アルマロスinゼロの使い魔
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第一話 人間を愛する堕天使
前書き
アルマロス召喚後、アルマロスの事情を聞く。
ルイズがアルマロスを召喚し、契約を終えたことで、恐らく学院史上一番長かった進級試験が終わりを告げた。
ルイズの同級生達は、ルイズをからかいながら空を飛んで学院に戻って行った。
悔しがるルイズと、ルイズの同級生達が魔法を使って飛行していった光景を見て目をぱちくりさせるアルマロス。
そして何か言いたげにルイズの方を見た。
「何よ…。飛ばないのかって言いたいわけ?」
アルマロスが言葉が喋れないだけに目線と雰囲気でそう伝えてくるのが分かって、ルイズは、言葉で言われるよりも辛く感じた。
「きょ、今日は、あんたを召喚するのに疲れたの。だからもう魔法は使えないから歩くわよ、いいわね?」
苦しい言い訳をしたが、アルマロスは、素直に頷いた。彼にとってルイズが他の生徒のように飛んでいかないことについてはそこまで気にすることじゃなかったらしい。
身長差があるぶん、歩幅も違うのだが、アルマロスは、ルイズの歩調に合わせて歩いた。
意外と紳士なのね?っとルイズは、思った。
そしてルイズはアルマロスを連れて、学院の寮にある自分の部屋に戻ってきた。
部屋に入って扉の鍵をかけたルイズは、あらためてアルマロスをじっくり見た。
見たこともない禍々しい気を感じさせる奇妙な黒い鎧。指先まで覆い、鎧の隙間から見える青い色は、肌着だろうか?
首の後ろの背中から延びている尻尾のようなものはなんなのか?
鎧はまるでアルマロスの体と同化しているかのようにピッタリなのだが、それでも彼の体系はよく分かる。
手足は長くしなやかで、腰も綺麗にくびれている。鎧を着ているのに無駄がない見事に鍛えられた肉体であることは、まだ十代と年若いルイズでも分かるほどだ。
そして普通に立っている立ち姿もまた、アルマロスが素人でないことを物語っている。
名家の令嬢として生まれたルイズは、何人もの腕の立つ武人を見てきたし、達人と呼ばれるほどの人物を目にしたことだってある。
アルマロスは、一見若いが、人生を武に捧げてきた達人が持つ美しい姿勢をしていた。
召喚した時に見た、あの黒い巨体に埋め込まれるような形になっていた姿もだが、ルイズは、ますますアルマロスが何者なのか分からなくなった。
ルイズは、唾を飲み込み、表情を引き締めてアルマロスに直接聞くことにした。
勉強机に置いてあったノートと筆を渡し。
「ねえ、アルマロス。あなたは、いったい何者なの?」
言葉を喋ることができないらしいアルマロスに筆談で彼自身のことを聞いた。
アルマロスは、少し困った顔をして、それでいて切ない小さな笑みを浮かべてノートに字を書き始めた。
そして書き終えるとノートをルイズに見せた。
『ボクは、かつて神に仕える天使だったけれど、神の意思に背き、人間と共に生きたいと願って堕天した。』
文字を読んだルイズは、目を見開いて、ノートの字とアルマロスを交互に見た。
堕天使。ルイズが住むこの世界でも良い意味をもたないその言葉。
一目見た限りでは、人間に見えるが、元が天使で、しかも堕天使となれば浮世離れした雰囲気を持つ理由に合点がいく。
しかし、アルマロスは、ルイズが書物で読んだり、イメージする堕天使とはまるで別物だった。
黒い翼があるわけでもなく、神に背いた邪悪な精神を持っているようにも見えない。
海の青さと同じ瞳は、どこまでも澄み切っており、子供のような無垢な純粋ささえ感じ取れるような気がするほどだ。
「堕天使って…、嘘でしょ?」
ルイズは、口の端をひくつかせながら、アルマロスがまったく堕天使に見えないことを言葉に込めて言った。
だがアルマロスは、首を横に振った。
そしてノートにスラスラと筆を走らせ、書いた文章をルイズに見せた。
『背中の尾のようなものがあるでしょ? これは、天使の翼の残骸なんだよ。ボクは、堕天した時に負った傷で声を無くした。』
アルマロスの背中にある不自然な尻尾のようなものが、天使の翼があったことの名残で、堕天した代償に言葉を喋ることができなくなったことをアルマロスは、文字で語った。
「そこまでして堕天するって。どうして? そんなに気に入らないことが…、っ。」
言いかけてルイズは、ハッとした。
最初に文字で語られた内容に、人間と共に生きたいと願って堕天したという理由が記されていたことを思い出したからだ。
天使が神に背いてまで、人間と生きていきたいから神を裏切るなんてことがあるのか?
