アルマロスinゼロの使い魔
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第二話 堕天使VS青銅
前書き
ギーシュとの対決。
……結果は見えてますがね。
ルイズが起こした大爆発でメチャクチャになった教室は、シュヴルーズからの罰でルイズが片づけることになった。
ただし魔法を使わずに…、という条件付きなのだが、ルイズにはまともな魔法が使えないので意味がない。
使い魔を使うなとは条件に入っていないのでアルマロスが片づけるのを手伝っていた。
「……もう、分かってるんでしょ?」
「?」
ルイズの弱い声を聞いてアルマロスが振り向くと、ルイズは、背中を丸めて床にしゃがみ込んでいた。
見るからに元気がなく、心が暗くなっているのが雰囲気で分かる。
「私…、魔法が使えないの。魔法成功率ゼロ。だからゼロのルイズって言われてんの…。基本の魔法すら爆発しちゃうだけで、一回も成功したことなんてない。小さいころからずっとよ。」
ルイズは、喋り続ける。
アルマロスは、ただ聞いていた。
「ずっとずっと努力したわ。ヴァリエール家の令嬢として恥かしくないメイジにならなきゃって! いっぱいいっぱい勉強もした、成績だっていつも首位をとってきた! でも、魔法が使えないの! それだけでメイジ失格よ。誰も私を認めてなんてくれないの。」
ルイズは、己の体を抱きしめ微かに震えながら言葉を吐きだし続ける。
「春の使い魔召喚儀式…、これを成功させなきゃ留年だった。だからなんとしてでも成功させたかったの! でも何回やってもやっぱり爆発しか起こらなかった! でも!」
ルイズが、アルマロスの方に顔を向けた。
その目は潤んでおり、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「あなたが…、来てくれた。私の初めての魔法の成功だった。」
ルイズは、ゆっくりと立ち上がりながら、アルマロスに言う。
その表情は、もう悔いはないという諦めと喜びが混ざったものだった。
「それだけで…、もう十分。ねえ、アルマロス。あなたは、私なんかに従う必要なんてないわ。だって私は、ゼロだもの。人間を心から愛して人と共にありたいから神に背いた純粋で優しい天使のあなたに相応しくないわ。だから、ここにいなくってもいいの。私は、サモンサーヴァントが成功した、それだけで十分だから…っ」
ルイズの目からとうとう大粒の涙が溢れだした。
アルマロスは、苦しげに顔を歪め、ルイズに駆け寄り、その小さな体を抱きしめた。
「やめて…、同情なんてしちゃだめ。私、アルマロスに失望されたくないの。心から人間を愛してるあなたに、失望させたくないの!」
ルイズは、ボロボロと涙を零しながらアルマロスを押し返そうとするが、体格差がありすぎて敵わない。
アルマロスの体は、ウォッチャースーツのせいもあるかもしれないがひんやりと冷たく、温かさがない。
けれどルイズを抱きしめる彼の腕は、信じられないくらい優しさが込められているのが分かる。
ルイズは、ついに抵抗をやめ、アルマロスの腕の中で声を上げて泣いた。
***
十数分ぐらいしてルイズが泣き止み、教室の掃除が再開されたあと、ルイズは、ハッとあることを思い出した。
今思い出したが召喚されてからアルマロスに食事を与えた記憶がない。もちろん自分もだが。
思い出すとお腹の虫が急に鳴り出しルイズは赤面した。アルマロスは、クスッと優しく笑っただけだったがルイズは余計に恥かしくなった。
「食堂に行きましょう。…アルマロスは、ご飯食べれる?」
堕天使の生態系など分からないので聞いておく。
アルマロスは、少し考えてから、ルイズの掌に『食べなくても大丈夫だけど、人間の肉体を維持するのに適度に食べた方がいいらしい。』っと書いて説明した。
人間に憧れて、人間の肉体を手に入れたのだから食事は避けて通れないのは当たり前だ。
しかしアルマロスを含めた堕天使達は、ウォッチャースーツでエネルギーを供給し、肉体を維持してるので基本的に飲食は必要ない。堕天する前は、アストラル体という実体がない意思を持ったエネルギーだからか、飲食の習慣がないのが自然な状態だったというのもあるのだろうが。
ルイズは、アルマロスの説明をうけて、腕組みをして悩んだ。
食べなくても平気だと言われても、適度に食事を摂取した方がいいらしいと付け足されたら、やはり食事を与えた方がいいに決まっている。
