──って、蒼矢くんとは既にデートもしてるんだから何を今更って感じだね。

 とりあえず──一旦落ち着こう私。折角蒼矢くんの家に来たのにいつまでも緊張していては勿体ない。寧ろ今の状況はかなり進展したとも言える。蒼矢くんに一目惚れしてから一ヶ月ちょっと。正直に言えばかなり嬉しい。

 気分を落ち着かせて、蒼矢くんの部屋を見渡してみる。男の子の部屋ってどうしても散らかっているイメージがあるけど、蒼矢くんの部屋は全然そんなことはなく、きちんと整理整頓されていてとても綺麗だった。

 また、蒼矢くんの──好きな人の匂いがいっぱいに詰まった部屋。こんな変なことを考えるなんてやっぱりテンションが上がってるのかもしれない。

 そういえば、今蒼矢くんのベッドに座ってるんだよね、私。水色を基調としたマットレスにふかふかの布団と低反発枕。この布団の中に入ったら蒼矢くんの匂いに包まれるんだろうなぁ……。

 ……私、本当に何考えてるんだろ。これじゃあ変態さんと何ら変わりないよ。いくら好きな人の家に来てテンションが上がっているとはいえ、“好きな人のベッドに入りたい”なんて流石に自分でもどうかと思う。本当におかしくなってるみたい。

「お待たせ、お茶淹れてきたよ」

 丁度その時、蒼矢くんが帰ってきた。私がそのまま蒼矢くんのベッドに入っていたらと思うとぞっとする。理性が止めてくれて本当に良かった。

「う、うん、ありがとう! それじゃあ、いただきます!」

「……? お、おう。あ、熱いから気を付けなよ」

 両手で湯呑みを持ち、お茶に口を付ける。蒼矢くんの言った通り熱かったけど、飲めない程ではなかった。

「さて、これからどうする? 出来ることといったらゲームくらいしかないけど」

「んー、そうだね。私は別にゲームでもいいよ」

「マジ? ことりってあまりゲームやらないイメージあるんだけど」

「人並みにはやるよ。穂乃果ちゃんの家にお泊まりする時とかみんなでやったりするんだ」

 へえー、と興味深そうに私の話を聞く蒼矢くん。まあゲームといえばどうしても男の子がやるイメージが強いから、女の子がゲームしてる姿って想像しにくいのかもしれない。確かにゲーマーとは違って本気ではやらないけどね。

「それじゃあどういった系統のゲームをするんだ? やっぱりアクション系とか?」

「うん、やるよ。後はボードゲームとかホラーゲームも盛り上がるよね」

「おっ、そうだな。というか色々ゲームやってるじゃん。うーん、そうだな……ちょっと待ってて」

 蒼矢くんは棚の方に向かって、その中から徐ろにとあるゲームを取り出した。

「“モン狩”とかやった事あるか?」

 蒼矢くんが取り出したのは、“モンスター狩人”というハンティングアクションのゲーム。略してモン狩。このゲームはモンスターを倒して素材を集め、自分の武器や防具を強化していくといったサイクルを繰り返すゲームで、たくさんのシリーズが発売されている。蒼矢くんが取り出したのは一番新しい“モンスター狩人ΖZ”だった。

「名前とどういうゲームかは知ってるよ。でもやったことはないかな」

「そっか。じゃあ一回やってみる?」

「いいの? 難しそうだし、蒼矢くんのセーブデータでしょ?」

「大丈夫大丈夫。操作方法は俺が教えるし、セーブデータに関しても問題ないよ」

「そっか、それならやってみてもいい?」

「勿論。ちょっと準備するから待っててくれ」

 棚の別の段からゲーム機である“3DW”を取り出して、モン狩のカセットをセットする蒼矢くん。3DWは1台だけでなく、2台持ってるみたい。棚には別の3DWが置いてあった。

「はい、準備オーケー。とりあえず適当なクエスト行ってそこで操作を覚えよう」

「うん、わざわざありがとう」

「いいっていいって」

 それからは、数時間に渡って蒼矢くんと一緒にモン狩をプレイした。最初は、全然操作が覚束無くて小型モンスターにもやられっぱなしだった。だけど、段々やっている内に慣れてきてとりあえず攻撃は当てられるようになった。蒼矢くんにも「上達早いね」と褒められて良い気分。

