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戦闘携帯への模犯怪盗

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STAGE3-2:オレと私の離別戦闘




ラナキラマウンテン頂上、ポケモンファクトリー。ラディのことを相談しに行ったはずの場所で待ち受けていたのはほかでもないアッシュ・グラディウスだった。灰と赤のプロテクターに身を包み、グソクムシャとルカリオを前に出して怪盗クール・ピーター・ルークを倒そうと戦意を露わにしている。

「スズ!いったい何があったのさ!どういうことか説明してくれないと僕も『模犯怪盗』としての振舞いようがないよ!」

 ラディは頑なにクルルクと戦おうとしている。本気で戦わないといけないこともわかる。だがクルルクの本気は怪盗でありながら相手の戦術や状況に模範的な回答で返すことにある。盗む宝も目指すべき状況も提示されていなければ怪盗も回答もない。
 ただ説明を求めてもスズは性格柄答えることはしないと踏んで、クルルクは自分の立場を利用した。

「承諾です。では、手短に。あなたが来るより二時間ほど前にラディはここを訪ねてきました。相談があると言いましてね」

 スピーカーによるスズの返事が部屋に響く。

「曰く、島キャプテンをやめたいと。もう男の子の真似はしたくない……ラディも年頃の女の子ですから。気持ちは無碍に出来ません。だから、クルルクとバトルして。ラディが勝ったらやめてもいいですよと条件を出しました」

 スズは優しいでしょう?とクスクス笑いながら聞いてくる。だがクルルクはそれどころではない。ヒーローのヘルメットを着け、表情を見せないラディに問う。

「本当に、やめるつもりなの? あの時、ずっと楽しくバトルしようっていう約束は……」
「……何年前の話。クルルクは変わらなくても、私は……あの頃の私じゃない」

 ラディはグソクムシャをボールに戻して、身に着けた装甲も解除した。手にしていた銃も分解されていき、無数のブロックが集まってUB:LAY・ツンデツンデになる。

「……ねえ、クルルク。その約束って『メレメレライダー』との約束なの? 『ラディ』と勝負したって、つまらない?」
「それは……」

 クルルクは言葉に詰まる。そもそも今までバトルするときは島の代表者であるヒーローとの戦いだった。孤児院に迎え入れ、妹のように大切に扱ってきた彼女と勝負したことはない。戸惑いを隠せないクルルクにラディは堰を切ったように本心を吐き出す。

「あんなヒーローごっこをしなくたって私はもう戦える! 私はもう男の子の恰好しても区別がつかないちんちくりんじゃない! だから……これからは私のまま勝負する! スズも、それを認めてくれた!」

 勝負は始まってもいないというのに、ラディは肩で息をして紅潮した頬には涙がうっすらと流れている。

「そんな……ヒーローごっこ? ちんちくりん? ラディにとって……僕やほかの島キングたちと戦ってきた日々はそんなものだったの?」
「そうじゃない!でも……でも、私はもう苦しいの! したくない男の子のふりをするのも、それを隠してクルルクと勝負するのも! 私は私のままクルルクに向き合いたいって思うと、胸が苦しくて痛いのよ!」
「……」

 ここしばらく少しラディの様子がおかしいことはわかっていた。だが彼女の抱えていた本心を目の当たりにして思わず絶句するクルルク。

「昔は楽しかった……ポケモンバトルは今でも好きだしクルルクとこれからも勝負はしたいわ、本当よ。だけど……でも……私は!」
「大丈夫ですよ、ラディ。あなたが勝ったなら、スズがちゃんととりなしてあげます。だから今は、彼に勝つことだけ考えてください」

 熱に浮かされながらも、なんとか自分の気持ちを伝えようとするように途切れ途切れに話すラディ。そこでスズが音声で割って入り落ち着かせた。
 クルルクも、少しずつ冷静さを取り戻し模犯怪盗としてラディに向き合う。

「……わかった。もっと早く言ってほしかったけど……なら、いくよラディ。手加減はできないからね」
「いらない! 私は私のままクルルクに勝つ……その後で、話を聞いてもらうから!」

 勝負が始まる。相手の場にはグソクムシャとルカリオ。クルルクは即座にライアーとテテフにアイコンタクトをした。

(テテフの『サイコメイカー』の効果でグソクムシャは『であいがしら』を発動できない。まずはライアーの電撃でそっちを叩く!)