ルイズは、そう結論付けると、アルマロスをアルヴィーズの食堂に案内した。
食堂に入ると、衝動の入り口に近いところにいた生徒から順に、アルマロスの存在に気付いた生徒達がルイズとアルマロスの方に注目した。
教室でクジラに似た声による大声でダメージを与えてきた噂はとっくに広まっており、アルマロスを見て身をすくめる者や、怒りや憎々しげな視線を向けてくる者など様々だ。
ルイズは、こうなることを予測していたため、やはりかとため息を吐き、横にいるアルマロスを見上げればアルマロスは、特に気にした様子もなく興味津々に食堂を見回していた。
本当に堕天使に見えない。ルイズは、あらためそう思った。
ルイズは、自分の席の向かい側の空いた席にアルマロスを座らせた。本来なら使い魔を食堂に入れるのもましてや座らせるのも禁じられているのだが、人型で、正体不明のアルマロスをルイズが食堂に招き入れても生徒達は咎めはしなかった。
ルイズの前に豪華な食事運ばれてくる合間に、ルイズはメイドにアルマロスの食事を使用人達の賄でもいいから持ってきてくれないかと頼んだ。
そして間もなくルイズの食事と違い、質素な食事が運ばれてきた。
アルマロスは、自分の前に運ばれてきた料理とルイズの前にある料理を見比べる。
「ごめんなさい…。明日は、もっとちゃんとしたの頼んでおくから、我慢してくれる…?」
ルイズが、上目づかいで謝罪すると、アルマロスは、そんなことないと身振り手振りで意思を伝えた。
見比べたのは、別に不満があったわけではない、単に食事というものに対する好奇心からだった。
ここでは関係ない余談だが、アルマロスの仲間だった堕天使のサリエルの主食はキャベツだったりする。しかもキャベツしか食べないのである。
ルイズは、アルマロスが不満を持ってないというのを理解しても、己の心の中が申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
しかしいつまでもウジウジしているわけにはいかないので、ルイズは、食事の前のお祈りを始めた。
それを見たアルマロスは、驚いた顔をした。堕天使てから数百年も経っており、接してきた人間達は自分達堕天使を崇拝する者達ばかりだったので、神に祈る姿や言葉は、本当に久しぶりに見た光景であったからだ。
祈りを終えたルイズがこっちを見ているアルマロスに気付き、慌てる素振りを見せたのでアルマロスは、慌てて何でもないと手を振った。
そしてやっとルイズは、料理を食べ始めた。
食べながらちらりと、アルマロスを見ると、アルマロスは、ゆっくりと味わうように質素なパンと具だくさんのスープを食べていた。
だが食べながら、隣のテーブルにいる生徒が食事を大量に残して退室していったのを目撃し、顔をしかめていた。
ルイズは、学院の生徒が平気で食べ物を粗末にする様を見て人間に失望したかもしれないと思い、気が気じゃなくなっていた。
「食べ物を残すのって悪いことよね…」
食事を得られることに感謝する祈りを捧げておきながら、平気で食べ物を残して酷いときは一口も食べずに捨てることさえある。
これは完全に祈りに反することじゃないか。ルイズは、今更そのことに気付き顔を青ざめさせた。
ふと見るとアルマロスがルイズに顔を向けていた。さっきのルイズの呟きを聞いたからだ。
「アルマロス…、失望した?」
ルイズは、泣きそうな顔をして聞いた。
アルマロスは、ルイズが今にも泣きそうになっているのに驚いてオロオロと困った動きをした。
その時、アルマロスは、床に転がる、小さな小瓶を見つけた。
中には、紫色の液体が入っており、小瓶の蓋のあたりから良い香りがする。
「あ、それ、香水? その色は、モンモランシーのかしら?」
ルイズがアルマロスが拾ったものを見てそう言った。
アルマロスは、それを聞いて、ふむっと顎に手を当てて何か考えているような体制をとった。
アルマロスが拾ったこの香水からは、強い人間の想いが込められている。野蛮で暴力的な想いじゃなく、異性に向ける初々しい愛情を、アルマロスは、この香水から感じ取った。
この香水の持ち主は、どうやらよっぽど誰かに大切に想われているのだろうとアルマロスは、心を和ませた。
だとすると無くして困っているはずだと考えて、周囲を見回すと、近くのテーブルでこちらをチラチラ見てきている金髪の少年と目が合った。
少年は、アルマロスと目が合うと慌てて背中を向けてきた。なぜか顔色が悪い。
