ダンジョン飯で、IF 長編版
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第二十話 大ガエルのカツレツ
前書き
いよいよ、五階。
レッドドラゴン手前。
地下五階は、城下町だ。
魔術によって膨れ歪んだ街並みが広がっている。
しかし、至る所に賑やかであった時代の面影を残しており、時折目の端を誰かが横切ったような。囁くような声が聞こえてくるような気がする。そんな不思議な場所だ。
「ここが、オーク達の住処…。」
城下町の建物をそのまま使っていたらしく、出入り口を布で覆っているだけの簡素な作りだった。
ずいぶんと慌てて逃げたという形跡がいたるところにあり、食べ物も魔物に食い荒らされ、その残りカスが腐敗していた。
腐敗していないのは、食べられずに残っていた小麦や樽の中のお酒などだ。
センシが小麦と聞いて、これでパンが作れると意気込んでいた。取って良いのかと聞くと、センシ曰く、こちらも野菜を取られているので、お相子だと。
そんなセンシに、マルシルとチルチャックは、呆れた。
ファリンは、何か焦げ臭いことに気づいて、壊れかけの扉を開けた。
「あ……!」
そこには、焼けたタイルと、焼け死んだワーグ(魔狼)の死体が数匹転がっていた。
「ワーグだ…。」
「火事? じゃ…ないわよね…。」
「違う…。これは、レッドドラゴンよ! つい最近ここを通ったんだわ!」
「…ね、ねえ…。前に言ったわよね…。竜はたまにしか活動せず、ほとんど寝てるって…。」
しかし、現実はどうだ?
オーク達の話もそうだが、目の前にしている惨状…。これは、あの竜があれからずっと活動してということだ。そしてたぶんだるが、まだこの辺りをうろついているだろう。
寝ている竜になら…っという考えが過ぎる。
だがこれから相手をしなければならない竜は、起きているのだ。
もし負けてしまったら…。もし……。
「もう消化されてたら……。兄さん…。」
「落ち着いて、ファリン。」
狼狽え始めるファリンを、マルシルが落ち着かせた。
「ひとまず、作戦を練ろうぜ。三人で、どう戦うかな。」
「さんにん?」
場が静まった。
「っ! 何度も言うけど、俺に戦力を期待すんなよ! 俺の仕事は、ここまで来るのを手伝うだけだからな!」
「分かってるよ。別に責めてないのに…。」
「…悪かったよ。」
「今までは、どうやって竜を倒していた?」
「時と場合と竜の種類によるけど…、まず私が炎や怪我を防ぐ魔法を使って…。」
これまでは、ファリンがまず魔法をパーティーメンバーに使い、それからライオス、ナマリ、シュローで足止めして、マルシルの魔法で弱らせて……、最後にシュローがとどめをさすというのが、ほとんどの場合だった。
しかしそれができたのは、以前のパーティーメンバーで出来たことだ。
圧倒的に前衛がいない今のメンバーでは……。
まず…。
「竜には、魔法も武器も効きにくい…。鋼のような鱗が覆ってるから…。」
次に。
「でも、たったひとつだけ脆いところがあるわ。」
そうそれである。
「首の下の、逆鱗よ。そこだけは、鱗の隙間が重なっていて、しかも急所が集まっている場所。」
そこさえ破れればっと、ファリンは、杖を握りしめた。
「ファリン…、お前じゃ無理だぜ?」
「分かってる。でも、距離さえ詰めれば、切り裂く魔法を当てられなくわないわ。」
「そのレッドドラゴンは、どの程度の大きさなんだ?」
「えっと……。あっ…、あそこ。」
ファリンが上を指さした。
そこには、床が一部欠けた通路がかかっていた。
「あの崩れた廊下ぐらいかな?」
「…っというか、あれ、竜が頭ぶつけたあとじゃないか?」
「あっ!」
チルチャックの指摘で、ファリンは、気づいた。
「ファリン。おまえの魔法は、あそこまで届くのか?」
「ううん…。そこまで距離が離れたら威力が落ちる…。」
ファリンは、悩んだ。
どうすれば、逆鱗を切り裂けるかを。
……こうして悩んでいる間にも、レッドドラゴンの消化は進んでいるかもしれない。そう考えるとファリンの心に焦りが生じ始める。
「落ち着け…、落ち着くのよ…私…。兄さんならどうする? 兄さんなら、どう竜を攻略する?」
頭を抱えて、ブツブツとファリンは、思案を巡らせる。
「そうだ。あそこに登ってみてみよう。」
そう言ってファリンは、レッドドラゴンが頭をぶつけたと思われる通路のところへ向かった。
そこから下をのぞくと、結構な高さだった。
「ここから、狙っても…。」
「無理無理。その前に、食われるぜ?」
「火の息は、ファリンの魔法でなら防げるけど…、ナマリの見立てじゃセンシの斧じゃ竜の鱗に立たないって言うし…、ファリンが今持っている剣は…?」
「たぶん刺さるとは思うけど…。私、そこまで剣は得意じゃないから…。」
「それに竜を気絶させられるほどの魔法を唱えるには、時間が必要よ。それまでどうやって時間を稼ぐの?」