 それと──蒼矢くんとの距離がとても近かった。肩はずっと触れ合っていたし、手も何回か触れることがあった。正直、モン狩よりもこっちの方に意識を集中させてました。

 蒼矢くんも、私と同じことを思っていたらいいな──。


 ◆


 一言で表すなら──ヤバかった。

 何がヤバかったのかというと、とにかく全てがヤバかった。ヤバすぎて俺の語彙力もヤバいことになってるけどこれはマジでヤバい。

 ……とりあえず、一旦落ち着こう俺。

 ことりにモン狩を教えている間、彼女とはずっと密着状態だった。ことりの身体は柔らかいし、ずっといい匂いが鼻腔を通り抜けているし、理性が吹っ飛ばないように必死だった。それでもことりにバレないようにモン狩を教え続けた俺を褒めて欲しい。

 まあ、でも──これ以上ないくらいに幸せな時間だった。さっきのは友達というか、最早恋人の距離感。出来ることならあのままでずっといたかった。

 そういえば、今の俺とことりの関係ってどうなんだろうか? 友達以上恋人未満ってよく言うけれど、俺達はその関係に達しているのだろうか。自惚れる訳じゃないけど、今ことりに告白したら付き合えそうな気がする。

 言うまでもなく、俺はことりの事が好きだ。いつの間にか、俺にとってことりは必要不可欠な存在となっていた。本当に、失いたくない程愛おしくて。

 ……ことりは、俺の事をどう思っているのかな。

「──蒼矢くんってば!」

「……あっ、悪い悪い! どうした?」

「もう……ずっと呼んでるのに反応ないから無視されてるのかと思ったよ」

「うっ……本当にごめん。次からは気を付けるよ」

 どうやら俺は、ことりに呼ばれているのが気付けない程考え込んでいたようだ。しかも立ちながら考えていた為、傍から見たら何をしているのかという感じだっただろう。すぐそばには、本物の南ことりがいる。俺のベッドに腰掛けている。それだけで、好きだとか好きじゃないとかどうでも良くなってくる。

「ふふっ、別にいいよ。それはともかく、そろそろお暇しようかなって思うんだけど」

「えっ? ああ……もうそんな時間か」

 気付けば時刻は16時を過ぎていた。いつの間にこんなに時間が過ぎていたのだろうか。好きな人と一緒にいる時間は本当に早く過ぎていく。ことりが遊びに来て既に六時間ほど経過しているのだろうが、体感としては一時間にも満たない感じだった。

 でも……もう少し一緒にいたい。そう思って、ベッドの方へ一歩進んだ時だった。

「あのさ……ちょっと待って──うおっ!?」

「えっ──きゃっ!?」

 何も無い所で躓いてしまい、そのままベッドへ倒れ込む。しかし、そこにはことりが座っている。その為、ことりの身体もそのままベッドに倒してしまう形となってしまった。

 辛うじて踏ん張ってことりの身体にダイブすることは避けられたが、目の前には彼女の赤くなった顔。琥珀色の瞳に見つめられ、思わず唾を飲み込んだ。もしかしなくても、この状況はかなり危ないのでは……?

「こ、ことり、大丈夫か!? 本当にごめん! すぐ退くから──」

「ま、待って!」

 俺が起き上がろうとした瞬間、ことりは俺の首に手を回し逃げられないようにしてきた。突然のことで頭がついていけない。状況が分からない。ただ一つ分かるのは、今、ことりとの距離が今までにないほど近いということ。甘い匂いが直に脳を刺激し、ことりの吐息が俺の顔に掛かる。もう理性が吹っ飛ぶ寸前だった。

「ねえ──蒼矢くん……」

「…………」

「今──蒼矢くんのお母さんいないよね……?」

「…………」

「私のこと──好きにしていいよ……?」

「──ッ」

 もう──我慢の限界だった。

 可愛い女の子にこんなことを言われたら堕ちない男はいない。俺の理性は完全に吹っ飛び、欲望の赴くままにことりの華奢な身体を弄ぶことにした。最早、付き合ってるとか付き合ってないは関係ない。既成事実を作ってしまえばいいのだ。