アルマロスは、首を傾げていると、彼にそろそろと金色の巻髪の少女が近寄っていた。
「あの…、それ私が調合した香水ですわ…」
「あら、やっぱりモンモランシーのだったのね。」
「ええ、どうしてこの方が持っているのかしら?」
「拾ったのよ。」
ルイズがそうモンモランシーという少女に言うと、アルマロスが彼女に拾った香水の小瓶を手渡した。
モンモランシーは、教室であった件もあるのでアルマロスのことを若干怯えていたため、小瓶を受け取るとそそくさに離れていった。
そしてモンモランシーは、さっきアルマロスを見ていた金髪の少年のところへ行った。
「ギーシュ様、落とすなんて酷いですわ。」
「も、モンモランシー…。」
ギーシュと呼ばれたその少年は、モンモランシーに小瓶を差し出されてますます顔色を悪くし汗までかきはじめた。
「おお! ギーシュ、おまえモンモランシーと付き合ってたのか!」
「その香水は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぜ!」
「ギーシュ様…。」
ギーシュの友人達が囃し立てていると、怒りで低くなった別の少女の声がその騒ぎを一瞬で鎮めてしまった。
栗色の髪の少女がつかつかとギュースの近くに来る。
「け、ケティ! 誤解だ! いいかい、僕の心の中には…」
「言い訳など結構です! やはりミス・モンモランシーと付き合われておられたのですね! さようなら!」
ケティと呼ばれた少女は、ギーシュの弁解を最後まで言わさず思いっきり彼の頬に平手打ちをして走って去って行った。
彼女が去った後、彼女の背を見ていたモンモランシーがギギギッっという音がしそうなほどゆっくりとギーシュに顔を向けた。その表情は、怒りに染まっている。
「モンモランシー…、誤解なんだ…、彼女とはただ一緒にラ・ロシェールの森まで遠乗りをしただけで…。」
「やっぱり、あの一年に手を出していたのね?」
「お願いだよ、『香水』のモンモランシー。咲き誇る薔薇のような顔をそのような怒りで歪めないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!」
必死に許しを請うギーシュだったが、次の瞬間、モンモランシーがワインが入った瓶を掴み、その中身を彼の頭にドボドボとかけた。
「嘘つき!」
モンモランシーは、怒りと悲しみで顔を歪め去って行った。
残されたのは、静寂。
ギーシュは、しばらく固まっていたが、やや時間をおいてハンカチで顔を拭きながら。
「あのレディ達は、薔薇の意味を理解していないようだ。」
っと、キザったらしくポーズを決めているが、すでに食堂にいる生徒や使用人達に彼が二股をかけて、ばれて二人に振られたという事実は知れ渡ってしまっているため、ただの開き直りにしか見えない。
頭を濡らしていたワインを拭き終えたギーシュは、席から立ち上がると、なぜかルイズのところへきた。
「何よ?」
「君の使い魔君のおかげで二人のレディの名誉が傷ついたんだぞ、どうしてくれるんだい?」
「はあ? 知らないわよ。そもそもあんたが二股かけたのが原因じゃない。アルマロスは、そこの床に落ちてた香水を拾っただけよ。それを届けたのは、モンモランシー。私達に言いがかりつけて責任を追及するなんて、頭おかしいんじゃないの?」
ルイズがそう言うと、周りの生徒達も、ギーシュの無理やりな言いがかりについて不当だ、おまえが悪いと野次を飛ばした。
ギーシュは、顔を赤くして、拳を握りブルブルと震わせている。彼は単に八つ当たりできる相手を咄嗟に探してたまたまルイズとアルマロスに白羽の矢を立てたのだ。顔に出さないようにしているが、二人の乙女にふられたギーシュは、まともな思考ができないほど混乱していた。
ギーシュは、アルマロスが自分を見ていることに気付き、そちらに顔を向けた。
アルマロスは、無表情でギュースを見つめていた。
その鮮やかな青い瞳と、人ならざる者が放つ圧倒的な迫力に、ギーシュは、冷や汗をかいたて後ずさりかけたが、ハッと我に返り頭を振って恐怖を打ち消すと、アルマロスに薔薇型の杖を向けた。
ルイズは、ギョッとして席から立ち上がった。
「なんのつもり!?」
「僕を馬鹿にした目を向けてくる、このわけの分からない平民に貴族への礼儀というものを教えてやるのさ! 立て! 決闘だ!」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!」