天使のような高貴で人間などとは比べ物にならない強い存在が、脆弱な人間と生きたいと思う理由は?
『人間は、素晴らしい種族だよ。天使にはない、無限の可能性を秘めていた。ボクらは、人間に憧れた。人間の肉体を手に入れるために堕天し、大きな傷を負ったり、老化したりもした。けれど人間と同じ存在になれるなら、そんなことは些細なことだったんだ。』
迷うことなくスラスラと字を書いて、ルイズに自分の意思や堕天した理由などを伝えるアルマロスの表情は明るい。本当に堕天使に見えない。
ルイズは、頭が追いつけなくなってきていた。
ひたむきに弱い人間が持っていて天使にはなかった無限の可能性というもののために、不便な人間の肉体を得て、しかも代償に癒えることのない大怪我をしたり、急激に老化したりするなんて、正気の沙汰じゃないとルイズは、思った。
天使がそこまで魅了されるほどの魅力が、人間なんかにあるのか?
ルイズの頭に沢山の疑問が浮かんでくる。
ルイズは、貴族だ。それも王家との関係が深いヴァリエール家という超名家だ。
だからこそ、人間の悪い部分を嫌と言うほど見てきた。
貴族は、魔法が使えるか使えないかだけで平民を見下し、意味もなく殺すことだって少なくない。
上級の貴族が下級の貴族を虐げることさえ少なくない。
落ちぶれた貴族が野盗に身を落とし、あらゆる犯罪に手を染めることだってある。
平民同士でも争いはある。
名家の令嬢でありながら、魔法成功率ゼロであるために疎まれ見下されるルイズは、人間の悪意に晒されてきたから分かる。
人間は、醜い。
とてもじゃないが、アルマロスのような純粋な天使が堕天してまで、共に生きたいと願うほどの魅力があるとは思えなかった。
アルマロスは、恐らくこの世界の天使(堕天使)ではないのだろう。
もしそうなら、ひたむきに人間を愛する彼が、人間と共に生きたいからという理由で神に背くはずがない。
本当に異世界の堕天使なのだとしたら、ハルゲニアの人間の在り方を見たら、きっと失望するに決まっている。
ルイズは、知らず知らずのうちに拳を握りしめ俯いて、涙を零していた。
彼を穢したくない、失望させたくない。
だって、アルマロスは、こんなにも優しくて純粋で美しいのだから。
なぜ自分は、人を愛するあまりに堕天したこの天使を、この醜い世界に召喚してしまったのだろう。
「うう~~っ」
「! フォォン?」
急に泣き出したルイズを見てアルマロスは、びっくりしてオロオロとした。
「ごめんなさい~。私みたいなのがあなたを召喚するなんて、身の程知らずにも程があるわよね…。」
幼い子供のようにグズグズと泣くルイズを撫でたり、優しく抱きしめたりして慰めようとしているアルマロスは、ルイズの言葉を聞いて、えっ?っという顔をした。
神に背き堕天という禁忌を犯した自分を召喚したのが、どうして身の程知らずになるのかまったく分からなかった。
アルマロスは、ルイズから手を離して、素早くノートに字を書いて。
『ボクは、汚らわしいよ。』
っと、自分が神を裏切り永遠の牢獄に繋がれるだけの穢れた存在であることを伝えようとした。
「そんなこと言わないでよーーー!」
「フォーンッ!?」
しかし否定されたあげく、ルイズは、大泣きし始めてしまった。アルマロスは、ただ戸惑うことしかできなかった。
その後、泣きつかれたルイズは、ベットでそのまま眠り、ルイズに布団をかけてあげながら、アルマロスは、ため息を吐いた。
アルマロスは、部屋の窓を見た。
二つの月が夜空に輝いている。
アルマロスが知る月は、ひとつしかなかったはずだ。
元下級天使とはいえ、高次元のエネルギーの塊である種族に属するアルマロスは、あの草原で目を覚ました時から、すでに気付いていた。
この世界が、自分がいた世界とは全く違う理からなる世界であることを。
つまり自分は、異物だ。
自分の創造主である神も、堕天してから生命維持のために契約を結んだ冥王ベリアルもいない世界なのでアルマロスという存在を保つことはできない。
なのに自分は、今こうしてここにいる。物に触ることも、ルイズと意思の疎通(筆談)をすることもできる。
ネザー化した体は、人の形に戻り、苦手なウォッチャースーツも傷一つない。
アルマロスは、右胸と左手の甲にあるルーンに指で触れた。
ルイズ達の言葉を聞く限りでは、これは召喚した使い魔に刻まれる印であるらしい。
この二つの小さな印が異世界のの堕天使である自分の存在をこの世界に固定化させているのだろうか?