 これから俺は1人の女子を穢すことになる。その子はとても可愛くて、俺の大好きな人。そんな人を穢すなんて──とは思うけど、もうこの欲望は止められない。

 ──そして、ことりの身体に手を触れた、丁度その時だった。

「ただいまー」

「「!?」」

 下の方からドアが開く音と女性の声が聞こえてきた。あまりに突然のことに二人同時に飛び起きることとなった。どうやら母さんが帰ってきてしまったようだ。

 それにしても、このタイミングで帰ってくるのかよ……。あと一時間程遅ければ、俺はことりと一つになっていたというのに──という文句は心の中に留めておこう。

「蒼矢ー、誰か遊び来てるのー? って──」

 俺の部屋に来た母さんは、俺達の姿を見るなり固まり、その表情はみるみるうちに驚愕へと変わっていった。

 ──いや、正確にはことりの姿と言った方が正しいか。

 どうしよう、どこか変な所があったのだろうか。俺が見る限りではどこも変な所はないけど、やはり同じ女性である母さんが見たら分かる事があるのかもしれない。

 しかし、俺の予想に反して母さんの表情は次の瞬間には笑顔に変わっていた。

「もしかして……彼女?」

「ち、ちげーよ! ただの友達だから!」

「なんだ、つまんないの」

 おいおい……。つまんないって、母さんは人の恋愛を何だと思ってるんだ……? しかもこういう時、俺が友達と言うと大体ことりが不機嫌になる。ほら、今もこうしてことりの圧が感じられるようになってきた。今度誰かに聞かれた時は思い切って「俺の彼女です」って言ってみようか。

 とりあえず、ことりを押し倒したことがバレなくて良かった。

「ま、それはともかく。ゆっくりしてってね、ことりちゃん」

「あ、はい。でもそろそろ帰ろうかと思っていたので」

「あ、そうなんだ。こんな家だけど、また良かったら遊びに来てね」

「はい、ありがとうございます!」

 母さんはそう言うと、下の階へ降りていった。再びことりと二人っきり。ことりは本格的に帰る準備をし始めた。さっき、あんなことがあったというのに不思議と気まずくは無かった。

「ねえ、蒼矢くん。蒼矢くんのお母さんに私のこと話したの?」

「え? いや、話してないけど……」

「でも私、蒼矢くんのお母さんとは初対面の筈なのに私の名前知ってたよね」

「あ、確かに」

 ことりから質問があった通り、俺は母さんにことりの事を話したことは一度もない。しかも母さんとことりが会うのは今回が初だ。以前、俺が風邪を引いて皆がお見舞いに来た時にも、母さんは居なかったし友達がお見舞いに来たとしか言っていない。

 何故母さんはことりの名前を知っていたんだ? ことりとの家が近いとはいえ、今までに神崎家と南家の付き合いはなかった筈だ。

 考えられるのは、実は母さんがスクールアイドルに詳しくて、μ'sも知っているということ。この仮説ならば、先刻の母さんの驚愕の表情も納得出来るし、ことりの名前を知っていてもおかしくはない。

「もしかしたら母さん、μ'sのこと知っていたのかもな」

「えっ、ほんと? それが本当なら嬉しいな」

 ことりと階段を降りながら話す。とりあえず、母さんがことりの名前を知っていたことに関しては納得がいった。

「じゃあ、また今度ね。機会があったらまた遊びに来るよ」

「ああ、大歓迎だよ。基本俺は暇だからさ」

「ふふっ、ありがとう。それじゃあ、お邪魔しました っ」

「はーい、じゃあな」

 最後にことりに手を振って、俺はドアを閉めた。あぁ……帰っちゃったかぁ。今日は本当に楽しかった。

「──蒼矢」

「ん? ああ、母さんか」

 いつの間にか、俺の背後には母さんが立っていた。ことりのことで頭がいっぱいで全然気が付かなかった。

「アンタ、ことりちゃんと何処で知り合ったの?」

「え? 何処って言われても……。単に秋葉でナンパされていたことりを助けただけだよ。それがどうかしたのか?」

「いや、何でもないの。ちょっと気になっただけだから。……さて! これから洗濯しないといけないから、邪魔しないでよ」

 そう言って母さんは俺の前から立ち去った。何というか、はぐらかされた気がする。やっぱり、母さんがことりを知っているのは何か別の理由があるんじゃないか? そう思わずには居られなかった。

 母さんが──去り際にとても悲しそうな表情をしていたのを、俺は見逃さなかった。

 
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