ルイズがムチャクチャなギーシュの言葉と行動を止めようと動こうとしたが、それよりも早く、アルマロスが席を立ち、ギーシュの前に立っていた。
まるで、その喧嘩を買ったと言わんばかりに堂々と立っている。
ルイズは、さーっと青ざめた。
アルマロスがどれくらい強いのか知らないが、ドットクラスのギーシュが戦って勝てる相手だとは到底考えられなかった。なぜならアルマロスは、堕天使だからだ。
ギーシュよりもずっと背が高いアルマロスを間近で見て、ギーシュは、一瞬腰が引けたが、喧嘩を売った以上もう後に引けないため無理やり口を歪めて笑った。
「貴族の食卓を血で汚すわけにはいかない。ヴェストリの広場で決闘だ。逃げるんじゃないぞ?」
「フゥウォオン?」
ギーシュの言葉に、アルマロスは、『逃げるわけがないだろう?』っと言おうとしてあの甲高い独特の声を発した。
「だめよ、アルマロス!」
ルイズが、アルマロスの左手を掴んで決闘を辞めさせようとした。
するとアルマロスは、優しくルイズの手を離させ、ルイズの頭に手を添えてルイズに目線を合わせて微笑んで見せた。まるで『大丈夫だ。問題ない。』と言っているかのように。
ルイズがアルマロスの微笑みに見惚れている隙に、アルマロスは、ギーシュと共に食堂から出ていった。
「アルマロス!」
ルイズは、慌ててアルマロスを追った。
***
「諸君! 決闘だ!」
ヴェストリの広場にギーシュの声が響き渡る。
それに呼応して野次馬達が声援を送った。
アルマロスは、腰に手を当てて、決闘の開始を待っている。
その表情に怯えの色は一切なく、ただ静かに戦いの時を待つ武人の貫録があった。
野次馬の壁に阻まれ、かろうじて隙間からアルマロスを見ることしかできないルイズは、両手を胸の前で握ってただ祈ることしかできなかった。
「さあ、始めるとしよう!」
ギーシュは、アルマロスの貫録に気付かず薔薇の杖を振ってワルキューレを錬金した。
人間と変わらない大きさの精巧な美しい形状のゴーレムが現れても、アルマロスは、動じることなく、視線だけをワルキューレに向けただけだった。
「僕はメイジだ。だから魔法を使うよ。文句はあるまいね?」
ギーシュが杖を振りかざしながら聞くと、アルマロスは、動かなかったため、ギーシュはそれを肯定と受け取った。
「言い忘れたな。僕の二つ名は、『青銅』。青銅のギーシュだ。従って青銅のゴーレム、ワルキューレがお相手するよ。かかれ!」
ギュースの掛け声と共に錬金された一体のワルキューレがアルマロスに拳を振るった。
拳が眼前に迫っても動かないアルマロス。ギーシュは、口元を緩め、勝利を確信した。アルマロスの人ならざる圧倒的な雰囲気は所詮こけおどしだったのだと愚かにも結論付けた。
ルイズは、固く目を閉じた。
しかし次の瞬間、ワルキューレが消えた。
アルマロスの長い片足が頭にくっつきそうなほど上へ振り上げられた状態になっている。どう見ても何かを蹴りあげたとしか見えない。
上に目を向けると、何か小さい物が上空にあり、それが徐々に落下してくる。
それがワルキューレだと分かった時には、ワルキューレは、地面に叩きつけられ、見るも無残な形にへしゃげてしまっていた。
ワルキューレが地面に叩きつけられた後、アルマロスは、振り上げていた足を地面に降ろした。
何が起こったのか一瞬分からず、ギーシュはおろか、周りの野次馬さえ固まった。
周りの静けさにルイズは、恐る恐る目を開けて、やっと何が起こったのか理解した。
やはり異世界の堕天使とはいえ、堕天使は堕天使だ。ルイズが予想した通りギーシュは、アルマロスに勝てない。
我に返ったギーシュは、杖を振るって、七体のワルキューレを錬金した。さっきの素手のワルキューレと違い今度は槍や剣、斧などの武器を装備している。
「青銅でできたワルキューレを片足で一撃とはね…。何かの武術の心得があるということか。恐れ入ったよ、だけどこれでもう手加減はしない。覚悟しろ!」
七体のワルキューレが円陣を組んでアルマロスに襲い掛かった。
四方から武器が突き出され、振り下ろされる直後、アルマロスが消えた。
「消え…、どこに? なっ!」
アルマロスが消えたことに驚いてアルマロスを探したギーシュは、宙を見上げて驚いた。
アルマロスは、十数メートルも高い位置に跳躍していたのだ。とてもじゃないが人間の跳躍力じゃない。