アザゼルなら分かるかもしれないが、残念ながら彼はいないし、他の堕天使もいない。
もちろん、大天使長ルシフェルや他のアークエンジェルもいない。
アルマロスの身に起こった現象を解明できる者はいない。アルマロスは、困ったと肩を落とした。
数分後、過ぎたことは仕方ない、悩んでても仕方ないと気を取り直したアルマロスは、ルイズが寝ているベッドを背もたれにして、床に座り、体操座りの体制で目を閉じた。
***
翌朝。
ルイズは、布団の中でモゾモゾと動いて、微かなうめき声を漏らした。
「…うー、あれ? なんで制服のまま寝ちゃってるのかしら?」
目をこすり、起き上がろうと足を動かした途端、何かを蹴ってしまい、『フォっ!』っという独特な高い声が聞こえた。
驚いて上体を起こすと、金色の髪止めをつけたアシッドグレイの頭を摩る褐色の肌の男がいた。
「誰っ!? …って、あ……。」
ルイズは、焦ったがすぐに思い出した。
ベットに背を預けていたため、ベットの端に寄っていたルイズに頭を蹴られてしまった男は、昨日の使い魔召喚儀式で召喚した堕天使アルマロスだ。
自分が召喚したのに起き抜けにいきなり誰呼ばわりするなんて、とんでもない馬鹿だと、ルイズはベットにふさぎ込んで枕に顔を押し付けた。
「フゥゥォオン?」
アルマロスが立ち上がり、ルイズを心配して声をかけた。だが言葉が喋れないため独特の甲高い声しか出ない。
「本当にごめんなさい…。」
枕に顔を押し付けたままルイズは、消えそうな声で謝った。
アルマロスは、なぜ謝られたのか分からず首を傾げた。
アルマロスは、ルイズが学業の身であることを理解しているので、このまま寝かせておいてはいけないと思い、ルイズの肩に触れて優しく揺さぶった。
「う~………。ハッ! 大変、遅刻しちゃう!」
起きるのを渋るルイズだったが、今日は授業がある日だったことを思いだし飛び起きた。
ルイズが起きてくれたので、アルマロスは、よかったと安心した顔をした。
慌てて着替えようとしたルイズだったが、ボタンを外そうとして急に止まった。
そしてちらりと後方にいるアルマロスを見る。
ルイズは、アルマロスを召喚し、彼があの黒い巨大な物体から今の姿に変わるまでのことを思い出そうとした。
あの禍々しい黒い鎧を纏うまでの短い時間だったが、アルマロスの裸体をルイズは見ている。
……男と女を区別する生殖器がなかったような気がする。
かといってアルマロスの体格は、女性のように丸みがあるわけじゃなく、むしろ人間の男性と変わらない形をしていた。
鍛えられた胸筋の膨らみは確認できるが、女性の脂肪の乳房かと言われたら絶対違うと断言できる。
そういえば天使というのは、様々な形でイメージされ、描かれ、形作られている。美術品や本に描かれる姿は、背中の翼は共通しているが、女性であったり、赤ん坊であったり、男性だったり、どちらともとれない中性的な姿だったりと様々だ。
天使の性別について真剣に考えたことなどなかったが、ルイズの記憶にあるアルマロスの体からするに、恐らく性別の概念というものがないのかもしれない。
つまり生殖器がない。生殖による繁殖をしない。無性。
ルイズは、そう頭の中で答えを出した。
一方アルマロスは、ルイズが止まって、こちらをジッと見ているので、どうしたんだろうという顔をして立っていた。
……年頃の娘が目の前で着替えようとしていても気にしてない様子なので、アルマロスは、無性(子孫を残そうという生物的本能からくる羞恥心がない)であるというルイズが出した答えは本当みたいだ。
だがそれを確信したとて、気になるものは気になる。