 直接言葉を出さずとも、ライチュウは尻尾にためた電気をグソクムシャに放つ。だがグソクムシャはすでに体を丸め、分厚い装甲で守りの体制に入っていた。先制攻撃ではなく『守る』だ。

「ルカリオ、『ラスターカノン』!」
「戻れテテフ!頼むよヴァネッサ!」

 そしてフェアリータイプのテテフの弱点を突くべく鋼の波導がテテフを襲うのを、クルルクは察知してすぐさま水タイプのアシレーヌに交代した。泡をまとった彼女が代わりに受け止める。効果が今一つであるためダメージは軽微だ。

「テテフを下げられた……」
「メレメレライダーの得意技は本来の速度を無視した先制攻撃が多いからね。テテフの特性は君と戦うためのな強力なカードだ。やすやすと戦闘不能にはさせられないよ」

 グソクムシャ、ルカリオ、そして前の戦いで出たハッサム。速度に優れないポケモン達だが、『であいがしら』や『バレットパンチ』はその認識を凌駕する。道具や技で強化しつつ撃ち込まれる攻撃は銃弾のように速く、重い。それを可能な限り防ぐためにクルルクはテテフを先出ししてすぐ戻した。
 アシレーヌが破裂するバルーンを自分とライチュウの周囲に出して守りを固める。ライチュウはいつでも念力で相手の攻撃をそらせる態勢を取り、背後には先制技を無効化するテテフが控える。

「さあ、見せてもらうよ。ラディのポケモンバトルを!」
「戻ってルカリオ!……お願い、レイ!」
「ツンデツンデ……普通のポケモンバトルで戦うのは初めてだね」

 メレメレライダーとして戦う時はいつも彼女を守る装甲となり、敵を撃ち抜く銃となっていたため、『戦闘携帯』以外では戦うのを見たことがない。だがどういった技で攻撃してくるかは予想がつく。

「得意技はジャイロボールやロックブラストによる遠距離の物理攻撃……ならライアー、『電光石火』!」
「ライライアー!!」
「グソクムシャ、『ミサイル針』!」

 泡の守りから飛び出すライチュウを波導が迎え撃つ。だがその姿が、残像となって消えた。『影分身』だ。一気に横に旋回して──目にもとまらぬ速さ後ろに回り込み──反転してツンデツンデに突っ込んでいき──肉薄し──届きそうになるまで──

「え……!?」
「ラ、ライ!?」

 一向に、ツンデツンデに届かない。近づけば近づくほどスロー再生されているかのように減速していく。驚愕に目を見開くクルルクに対しラディはツンデツンデを見やる。

「これがレイの本当の力よ……『トリックルーム』!!」

 ツンデツンデから放たれる、強烈な空間の歪み。ポケモンではなくフィールド全体に作用し、この効果が維持される限りすべての技の速度は入れ替わる。それはつまり、ライアーの素早さを殺し、かつグソクムシャやツンデツンデの遅さが凶悪な武器となるということで──

「グソクムシャ、『アクアブレイク』!」
「ヴァネッサ、『ハイドロポンプ』!」

思うように動けないライチュウに、水を纏った爪を振り上げるグソクムシャ。それを横からアシレーヌの激流が間一髪弾き飛ばして事なきを得る。
 クルルクはすぐにボールをライチュウに向けて次の手を打つ。

「ライアー、戻すよ!スインドル、任せた!」

本来優れた素早さを持つライチュウやオンバーンはトリックルームの影響下では仇となる。比較的遅めのラランテスとアシレーヌに戦線を託すクルルク。

「ラランテス……なら『シザークロス』!」

グソクムシャが両爪を交差させ、鈍重な一歩を踏み出す。

「……っ!」

 地面が縮んだ。そうとしか認識できない。
 高速でも巨大でもないはずの一歩が『トリックルーム』の効果で一瞬にしてラランテスとグソクムシャの距離を零にする。

「『花吹雪』! 『バブル光線』!」

 打ち合いなど到底望めない、理不尽なまでの遅さに対し大量の花と泡でグソクムシャにたたらを踏ませる。もう一撃斬りつけられれば躱しようもないが──

「随分逃げ腰な戦略ね……!」
「そっちの特性を利用した危機回避といってほしいかな!」

 グソクムシャの体が一気に後退しボールへと戻る。とにかくダメージを与えることで『危機回避』の特性を発動させて凌いだのだ。
 だが、トリックルームを活かせる遅さを持つのはグソクムシャだけではない。