跳躍したらあとは落ちるだけだ、それを狙い、ギーシュは、ワルキューレで落ちてくるアルマロスを攻撃しようとしたが、アルマロスは、空中で足を抱えて回転し、体制を整えると、一体のワルキューレの両肩に着地して落ちてきた時の速度を利用して押し潰し、潰れたワルキューレを踏み台にしてワルキューレの陣形の外へ抜け出した。
地面に着地したアルマロスを残り六体のワルキューレが襲い掛かるが、前方の四体のワルキューレが、アルマロスの回転蹴りで粉々に粉砕された。
続けざまに槍のように突き出されたアルマロスの掌が一体のワルキューレの顎に決まり、頭がもげる。
最後の一体が突撃してくると、アルマロスは、ワルキューレの腕を掴み、凄まじい速度で背負い投げをして地面に叩きつけてグシャグシャにした。
頭がもげてたワルキューレがアルマロスの背後から剣を振り下ろそうとすると、振り向きざまに目で捉えられない速度で拳と蹴りの連打が入り、頭のないワルキューレは、地面にバラバラになって散らばった。
自慢のワルキューレがあっという間に素手で倒されてしまい、ギーシュは、足を震わせ、恐怖で今にもその場にへたり込みそうになった。
アルマロスの格闘技。その動きは、実に優雅で、踊っているようにも見え、見る者を魅了する美しさがあり、まさに武術…と言うに相応しいものだった。
アルマロスがただの人間じゃないというのは、召喚された時と、教室であった大声事件で分かっていたはずなのに、何をもって彼をただの平民だと判断してしまったんだと今更な後悔したがすでに後の祭りである。
アルマロスが、スタスタと早くもなく遅くもない速度でギーシュに向って歩いてくる。
ギーシュは、最後の力を振り絞って九体目のワルキューレを練成し、自分の前に立たせたが、先に練成して戦わせたワルキューレ達がアルマロスに手も足も出ず素手で粉砕、潰されているので意味がないのは、分かっていたはずだ。それでも恐怖のあまり咄嗟にそうせざるおえなかった。
ワルキューレを挟んでギーシュの前に立ったアルマロスは、立ち止まり、ワルキューレの後ろにいるギーシュを見た。
「お、おおお、おまえ…、なんなんだ? 何者なんだ? 人間じゃない! 人間であるはずがない!」
圧倒的な力の差に、涙を浮かべて喚くギーシュ。
アルマロスは、右足を顔につくほど高く振り上げ、踵落としでワルキューレをペチャンコに潰した。
最後のワルキューレが倒され、ついにギーシュは、地面に尻餅をついて、ずりずりとアルマロスから距離を取ろうともがいた。
それよりも早くアルマロスが、ギーシュに迫った。
ギーシュは、もうだめだ、殺されるっと思い、両腕を顔の前で組んで死を覚悟した。
しかしアルマロスからの攻撃はこなかった。
怪訝に思ったギーシュが恐る恐る腕を解いて、見上げると、アルマロスが彼を見おろしていた。
アルマロスの手がギーシュが握っていた薔薇の杖に伸び、彼の手から薔薇の杖を奪った。
ワルキューレの練成で花弁を失った薔薇の杖を、指で弄び、アルマロスは、にっこりと笑って見せた。
その表情と動きから、言葉にせずともこちらの勝ちだと言っているのが分かり、ギーシュは、緊張が一気に解れた気がした。
「僕の負けだ…。ハハ、ハハハ…、完敗だよ。」
ギーシュは、なぜか笑いが込み上げ、降参だと両手を上げた。
途端、周りにいた野次馬達が歓声をあげた。
「アルマロス!」
ルイズが野次馬をかき分けて、アルマロスのもとに駆け寄った。
アルマロスは、ルイズが駆け寄って来ると同時に、ギーシュに薔薇に杖を返してそれからルイズと向き合った。
「怪我は、ないわよね…。」
あれだけの圧倒的な攻撃力でギーシュのワルキューレを撃退したのだから怪我などするはずがないのだが、一応確認のためにルイズは聞いた。
アルマロスは、大丈夫だと身振り手振りで伝えた。
「う…、ふ…、ふぇぇぇえええんっ」
「フォーン!?」
急に泣き出したルイズに、アルマロスは、さっきまでの武人の貫録はどこへやらであたふたと慌てた。
さっきまでの戦う姿とのギャップに野次馬達の間で笑い声が聞こえた。
この決闘事件によって、美しい武術と、泣いちゃったルイズをどう慰めればいいか分からず困って慌てる姿のギャップに、謎の多いアルマロスに対する周囲の警戒心は緩み、貴族や平民問わずアルマロスに対して親しみを感じるようなるのであった。
後書き
まあ、勝てないわな。
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