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戦闘携帯への模犯怪盗

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STAGE3-3:模犯怪盗の向こう側へ

クルルクとラディと初めてのバトル。ツンデツンデを直接出し、『トリックルーム』で素早さを入れかえる戦術から生まれる異常な速度差によりクルルクは圧倒されて、ライチュウ一匹を残すのみにまで追い詰められていた。

(ラディのポケモンはまだ四体とも残ってる、だけどここまででその四匹ははっきりしてる)

 グソクムシャ、ルカリオ、ハッサム、ツンデツンデ。攻撃力が高く、ライチュウよりも大きく速度が劣るポケモンたち。

「……いくらクルルクでも、この状況から逆転なんて不可能よ! レイが発動させた『トリックルーム』の効果はまだ続く! ハッサム、『シザークロス』!」
「それはどうかな。ライアー、『十万ボルト』!」

 ハッサムが両鋏を交差させる。だがそれよりも遥かに速く──、ライチュウの電撃が、ハッサムの体を感電させ吹き飛ばした。

「え……!? レイ!『ロックブラスト』!」
「ライアー、『影分身』!」

 大砲のように、照準を合わせ岩の砲弾を放つ。だがその速度はクルルクの目にもはっきり見てとれた。瞬時にいくつもの分身を作り出したライチュウの影を撃ち抜くに終わる。
そして本体は、ツンデツンデとハッサムのちょうど中心へ。


「『放電』だ!」

 放射状の電撃は二体に避ける暇を与えず襲い掛かり。ハッサムを戦闘不能に追い込む。

「な……なんで! レイのトリックルームの効果はまだ切れないはず!」
「確かにね、だけどトリックルームの効果を解除する手段が一つだけあるだろう?テテフがゼンリョクで作ってくれた、君の戦術への回答だよ」
「まさか……」
 
 トリックルームを解除する方法、それは。
 【もう一度】トリックルームを発動すること。
 何もできずに倒されたかに見えたテテフが残した、勝利への一手。

「だとしても! テテフはもう戦闘不能よ!グソクムシャの『であいがしら』をエスパータイプのライチュウは耐えられない!」

 新しい戦術の根幹を崩されたラディの表情に焦りが生じる。それでもまだ勝つ方法はいくらでもある。『サイコメイカー』なしの状況で先制の強力な虫技を使えば確実に勝てると、装甲を身に纏ったそのポケモンを出す。

「確かに、耐えられない。でもそれは当たればの話さ」
「そうか、影分身が……」
「まだ分身は四体残っている。その中の本体を当てられたら君の勝ちだ。だけど外したら……逆にライアーの電撃がグソクムシャを襲うよ」
「そんなことを言って惑わせようとしても無駄よ!グソクムシャ!」
 
 グソクムシャがボールから出ると同時に最高速の突進を繰り出す。この状況で一番よくないのはクルルクの言葉に迷い、みすみす先制攻撃の機会を逃すこと。素早い指示からグソクムシャはライチュウに自身の巨体をぶつけるが──それは、影を通り抜けたように、すり抜けた。
 ロックブラストを躱す際に使用した『影分身』が、敗北必至の一撃を覆す。
 そして初撃さえ躱してしまえば。トリックルームの効果さえなくなってしまえば。
 水タイプのグソクムシャと電気タイプのライチュウの相性差は明らかで──
 ラディの表情に、微かな笑みが浮かぶ。

「今よレイ!『トリックルーム』!」

 クルルクは今を好機とグソクムシャを倒すはず、その隙にもう一度発動しなおしてしまえば今度こそ負けはない。目に見えた必勝の一撃をクルルクは必ず回避してくる。模犯怪盗である彼を信頼したが故の罠。

 天井からグソクムシャに突撃を仕掛けようとしていたライチュウにそれを止める術は最早ない。が。
 クルルクの顔に、勝利を確信した笑みが浮かぶ。

「これが君の戦術への本当の【模犯怪盗】だ。『スピードスワップ』!!」
「『スピードスワップ』……?」
「効果は単純、フィールドにいる二体の素早さを入れ替える! 僕が入れ替えるのはライアーとツンデツンデ……この二体の素早さが逆転する!」

 ラディが今まで見たことがない技、クルルクが一度も実戦で使ったことのない技だ。それも当然。滅多に速度で負けないアローラのライチュウが、自分の素早さと相手の素早さを入れ替える技を使う理由など本来皆無と言っていいからだ。
 だがこの時この場所、ラディが初めて『トリックルーム』による戦術を使った状況において。
 最速のライチュウと最遅のツンデツンデの素早さが入れ替わることの意味は甚大だった。
 それはもう、絶対に覆せないほどの速度差がついたということで──