ましてや相手は、人間を愛するあまりに堕天した天使なのだ。今だって、ほら、外見は大きいのに子供みたいな表情をしている。
神の背いた悪であるはずなのに、信じられないくらい清らかだ。
ルイズは、頼まれてもないのにハルゲニアの人間代表みたいな重たい重大な役割を無意識に己に架してしまっており、アルマロスに失望されるのを恐れていた。
だからルイズは、事前にメモしていた使い魔の躾をアルマロスに強要しないし、昨晩からアルマロスを召喚してしまったことを謝罪して泣いたりしているのだ。
どう動けばいいのか分からず固まっているルイズを見ていたアルマロスは、ルイズが年頃の少女であることを認識し、そういうことかと納得したように手をポンと叩いて、素早く部屋から出て行った。
「えっ、ちょ……、そういう意味じゃなかったんだけど…。うう…っ」
アルマロスが気を利かせてルイズの着替えを見ないように部屋を出ていったので、ルイズは、しまったと思い重いため息を吐いて、着替えをした。
一方、部屋を出て後ろ手で扉を静かに閉めたアルマロスは、二つの気配を感じ、そちらを見た。
数メートル先にいたのは、鮮やかな赤毛と褐色の肌の少女であった。
少女というには、かなり発育が進み過ぎているようで今にも制服がはち切れそうな巨乳だった。小柄でほっそりとしたルイズとはまるで対照的だという印象を持った。
もうひとつの気配は、赤毛のその少女の足元にいる、かなり大きな火トカゲ……、サラマンダーだ。彼女の使い魔だろう。
「あら、あなたは…、確か、あの黒いゴーレムが変化した人ね?」
黒いゴーレムとは、恐らくネザー化したあの姿のことを言っているのだろうとアルマロスは、すぐに理解した。
赤毛の少女は、ジロジロとアルマロスを上から下まで見る。
「人間じゃ……、ないわね。」
僅かに警戒の色を帯びた少女の表情と言葉を聞き、アルマロスは、頷いた。
「不思議ね。あなたが着ているその鎧、悪い気配を感じるのに、それを身につけてるあなたは、すごく澄んだ目をしてる。ルイズは…、あの子、いったい何を呼んじゃったのかしら?」
赤毛の少女の言葉を聞いて、アルマロスは、自分の掌に字を書いて自分のことを伝えようとした時、ルイズの部屋の扉が開いた。
「ちょ、ちょっと、キュルケ! 何やってるのよ!」
ルイズは、赤毛の少女の存在に気付くなり、慌ててアルマロスの腕を掴んで引っ張り、彼女から距離を取った。
「ねー、ルイズ。この人いったい何者なの? 人間じゃないのは分かるんだけど。」
「そ、それは……、あんたに説明する義務はないわよ!」
彼が堕天使だと知れたらまずいのでルイズは、必死だ。
「ケチねー。あんまりカリカリしてると、発展途上の胸がますます育たないわよ?」
「黙りなさい! それとこれとは別でしょ!」
ルイズをからかうキュルケと呼ばれた赤毛の少女と、敵意をむき出しギャーギャー言うルイズ。
アルマロスが、二人の言い合いが終わるまで待ってると、足に温かいものが当たった。
見ると、キュルケのサラマンダーがアルマロスにすり寄ってきていた。
キュルキュルと甘えるような鳴き声をあげ、何か期待するようにアルマロスを見上げるサラマンダー。
アルマロスは、微笑み、かがんでサラマンダーの頭を撫でた。撫でられたサラマンダーは、気持ちよさそうに目を細めて鳴いた。
「あら、フレイムったら、その人のこと気に入っちゃったの?」
「ウソっ!? サラマンダーが懐くって……、なにやったの!?」
詰め寄ってきたルイズに、アルマロスは、何もしてないと手を振って意思表示をした。
