戦闘携帯への模犯怪盗
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STAGE3:おやすみ、私はもうたくさん
怪盗クルルクのアジトは、リリィタウンそばの海岸にある。
砂浜の半分ほどを占める広いコテージはドアの前に立つと波が引く音が聞こえるほどだ。
白く塗られた洋館なのだが建ってから相当な年月が経っておりくすんでおり、明かりもついていないので夜は黒っぽく見える。でもそこがクルルクがこのコテージを好きなところだ。
「ただいまー!!」
アローラライチュウ、オンバーン、テテフをボールに戻してから中に入る。そこには誰の姿もない。ここに住んでいる人間は諸事情あって現在クルルクと、砂浜で声をかけに来た少女、ラディだけだ。
一旦クルルクはコテージ二階の右端、自分の部屋に戻って怪盗服からラフな半そで半ズボンに着替える。ついでに言うとラディの部屋は二階の一番左端だ。それから一階のキッチンへ向かい、夜食の支度を始めた。
夕方浜辺に寝転がっているときに大きいマラサダを食べているので腹ペコというわけでもないのだが、やはり怪盗として仕事とポケモンバトルをした後は消耗するからおいしいものが食べたくなる。
「やっぱり怪盗した日の締めはポケ丼だよね。ライアー、手伝ってくれる?」
「ライライアー」
ボールの中で敬礼のポーズをしたライチュウに出てきてもらって、夜食の準備。
冷蔵庫から新鮮な魚介と海藻、それとアローラの食卓に欠かせないヤドンの尻尾を一口サイズに切ったものがパック詰めされた袋を取り出す。
ライアーには冷凍してあるご飯をレンジで解凍してもらって、クルルクは袋を沸騰させたお湯にいれて温める。
袋の中の魚介は醤油ベースで味付けされているので、あとは温めたご飯の上に袋の中の具材を載せるだけだ。アローラの一般的な家庭料理であり、スーパーに行けばレトルトカレーと同じくらい手軽に買って作ることができる。クルルクの大好物だ。
ご飯の解凍が終わるまでにクルルクはデザートのアップルマンゴーをカットする。ついでにボールの中で物欲しそうに見るテテフをボールから出して、皮をむいたアップルマンゴーを三つほど渡してあげた。テテフはクルルクのモンスターボール二つを念力で持っていってキッチンから出ていく。一緒に食べながらお喋りするのだろう。
その間にライチュウは盛り付ける食器を用意してくれていた。正直手伝ってもらうほどの料理でもないのだが、ライチュウはクルルクが幼いころからの付き合いなので、いつも調理の時はこうしている。
「できたけど……そろそろあっちも帰ってくるかな?」
どんぶりにはほかほかのご飯の上に醤油漬け魚介たっぷりのポケ丼が二つ、ライチュウ用に魚介だけをお皿に載せたものが一つ、デザートの大きなお皿も用意してテーブルへと運ぶ。縦に長く、十人は食卓につけそうな大きなものだ。
テーブルの中央に向かい合わせにポケ丼を置いたところで、ちょうどドアの開く音がした。
クルルクはライチュウと一緒に出迎えにいく。
金髪のショートヘアに、両腕両足と胸を覆う赤いプロテクターとお腹に青く輝くボール。首に大きめのシルクのスカーフが巻かれている。
右手に握られたレゴブロックで作ったような銃は、さっき戦った島キャプテンと同一人物であることを示している。
「お帰り、そっちも『メレメレライダー』の仕事お疲れ様ー」
「……怪盗中でもないのにその名前で呼ばないでくれる」
とはいえ、クルルクに警戒心を持たない。何故なら。
「わかったよラディ。でも今日のルカリオの影分身はすごかったね。バーツキングもびっくりしてたよ」
砂浜で声を掛けに来た時と格好こそ変わっているが、彼女はこのコテージのもう一人の住人、ラディで間違いない。島キャプテン『メレメレライダー』の正体は彼女なのだ。クルルクはねぎらいの言葉をかけ、彼にとっては昔からそうしていたように頭を撫でようとする。しかし。
ズドン!!という物々しい銃声がコテージに響く。ラディがクルルクの頭の上に一発撃ったのだ。慌てて飛びのくクルルク。
「危ないよ!?」
「女の子の髪に勝手に触んな!」
「…………そうだね、ごめんね。ポケ丼作ったんだ。一緒に食べよう?」
発砲はやりすぎじゃないかと思ったが、本気で嫌がっているみたいなので素直に謝るクルルク。そして食事を用意していることを告げた。
「いらない。七時くらいに食べたし」
「でもポケモンバトルの後って体力消耗するし、何かお腹に入れといたほうが……」
「い ら な い」
なおも食事を勧めるその顔に銃を突きつけるラディ。クルルクは両手をあげてホールドアップ。
このままでは埒が明かないしポケ丼も冷めてしまうので、ラディのポケモンに助けを求めることにする。