「これで僕の勝ちだラディ!『放電』!」

 ライチュウが力を溜める。

頬袋と尾に電気が溜まっていき、元々黄色いその体が金色に染まっていき。

大きく伸びをして、溜め込んだ電撃全てを放とうとする、その動きは。

 コマ送りのスローモーションビデオのように、異常なまでに遅かった。

「え……?」
「……やっぱり、クルルクはすごいね。あんな状況からでも、怪盗も、回答もできる……初めて会った時から、ずっと憧れだった」

 クルルクに、ラディがほほ笑む。だがおかしい。ツンデツンデとライチュウの速度を入れ替えたうえで『トリックルーム』が発動していれば今こうしてしゃべる間もなくライチュウの電撃は二体を撃ち抜くはずなのに。

「クルルクなら、私のどんな作戦も、罠も、見透かせるって信じてた。だから……」

 ツンデツンデがキューブ状の体をバラバラに分裂させ、無数のブロックとなってライチュウの真上に滞空する。それが自分の体を降り注がせるツンデツンデ特有の『いわなだれ』だとクルルクには看破できる。だが肝心のライチュウはツンデツンデ本来の遅さにとらわれて動けない。

「……ラアアアアイ!!」

 降り注ぐ前に、ぎりぎりでライチュウの電撃が放たれ、ツンデツンデの体を覆う。すでに一撃浴びせているから特防が高くない相手ならこれで倒しきれる可能性もあるはず。だが──キューブ状の体のひとかけらたりとも、戦闘不能にはならなかった。
 
「レイが二回目に発動させたのは、素早さじゃなく防御と特防を入れ替える『ワンダールーム』!これで……終わりよ!」
「!!」

 立方体のブロックが、L型のブロックが、凸型が、凹型が。ライアーの周りに降り注ぐ。ライチュウは必死に体をひねって躱すが、降り積もるブロックでどんどん動ける範囲は狭くなっていく。

「『ワールズエンドフォール』!!」

 最後に長い棒のようなブロックがライアーを押しつぶし──降り注いだすべてのブロックが光り輝き、一斉爆発が起きた。攻撃力も高いツンデツンデの岩タイプ一致のZ技を耐えきるのはライチュウには不可能で──ダブルバトルの決着は、疑いの余地なくラディの勝ちで終わった。
    

「勝った……私の力で、あなたに!」
「……」


息を荒げて、動悸を抑えるように自分の服を握りしめるラディ。心臓の鼓動が部屋中に響きそうなほど興奮している。

「……そう、だね。君の……ラディの勝ちだ」

対するクルルクは力が抜けたように、安堵したように笑った。ラディがヒーローであることをやめてしまうとわかった上で。

「聞いてもいいかな。……どこまで読んでたの?」
「どこまで、って?」

肩で息をしておうむ返しをする彼女は普段の、ここ一年くらいでクルルクに見せていた強張りが溶けた昔のような顔をしていた。

「僕の最後の手持ちがライアーになること。テテフがトリックルームを解除すること。『スピードスワップ』でスピードを入れ換えること。……すべて計算してた?僕がトリックルームを使われる前にツンデツンデを倒しきりにくるとは思わなかった?」
「……そんなこと、わかるわけない。『スピードスワップ』なんて技始めてみたのよ?」

やろうと思えば変化技ではなくライチュウ専用のz技で戦闘不能にしにいくこともできた。それに成功した場合、恐らくはラディに勝ちの目はなかったはずだ。

「……クルルクは、私みたいにやられる前にやるみたいなことはしない。必ず私に『トリックルーム』を使わせた上で勝ちに来るって……今まで勝負してて、そう思った」
「……!」

それは、誰よりもクルルクと一緒にいた彼女にしかできない戦法。そして何より、クルルクを信じていなければできないこと。

「……わかった。ありがとう」

ラディに対して、懺悔でもするように膝をつき頭を垂れる。

「今までのこと、ごめんね」
「……なんで、クルルクが、謝るの?」

「僕は……ラディはだんだん僕のことを避けてるんじゃないかって……嫌いになってるんじゃないかって、不安だった。だから……君に『模犯怪盗』を否定されてしまうんじゃないかって……本気で、邪魔をしてしまった。妹みたいに思ってる、なんて僕に言う資格なんてなかったよね……」
「そんなことない!」

ラディが叫ぶ。喉だけでなく全身を震わせて。

「だって……私だって、私のことなのに自分がどうしたいのかわからなかった!一緒にいたい、あなたみたいになりたい、でもそれを伝えたら……今のヒーローをやめたらクルルクとの日々も終わりになるんじゃないかって……嫌われちゃうんじゃないかって……人前で女の子らしくしようとしたって、笑われるだけなんじゃないかって……いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになって、何もわからなくなってた!」

瞳に涙を浮かべて、絞り出すように叫ぶ。

「だから……クルルクは悪くない。私自身にもわからなかった心が、クルルクにわかるはずがないんだから」
「……ありがとう」

クルルクは部屋のモニターに写るスズの方に向き直り、頭を下げる。

「スズ、勝負はついた。約束通り……ラディの願いを叶えてあげて」
「了解です。……あなたも、納得してくれたようで何よりです。正直のところ、勝ち負け以上にラディがどうありたいか気づけるか、あなたがラディの心境の変化を理解してもらえるかが不安でしたから」

