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永遠の謎

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143部分:第十話 心の波その一


第十話 心の波その一

                 第十話  心の波
 今や政府でも宮廷でもだ。ワーグナーへの批判の声は高まっていた。
 新聞は連日連夜彼のことを書たてる。そしてワーグナーはそれに対して。
 ビューローと共にだ。感情的な批判で応じた。
 だがそれが逆効果になりだ。彼は次第に追い詰められていっていた。
 それは王の耳にも入っていた。そうしてそのうえでこうだ。今傍らにいる見事な長い金髪に青く澄んだ目、彫刻の如き顔立ちの青年に言うのであった。
「タケシス少尉」
「何でしょうか、陛下」
「悲しいことだ」
 こうその彼、タケシスに言うのである。
「彼等は何もわかっていないのだ」
「ワーグナー氏のことをですか」
「彼は美しい」
 そのワーグナーのことだ。
「芸術はあくまで美しいものだ」
「しかし彼等はです」
「政治。いや違うな」
 王はだ。この問題は政治的ではあるがそれだけではないことを既にわかっていた。そうしてそのうえでこうタケシスに対して述べるのだった。
「あれは感情だ」
「感情ですか」
「ワーグナーへの年金も援助も。バイエルンの財政においては些細なものだ」
 所詮は一人の人間である。贅沢もたかが知れているというのだ。
「それに芸術はだ。幾らかけてもだ」
「いいのですね」
「軍にかけるより遥かにいいのだ」
 こう憂いのある顔で述べるのだった。
「軍や戦争は何も生み出しはしない。何も残さない」
「しかし芸術は」
「華を生み出す」
 まずはこれであった。
「銃での統一なぞ。何になるというのだ」
「ですがビスマルク卿はです」
「鉄と血だな」
 すぐにタケシスの言葉に返す。
「そうだ。それは間違ってはいない」
「しかし今の御言葉は」
「正しい。しかしそれだけなのか」
 王は言うのだった。嘆く様な声で。
「ドイツに必要なものはそれだけなのか」
「ではそこに」
「芸術は必要だ」
 王はそれを見ていた。その彼が愛する芸術をだ。
「そしてだ。それはもうあるのだ」
「ではそれは」
「まず文学だ」
 そこから話した。王は音楽だけではない。文学も愛しているのだ。
「ゲルマンの古典があり。そして」
「ゲーテですね」
「彼もいる。哲学もある」
 ドイツの学問は隆盛していた。統一はまだだがそれでもであった。既にそこには多くの豊かなものがあった。それがこの時のドイツだった。
「カントにヘーゲルだ」
「哲学もまた」
「多くのものがある。そして」
「音楽ですね」
「既にベートーベンがいてシューベルトがいる」
 オーストリアに匹敵するものがだ。既にあるというのだ。
「そしてだ。ワーグナーだ」
「彼ですね」
「そのワーグナーがこのミュンヘンにいるのだ。これだけ素晴しいことはない」
「ですが今は」
「そうだ。ミュンヘンは間違っている」
 これは街を指し示した言葉ではない。そこにいる人々を指し示した言葉だ。政府やマスコミもその範疇に入れてのことである。
「ワーグナーをそうして糾弾するのはだ」
「しかし政府もマスコミもです」
「わかっている」
 何故彼等がワーグナーを責めるのかもだ。王はわかっていた。
「しかしそれでもだ」
「陛下はあくまで」
「そうする。私はな」
 こんな話をしていた。夜のことだった。王は今はタケシスと共にいた。そしてその夜が明けた時にだ。朝食の時にこう母に告げられた。
「近頃ですが」
「舞台のことですね」
「随分と入れあげているようですね」
 向かい側に座りパンを食べている我が子にこう問うのだった。
 
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