正直なところ、アルマロスは、サラマンダーに懐かれてちょっと微妙な気分だった。
まだルイズに見せていないが、アルマロスは、水を操る能力があり、火属性のサラマンダーとは相性が悪いはずなのだが…。
「せめて名前くらい教えてくれたっていいでしょ?」
なおアルマロスのことを知りたがるキュルケに、アルマロスは、ルイズが動く前に目にも留まらぬ速さでキュルケの傍へ移動し、彼女の手を取って、その掌に字を書いた。
「あ…、るまろす。アルマロスっていうの? 私は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。キュルケって呼んでもらっていいですわ。」
アルマロスの素早さに驚いたが、すぐ平静を取り戻したキュルケは、アルマロスの名前を覚えると、妖艶な微笑みと共にそう自己紹介した。
アルマロスは、困ったと笑みを浮かべた。
そのアルマロスの様子を見て訝しんだキュルケは、理由を聞こうとしたが、アルマロスはルイズに腕を引っ張られて引き離された。
「あのね! この…、その…、アルマロスはね、言葉が喋れないのよ。」
「フゥォオオオン。」
「…って感じの声しか出ないの。」
小柄で細身ながらかなり強い力でアルマロスを引っ張ってキュルケから引き離したルイズが、キュルケを睨みながらややしどろもどろしながら説明すると、アルマロスがそれに合わせて言葉を失った独特の甲高い声を出してみせた。
キュルケは、アルマロスの声を聞いて一瞬驚いたが、すぐに納得したと頷いて腕組をした。
「まるでクジラの鳴き声そっくりじゃない。」
「っ…」
キュルケの言葉に、アルマロスは、ピクリと反応した。
ちなみにアルマロスの世界の天使は、それぞれ決まった動物を使役することができるのだが、アルマロスの動物は、クジラだった。
堕天後に手に入れた最後の手段であるネザー化が、使い魔として使役している動物の形に依存することを考えれば、アルマロスが堕天の後遺症で声を失った後、自分の使い魔のクジラと同じ声になったは、当然だったのかもしれない。
「立ち話はこれでお終いにしましょ。授業が始まるわよ。」
「やだ! 遅刻しちゃう! あ、アルマロス、来て! 使い魔はね一緒に授業に出なきゃいけないから!」
ルイズは、キュルケの手前、アルマロスに弱腰でいることをさらけ出すわけにはいかず、必死に泣きそうなるのを堪えながらいつもの強気な姿勢でアルマロスの腕を掴んで教室に向かった。
キュルケとサラマンダーのフレイムも、教室に急いだ。
***
教室についた時、すでにルイズとキュルケ以外の生徒達が教室に入っており、ルイズとアルマロスに生徒達の視線が集まった。
使い魔召喚儀式で出現したあの黒い巨体が人間の姿に変わったのは、あの場にいたルイズの同級生達も目撃している。なので興味が湧かないはずがない。
ルイズが引っ張ってきたアルマロスの姿を見た生徒達は、言葉を失う。
あの恐ろしく、痛々しい姿をしていた黒いゴーレムのようなものが、今は、奇妙な鎧をまとった人間の男の姿に変わっている。
足まである癖のある長いアシッドグレイの髪の毛に、キュルケよりも濃い褐色の肌、海の青さを連想させる鮮やかな青い眼、それらを際立たせる整った顔立ちと、長身と、一見細身に見えるが鍛えこまれた肢体。
儀式が行われた場所では遠目にしか見てなかったが、近くで見るとその美しさに驚く生徒達。
ルイズは、この空気をなんとかしようとして、アルマロスの方に向き直る。
「使い魔は、教室の後ろ。あそこ、他の使い魔達がいるでしょ? あそこで授業が終わるまで待ってて、いいわね?」