「ツ、ツンデツンデ。ちょっと助けておくれよ~」
「レイ、玩<ガン>解除しなくていいから」
玩<ガン>とはラディ、メレメレライダーの持つ銃及びプロテクターのことである。数秒の沈黙の後。ラディのお腹にある青いボール──ウルトラボールが輝いた。銃、そしてプロテクターが一つ一つの立方体へと分解されていき、さらにボールから出た本体と合体して姿を現す。レンガの煙突のような大きなポケモン、UB:LAY、通称ツンデツンデだ。
ツンデツンデの体はブロックのような一個一個が一つの生命体であり、普段は灰色だがそれぞれの意志で赤や青になることができる。その性質を利用しラディのプロテクターや銃として変化しているのだ。
直接言葉を発することのないツンデツンデだが、剣呑な彼女の様子にラディやクルルクが顔と認識する一部を赤く変えて意思表示した。
×■■■×
■×■×■
・■×■・
■×■×■
×■■■×
大体こんな感じである。拒否するときは×、同意するときは〇の形になったり、ほかにもいろいろ状況次第で変化する。慣れているラディは表情の変化だけで会話が成立するのか、一対一でしゃべっている時もあるほどだ。
「もう……」
プロテクターが外れ黒いボディスーツとスカーフ姿になったラディは、ため息をつく。さすがに銃を向けるのはやりすぎな自覚があるのか、それ以上文句は言わなかった。
「でも、本当にご飯はいらないの。明日食べるから冷蔵庫に入れといて」
「わかったよ。お風呂は?」
「自分で入れるからいい。あんまり子ども扱いしないで。……今日はテテフの事があるから大人しく負けたけど、次は勝つから」
「楽しみにしてるよ」
「それじゃいこ、レイ」
「アローラ、ラディ」
「……無神経なんだから。はいはい、アローラ」
一応おやすみなさいの返事をした後、ラディはシャワールームに向かう。クルルクも大広間に戻ってちょっと冷めてしまったポケ丼を食べた。それでも十分に美味しいので構わないのだが。
食器の片付けをしてポケ丼とデザートの一部を冷蔵庫に入れてから、クルルクは再び砂浜に寝転がる。考えるのは今日のこと。
「……ラディ、最近変わってきたな」
ポケモンバトルに負けると不機嫌になるのは、いつものことだ。でもしばらく前までは文句を言いつつも一緒にご飯を食べたり、そばにいることが多かった。
一年位前からよくブティックに行くようになって。クルルクともちょっと距離を取るようになった。
昔はとても気に入っていたメレメレライダー、という通称も最近はどこか嫌がってる節がある。
「子ども扱いしないで……か。子どものままでもいいと思うんだけどな、僕は。ライアーもそう思わない?」
「ライ」
ボールの中のライチュウに話しかける。短い頷きが返ってくる。
「『移ろいの靴』も渡せる雰囲気じゃなかったし、あの感じだと明日渡しても嫌がるんだろうし……」
クルルクは予告状に書かれた宝を簡単にあきらめないが、盗んだ宝にさほど執着はしない。もしラディが気に入ったなら、そのままあげるつもりだった。
まあ、折に触れてプレゼントしようと深く考えないことにする。
「次に予告状が届くのはいつかなあ」
彼は、宝が欲しくて怪盗になったのではない。
予告状も、自分が書いて出しているのではない。予告状が届いたらそれを盗む……それがクルルクがこのコテージの主と交わした約束だ。
クルルク──本名クール・ピーター・ルークには、両親がいない。顔も覚えていない。いわゆる孤児だ。だから、このコテージに住んでいる。
もともとこのコテージは、親のいない子供たちが住まう孤児院だったのだ。
孤児院が建てられた理由は百年ほど近く前にさかのぼり、異なる地方とのポケモントレーナーどうしの関りが爆発的に増えた結果、本来価値観の違う男女の間に子供が生まれ、結果育てることができず捨てられる事例が後を絶たなかったらしい。
だがそうした事態の解決に世界中が取り組んだ結果、ポケモントレーナー、及びそれを養成する原因となるポケモンリーグが廃止され。結果として孤児も減っていき、ここに住む孤児もクルルクだけになったというわけだ。
「クール・ピーター・ルーク。お前はアローラを股にかけ、ポケモンバトルで人々の心をつかむ怪盗になれ!!って言われた時はびっくりしたなあ」
ポケモンバトルも、人々の行きかう場所で恒常化してしまうと不慮の事故のもとということで特に理由なく行うことは禁止された。だが『ポケモンバトル』という文化を残したかった人たちが、自分や島キャプテンのような人間を特別に用意して、直接観戦したりテレビで見るエンターテイメントで一般に提供することになったそうだ。今日もテレビ局の人がカメラを用意していたし、このアローラでは少なくともそうなっている。