「レイ、『ロックブラスト』!」

 機関銃。体を倒し照準を合わせたツンデツンデから放たれたのはもはや目視不可能な岩の乱射だった。アシレーヌの体がフィールドの奥まで一気に吹き飛ばされる。トリックルームはあくまでも空間の歪みによって技の速度を入れ替える技。どれだけ速い技に見えようとも、威力は本来のものと変わっていない。理屈はわかっていても目視不能の速度と巨大な岩の質量を仲間が受けたことでクルルクの気持ちが逸り、思わず意識がそちらに向かう。

「……ヴァネッサ、すぐに戻って! テテフ、ツンデツンデを警戒するんだ!」
「よそ見をしている余裕があるの!? ハッサム、『シザークロス』!」
「……っ、スインドル、『ソーラーブレード』!」

 ラランテスが両腕を天に掲げ、光を集める。強力な威力を持つ代わりにかなり溜めの時間がかかる技、本来はZ技と併用することで高い威力だけを利用する技だが。

「この瞬間『パワフルハーブ』の効果発動!技の相性は悪いけど、これで攻撃を相殺することが……」
「出来ないわ、先に攻撃が届くのはこっちよ!」
「ハッサムよりもラランテスは素早さが遅いはずだよ!なら今のフィールドなら僕たちの速度の方が勝る!」

 結果は、ラディの言う通りだった。ラランテスが光の剣を振り下ろす前に、ハッサムの鋏が桃色の振袖のような腕を切り裂き、その光を霧散させる。

「スインドル!?」
「私も持たせてたのよ、技の速さ……いえ、遅さを増す道具を!そのまま『なげつける』!」
「『なげつける』……まさか!?」

 ハッサムが鋏に隠し持っていたのは素早さを半減させ、『なげつける』の技の威力を最大限発揮できる『黒い鉄球』。ラランテスの反撃を防ぎ、そのままツンデツンデに対抗するための念力を練っていたテテフの後ろに一気に回り込む。
 さらに、ツンデツンデも自身の体の一部を野球ボール程度の弾に変え、さらにそれを高速回転させる。

「レイ、『ジャイロボール』!……いくらテテフでも、これなら!」

 ゴンッ!!という鈍い音。真後ろから砲丸、正面から高速回転するレイの体の一部を叩きつけられ、悲鳴を上げる暇もなくテテフはばたりと倒れて気絶した。

「……戻って、二体とも」
「どう、クルルク。これが私とレイの……『メレメレライダー』であることをやめた本気の戦略よ!」

 今まではバトルするときは必ずツンデツンデを体を纏っていた。それはつまり普通のポケモンバトルで出せなかったということで。素早さの遅さを先制技でカバーするだけでなく、協力な武器にすらできる『トリックルーム』による戦略が使えなかったということである。

「これで残りはライチュウだけ! しかも『トリックルーム』の発動した状態じゃ誰よりもライチュウは遅いわ! 私の勝ちよ! 私は……私のままでも、クルルクと同じように戦える!」

 ラディの言う通りだ。アローラ特有の進化をしたライチュウの速度を超えるポケモンは数えるほどしかいない。それが逆に枷になる上に、ラディのポケモンはまだ四匹とも戦う余力がある。ダブルバトルである以上、これ以上戦うなら相手二匹をライチュウ一匹で戦わなくてはいけない。絶体絶命というほかないだろう。
 勝ち誇る……いや、訴えるようなラディの言葉に、クルルクは首を振った。

「まだ勝負はついてない。ラディがイヤだったとしても、僕は『模犯怪盗』だからね。こんなピンチも、きっちり切り抜けて見せるさ」
「……クルルクは、やっぱり私がメレメレライダーじゃないとだめなの?」
「少なくとも、他でもないラディに僕たちの戦いをごっこ扱いされたまま黙って負けるつもりはないよ」

 その言葉に滲んだのは、怒りか、あるいは矜持か。その区別をつけられないまま、クルルクはライチュウを出す。

「行くよライアー、この絶体絶命のピンチに対する模犯怪盗を始めよう!」
「そうじゃない……そうじゃないけど……レイ、勝つよ!ここで勝ってクルルクに認めてもらえなきゃ……何も変われない!力を貸して!」

 怪盗になった子供は子供のままあろうとし。ヒーローになった子供は大人へと変わろうとする。昔々から繰り返されてきた御伽噺をなぞる様に、戦いはまだ続く。 
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