ルイズのその言葉を聞いて、アルマロスは、素直に頷いて、ルイズが指さした教室の後ろの方へ歩いて移動した。
すると教室にいた生徒達がざわつきはじめた。
あの奇妙だが美しい男を、ゼロと蔑んできたルイズが従えさせている。
あの男は実は大したことのないただの人間なのでは?という疑惑を持つ者と。
実はルイズがすごい実力の持ち主だったのでは?っという疑問を持つ者に別れた。
別れたと言ってもほぼ9割ぐらいの生徒が普段からルイズをゼロと蔑んでいるので、アルマロスのことを大したことのない存在だと考えた。
ルイズは、席に座ると、今すぐにでも机に頭を打ち付けそうになるほど疲れを感じた。
だがここでそんなことをすれば、アルマロスが堕天使だとばれるきっかけになるかもしれないから気力で踏ん張った。
ちらりと後ろを見れば、アルマロスが他の使い魔達と並んで立っている。離れて見ても美しい。あんなに純粋オーラをまき散らしているのに、なぜ堕天使なんだと言いたいぐらいだ。
やがて女教師シュヴルーズが教室に入ってきたため、ざわついていた生徒達が慌てて席についた。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのが楽しみなのですよ。」
中年といえる年齢の彼女は、笑顔でそう言った。
そして様々な珍獣たちの中に、ひとりだけ異色の存在がいるのが目に入り。
「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。」
変わった使い魔と言われてルイズは、ギクッと大げさなほど肩を跳ねさせた。
「ゼロのルイズ! 使い魔を召喚できなかったからってその辺の平民を着飾って雇ったのかよー!」
ルイズの大げさな反応を見た生徒の一人がそんな野次を飛ばした。
それがきっかけで、他の生徒達もルイズを貶す言葉をルイズに浴びせはじめた。
シュヴルーズは、自分が口にした変わった使い魔がルイズが召喚した使い魔だったことを知り、しまったと言う顔をした。
ルイズを見下し、からかいや野次を飛ばす生徒達を見て、アルマロスは、不快そうに眉を寄せた。
「違うわ! みんな見たでしょ! あの黒い大きなの! あれがこう…、なんかよく分かんないけど、コントラクトサーヴァントをやったらこの姿になったよ!」
「そんなの聞いたことないよなー。」
「あの黒いのがそこの平民だって証拠もないでしょ?」
「ほら、やっぱり嘘だぜ。」
勝手に決めつける生徒達に、ルイズは唇を噛み肩を震わせた。
アルマロスは、そんなルイズを見て、それから生徒達の方を見て、大きく息を吸い込み。
「フゥゥゥゥゥォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」
大声を出した。
教室の窓がビリビリと震え、あまりの大音量と独特の甲高い音に、耳がキーンとなり固まったり、椅子から転げ落ちたりした。
アルマロスが声を出し終えると、教室は、シーンと静まり返った。
アルマロスと並んで教室の後ろにいた使い魔達は、床に転がってピクピク痙攣している。アルマロスの大声と堕天使のオーラで気絶したらしい。
シュヴルーズは、教卓に隠れてしまっているが腰を抜かして辛うじて片手が教卓の上に置かれている状態だ。
ルイズも耳が痛くなり固まったが、真っ先に正気に戻りアルマロスの方を見ると、アルマロスは、ルイズに向かって微笑んだ。
どうやらルイズへの野次を止めるために大声を出したらしい。
しかしアルマロスは、ルイズもダメージを受けていることに気付いているだろうか?