「そのうえ、誰かがとどめをささなきゃいけない…。」
問題は山積みだった。
ファリンは、心の焦りを吐き出すように大きく息を吸って吐いた。
その時下を見たのだが…。
「あっ…。」
パラリッと僅かに床の素材が崩れ落ちたのを見た。
「ねえ…、マルシル。」
「なに?」
「建物を爆破させるっていうのは、どう?」
「えっ?」
「ここ、多いでしょ? こういう建物の通路…。竜が通る瞬間に、それを爆破させれば……、竜の首を下に…!」
「あ…!」
「準備のための時間稼ぎは、確かに私達じゃできない。でも、竜から逃げつつ、おびき寄せることはできるわ。」
それに加えて、城下町は狭く、経路を工夫すれば竜を疲れさせることが出来ることと、元々長期にわたって動いていた疲れもたまっているはずだとファリンは言った。
「……なるほど、それなら、俺にも手伝えそうだな。」
「本当!?」
「べ、別に…。」
「それにしても…、どうして竜は寝ていないんだろう? 五階に現れたのも謎だし…、嫌うはずの狭いところをウロウロしているし…。」
「発情期とか?」
「うーん…。」
「悩んでても仕方ないわ。作戦を立てましょう。」
「分かったわ。行こう。」
三人は頷き合った。
***
そして、作戦を練った。
どこに通路があって、レッドドラゴンの首を狙えるか、そしてどう疲れさせられるかを念入りに計算し、地図に記していく。
やがて、地図が完成し、オークの住処に戻った。
すると、パンの良い匂いがした。
「戻ったか。」
「センシ。おまえいつの間にいなくなりやがって…。」
「パンを作っていた。」
「匂いで分かったよ。今から竜を倒そうって時に…。」
「もちろんだ。これから大仕事になるのだろう? 腹ごしらえは何よりも重要だ。」
「私達は、一度空腹で炎竜に負けてる。だから、同じ轍は踏まないようにしないと。」
「…そうね。」
「あ! ワインだ!」
「こら。それは、竜を倒してからよ。」
ワインを飲もうとしたチルチャックを、マルシルが止めた。
「卵はないが、これだけあれば、アレができるか。」
そして調理が始まった。
まずパンをおろし金で細かくしパン粉を作る。
次に、大ガエルの肉に塩コショウ。
水で小麦粉を溶き、肉を浸す。
次に先ほどのパン粉に小麦粉の液に浸けた肉をまぶす。
フライパンに多めのオリーブオイルを熱し、パン粉をまぶした肉を…揚げる。
揚げ終わったら、油を切り、その間にソースを作る。
赤ワインと調味料を煮詰めて、味見をして…。
「完成じゃ!」
大ガエルのカツ。改め、レッツ炎竜にカツレツである。
「美味しそう!」
「なんか、匂い嗅いだら腹減ってきた。」
「いただきまーす。」
そして実食。
「サクサクだ。」
すると、マルシルが涙ぐんでいた。
「どうしたの?」
「魔物食も…、これで最後かと思うと、感慨深くて…。」
「まだ炎竜があるぞ。」
一番魔物食に抵抗していたマルシルが、この苦難の日々が終わると思って涙ぐんでいたのでチルチャックがツッコミを入れた。
「なんて言うか……。」
食べ終わったファリンがお皿を置いて、言い始めた。
「私ひとりだったら、ここまで来られなかったわ。」
まずセンシの方を見た。
「センシ。本当にありがとう。見ず知らずの私達のために親切にしてくれて。そして美味しい食事のおかげでお腹だけじゃなく、精神的にも助けられたわ。」
次にチルチャックを見る。
「チルチャック。あなたがいなかったら遠回りを重ねて何日も遅れてと思う。何よりも頼もしかったわ。」
最後にマルシルを見る。
「そして、マルシル。慣れない旅で苦労をかけてごめんね。一緒に来るって言ってくれたとき…、本当に、本当に嬉しかったわ。」
ファリンの言葉に、三人は、食べかけていた食事を急いで飲み込んだり咳き込んだ。
「間が悪い!」
「もう! これが最後みたいに言わないでよ! それは、終わってから言って。」
そう言われて、ファリンは、照れくさそうに笑った。
その時。
ファリンの足元に置いていた皿が僅かに揺れた。
「?」
「どうした?」
「今…。」
その時、ズシンッという思い足音が響いた。
「そんな…、まさか!」
「シッ…。炎竜が戻ってきたのよ。」
「こっちに気づいてる!?」
「ううん…。でも早くここを離れよう。」
四人は、急いで、けれど音を出さないように気をつけて外へ逃げ出した。
物陰から覗くと、レッドドラゴンが建物の間から頭を出して、鼻をスンスンと動かしていた。
どうやら料理の匂いを嗅ぎつけてやってきたらしい。
「あらためて見ると…、なんて大きいの…。」
「落ち着いて…。やるのよ。」
「ファリン…。」
「マルシルは、例の位置に。私達は、竜をおびき寄せるわ。みんな準備はイイ!?」
四人は頷き合った。
「行こう!」
ついにレッドドラゴン攻略戦が始まった。
後書き
次回、レッドドラゴン戦。
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