人間の感情はままなりませんからねえ、と呟くスズに二人は笑った。なんだかとても久しぶりに、一緒に笑えたような気がした。

「ではラディ、スズはポケモンファクトリーの管理者として約束どおりあなたがメレメレの島キャプテンを辞めることを認めます。……その上で、どうしたいですか? 人前に立つのをやめ、ポケモンバトルの世界から離れ普通の女の子に戻ってもいいですし、あなたが今後もポケモンバトルを続けたいというのであれば、できる範囲で叶えましょう」
「えっと……わたしは……ッ」
「あ、息は整えてからで結構です。どうせ一年待ったことですし、存分に落ち着いてくださいな」

ラディは言われるまま、ゆっくりと深呼吸をする。爆発した感情が収まるのに、たっぷり十五分はかかったが。その間クルルクは勿論、スズも、一言も口を開くことはなかった。

「私は……クルルクに並べるような人になりたい。私らしく、彼のような『怪盗』になりたい……今なら、そうだってわかる」

ゆっくりと、ラディがスズにこうありたいと告げる。

「では……クルルクと共に、これからは二人一組の『模犯怪盗』となりますか?クルルクがそれでいいというならですが」
「……僕は勿論それでも構わないよ。ラディと一緒に夜の退屈を盗むのは、とても楽しそうだしね」

二人はそれを、肯定はしても決定はしない。

「……ううん。そうしたい…ってさっきバトルしなかったら言ってたと思うけど、今は違うわ」
「……聞きましょう」
「私がなりたいのは、クルルクと対等に競える怪盗。クルルクが全ての問題に答える『模範怪盗』とは別の『怪盗』に……なる!」

スズは目を閉じる。しばらく考えるように眉をよせたあと、御言葉を伝える天使のように優しく、そして命じた。

「わかりました……では、あなたはこの地方における二人目の怪盗。クルルクへのスポイラーとしてこの地方のために、貴女自身の表現したいポケモンバトルを皆に見せてください」
「……ありがとう、スズ!」
「ラディがこの一年思い悩んでいるのはわかっていたのでこちらから何か代案を出すこともかんがえていましたが……やはり、あなたが自分から言い出してくれるのを待って正解でしたよ」

クルルク同様、島の代表者同士のポケモンバトルとは違う突発的なエンターテイメントを提供する立場として、そしてクルルクの好敵手としての怪盗に任命する。ラディの望みどおりに。

「さて、では考えないといけませんね。ラディの怪盗としての名前を」

クルルクが『模犯怪盗』を名乗っている以上、それに対抗するラディがただの怪盗では味気ない。そこへクルルクが口を挟んだ。

「それじゃあ……『怪盗乱麻』はどうかな」
「『快刀乱麻』。難しい状況もたちまち捌ききる様……ですね。いいと思いますよ? ラディが憧れた怪盗から名前をもらうというのも素敵ですしね」
「かっこいいと思うけど……どうしてその言葉を?」

ラディの疑問に、クルルクは頷いて答える。

「ラディの名前……グラディウス、は剣を意味する言葉だからさ。剣に関わる言葉でふと思い浮かんだだけだから、全然別のにしてくれて構わないんだけど──」

珍しく気恥ずかしそうに言うクルルクに、ラディは首を振る。

「『怪盗乱麻』グラディウス……うん、私、気に入った。スズ、これでいいわよね?」
「貴女が満足できるのなら、なんら問題ありません──では話もまとまったことですし、しばらくラディはここにいてくださいね? いろいろやることがありますから」
「やること?」
「はい、怪盗として色々教えておくこともありますし、何より必要な衣装や道具を貴女用に作らないといけません」
「衣装……!」

せっかく自分らしく怪盗をやるのに、何から何まで私が用意するだけじゃつまらないですよね?とスズはラディに向けて柔和な笑みを浮かべる。

「というわけでしばらくラディにはこちらにいてもらいますので、クルルクはお帰りくださいな」
「うん、わかったよ。……頑張ってね」

自分と対等の立場を望んだ彼女に言葉をかけて、踵を返す。その背中に、ラディが叫ぶ。

「……ありがとう、クルルク!初めて会った時から優しくしてくれて、何かあったら心配してくれて……今日だって、私のためにここに来てくれたってスズが言ってて……それなのに私、自分勝手で、甘えてばかりで……だけど、これからは!いつでも同じ立場だからね!」
「うん……そうだね。じゃあ、また会おうラディ。次会うときは……お互い怪盗として!」
「ええ!」

クルルクはバトルファクトリーを後にする。ラディがどんな怪盗として自分やアローラの人々の前に現れるのかを楽しみにしながら。そして、形は変わっても自分とラディの関係はこれからも続くことに安堵して、大きく伸びをして、両手を広げた。

「帰ろう、みんな。怪盗になったらラディに負けないように、僕たちも『模犯怪盗』として頑張らないといけないからね!お楽しみはこれからだよ!」 
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