微笑みかけてきた様子からするに、気付いてない。
これがアルマロスじゃなかったら、ルイズはキレて筆箱なり教科書なりをぶん投げていただろう。しかしアルマロスに悪気がないのが遠目に見ても分かり、ルイズを助けるためにやってくれたことも理解できたので叱るに叱れなかった。
「うぅ…、み、耳が…。」
「誰か起こしてくれ……。」
「ちょっとは痩せろよ、マリコルヌ…。」
「うわー! 俺のラッキーが死んでるー!」
「落ち着いて! 気絶してるだけよ! 使い魔全部が気絶するって、どういう声してんのよ、アレ。」
耳を抑えながら生徒達が立ち直り出す。
そしてアルマロスの大声による被害で大騒ぎになった。
「お、お、おお、落ち着きなさい。皆さん…。」
「先生、大丈夫ですか?」
「ええ…、なんとか…。ああ、びっくりしました。これは、魔法ではなく、単に声が大きかっただけのようですね。ミス・ヴァリエールの使い魔さん。ミス・ヴァリエールのために行動したのでしょうが、もう少し考えてから行動してもらえますか?」
ヨロヨロと立ち上がったシュヴルーズが、アルマロスに言った。
言われてアルマロスは、自分がやり過ぎてしまったことに気づいたらしく、慌ててルイズのところに行くと、ルイズのノートに『ごめんなさい』と謝罪の言葉を書いた。
「次から、気を付けてね…。」
「フゥオン。」
ルイズが疲れた声で言うと、アルマロスは、悲しげに眉を寄せて短い声を出して返事をして、頷いた。
「えっ? それ地声?」
アルマロスの声を聞いた近場にいた生徒が驚いて言った。
あの独特の甲高い声が、この謎の男の声だなんて到底考えられなかったのだ。
アルマロスが発する声が普通じゃないと知れ、生徒達がまたざわついた。
アルマロスが人間じゃない何かであるということは、まず間違いないことを彼らは認識した。
「オホンッ…。では、授業を再開しましょう。」
アルマロスの大声によるダメージで生徒も教師もヘロヘロだが、授業が再開された。
授業は、まず基礎となる四つの系統に始まり、シュヴルーズの二つ名『赤土』から、彼女の授業は土の系統魔法の講義になった。
授業を聞いていたアルマロスは、この世界の魔法が人々の生活に欠かせないものだと理解し、これはマズイのではないか?っと片手で口を覆って、他所に顔を背けた。
アルマロスがなぜそんな反応を示したのか、その理由は後ほど本人がルイズに説明する。
「では、ミス・ヴァリエール。この石を望む金属に変えてみてください。」
シュヴルーズがルイズを指名した途端、教室内の空気が凍った。そしてルイズにやめるよう生徒達が怯えた声で言っている。
意識を授業から逸らしていたアルマロスは、その空気を感じ取って、首を傾げた。
見れば、ルイズが教卓の方へ進み出て、教卓の上の石に向かって杖を突き出し何か呪文を唱えた。
その瞬間、大爆発が起こった。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「いつだって成功確率、ほとんどゼロじゃないか!」
アルマロスは、煙が立ち込める教室に響く生徒達の声を聞いて納得した。
なるほど、だからルイズは、ゼロと呼ばれているのかと。
しかしアルマロスが知る限り、魔法で意図せず爆発を起こすのは、呪文を間違えたか、魔力の暴走などが原因だったはず。
魔法の暴走による爆発と、ルイズが起こした爆発は、性質が違う。
なぜアルマロスがそう考えたのか。それは。
アルマロスと、その周囲1メートルぐらいの範囲だけ、爆風を一切受けておらず、綺麗だったからだ。
アルマロスは、天使であった頃、『魔法使いの魔法を無力化する方法を教える』という役目を持っていた。
そのためいかなる魔法も無力にする体質で、その体質から魔法の無力化方法をあみ出して人間に伝えて、魔法使いの技術向上に貢献してきた天使だった。
堕天してからも、役目はなくなったが、魔法使いの魔法が効かないというのは体質として残っていた。
もとの世界で堕天使をやってた頃は、この能力を活用する機会がなかった。なぜなら、天使(堕天使)は、総じて超高密度のエネルギーの塊であるため、超高確率で魔法使いの魔法が効かないからだった。
アルマロスが、授業を聞いててマズイと思ったのは、自身のその体質が、メイジ(魔法使い)が主体のこの世界では最悪最強の天敵になるのでは?っという考えに至ったからだ。
そして見事にそれは的中したらしい。
生徒達が失敗魔法と言っているルイズの爆発魔法を、自分と自分の周りだけ無効化してしまった。
なんて説明しようか…っとアルマロスが途方に暮れている姿を、青髪にメガネの少女がジッと見ていたのだが、アルマロスは、それどころじゃなくて気が付かなかった。
後書き
アルマロスが魔法使いの魔法を無効化する方法を教える天使だというのは、pixivの大百科で知りました。
だから、たぶん…魔法がとてつもなく効きづらいんじゃないかと妄想しました。
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