ラディは孤児ではないのだが島キャプテン、メレメレライダーを務めている理由は同様、ここに住む代わりにコテージの主に頼まれたからである。今回止めに来た本当の目的は、宝を守ることではない。
今回二人は、あらかじめ指令が届いていたのだ。
「『カプ・テテフの惨劇の真実を世に再び知らしめよ』。ちゃんと僕が勝って、模範解答を示したよ」
アローラの歴史にとって、テテフの粉(の、まがい物)が引き起こした争いは禁忌と呼ぶべき汚点だ。そしてその影響で、テテフ自体を嫌い、恐れる人々が少なくない。
でも、それは間違いだ。悪いのはテテフというポケモンではなく、その力を過剰に求めた人々。事実から目を背けさせてはいけない。
だからポケモンバトルというエンターテイメントを通してわかりやすく示させたのだ。怪盗と島キャプテン、という存在を利用して。
ポケモンバトル自体はどちらが勝てとも指示されていなかったが、クルルクが勝ったほうが好都合だったろう。ラディもそれは察していたはずだ。
「ラディ、だから機嫌がよくなかったのかな……うん、きっとそうだよね」
彼女は手加減はしていなかったと思うが、ゼンリョクは出しづらかったのかもしれない。それで消化不良だったんだろう、とクルルクは結論づけた。
アローラの夜風は冷たすぎず気持ちがいい。ラディがお風呂を確実に済ませるであろう時間まで、クルルクはまだ真っ黒な海を見つめることにした。
「はあ……」
シャワーから上がった島キャプテン・ラディ──本名アッシュ・グラディウスは自分の部屋まで戻ると大きなため息をついた。
ドアには彼女の名前、それに『勝手に開けたら撃つ』と書かれている。さらにドアを閉めるとツンデツンデの一部がドアノブのに引っ付いて鍵をかけ、外から開けられないようにする厳重っぷりである。
薄桃色のパジャマに着替え、柔らかいベッドに寝転ぶ。部屋の中にはメリープや白いロコンのぬいぐるみが置かれ、本棚には少女漫画が並んでいる。
今の彼女が腰にモンスターボールをつけていても、その中に入っているのがルカリオやハッサム、ツンデツンデだとは誰も思わないだろう。彼女自身、もう似合うとは思っていない。
今日のポケモンバトルで負けたことを思い出す。思えばルカリオが相手が交代したからといって『バレットパンチ』を止めるはずないのだ。あの時点で、特性を看破してしまうべきだったかと考える。
「でも、今日勝ったらあいつがクルルクに嫌味を言うかもしれないし……あーもー」
今日の指令を出した人の事を思い浮かべ、その人にもクルルクにもそれを心配する自分自身にもむしゃくしゃする。一連の心の波動をキャッチして、ボールの中からルカリオが出てきて頭を下げた。ハッサムやほかのポケモンたちも、心配そうに見ている。
「ううん、ルカリオやみんなのせいじゃないのよ。……ごめんね」
「ルゥ……」
「ルカリオにウソついても意味がないから正直に言うけど……あなたたちの事は大好きよ。でもメレメレライダー、なんて男の子向けの変身ヒーローみたいな名乗りとしゃべり方でいるのはちょっと疲れるな、って思っちゃっただけ」
島キャプテンメレメレライダーの立場をもらった時はそうじゃなかった。実の母を物心つく前に亡くした昔の自分は、義理の姉と母親にいじめられて女らしいことをするのが嫌いで。ヒーローとしてかっこよく振る舞えるのが何より楽しかった。
意地悪な家族から離れて、この家でクルルクが温かいご飯を作ってくれたり、何かと気にかけてくれると嬉しい気持ちになった。
でも、一年前くらいからかわいい服を選んだりすると楽しいと思うようになった。昔は着飾った姉たちが大嫌いだったのに。
子供たちの声援を受けるのは嬉しいけど、男の子っぽい声を作って自分を偽るのが苦しくなってきた。自分が女という正体を知ってて声をかけてくる大人が気持ち悪いと思うようにもなった。
クルルクが自分を子ども扱いしたり妹のように扱うと、ちょっとイラっとくるようになってしまった。別に邪険にしてくるわけでもないし、嫌だといったことはやめてくれるのに。
「……ねえ、みんなは今日のバトルどうすれば勝てたと思う?」
このまま考えていても堂々巡りなので、仲間たちと別の話題にする。ハッサムをメガハッサムにしたとしてもテテフのZ技『ガーディアン・デ・アローラ』によって体力を四分の一にされていた以上、サイコキネシスに耐えられたとも思えない。
ルカリオの波動を仲介して手持ちのポケモンと相談し、ここでバトルの話題になるあたりやっぱり自分はポケモントレーナーの子供なんだなと思いながら。眠気が来るまで、次はこうしよう、もっとこんなことができるようになろうと話し合うことにした。そうすれば、気分も晴れると願いながら。
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